#64
毎度、ご無沙汰をしております。
いよいよ夏休み。皆さんいかがお過ごしでしょうか?
お盆はどこか行かれますか?
今週末は花火大会が全国で集中してるのに台風来るという始末。
昨年の様に変な警報など出ないことを願います。
迷惑な方の三馬鹿は揃って未練がましく口を尖らせながらも、連絡艇に乗って朕たちの秘密基地の上空に鎮座した自身の船体に戻って行った。
彼女たちの船体が内燃機関の推進音ではなく、まるで海原を割って進む艦のような波音を立てて動きだしたのを見るに、やはり何か変わった機関を載せた艦の様であった。
去り際に、逆さになった船体の甲板から逆様にコチラを見上げて手を振る迷惑な方の三馬鹿が見えたという事は、やはりあの船は上下逆様に停泊していたようである。去り際にゆっくりと船体が縦軸回転して正位置へと戻っていくのが見えた。
遠くてよく見えなかったが、その後ろ姿はまるで半身を海面下に沈めた海に浮かぶ船の様であった。
遂に星征艦隊は重力慣性制御機関を完成させたようである。喜ばしい事だ、と内心ほくそ笑んでいると、ライラが起きてきた。
妙にタイミングが良いと思ったら、どうやらへーリヴィーネはあの三馬鹿の襲来をライラには知らせたくなかったようだ。碩術で起きないようにしていたらしい。
それとなくヘーリヴィーネに尋ねると、どうやら迷惑な方の三馬鹿がやって来たのはへーリヴィーネが『帝国』内で抱えていたシガラミのせいであったようで、へーリヴィーネは自身の『帝国』での立場をライラには知られたくないようである。もしかしたらば、ヘーリヴィーネは伏魔殿が如く愛憎渦巻き権謀術中飛び交う『帝国』とは、ライラを関わらせたくないのかも知れなかった。
眠気眼を小動物の様にクシクシと擦りながら起きてきたライラを、ヘーリヴィーネは何事もなかったように普段通りに顔を洗わせ、着替えを用意し、朝飯を用意した。
どうやらあの迷惑な方の三馬鹿たちと話している裏で、『印付』で調理器具を動かして朕たちの朝食を作っていたようである。
朕も別にへーリヴィーネが自身の立場をライラに隠したいのならば別に異存はない。
朕も何事も無かったように、食卓を囲む。
ヘーリヴィーネが朝食として用意してくれたのは、刻みソーセージと根菜が入ったオムレツであった。ライラには朕と同じオムレツに野菜スープとライ麦パンが付いている。
地上世界としてはかなり豪勢な朝食であると言えたが、ヘーリヴィーネはライラの健やかな成長のために、良質のタンパク質と適度なカロリーをライラに摂取させることに対しては一切妥協しない。
朕たちが秘密基地にいる間は、油分少なめタンパク質多めに各種ビタミンとカロリーを計算した食事を甲斐甲斐しく毎食用意してくれている。
お陰でライラもこの所成長著しい。夜になると足が痛いと成長痛を訴えているから、背も段々と伸びている。
今日は凡世界救済軍の救援物資輸送の予定は入っておらず、カデン高原の航空写真は昨日撮ったばかり。
ライラにとって久方振りの休日であった。しかし、そんなライラをヘーリヴィーネが放っておくわけがない。ライラにとって休日でも、へーリヴィーネにとっては逆に教育ママの日なのだ。
朝食を食べ終わると、へーリヴィーネは早速『印付』で朝食の後片付けをしつつ、ライラに碩術理論の講義をし始めた。
ダイニングのナチュラルウッドのテーブルを挟んで講義を行うヘーリヴィーネを横目に、朕が『印付』で火かき棒を操って薪ストーブの灰を掻き出していると、部屋の隅に所在無さげに佇む姦しい方の三馬鹿の姿が目に止まった。
普段ならへーリヴィーネの家事を手伝ったり、雪が降り出してからは雪かきをしたりと、甲斐甲斐しく働いてくれていたのだが、なにやら今日は少し俯き加減でジッと床を見つめていた。
姦し娘のくせに、何やら落ち込んでいるようである。先ほど、どうも迷惑な方の三馬鹿に簡単に捻られた様な事を言っていたから、もしかしたならばそれを思い詰めているのやもしれぬ。
彼奴らが『悔しい』という感情に該当する演算を行えるのかどうかは別として、傍から見ればその姿は確かに哀愁を誘う姿をしていた。
ふむ。
あの迷惑な方の三馬鹿がこの秘密基地にやって来た理由の事もある。
もしかしたならば、朕の勘が正しく、迷惑な方の三馬鹿の目的の一つがライラであった場合、姦しい方の三馬鹿は味方につけておいたほうが良いかもしれぬ。
むしろ、ライラから艦名を賜ったお陰か、姦しい方の三馬鹿は妙にライラに懐いているから、上手くすればもし星征艦隊がライラに何がしかを企んでいるのであれば、姦しい方の三馬鹿はライラを守る盾となってくれるかもしれない。若干、頼りないのは御愛嬌、という所だが。
という訳で、少し慰めてやろう。
「どうした」
薪ストーブの灰の掻き出しは続けながら、朕はスピカの隣へと移動すると、同じ方向を向くように並んで腰を下ろした。
視線を上げずとも、チラリと1号がコチラを伺ったのが判った。
「……第921号建艦計画型に掛けられたシステムロックが解けないのです。あいつら、演算力が桁違いなのです」
そんな言葉と共に、朕の額にポツリと大粒の水滴が落ちてきた。
何事かと見上げてみれば、朕を覗き込むように見つめる1号の瞳から、ボタボタと大粒の涙がこぼれ落ちて来た。
いやまさか冷却液とかそういう類の何かではあるまいな?自慢では無いが、この黒蝶貝のように艷やかな毛並みが荒れるのは我慢ならん。
「本艦たち第865号建艦計画型が欠陥艦なのはわかっているのです。星征艦隊中からそう言われてるのは知ってるのです。でもそれは本艦たちが局地戦用に建造されたからなのです。対艦攻撃能力も防御性能も不足しているのも、大気圏内戦闘を想定して機動力を確保する為の戦術的設計なのです」
ボタボタと大粒の雨のように床を濡らす1号の涙からそっと退避しつつ、1号の次の言葉を待つために、涙雨に濡れない位置に移動して朕は再び腰を下ろした。
下手に酸性やアルカリ性の液体だと、毛皮が爛れたりしても嫌だしな。
「でも、実際に性能に差を見せつけられると……本艦もライラ様のお役に立ちたいです」
悔しげに歪むその表情はどこからどう見ても、初めて挫折を味わった幼子の様であった。
まさか『感情』が実装されているのではないかと勘違いしてしまいそうである。
いや、実際に星征艦隊が『感情』を再現出来ているのかどうかは、朕には解らない。
だが一つ言えることは、その様な振る舞いができるスピカの高高度自立思考中枢体としての性能は、それ程悪くない様に見える。
予め定められた条件分岐による既定の反応を返しているだけの可能性は否めないが、聞いた限りでは過去からの因縁に此度の状況を踏まえた上で、自身がどうなりたかったのか、と言う凡そ機械演算では不可能とも思える自身の希望を語り、更にはその希望を叶えるための目標を設定をしているように見えたからだ。
よく考えてみれば、こ奴ら大気圏内に突入して直接ILshnEDEと戦う為に設計されているのだから、電子戦で負けない為にも演算能力が低い訳が無いのだ。
で、あるならば、少し助け舟を出してやっても良い。
見た所、第921号建艦計画型《迷惑な方の三馬鹿》にはマインドクラックで敗北した様であるし、船体性能は朕にはどうにも出来ないがマインドクラックであれば朕にも少しばかり覚えがある。
「其方、チャントは開けるか?朕にチャントのチャンネルを開け」
朕の問いに、スピカは頭を振る。
「量子暗号通信は第921号建艦計画型初号艦にロックされて、現在使用できないのです」
どうやら、外部からの接触手段を断たれている様である。同型艦に助けを呼ぶのを防ぐ為であろうか。なんと、手の焼ける。
「……わっ!何をするのです!!!」
仕方が無いので朕はオドを練りながら、スピカのスカートに爪をたてて一足飛びに肩まで駆け上がる。
「マインドクラックとは、相手を制圧する事が真の戦い方ではない」
いきなり左肩に飛び乗った朕に、慌てて顔を向けるスピカ。
その額に、コツン、と猫の額を合わせると同時に練ったオドを流しこむ。
「毛むくじゃらなのです!口に毛が入るのです!!!」
最近、姦し娘たちは薪割りや掃除など、軽作業を手伝う様になったものだから、幾つかの感覚器をインターフェーズフィギュアに実装したらしい。モノを掴む、操作する、などの精密性を要する作業を行うのには、流石に遠隔地から監視するだけでは不便だしな。
それをスピカたちも自覚したのか、先日スピカたちのインターフェーズフィギュアを工作型艦載機が寄って集って大手術しておった。
シュピちゃんズは元々外見が中型犬くらいある四本足の蜘蛛のような姿をしているから、そんなシュピちゃんズが一見すると幼女に見えるスピカたちのインターフェーズフィギュアに群がって、解体・改修する姿は若干ホラーであった。
そんなスプラッターな改修作業を終えたスピカたちは、今現在感覚器が捉えた知覚情報を船体の方に送信しているのである。なので、このインターフェーズフィギュアの知覚素子を踏み台にすればスピカの船体にマインドハックを仕掛けられる。
知覚素子の感覚情報を受信している通信機を踏み台にする手も考えたのだが、通信プロトコルを解析しようと思ったら此奴ら量子暗号通信を使っておった。量子暗号通信に直接割り込むのは少々面倒くさいので、知覚素子を経由してマインドハックを仕掛ける事にする。
「おっ!……おっ!!……なななななななににヲヲヲををするノノのnでdddsssssssss――」
朕を引っぺがそうと手を伸ばしたスピカの動きが止まり、発声が痙攣したように不規則に断絶する。
知覚素子の得ている情報がどのようなプロトコルで量子暗号通信で送られているのか調べるのが面倒なので、一番予測がし易い感圧情報素子にオドを流す。
感圧情報は強度のパラメーターはあれど、基本的には入力が有るか、無いか、だけの離散量情報に変換できてしまうからな。情報をやり取りする為のプロトコルが予想し易いのだ。
感圧情報素子に流し込んだ欺瞞情報に対するスピカのインターフェーズフィギュアの反射動作から量子暗号通信の通信プロトコルを解析し、感圧情報素子経由でインターフェースフィギュアの知覚情報を受信しているスピカの船体の通信ノードにアクセスする。
第921号建艦計画型も、真逆味方であるスピカたちを完全に行動不能にしてしまうとは考えにくい。頃合いを見てシステムロックを解除するつもりであったのであろう。
その為には、例え外部との通信が出来ないように通信システムをロックしたとしても、所定の手順を踏めば遠隔でもロックが解除できる様にしていると考えるのが自然である。
であるならば、何処かのポートが開いたままのハズである。
スピカが以前の様にチャントを開いてくれれば、そのままマインドハックしてシステムロックを解除してやれたのだが、それが出来ないのなら面倒だが地道な手を使うしかない。
マルチディヴィジョンを展開してブルート・フォースしてやって、開放されている通信用ポートを特定。
その通信用ポートに接続要求信号を送ると、認証ゲートウェイが起動して朕がアクセス権を持っているかどうかを尋ねてくるが、当然認証錠は持っていないので展開したマルチディヴィジョン総出で超高速で大量のデータを打ち込んでやる。
前にマインドハックした時に見たスピカのシステム構造は覚えているし、朕は星征艦隊の基幹システムに予め設定された共通の汎用命令も知っているから簡単である。
予期せぬタイミングで強制的に実行された汎用命令に、スピカが「う゛っ!!!」と素っ頓狂な声を出してライラが何事かとこちらを伺うが、ヘーリヴィーネが「余所見をするな」とばかりにライラの頭を無理やり机に向けた。
「痛い痛い」と悲鳴を上げるライラを横目に、汎用命令で強制的に開放されたスピカのシステムの内部を探ってみると、どうやらマインドスフィアから船体各所にスピカの意思を伝達する為のソフトウェアがまるまる暗号化されて正常に動作しなくなっている様である。
見た所、総当り攻撃では正解を引き当てるのに時間がかかりすぎる事を防御力の要とするタイプの暗号化であった。
どうやらこの暗号を復号出来ずに、スピカは機能不全に陥って落ち込んで居たようである。
まぁ、いくら高性能の演算装置であっても、このタイプの暗号の復号は非常に長い時間がかかるものだ。
またモジュロ演算か、と辟易しながら暗号を復号しつつ、なるべく優しくスピカに語りかける。
「良いか。暗号の復号には幾つもテクニックがある」
唐突に語り出した朕を、スピカは不思議なものを見るように見つめ返した。
「例えば、いくつかの定理を知っているだけで復号に掛かる時間は十分の一以下になる。具体的には剰余定理やモンゴメリ乗算あたりだ。他にも、楕円曲線理数対数を理解しておれば、『ショアのアルゴリズム』や『サイドチャンネル』などを使って、更に復号時間を数千万分の一以下に短縮する事が出来る――ほれ、解けたぞ」
別に何か特徴的な音や光が出たわけでもなく、静かにスピカに掛けられたシステムロックは解除された。その瞬間、スピカが肩の力を抜いたのがわかった。
「演算装置が一つしかないうんこ猫には出来て、何故128万の並列演算素子を搭載している本艦には出来ないのです?」
まるで、理解のできない定理を突きつけられたかのように、スピカが拗ねたような視線を朕に向けてくる。
マルチディヴィジョンは並列世界に存在する自分たちとチャントを使って並列化して行うのだから、一つの演算装置で行っているわけではないのだが、それにしたってヒトの脳ミソのスペックなど知れている。
スピカに搭載されている演算素子一個分でヒトの脳ミソ何人分に相当するのかは解らないが、それでも一人二人分という事はあるまい。
それが百万個も並列化されているスピカが解除できないシステムロックを、将に朕がそれこそ数分で解除してみせた事に納得が行かない、と言う風である。
「ハードウェアの性能は必ずしも絶対的な性能差ではない。モノを言うのは、いつだって知識と経験、という事だ」
朕がシステムロックを解除したことで全機能を取り戻したスピカの通信ノードに朕が今やってみせた事の記録を送りつけてやり、スピカの肩から朕がピョンと飛び降りると、戒めから解かれたからか彼女は「うーん」と伸びを一つして、視線で朕を追う。
「……このログと同じ事を、本艦も出来るのです?」
朕が送った記録に目を通しているのか、イマイチ焦点のあわない瞳をコチラに向けるスピカ。
然り、と答えてやると、スピカは曇天に差し込んだ一筋の希望を見るようで、その実、高く険しいその希望の道を見たような、そんな明暗が綯い交ぜになったような顔で朕を見つめた。
「第921号建艦計画型の処理能力は、マインドスフィア単体で本艦の倍の処理能力があるのです。それでも本艦は第921号建艦計画型に勝てるのです?」
マインドスフィア単体で倍、ということは一隻で見た場合は六倍の性能差がある、という事であろう。彼奴ら三体セットだからな。
真正面からやれば勝てる訳もないが、それは真正面からやるからいけないのだ。
「手段を選ぶな。其方が本当にライラを護りたいと思うのなれば、その目的を果たす為にはありとあらゆる手を講じよ。必要であれば、予め星征艦隊全艦にバックドアを仕掛けよ。ウィルスを作って星征艦隊の基幹システムに感染させよ。正面から戦って勝てない相手なら、事前にありとあらゆる可能性を考慮して、入念な準備を怠るでない」
余程朕の言葉が予想外だったのか、パチクリ、と瞳を瞬かせるスピカ。
彼女にとっては味方とはいえ、此度のように星征艦隊がライラの脅威となりうるようであれば、星征艦隊所属の全艦、全マインドスフィアにバックドアやウィルスを仕掛ける位はやっておいて損はない。碩術戦でも常套手段である。目的達成のためなら用意周到に、十重二十重の仕掛けをしておくものだ。
それに正面からやり合わなければならなくなったとしても、スピカたちには三百隻を超える同型艦が居るはずだ。一隻では演算能力で勝てなくても、皆で寄ってたかって事に当たる事が出来れば、スピカたちをまとめて相手して演算能力で勝る艦など、早々あるとも思えない。
多分、第865号建艦計画型はそう言った数の暴力で事に当たるように設計されて、大量に建造されているのだ。代わりに随所に手抜きが見られるのかもしれないが、それは要求仕様とコストとの兼ね合いであろうから致し方ないというもの。
であるならば、当然いざという時の備えには、常に同型艦との連携を視野に入れておくべきであろう。
スピカよ、其方、クラスリーダーになりたいのであろう?
であるならば、まずは同型艦を掌握してみるのはどうかの?
ウィルスを仕掛けるでもバックドアを仕掛けていつでも管理者権限を奪える様にしておくでも、何でも良い。
其方を筆頭に同型艦が一斉に動くのであれば、其方たちは早々負けないであろうし、それを率いる其方は立派なクラスリーダーと言えるであろう。
などなど、訥々と語って聴かせて最後に少しだけ朕たちに都合の良いことを吹き込むに連れ、スピカの目は爛々と輝き出し、無知蒙昧の稚児のそれであったその表情には、段々と知性の色が彩りだす。
まぁ、第865号建艦計画型が全艦ライラの味方になるならば、これ程頼もしいこともあるまいて。基本性能はさておき、数は力だからな。
「なんとなく、分かったのです」
多分、この短い間にも朕との会話から得た情報を精査しながら思考を繰り返していたに違いない。
その上で何かを掴んだのか、そう応えたスピカの顔は、何故かどことなく少し大人びて見えた。
……気のせいであろうか?
其方、少し等身が上がっておらんか?
気のせいであろう。多分。
「そうだ。第921号建艦計画型が止めようとしているセレスメアの義勇艦隊(笑)だかな。其方、気が向いたのならアレを第921号建艦計画型よりも先に止めてくれぬか?」
朕の言葉に、スピカの幾らか大人びて見えた顔が元の幼いハテナ顔に戻る。
なんの義理があって?という事であろう。
星征艦隊からその任務を受領したのは第921号建艦計画型であろうから、何の命令も受けていないスピカがしゃしゃり出る幕はない、と言った所か。
それは道理なのだが、既に没して久しく既に今世の政とは無縁の身とは言え、嘗てはヒトの未来を一身に担っていた朕としては、多少の老婆心が出てくるのもヒト……いや猫の性と言うもの。
「いや何、其方の練習台には調度良いかと思ったまでだ。朕の手本を見て、其方も自身の使い方が解ったであろう。であるならば、失敗しようが何をしようが文句の出ない練習台があるのであるから、実際に試してみて、その知識を己の物とするべきであろう?」
星征艦隊がヘーリヴィーネと交わした約束は、恐らくセレスメアの義勇艦隊(笑)の渡洋阻止であるのだから、義勇艦隊(笑)の渡洋阻止さえ実現できれば星征艦隊としては何ら問題がないはずである。
ならば、それを善意でスピカたちが成したとしても、星征艦隊は殊更問題にすることはしないだろう。
彼女たちは機械知性体であるが故に面子には特にこだわりが無い。多分な。
何故、朕がそんな事を考えているかといえば、多分、第921号建艦計画型はセレスメアの義勇艦隊(笑)撃退に失敗するであろう。
朕の生前の星征艦隊所属艦は全て宇宙戦闘専用であった。
大気圏内で行動できないわけではないが、主武装である超電導加速投射砲の使用に大きな制限が有った。
もしかしたら、今の星征艦隊はその制限を克服しているやも知れぬが、相変わらず克服出来ていないかもしれない。
だが、朕は克服出来ておらぬと考えている。
根本の原因が小手先の技術でなんとかなる様な問題ではなかったと記憶している。
それに、何故大気圏内戦闘専用の様な性能のスピカが作られたのか、という事を想像してみれば自ずとこの予想に行き着く。
朕の読み通り克服出来ていなかった場合、セレスメアの義勇艦隊(笑)は無事渡洋を果たし、航空艦隊は疎かマトモな航空戦力すらロクに保持していないテルミナトル帝国が彼らに抗うすべがあろう筈もない。
航空艦隊が空を覆い迫り来るその威容に怖気づいてテルミナトル帝国が即時降伏すればよいが、そうでなかった場合、街の一つや二つ、消し炭になる事になるかもしれない。
その人的被害はとんでもないものとなろう。
逆に、星征艦隊が既に超電導加速投射砲の大気圏内運用の制限を克服していた場合、テルミナトル帝国の民は無事で済むであろうが、今度はセレスメアの義勇艦隊(笑)にとんでもない人的被害が出るであろう。
まぁ、テルミナトル帝国の街が消し炭になるよりかは数字の上では被害が少なかろうが、「ヒトの命に貴賎は無い」とは建前である。セレスメアの義勇艦隊(笑)が負ければ、今度は高度な教育を受けた天上大陸の優秀な航空士官兵が大量に失われるのだ。
その士官兵たちは間違いなく、全ヒト種の上位1%に数えられる逸材たちである。
そんな人材が千人単位で失われるのだ。
ヒト種全体の人的資源を考えるならば、彼らの損失は数字の大小で見捨てて良い命ではない。たかだかヒト同士のケチな小競り合いで失うには惜し過ぎる。
どちらにしても、第921号建艦計画型が事に当たると、看過できない損害が生じる。
これを防ぐには、スピカたちを当てるに限るのだ。
「本艦は対艦攻撃能力に乏しいのです。主武装は炸薬式の10.5センチ両用砲と30ミリ回転機関砲だけなのです。セレスメアの航空艦隊を撃退するなんて無理なのです!」
朕の「セレスメアの義勇艦隊(笑)の渡洋を阻止せよ」と言う言葉に、スピカはパチクリと目を瞬かせた。
10.5センチと言うと、確かに質量兵器に対して防御を徹底している天上大陸の航空戦艦にとっては豆鉄砲以下かもしれぬな。
しかし、航空戦艦の落とし方は真正面から大砲を打ち合うだけではない。
「何を言っておるのだ。手段を選ぶな、と申したであろう。自らの設計思想をもう一度思い出せ。其方らは衛星軌道から強襲降下を行って、艦載機で地上制圧を行うために造られた強襲艦であろう?であれば、設計思想どおりの戦い方をすれば良い」
朕の言葉にまたハテナ顔に戻るスピカ。
「地上制圧しても空を飛んでる航空戦艦は落とせないのです。しかもセレスメアの航空艦隊との会敵地点は海上なのです。リーゼくんたちには海上活動能力がないのです」
「リーゼくんたちをセレスメアの航空戦艦に直接、空挺降下させて移乗攻撃するのだ。内部に侵入してしまえば如何に防御に秀でる航空戦艦とて、中に居るのは精々が武装した乗組員だけであろう。しかも自軍の船内なのだから使用できる火器もたかが知れておる。リーゼくんたちの様な重装甲の小型機動兵器相手には手も足も出まい。更には、如何に強力なプロテクトで通信封鎖をしていようがなかろうが、一度内部にさえ侵入してしまえば、艦内のノードを乗っ奪って艦隊データリンクに侵入出来れば敵艦隊全体をハッキング出来る。さすれば、其方らは単艦で一個艦隊を制圧出来るであろう。狙うなら旗艦だぞ」
はたと、スピカが目を見開いた。
「リーゼくんたちには非殺傷兵器や非殺傷弾頭を装備させて、セレスメアの航空戦艦の乗組員に死者が出ないようにして制圧するのだぞ」
「何故、セレスメアの乗組員を助けたいのです?」
「言ったであろう?セレスメアの航空艦隊は何をしても大きな問題にならない良い練習台だ、と。だが、其方はなんのためにセレスメアを練習台とするのだ?ライラを護る力を得る為であろう?そのために、其方自身の『使い方』を学ぶ為ではないのか?だが、其方がセレスメアの航空戦艦の乗組員を皆殺しにする事で手に入れた血濡れの力で、果たしてライラは護って欲しいと思うかの?それに、仲間が死ぬとヒトは理屈ではなく感情で動くようになる。此度の乗組員の誰かが、何かの拍子に事を行ったのが其方で、其方がライラに仕えている、と知れば、ライラに憎悪を向ける輩も出てこよう。だが、誰も死ななかったのなら、どうだ?誰も仲間を失わなかった乗組員たちは、其方に、さらには其方の仕えるライラにどのような感情を抱くかの?」
ビクリ、と身を震わせるスピカ。
「殺めるのは簡単だが、それは後から取り返しがつかぬ。真の強さとは、敵を活かした先にこそあるものぞ」
ちと、クサかったな。
本当は、朕がスピカたちにそう有って欲しい、と思っているだけだ。
こっ恥ずかしさを誤魔化すように、スピカの下を後にする。
チラリ、と振り返り見たスピカは、また何処か大人びた顔に戻っていた。
引き締められたその表情に、何やら決意のような物が見えた。いや、これも朕の願望だ。見えたら良いな、と思っただけだ。
その後、ヘーリヴィーネの課した厳しい課題に青息吐息のライラに手を貸してやったり、ライラの指導に余念がないヘーリヴィーネの代わりに昼食を作ったりしていたら、いつの間にかスピカの姿は何処かへと消えていた。
スピカは朕の提案を受け入れるであろうか。
まぁ、どちらでも良い。
ただ、少しでもスピカの為になれば、と思った。
であるからして、まさか、翌日に現れたスピカがあの様な姿になっていようとは、露ほども思わなかった。
「暫く、御暇を頂き度存じます、なのです」
翌朝、朝餉を食っている最中に、見たことも無い十代後半くらいのスピカと同じデザインの侍女服を纏った娘が楚々と訪ねて来て、開口一番そう宣った。
「……スー……ちゃん?」
一晩で自身よりも一回りは年上の姿に変貌した――らしい――スピカを見上げて、ライラの手から齧りかけのライ麦パンがコロリと落ちた。
配色が同じだから辛うじてスピカと解るが、見慣れていなければそれに気付くのは難しかろう。ご丁寧に侍女服も背丈に合わせて丈が長くなっている様である。
「驚かせてしまい、誠に申し訳御座いません、なのです。第856号建艦計画型124番艦スピカは、ライラ様を御護りする力を得る為、セレスメアの義勇艦隊の渡洋を阻止する任務に赴かせて頂ます、なのです」
そんな、声まで変わって。
一晩の間にスピカに何があったのかは解らんが、とにかくスピカが自身の象徴でもあるインターフェースフィギュアを作り変えたという事だけは確かなようである。
成長した、という事はあるまい。流石に。
「以前の未熟な本艦との決別の為、新たな決意の証として、インターフェースフィギュアを一新させて頂きました、なのです」
耳障りなキンキン声から一転、落ち着いたアルトでそう語るスピカは、語りながらライラの前で片膝をつく。
……其方、最初からその姿で居れば他と見分けがつかなくなることもなかったのでは?などと突っ込むのは無粋な雰囲気である。
「一時とは言えお側を離れますことをお許し下さい。本艦は必ずや、第856号建艦計画型のクラスリーダーに成って戻って参ります」
ライラの手を取り、まるで姫君に誓いを立てる御伽噺の守護騎士のように語りかけるスピカ。
頼んでもいなければ自身を護る騎士などとは露ほども思っていないライラは、突然大きくなった上に何やら畏まった態度になったスピカに動揺するばかりである。
まぁ、ライラはスピカを何かと助けてくれる頼もしくて可愛いお友達、位にしか思っておらなんだから当然といえば当然である。
決して主人であるとの自覚はないであろう。
そんなスピカの突然の申し出に、なんと反応して良いか分からないライラの「ぇえ?」とか「ぁあ〜……うん?」みたいな生返事を聞いて満足したのか、スピカは半直角の最敬礼を一つして、来たとき同様に楚々と秘密基地を出て行った。
後に残された朕たちは、呆気に取られて顔を見合わせるしか無かった。
まぁ、やる気になったのだから、細かい事は良かろうて。
2号「なにあれ!ずっこいでゴザル!」
3号「私もやろうかしら」
2号「?!?!?!?!」
3号「……流石に面倒になっちゃった」
2号「……拙者もゴザル辞めたほうがいいでゴザルかねぇ?」
3号「色んな人と被ってるみたいよ」
2号「……更新が遅いからでゴザルかねぇ?」




