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朕は猫である  作者: 名前はまだない
71/74

#69

新年あけましておめでとうございます……。

いやあのスターラプチャーがですね……。

本年も拙著をよろしくお願いいたします(土下座


※5/17大幅な改稿を致しました。前のは少しエッチ過ぎました。

 「――――――を確かに!お気を確かにして下さいませ提督(アドミラール)!」


 目を開けると、今にも触れられそうな距離に、まるで陶磁器の人形の様な美しい顔があった。その麗貌は長い白銀の睫毛を悲しげに震わせ、光る銀絹の髪を流れ落ちる瀧のように直垂らしてこちらを覗き込んでいる。

 その現実離れした景色に、何拍か呆けたようにうめき声を漏らして、小官、マクシム・ステパノヴィチ・オストローメンツは意識が覚醒していくのを感じるに連れて、その近さ故か、彼女の宝石のような碧い瞳が心配そうに小官を見つめているが故か、段々と気恥ずかしさを覚えていた。


 「……ファムアルフート、どうなった?」


 いつの間にか仰向けに倒れていた身を、彼女の助けを借りながら起こし、恥ずかし紛れに不機嫌そうに状況を確認した。

 参謀長と額を突き合わせて作戦を練っていた最中、ファムアルフートが何かを警告して叫んだまでは覚えている。

 覚束ない足取りを隠すように、近くの座席の肘掛けに(もた)れると、それは先程まで艦長が座っていたはずの席であった。


 「はい提督。本艦は星征艦隊所属特務艦の砲撃を被弾しました。推定被弾数3。現在確認中ですが、貫通弾は無かった模様です。しかし、被弾の衝撃で艦内に人的被害が多数出ております。星征艦隊所属特務艦の砲撃による艦の機能的な被害は軽微です。玻璃の乙(ステクリャーニエ)女たち(ジェーヴィ)のお陰です」


 どうやら、小官は星征艦隊特務艦の砲撃が着弾した衝撃で転倒したらしかった。

 肘掛けに凭れながらゆっくりと艦長の席に座り、艦橋内を見回す。酷い有様だった。


 着座して安全帯を着けていた者たちは比較的軽傷で済んだのかもしれない。レーダー員や火器管制員は無事な者が多かった。だが、立っていた者たちは軒並み転倒どころか壁や機器類に叩きつけられたようだ。小官の視界には機器や壁に飛び散った少なくない数の赤い染みが入っていたが、努めて意識しないように思考の隅へとその映像を追いやる。

 ファムアルフートは巨艦である。全長は3,300フィートを超え、幅は600フィートもある。船体質量と推進剤、艦載機や諸々の装備を含めた基準総戦闘質量で4,800万トンを超える。その大質量の巨艦が乗員に死傷者が出るほどの衝撃を受けたわけだから、星征艦隊特務艦の攻撃が如何に強力だったのかという事に寒気を覚えるが、それも努めて思考の隅に追いやると共に、自身がもしかしたならば、他の皆が殺人級の衝撃で吹き飛ぶ中、一人側に居たファムアルフートに抱き留められて助かったのではないかと言う憶測が脳裏を過り、気恥ずかしさが増すと同時に何か背徳的な感情を覚えて、慌ててその感情も共に思考の隅へと隠す様に追いやった。


 「ファムアルフート、航海日誌に記録せよ。艦長負傷により現時刻より小官が貴様を直率(じきそつ)する。医療班を呼べ。負傷者を救護しろ。手隙の者は艦内の状況を確認。負傷者救護は医療班に任せよ」


 「はい!直ちに!」


 軋む四肢に少しだけ呻きながら、努めて平静を装って発した小官の指示に、ファムアルフートが表情を輝かせて応えた。


 ファムアルフートに実装された指揮官サポートアルゴリズムが生じさせた反応だとはいえ、彼女の反応は、閑職に追いやられた上に今将に人身御供にされている枯れた男の中に、年柄もなく気恥ずかしさすら覚える背徳的な何かを喚起させる。

 艦の乗組員は勿論、何とかこの美しいインターフェースフィギュアとその本体()を無事に帰してやりたい。

 ファムアルフートの指揮官サポートアルゴリズムが生み出す幻想であり、この性悪なサポートアルゴリズムを組み込んだ奴らが今小官が抱いている感情の正体を知ったなら、心底皮肉に嗤うであろう事は分かり切っていたが、それでも小官はその感情を抱くことを止められなかった。

 小官の視線の先に、見知った姿を見つける。そいつはこちらに背を向けて床に倒れ伏している。艦長だった。

 先程まで小官と話していた参謀長が見当たらない。被弾の衝撃でどこかに吹き飛んでしまったのかもしれない。

 舌打ちを一つして自身が抱いた感情の気恥ずかしさを隠すように肘掛けを操作し、ユーティリテ(ムナガフンクツィ)ィコンソール(オナリヌィプルト)を呼び出して必要な情報を表示させる。戦闘艦の指揮を執るなど、何年ぶりか分からないが、乗組員たちとファムアルフートを無事に返すためには、小官が指揮を執る以外に選択肢はなかった。決して先ほど年甲斐も無く抱いた気恥ずかしさを隠す為では無い、と言い訳しながら。

 

 床に転がる負傷者が上げる呻き声を無視して、無事な者たちに指示を出す。

 負傷者の救護は医療班に任せるしかない。それよりも指揮系統の立て直しと戦闘継続を優先せねばならない。指揮系統の復活が遅れれば、艦ごと墜とされて助かる命も助からなくなる。流血して呻く者たちを放置してでも優先せねばならないことだった。


 「提督!何が起こった?この艦は大丈夫なのか?被害状況は?!」


 耳障りな濁声が状況の把握に努めていた小官の思考を断ち切る。

 督戦官であるマゴメド・ヌルタエフ監察長だった。

 糞ったれ(スーカ)。何で貴様が無事で、参謀長の姿が見当たらんのか!


 「監察長、黙っていたまえ!今は戦闘中だ」


 「提督!このままではやられる!護衛艦隊を前に出すべきだ!」


 下衆野郎(ピダラースィ)め。その口、縫い付けてやろうか!?

 マゴメドに殺意に似た視線を送ろうとするも、嫋やかなファムアルフートの声がそれを押し留める。


 「オースピスキスが本艦の進路上に割り込みます。(シチー)になってくれるようです」


 見れば、艦橋に差し込む陽光が、先行したオースピスキスに遮られてゆく。

 ありがたい。しかし、オースピスキスが砲撃を受けたなら、乗員はファムアルフートと同じような事態に陥るであろう。

 オースピスキスが前に出たことでホッと胸を撫で下ろすマゴメドを務めて視線から外して必要な命令を下す。


 「艦載攻撃機部隊に緊急発艦命(スローチヌィ)令をかけろ(ヴゥィリェト)。無事な奴だけで良い。とにかく星征艦隊の第二射が来る前に出られる奴は全部発艦させろ」


 小官の指示を聞いて、着席していたおかげで無事だった飛行甲板管制官が怒鳴り散らすように格納庫へ指示を出し始める。


 「オースピスキスにも全艦載機の発艦指示を出せ。護衛艦隊に通達、全艦最大戦速で星征艦隊の……ええい、現時刻を持って前方、星征艦隊特務艦を『敵』(プラチーヴニク)と認定!護衛艦隊は最大戦速でもって敵側面へ遷移!押し包め!!」


 小官の指示が終わるか終わらないかの内に、頭上のどこか遠くで鳴る轟音が聞こえてくる。

 艦載機の緊急発艦が始まったのだ。

 ファムアルフートの一番上の階層にある飛行甲板から次々に艦載機が発艦して蒼穹の彼方へと飛び去って征くのを下から見上げつつ、飛行甲板管制官から「発艦可能な艦載攻撃機は12個編隊(ズヴェノ)48機」、と言う報告を聞く。

 ファムアルフートの搭載機数は元々400機を超えるから、8割以上が発艦できない計算だ。発艦できない残りの全てが損傷している訳では無いとは思うが、少なくない数が格納庫の中で固定具が外れたか何かして擱座くらいはしていてもおかしくはない。一機が擱座すると電磁式発艦(プスカヴァーヤ)補助装置(カタプリータ)への経路を塞いだりして、後続の機体すべての発艦の邪魔をするなんてこともある。

 今の様に、一度船体に直接攻撃を受けると艦載機母艦としての機能が著しく低下すると言う欠点が露呈したお陰で、ファムアルフートの後継艦は前線を形成するための主力(グラーヴヌィ)打撃(ウダールヌィ)(カラーブリ)と、艦隊戦の支援攻撃と白兵戦・上陸戦を行うための機動空(マビーリヌィ)域制圧艦(アヴィアノーシェツ)の2つに別れてそれぞれ専門化することになったのだ。

 その欠点が今将に極端な戦力の低下を招いている事を思うと、なんとも忸怩たる思いがする。


 「申し訳御座いません提督。艦載機の固定具は最新の規格に更新したばかりだったのですが……」


 ファムアルフートがその美しい柳眉を下げて詫びるのに、無性に腹が立つ。

 何故、ファムアルフート(お前)が謝るのか!?


 元々は、そういう欠点がある事が判っていたから、新型艦の就役とともにファムアルフートは一線を退いたのだ。

 そして、欠点はあるにせよ、砲雷擊戦から機動航空戦、そして上陸戦まで単艦こなせるフスィヨー・(オール・イ)フ・アドノーム(ン・ワン)設計であるがゆえに、他の艦が全て撃沈されたとしても単艦で戦線を形成できる能力を有するからこそ、最後の砦となるべくファムアルフートは首邑護衛艦隊に配備されたはずなのだ。

 それを、最高政治審議委員会(う   え)のしょうもない権力闘争の道具として全くそぐわない(・・・・・)戦場で使い潰された挙句に、決して彼女(・・)の不手際でもなければ怠慢でもないこの事態に、理不尽と解っていて(・・・・・・・・・)なおファムアルフート(彼  女)はただ頭を下げているのだ。

 そう考えると、何故か無性に腹が立った。

 世に不条理は尽きせど、降りかかるそれを受け入れるかどうかは小官の裁量であるべきだ。断じてそう。度し難い(・・・・)

 今のこの事態を乗り切ったのなら、この件を画策した輩を、全員殺す。絶対に殺してやる。


 その煮え滾る黒い感情につられて思わず席の肘掛けに拳を叩きつけていた。

 さして強く叩いたつもりもなければ、騒音の塊のような航空戦艦の中にあっては川のせせらぎ程度の音しかしなかったはずだったが、それでもその瞬間、ファムアルフートがまるで叱られた少女の様に明らかに身を縮こませたのが分かった。


 「すまない。お前を責めているわけでは決して無いのだ。許せ」


 自身の行為に対する恥ずかしさを隠すようにファムアルフートから視線を逸らしつつ、吐き捨てるようにそう呟いた。

 今ファムアルフート(本艦)が置かれた環境は、事前に回避し難かったとは言え、今のこの状況を何とか出来るような決定的な力を、小官が持ち合わせて居ない事が無性に悔しかった。今までの人生で成し得てきたと小官が考えていた成果の全てを理不尽に否定されているようで、ぶつけようのない怒りが湧き上がる。


 「提督閣下。殆どの艦載機が出撃できないと言うのはどういうことだ!?本官は職務上、艦隊の装備管理体制について疑義を持たざるを得ない!」


 小官の内心に拍車をかけるように、マゴメドがその褐色の丸顔を歪めながら口を挟む。


 「ファムアルフート、艦載機管理記録を保全しておけ!後ほど、本官が精査する!」


 突然、指揮系統外の男からの命令を受けて一瞬戸惑うような表情を浮かべるファムアルフート。


 「……承知いたしました監察長殿」


 もし今手元に銃があれば、小官はこの陰険野郎の顔に無様な鼻穴を一つ増やしていただろう。残念ながら今小官が欲する目的のモノは、督戦官であるマゴメドの腰に吊るされていた。


 「監察官!貴様の権限がなんであれ、現在は戦闘中だ。直接戦闘に関係無い命令を指揮系統外の貴様が勝手に差し挟むな。邪魔をするようならその(くび)へし折るぞ!」


 あろう事か小官の頭越しにファムアルフートにまで指示を出そうとしたマゴメドに、不意に俄には信じられないほどの怒りを感じて、小官は思わず怒鳴った。

 何故この様な激しい怒りを感じるのか、自身にも説明がつかなかった。

 まるで、親しい――とても親しい掛け替えのない者に、薄汚い破落戸(ゴロツキ)が言寄っているような、と言う信じられない考えが脳裏をよぎり、小官は愕然とする。

 どうかしている。

 それとも、これも指揮官サポートシステムの影響なのか。いや、そうに違いない。


 小官はその考えを振り払うために、ファムアルフートに新たな指示を出す。


 「ファムアルフート、機関出力最大、最大戦速。全砲門開け。有効射程外でも構わん。奴に次を撃つ暇を与えるな。距離を詰める。オースピスキスにも伝えろ!」


 「はい(スルーシャユスィ)提督(アドミラール)機関全力運転、(マクシマーリヌィ)速力最大と(レジーム)為します(モーシュノスチ)。オースピスキスに打電――」


 「提督!何を考えているんだ!敵の主砲の射程内なのだぞ!ファムアルフートを下がらせろ!」


 「黙れと言っているのが解らんのか、この馬糞野郎(ブリャーチ)!貴様に私の戦闘指揮に口を出す権限はないはずだ!」


 敵はこの距離で当ててきたのだ。ファムアルフートが少し下がったところで一方的に撃たれ続ける。しかもこちらは未だ敵を有効射程内に捉えていない。であるならば、少しでも前に出て一秒でも早く敵を有効射程内に捉えつつ砲撃戦を挑む方が、最終的な被害が少なくなるということが何故理解できないのか!

 ええい、何故コイツが無事で、参謀長が居ない!?


 小官が殺意を宿した視線をマゴメドに向ける間に、小官の指示がオースピスキスに伝えられ、瀑布の様な轟音と共にオースピスキスが主砲を発射し始めた。

 フォマリガウト級の主兵装は荷電粒子砲であり、大気中や重力下だと距離減衰が激しく、敵艦の位置はまだ有効射程外ではあったが、攻撃が全く届かない訳ではない。

 例え、距離減衰で到達した荷電粒子が敵装甲を貫徹出来るほど収束を保てていなかったとしても、何らかの負荷を相手に与えることはできるだろう。何らかの負荷をかけられればそれだけで敵艦は自身のリソースをその分だけ割かねばならない。そうすれば、その分だけ敵の余力を削ぐことができ、それは敵の次の攻撃を遅らせることに繋がるはずだ。例え微々たる影響であったとしても、何もしないで距離を取るよりはマシなのである。


 遮られていた陽光がまた艦橋内に差し込み出し、オースピスキスがファムアルフートに進路を譲る。

 先程は次擊を警戒して盾になったものの、そのままではオースピスキスの巨体がファムアルフートの射線を遮ってしまっている。敵が撃ってこない今は、逆に一発でも多く撃ち返さなければならない局面であるから、加速して距離を離しながらファムアルフートの盾になりつつ、射線を確保しようとしてくれていた。


 「提督閣下、艦載機の件は後ほどしっかりと調査させてもらいますからな!」


 舌打ちとともにまるで捨て台詞のようなマゴメドの言葉を此れ見よがしに無視しながら、オースピスキスが射線を空けたおかげで主砲が撃てるようになったファムアルフートの荷電粒子砲が発する眩いばかりの閃光から隠すように、自身の時計を確認する。


 「ファムアルフート、敵の最初の砲撃から何分経った?」


 小官の質問にファムアルフートが即座に回答する。


 「現在、最初の砲撃から六分二十八秒が経過しております」


 「遅いな?」


 「はい(ターク・トーチナ)提督(アドミラール)。星征艦隊の中でデータがあるのは『帝国』帝室御召艦であるヴァリアントのデータになりますが、彼女は一分間に百連射以上が可能です。ヴァリアント(彼女)一等戦(リニェイヌィ)列艦(カラーブリ)ですから特段連射速度が重視されている艦種にはなりますが、それを加味しても敵艦(プラチーヴニク)の砲撃間隔は非常に遅いと考えるべきだと愚考いたします」


 ファムアルフートの主兵装である照射口径5.7m1.32PWhの荷電粒子砲ですら、発射間隔は十数秒という所。先程の被弾時の衝撃を考えれば敵・星征艦隊特務艦の主砲は、実砲弾を加速して撃ちだす質量(キネチーチェスカエ)兵器(オルージエ)に違いない。重い質量体を高速でぶつけることで破壊効果を得る兵器だ。砲撃には事前に弾体加速が必要になるから主砲発射間隔はそれなりに時間を要するとはいえ、御召艦のヴァリアントの連射速度を考えれば今の状況はどうにも変だ。


 「我が方の砲撃の効果はどうか?」


 「はい、(イェースチ)提督(アドミラール)。敵は防御フィールド(ザシーチヌィ・シチ)を展開している模様です。有効射程外とは言え我が方の命中率は四割を超えていますが、全て敵の防御フィールド(ザシーチヌィ・シチ)で防がれており、直接的な加害は実現できておりませんが……」


 「敵のシールド(モウドゥリ)ジェネレーター(ピターニヤ)にはそれなりの負荷が掛かっている筈だな」


 敵に何が起こったかはわからないが、好機なのは変わりが無いと同時に、この好機を逃せば我々に後はない。


 「ファムアルフート、進発した全艦載攻撃機部隊に対艦攻撃(プリカース)を下令(アタカヴァーチ)!オースピスキスの発艦状況はどうか?」


 「はい(イェースチ)提督(アドミラール)。オースピスキスは現在320機、80個編隊(ズヴェノ)の発艦を完了。直掩の20機(プリクルーチヤ)を残して逐次発艦を継続……警報(トレヴォーガ)!敵艦発砲!敵艦発砲!総員対衝撃姿勢!」


 又もや唐突なファムアルフートの警告。

 艦橋がざわつき、負傷者の救護と搬送にあたっていた救護班が顔面蒼白になって慌てて要救護者を抱えて近くの何かに縋り付く。無事な者たちも急いで自身の席へと駆け戻って安全帯を装着しようとするが、間に合わない。

 小官も慌てて席に据え付けられた安全帯を探すが見つからない。やっとの事で掴み出した安全帯の留具は、今度はねじれて裏表が逆になっていて上手くはまらない。

 ええい、糞、と焦るほどに小官の意思に反して指は安全帯の留具を取り落としてしまう。

 このままではまずい、と背中を冷たいものが撫でた瞬間、小官の視界が暗闇に閉ざされて、口と鼻を何か柔らかいものが覆い、身体が背もたれに強く押し付けられる。


 次の瞬間、予想したよりも小さな衝撃と共に凄まじい轟音と空振が艦橋の床を震わせる。


 「ファムアルフート(ふぁぶあふふーほ)被害状況は(ふはひほうほうは)?」


 塞がれた視界と鼻と口でモゴモゴとファムアルフートを呼ぶと、途端に視界と鼻と口を覆っていた何かが取り去られた。


 「申し訳ありません、(ヴィナヴァート)提督(アドミラール)。本艦に被害なし、オースピスキスが被弾した模様です。現在被害状況確認中」


 何か、とても(かぐわ)しい何かが鼻孔をくすぐり離れて行ったと思ったら、触れられそうな距離でこちらを覗き込むファムアルフートの澄んだ青い瞳と視線が絡んだ。

 まさかの事態に思わず顔を背けてしまったが、気恥ずかしさから逃れようとした思考が逆に小官を落ち着かせ、冷静に状況を分析することができた。

 そうか。安全帯を留め損なっていた小官を、ファムアルフートが身を挺して安全帯の代わりとなって小官の身体を座席に留め置いてくれた、という事のようだ。


 「オースピスキスの被害判明!船体左下部、第四砲塔付近に被弾、第四砲塔大破!敵砲弾はオースピスキスの装甲を貫徹して中枢(ジーズニェンナ)防御(ヴァージナヤ)区画(チャースチ)で炸裂した模様!左舷側(リェーヴィ・ボールト)の全機関出力を喪失!揚力発生装置損傷!船体傾斜を確認!火災発生!現在人員の損失を確認中ですが、オースピスキスは戦闘続行不可能です!!!」


 混乱する内心を理性の力で持って捻じ伏せ、気恥ずかしさから肌で感じられそうなほどに迫ったファムアルフートの熱から逃げる様に身じろぎすると、ファムアルフートが慌てて身を起こした。


 「オースピスキスを下がらせろ。爆発物の投棄を許可!艦の飛行能力維持を最優先に、戦線は離脱して構わん。最悪、直掩の艦載機(プリクルーチヤ)で生存者を全てこちらに移乗させても良い。兎に角、乗組員の生存を第一とせよ」


 「……失礼を致(プローシェ)しました(プローシェニア)提督(アドミラール)……」


 ゆっくりと少し距離をとったファムアルフートが少し俯きながら消え入りそうな小声でそう呟き、小官が顔を埋めたせいで乱れたネクタイ(ガルストゥーク)ブラウス(ルパーシカ)をそそくさと直す。

 その動作に、至極場違いな感情が小官の脳裏をかすめる。


 ファムアルフートは、私を守ったのだ。マゴメドではなく。

 それは、指揮系統からすれば当然のこと。当たり前のことであった。

 にも関わらず、その事が妙に小官の気分に優越感のような何かをもたらしていた。

 それが、指揮官サポートシステムが行わせた動作であると解っていても、小官は内心に湧き上がる陶然とした悦びを抑えることが出来なかった。 


 「提督!進撃しろとは言ったが、航空戦艦をすり潰せとまでは言っていない!主力艦まで危険に晒してどうする!?安全圏まで離脱すべきだ!」


 臆病風に吹かれたマゴメドが青い顔でオースピスキスを指さして騒ぎ立てる。

 だからどうした。

 航空戦艦は敵主力艦の攻撃に耐えることで味方小型艦への被害を軽減するのが役目なのだ。

 オースピスキスが被弾したという事は、それ即ち現在接近中の護衛艦隊への被害を減らしたと言うことだ。

 それが解らぬマゴメドが、酷く哀れに見える。


 「……提督(アドミラール)、味方艦載機が敵艦(プラーチヴニク)と交戦を開始。対空砲火激しく、なかなか容易には近づけない様子。味方損耗率2%、押せています。加えて、先行した味方護衛艦隊が敵艦(プラーチヴニク)を射程内に捉えました。攻撃許可を求めています」


 ファムアルフートの報告で、思春期の小僧の様な低俗な愉悦から我に返る。

 マゴメドに気を取られている場合ではない。まずは敵艦(プラーチヴニク)を何とかせねば。そうすれば、査察だろうが査問だろうが、どうとでもしてやる。


 「全護衛艦隊に攻撃命令を出せ。撃てるものは全てぶち込め!」


 小官の内心に渦巻く影を振り払うように叫んだ命令を、楚々とマゴメドとは反対の、小官の左隣へと移動したファムアルフートが護衛艦隊へと伝える。


 「……味方護衛駆逐艦群、全雷撃弾(プスカヴァーヤ)垂直発射筒(ウスタノーフカ)解放。順次発射開始。巡航艦群、主砲発射開始……超音速雷撃弾(タルピェート)、撃墜率98%、残りも敵艦(プラーチヴニク)防御フィールド(ザシーチヌィ・シチ)に防がれています。第二射準備中。敵艦(プラーチヴニク)副砲の発砲を確認。第二護衛艦隊旗艦・ズヴェーズドヌィ=ラヴゥーナヤ被弾!機関損傷、損害甚大。戦闘続行不能」


 「ファムアルフート、本艦の気化燃料熱圧弾頭(ストラチギーチェスカ)超音速弾道弾(ヤ・ツァーリボンバ)を全て叩き込め!艦載攻撃機群に巻き込まれない様、警報を入れろ。押し切れ!」


 小官の指示とともに巨大な発射筒が開く振動が艦橋の床を震わせ、続いて正にロケットの様な轟音と共に、幾条もの排気煙が艦橋の窓越しに浅い弧を描いて伸びて行く。


 「味方全艦、全機、退避完了。着弾します」


 瞬間、蒼穹の彼方へ続く白い奇跡の先で、青い色の煌めきが次々に瞬くのが見えた。


 「衝撃波来ます。総員対ショック姿勢!」


 自分で命令しておいて、結局安全帯を着けるのを忘れていた事に気づいてまた慌てて留め具を探す小官を、背もたれの後ろから細い腕が優しく包んだ。

 耳元で微かな吐息を感じた気がして、全身を硬直させた瞬間に衝撃波が来た。

 艦橋の窓に据えられた20フィートもある防爆防弾耐熱対衝撃強化ガラスが音を立てて軋むのを掻き消すように、小官は顔の左隣に微かな暖かみを感じていた。

 真逆、いや、疑いようもなく、それはファムアルフートの熱であった。

 チラリと盗み見れば、ガタガタと不気味に揺れて暴れる座席を、彼女は一生懸命押さえつけるように瞼を硬く閉じて一心に小官を抱きしめている。

 先ほど嗅いだ、何とも(がぐわ)しい何かが、鼻腔を突く。


 くそ(チョールト)。これが指揮官サポートシステムの真価なのか。

 解らない。だが、自身が信じられないほどの優越感を感じているのは確かだった。


 インターフェースフィギュアに向けるとは到底思えない感情を振り払い、努めてまっすぐ正面を見据えながら衝撃波が引き起こした巨大な空振の嵐を、なるべく威厳を醸すように微動だにせず耐えた。

 乱気流の様な衝撃波が去り、艦が安定し出すと、するり、と小官の左側の熱が去ってゆく。


 「……失礼を致(プローシェ)しました(プローシェニア)提督(アドミラール)……」


 熱の去り際に耳元で囁かれたたその言葉に、耳元を撫でた吐息の熱に小官がそちらに視線を移せば、伏目がちに視線を逸らすファムアルフートの向こうで、マゴメドが無様に頭を抱えてうずくまっているのを一瞥して、その無様な姿に思わず鼻を鳴らした。


 「気化燃料熱圧弾頭(ストラチギーチェスカ)超音速弾道弾(ヤ・ツァーリボンバ)、命中1。他は迎撃されました……」


 努めて正面を見据えながら、身を乗り出して目を凝らす。


 「やったか?」


 数マイルも先の敵の姿が肉眼で見えるはずもないのだが、そうせざるを得なかった。

 でなければ、今にも小躍りしてしまいそうだった。

 ファムアルフートに搭載された気化燃料熱圧弾頭(ストラチギーチェスカ)超音速弾道弾(ヤ・ツァーリボンバ)は、サーモバリック兵器の一種。空間ごと超高温で焼却しつつ、超高圧の熱衝撃波で加害効果を得る兵器である。

 星征艦隊のような防御力場(シラヴォイ・シチート)を持った敵でも、数千度の超高圧衝撃波に晒されれば船体自体が融解してしまう。いや、その筈だ。

 勝ったのだ。まごう事なき勝利だ。

 査問だろうが督戦隊だろうが、勝ってしまえば何も怖いモノなどない。

 後は、地上世界を程よく蹂躙して、帰れば良い。

 我々は生き残ったのだ!


 だが、すぐに返されるはずのファムアルフートからの返答が無い。

 思わず振り向いた小官の視線の先で、ファムアルフートが艦橋の天井を見上げて目を見開いていた。


 「……警報(トレヴォーガ)!!!衛星軌(ナ・オールビチェ)道上から(スプートニカ)高速で降下してくる正体不明の機影を確認!」



悪意ある設計者(効率厨)の掌の上でコロコロする提督と小悪魔ファムアルフート(ZEROシステムチョコ味)

多分、オースピスキスでもタイタニックばりの同じこと起こってるかもしれません。

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― 新着の感想 ―
艦と艦隊の二重指揮しかも参謀抜きで格上の敵とやり合ってるところに、こんなハニトラかまされたら脳に焼き付いちゃいますよう!
明けましておめでとうございます!(もう2月) こんなの少子化待ったなしじゃんか! とんでもないものを作りおって…! いくらですか!!? しかし、あらあらウフフなシチュなんだけど、人の盾ちゃんたち……
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