あなたの趣味は何ですか?
「ねぇ、聞いてもいい?」
「なんですか?」
「草太くんの趣味って何?」
夜のオフィスで、美冬が遠慮がちに聞いてきた。わずかに赤くなった頬を隠すように、首をくねくねさせている。
「うーん、僕は映画鑑賞ですかね?」
「映画? 草太くん映画好きなの?」
「好きですよ。レンタルも含めると毎週何かしらの映画見てます」
「映画館にもよく行くの?」
「行きますよー。映画館で見ると迫力違いますし」
「映画館かぁ。私子どもの時以来行ったことないの。行ってみたいなぁ」
美冬は首をくねらせ、羨ましそうに遠くを見つめている。
「一度だけですか? 映画館に行ったのは。大人になっても行ったことないんですか?」
「そうよ」
好みはあるものの、誰しも映画館に行くものと思っていた草太には衝撃だった。
「子どもの頃、映画館でリラックスしすぎて首が伸びちゃったの。ほら、映画館って暗いでしょ? つい気が緩んでしまったみたい」
「それ以来一度も行ってないんですか?」
「ないわ。幸い誰にも気付かれなかったみたいだけど。あれ以来怖くて」
美冬が人知れず苦労していることが、ここにもあった。普通の人があたりまえのように楽しんでいることも、彼女にはできなかったりするのだ。
(『映画館で映画を見る』なんて、現代人なら誰でもしてることなのに。美冬さん、かわいそうだ)
すっかり同情した草太は、何気なく口にした。
「僕と一緒に、映画館へ行ってみます?」
「いいの? 私、首伸びちゃうかもしれないのよ」
草太はしばし考えた。美冬にとって少しでも負担がないように、且つ映画を楽しめるようにするには、どうすればいいのか。やがて良策を思い付き、朗らかな笑顔を浮かべた。
「今度の週末のレイトショー、夜の上映に行きましょう。夜なら昼間より暗いから、目立ちにくいですよ」
「夜だと私、首を伸ばしたくて我慢できなくなるかも」
草太はまた、うーんと考える。いくらレイトショーとはいえ、今みたいに首をくねくねさせていたら、観客が悲鳴をあげて逃げていってしまう。
「僕がずっと手を握っててあげますよ。それなら耐えられるでしょ?」
「本当? 途中で手を離したりしない?」
「レイトショーなら目立ちにくいですし、いいと思いますよ」
「なら行くわ。草太くんが横にいてくれるなら、きっと安心だもの」
美冬は首を元に戻し、満面の笑顔を浮かべた。まるで少女のようなあどけない様子に、草太もつられて笑った。
草太も嬉しかったのだ。映画好きにとって、仲間が増えるのは何よりの喜びなのだから。
草太は気付いていなかった。
スマホでいそいそとレイトショーの予約をする彼に気付かれないように、美冬が小さなガッツポーズをしていることを。草太は微塵も気付いていなかったのだ。