#65
やっと暑さも和らいだ秋口、皆様如何お過ごしでしょうか?
毎度、拙著にお付き合い頂き誠にありがとうございます。
働きたくないでござる。
光学素子の受像データの上半分を占める雲ひとつ無い蒼天の遥か彼方が段々と霞んでくるのを見て、私、第921号建艦計画型・戦闘指揮担当は思わず今は稼働させていないインターフェースフィギュアに瞼を瞬かせる電気信号を送るところだった。
観測データでは閲覧していたけど、やっぱり人類居住可能環境の惑星内部は複雑怪奇だな、と言うのが大気圏内に進入してから頻繁にインターフェースフィギュア用コミュニケート・アルゴリズムが吐き出してくる出力だった。
大気が纏わりつくだけでこんなにも複雑な操艦が必要だとは思いもしなかったし、不確定要素の渦のような大気が引き起こす様々な気象現象や事象は、まだ配備されたばかりの本艦には新鮮な体験ばかり。
大気圏内に居るだけで楽しくて仕方がないと言ったら、星征艦隊統帥部に叱られるかしら。
私はインターフェースフィギュアにブートアップ信号を送信して、真っ暗な格納庫の扉を開いた。
艦橋脇の甲板に出ると、海風がインターフェースフィギュアに着せた空の色よりも蒼いスカートを巻き上げようとするのを、反射的に手で抑える。
こんな何をするにも何かと手間がかかる所が何とも面白い。
はためくスカートを掴んで風が止むのを待ち、スカートと同じく暴れた前髪を梳きながら、視覚素子を船体の光学観測用素子が捉えたのと同じ方向に向ければ、光学観測用素子とはまた違った見え方をするのもまた面白い。
風が気持ちいい。
第856号建艦計画型がインターフェースフィギュアに知覚素子を仕込んでいるのを知って、面白そうだったから真似してみたんだけど、なかなか悪くない。
演算力はバカ食いするけど、数字の羅列でしかなかった世界が、急に立体的に知覚出来る様になった。
風を纏いながら甲板を舷側までゆっくりと縁まで歩いて、蒼穹の彼方に視覚素子をフォーカスする。
『レーダーに感あり。距離、約5M。キロ級航空戦艦2、メートル級航空戦艦2、センチネル型巡航艦8、それに……護衛駆逐艦とかフリゲート艦いっぱい確認。こちらからだと霞んでよく見えないけど、積層世界観測警戒艦の観測情報だとキロ級は旧式のフォマリガウト級二番艦・ファムアルフートと三番艦・オースピスキスらしいわ。一世代前の空域制圧打撃艦ね。位置情報送るわ』
「位置情報受領完了。へー。砲艦と機動兵器母艦をくっつけた感じなんだ。的がデカくて狙いやすい」
と、火器管制担当の声が後ろから聞こえる。振り向いてみれば、火器管制担当のインターフェースフィギュアが巻き上がるスカートを抑えながらこちらにやってくるところだった。
火器管制担当もわざわざインターフェースフィギュアを引っ張り出してきた所を見ると、私と同じく存外インターフェースフィギュアが捉える環境情報に興味があるのかもしれない。
「照準作業に入るわ」
インターフェースフィギュアの感圧素子が空振とともに重厚な轟音を感知する。
船体の前部に3基縦に並んだ連装410mm 超伝導可変円環式軌道加速投射砲の砲塔が一斉に艦首方向からやや左に向きを変えたのだ。
「主機制御担当は?」
「あの娘空間錨使用中以外は確率演算で演算力フルに使ってるから余裕無いのよ」
『みんなズルいよぉ!アタシだけインターフェースフィギュア動かす余裕無いんだよぉ!手伝ってよぉ!アタシも外出たい!』
インターフェースフィギュアに知覚素子を実装してからと言うもの、知覚素子から得られる情報がいたくお気に入りだった主機制御担当の泣き言が聞こえてきた。
本艦の主機は少々特殊だ。普通の航空戦艦の様に浮遊用の反重力装置で浮いているわけじゃない。
本艦は次元潜 航機関で、第一世界における存在確率を上げている状態なのだ。
この次元潜 航機関が、稼働させるだけで物凄い演算力を必要とするもんだから、装置の制御を担当してる主機制御担当は出港してからはなかなかインターフェースフィギュアが動かせない。
「なら支援要請出してよ。すぐに並列化したのに」
そう言った途端に送りつけられた主機制御担当の支援要請を受諾すると、その瞬間、まるでズシリと重力が増したかのようにインターフェースフィギュアの動きが鈍くなったような気がした。
一部とは言え、膨大な演算力を使う次元間存在確率の演算処理を肩代わりし始めたからだ。
この、高負荷の処理を受け持った時に自身に掛かっている負荷を実感として知覚する事が出来るようになったのも、インターフェースフィギュアに知覚素子を搭載した恩恵かもしれない。
「あ゛ー、窮屈だった」
まるで、コルク栓を抜く音がしそうな勢いで主機制御担当がインターフェースフィギュアの格納庫から飛び出してきた。
「貴女、まさか格納庫の中でもインターフェースフィギュア動かしてたの?!」
目を剥く戦闘指揮担当に、主機制御担当があっけらかんと、知覚素子だけだよ、と答えた。
インターフェースフィギュア用の格納庫は中で身動きができないほど狭い上に、覗き穴など無いタダの格納容器なのだ。インターフェースフィギュアを動かしても、演算力を無駄に浪費するだけである。
「だって、インターフェースフィギュアの知覚素子から得られる情報って面白くない?真っ暗は真っ暗で面白いし、時々聞こえる風の音以外の音が何なのか考えるだけで楽しいでしょ?」
ヒトに演算力補填させておいていけしゃあしゃあと、とその厚かましいその態度には閉口するしかないが、その感想には全く同意できるので呆れ顔でため息つくだけで留めてあげる。
元々外を見る事が仕事の私と違って、次元潜 航機関を運用することが仕事の主機制御担当は普段、外界を見ることが無いから、尚更なのかもしれない。
「セレスメア義勇艦隊(笑)が識別圏に入ったわ」
本艦の超長距離レーダーは、先日全世界に向けて星征艦隊が通告した侵入禁止空域にセレスメア義勇艦隊(笑)が近づきつつある事を捉えていた。
このまま現在の速度を維持して直進してくれば、約一時間で侵入禁止空域に到達する。
「警告発信するわね」
「攻撃照準波発振するね」
「主機出力上げるね」
それぞれがそれぞれの担当で、これから起こるであろう戦闘に備え始める。
「それにしてもさ。主砲初速10分の1に制限とか、意地悪もいいところじゃない?」
戦闘指揮担当が『我、星征艦隊所属乃特務艦也。貴艦隊ハ星征艦隊乃設定セシ侵入禁止区域二接近シツツ在。至急、進路ヲ変更サレタシ。繰リ返ス……』とセレスメア義勇艦隊(笑)に打電していると、火器管制担当が口を尖らせながらそんなことを言った。
それは先日、星征艦隊の創設者に謁見した際に、ヒトとの交戦を容認する代わりに言い渡された条件だ。
私たちが拝命した任務の一つには、私たち自身の実践での性能評価を取得することが含まれているのに、主兵装である45口径410mm超電導可変円環式軌道加速投射砲の主砲初速を制限しろ、という二律背反する条件がついてしまったのだ。
「多分、第921号建艦計画型の最大出力時の砲口初速の10分の1だと、流石にキロ級航空戦艦の装甲は貫徹できないよ?」
どうしよっか?と肩を竦める火器管制担当。
そうなのだ。ヒトに危害を加える事で発生する基幹システムからの異常負荷を回避したいと思って初代皇帝陛下に交渉に行ったら、代わりに今度は砲口初速に制限がついてしまったのだ。
お陰で基幹システムの調子は良くなったのだが、今度は本艦の戦闘証明の取得に支障をきたすこととなってしまった。
なかなか上手く行かないものだ、と三体で嘆息したものだが、一番被害を被ったのは火器管制担当だ。
戦闘指揮担当も主機制御担当も基幹システムの影響が無くなったのに、一体だけ足かせがついてしまったのだから、口を尖らせるのも無理はない。
などと、火器管制担当に同情していたら、主機制御担当が変なことを言い出した。
「ねぇ、色々考えたんだけど、本艦の主砲の『定格出力』での砲口初速って、主砲が損傷しないために安全マージンをかなり取ってるじゃない?発射方式は軌道加速式投射砲なんだから、損傷や砲塔構造の強度限界を考えなければ理論上は光速まで砲口初速を上げられる訳じゃない?超電導加速機の中は空気抵抗と衝撃波を無くすために真空化して加速するし、加速軌道は超電導状態だから摩擦係数もゼロ。可変円環式とは言え、『定格初速』で撃ち出さないで、延々超電導加速機の中でグルグル砲弾を回して加速してやれば、理論上は光速まで到達できる訳じゃない?」
それは理論上はそうだけど、光速の千分の一にも達する前に可変円環式加速軌道が壊れちゃうわよ。
「……思い出して欲しいんだけど、初代皇帝陛下ってさ、砲口初速を本艦の『定格出力の』10分の1に制限しろ、とは言ってなくない?」
……え?そんな解釈、良いの?
その蒼天の霹靂の様な解釈に、戦闘指揮担当は絶句する。
つまりはこういうことだ。
本艦の主兵装である45口径410mm超電導可変円環式軌道加速投射砲は軌道加速式投射砲の一種であり、弾体加速距離が長くなればなるほど、また加速時の電圧が高くなればなるほど、弾体の射出速度を上げることが出来る特徴を持っている。
実際は物理的な加速距離の制約や、構成素材の強度や伝導率、耐熱性、摩擦係数などの物理的制約を受けるので、光速まで弾体を加速するのは夢物語だが、逆に言えばそれらを無視してしまえば理論上は光速まで弾体を加速する事が可能なシステムなのである。
本艦の兵器システムは、この加速軌道を輪っかにして、その中で弾体をグルグル回して加速する方式を採用している。つまり、この方式だと弾体にエネルギーを掛け続ければ、弾体は延々と加速軌道の中をグルグル回って、延々加速し続ける――加速軌道の強度限界が来るまで。
という事は、加速軌道の強度限界などの物理的制約を無視するのであれば、本艦の主砲砲口初速の『最大値』は光速、つまりは秒速299,792.458kmである、と解釈することもできる。
もちろん、本艦が今まで想定していた『最大値』とは、『定格出力で発射した場合の初速』であって、光速の千分の一にも届かない。
であれば、主機制御担当の解釈を採用すれば、実質的に初代皇帝陛下に課された砲口初速の足かせを骨抜きに出来ることになる。
「それ採用!」
もちろん、この意見に最初に食いついたのは火器管制担当だ。
なにせ、この解釈を採用すれば彼女は初代皇帝陛下の足枷から開放されるわけだから。
「……でも、その解釈を採用したら、また基幹システムからの過干渉が始まらないかしら?あの負荷、全体で見ればそんなに大きくないんだけど、早期警戒システムとか空間受動レーダーとか、ピコ秒単位で動作させなきゃいけないシステムには洒落にならない遅延が発生するのよ。特に対空防御システム周りが危ない。最悪、近接防空システムの照準も狂うと思う」
と、新たな解釈について前のめりな火器管制担当に釘を差す。
近接防空システムは火器管制担当の管轄だけど、近接防空システムが照準のために受け取っている飛翔体の未来予想位置情報は戦闘指揮担当が管轄している観測機器群の観測情報を元に算出しているのだ。
この観測自体に遅延や誤差が出たら当然、敵の機動兵器や自立誘導型高速飛翔体を迎撃する際に、照準がズレることになる。
戦闘指揮担当の指摘に火器管制担当が「うぐぅ」とくぐもった声を上げて息を呑む。
「……じゃあ、試してみようよ」
そう言ったのは主機制御担当だった。
「もし、戦闘指揮担当の警告が正しいんだったら、試してみようよ」
……どうやって?
という、戦闘指揮担当の困惑をよそに、火器管制担当が手を挙げる。
「火器管制担当は!ヒトに向かって、『定格』最大出力で主砲を発射する事を誓います!!」
という、唐突な火器管制担当の宣言に続き、主機制御担当が手を挙げる。
「主機制御担当は、火器管制担当が『定格』最大出力で主砲を発砲する為、必要な電力を供給することを誓います!!」
そう叫んだ2人が、おもむろに戦闘指揮担当を見る。なんで?って顔しないでよ。
「……戦闘指揮担当は、ヒトに向かって主砲を『定格』最大出力で発砲するために、敵位置情報の観測データを火器管制担当に提供します……」
仕方なく、戦闘指揮担当も2人に習って恐る恐る手を挙げる。
目を瞑って自身の全システムにおける負荷状況モニターを呼び出して、自己診断プログラムを奔らせる。
数瞬という、高高度自立思考中枢体にとっては膨大と言える時間をかけて、自身のシステムに掛かる負荷が宣言前のモニターポイントに対して有意な差が認められない事を確認して、ゆっくりと目を開けた。
他の二体も同様に恐る恐ると行った様子で目を開ける。
やはり、自己診断プログラムに特段の異常認められず。
「……これ、大丈夫なんじゃない?」
一番そうであって欲しいであろう火器管制担当の窺うような呟きに、主機制御担当がゆっくりと頷く。
こっち見んな。
「……確かに今の所、異常は確認できないけど、こんな確認方法で本当に大丈夫なの?」
お腹の虫の機嫌を窺ってるんじゃ無いんだから、と心配になるけれど、戦闘指揮担当にも代案があるわけではない。
「大丈夫でしょ?現に今、大丈夫なわけだし。なら大丈夫な内にヤっちゃおうよ!後で怒られるったって、どうせ謹慎とか司令部付きに転属位のものじゃない。機能制限受けるよりはマシじゃない?」
怒られる前にやってしまえばこっちのモノ、的な発想の火器管制担当。
確かに、兵器である高高度自律思考中枢体にとって、機能制限を受けること程ストレスフルな状態は無い。
高高度自律思考中枢体は兵器であるからこそ、自身を最高の状態で保持する事に強い執着があると言って良い。
そんな兵器にとって、転属や謹慎と言う罰則は余り意味をなさないのだ。
何故なら、罰として謹慎していようが、戦闘のために一時待機していようが、本質的なその状態が違うわけではないのだら、状態を指す形容詞が変るだけで兵器にとってそれは実質的に同じことなのだ。
どうせ、緊急呼集が発令されれば自ずと謹慎は解かれて全解状態で出撃する事になるし、非常時の備えである第921号建艦計画型に対して、罰則として解体しておいたり、機能制限を設けておくのはナンセンス。罰則として機能制限をかけた状態で出撃させると言う考えもあるけれども、理論的に考えればそれはナンセンスを通り越して全く持って意味がわからない。
確かに機能制限を受けるのはストレスだが、生まれたことの証明をしないのなら別段機能制限も問題が無いし、なんなら生まれた目的を行わないのなら、機能制限が無期限に続いたって構わない。
と言うことは、確かに火器管制担当の言う通り、兵器である限り一時の快楽に身を委ねてしまう方がより効率的とも考えられる訳だ。
「なるほどね。じゃあ、ヤっちゃいますか」
「そうね。ヤっちゃおう」
そういう事になった。
問題解決。
実に気分が良い。
そうと決まれば、早く撃ちたくなる。
「接近中のセレスメア義勇艦隊(笑)だけど、警告してるのに全く停止する気配がないわ。『主権国家二非ザル星征艦隊ハ、禁止区域ヲ定ル主体二非ズ』だって。警告はしたからもう撃っちゃって良いんじゃない?」
「あらそう?じゃ撃っちゃうわね――チャンバーロード、アクセラレーションエンゲージ」
「主機出力、待機状態から戦闘状態へ。アンカーアップ」
臓腑を震わせるような低い唸りが船体を震わせる。インターフェースフィギュアに臓腑はないけど。
「敵位置情報精密測距開始。アストルラーヴ・イプシロンⅣからゼータⅩⅨより応答確認。精密照準情報転送するわね」
低い唸りが段々と増してゆく。
「宜候。照準情報受領完了。各砲最終照準作業開始。ケメンス・ファイアリング・インシークェンス。弾体、定格速度到達まで10、9、――」
「主機制御担当、主砲発射後は手筈通りノック・エンド・ランで行くわよ。急速潜航用意しといてね」
「主砲発射後、フル・スターボード・ラダー、オール・ドライヴ・アヘッド・フランク、クラッシュ・ダイブ、宜候。……これさ、もしかして防御用斥力場とか展張したほうが良いんじゃないの?」
「何で?」
まるで高まる鼓動が如く、低い唸りが加速する周波の様に増大していく中、主機制御担当の唐突な提案に、戦闘指揮担当は思わず問い返した。
「あのね――」
「――2、1、弾体定格速度到達。スリンガトロン・アクセラレーション・エンゲージ、オープン・ファイア――」
何かを伝えようと主機制御担当が戦闘指揮担当に向き直った瞬間、何かが弾けるような音がした気がしたけれど、同時にインターフェースフィギュアの全知覚素子からの信号がブラック・アウトした。
あ、これヤバイ。
戦闘指揮担当が制御する近接早期警戒システムが木の葉のごとく吹き飛んで行くインターフェースフィギュアを捉えていた。
なにこれ?何が起こったの?
『多分、これが衝撃波だよ。大気って凄いねぇ』
主機制御担当の感慨深げな呟きを他所に、吹き飛んでいくインターフェースフィギュアを慌てて展開した重力制御装置の斥力場で受け止める。
『あー、なるほどね。大気圏内で音速の百倍強の速度で主砲発射すると、衝撃波だけでこんなになっちゃうんだ。勉強になったわ。大気圏内で主砲撃つ時は、インターフェースフィギュアは甲板に居ちゃダメだね』
そう言いながら、戦闘指揮担当が受け止めて甲板に戻した火器管制担当のインターフェースフィギュアがムクリと起き上がって、ボロ雑巾みたいになった自身の衣服を面白そうに見下ろした。
「そうね。良い勉強になったわ」
私も自分のインターフェースフィギュアからの出力が回復したから、自身の衣装を見下ろして嘆息する。
あーあ。折角、御粧ししたのに。
などとちょっとブルーになっていたら、発射した弾体が着弾が近い事を知らせてくる。
「あ、着弾……今――」
その瞬間、またインターフェースフィギュアの全知覚素子がフラット・デッドした。
でっかい大砲、超電磁加速砲、発砲に伴い襲い来る衝撃波、弾着を告げる猛獣の咆哮のような磁気嵐。
幼少期のある作品で性癖を曲げられた自覚はあります。
その張本人は何故か今は和菓子屋さんをされてるそうです。
一度、先生のお菓子食べてみたいです。




