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朕は猫である  作者: 名前はまだない
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#54

※ここから衛生環境の悪いシーンに入ります。お食事中に読むなどは避けて頂くなどしていただければ幸いです。


大幅な改訂を入れました。

具体的にはオフェーリアさんが同行した事になってます。

大筋は変わりません。

 それは、まさに朕の殺那の不覚を突いた見事な一撃であった。


 迫り来る上空からの攻撃に備えて、朕の意識がそちらへ向いた所に、反対側からの攻撃。見事という他なかった。理論絶対(シュバルツシルト)防御結界(サーフェス)を全周展開して居らねば確実に抜かれておった。

 展開していた並列思考(マルチディヴィジョン)の一部が纏めて吹き飛ぶが、瞬時に初期化、再展開シーケンスを経て再起動。

 先の攻撃で殺しきれなかった衝撃が朕たちの飛行箒を襲い、オフェーリアが尾を引くような悲鳴を上げて、ライラが必死で飛行箒の制御を安定させようと奮闘する中、朕は先の攻撃元の特定の為に地表に適当に走査波(シーキングウェィブ)をばら撒くも、上手いことそれらしき反応を掴むことが出来無いでいた。


 不意打ち過ぎて今し方の攻撃が何によるものであるかすら、特定出来ていない。それ程までに、先の攻撃は見事であった。

 二発目が来てくれれば確実に尻尾を掴んでみせるのだがな、と思ったそばから二発目が飛来した。

 まるで鉄扉を勢い良く閉めたかの様な爆発音と一瞬の閃光と共に、ようやっと飛行箒のバランスを取り戻したライラと、それに必死にしがみついていたオフェーリアから小さな悲鳴が上がる。



 『ライラ、増速、増速せよ!』



 ライラに指示を出しながら、二撃目の発射点の逆探知を開始する。

 朕たちが錐揉み状態だった(ストールしていた)からと言って、安易に二撃目を放ったのは迂闊である。先の攻撃に比べれば、至極御粗末。

 必殺を信じた一撃を防がれて慌てたか、それとも種切れか。二撃目も一撃目と同じく朕の不意を突ければ、可能性はそれなりに有ったのであろうが、詰めが甘い。


 例え超音速で飛来する砂粒一つであったとしても、一人前の碩術師であるならば、上位・下位世界への干渉を介することでそれがなんの攻撃で、どこから飛来して、更には攻撃を受けたことにより繋がった攻撃者との『(ネクサス)』を辿ることで、狙撃点を割り出すことができる。

 朕の生前は『積層世界介入法(インターベンション)』と呼ばれておった碩術である。


 例えば第二世界(デジタル)法則介入(インタービーン)を行うと、観測に要する演算力を度外視すれば、風や水の流れなど目に見えないものから計量が非常に難しい物まで、世界の全てを離散量として観測が可能である。無闇に行うと並列思考(マルチディヴィジョン)がいくらあっても足りずに復帰不可能な思考停止(ハングアップ)に陥るので注意が必要であるが。

 第二世界(デジタル)法則介入(インタービーン)により、狙撃手から向けられた殺意の痕跡まで、それを離散量として朕は観測することが出来た。


 二撃目を防御した瞬間に朕の第二世界(デジタル)法則による介入(インターベンション)を使った解析によれば、少なくとも二撃目に関して朕の理論絶対(シュバルツシルト)防御術式(サーフェス)は約900m/秒で飛来した直径約半インチ(12ミリ)、弾体重量約60グラムの金属製の弾体を弾いていた。

 弾体素材までは解析が間に合わなかったが、状況から考えればまず間違いなく対物ライフルの狙撃であろう。

 これはあくまで推測ではあるが、対物侵徹弾を碩術で加速し、更に術者による手動誘導により超長距離から朕たちを狙撃したものと思われた。


 まぁ、なんと無茶をやってくれる。

 風向や大気密度の変化による弾道補正を音速の三倍近い速度域で実現するその業は、例え朕であってもすぐには真似できぬ。なかなかの手練である。


 しかし地上世界と油断したのか、それとも単に朕たちが舐められていただけかは判らないが、狙撃手が放った二撃目の着弾点と入射角を第二世界(デジタル)法則介入(インタービーン)によって観測してその結果から弾道を逆算してやれば、結果は明確な殺意の痕跡となって浮かび上がる。


 結果は14オクス(約12.6km)程離れた地点から狙撃された可能性が高かった。誤差範囲を考慮すると半径1オクス程度まで広がるが、走査波(シーキングウェィヴ)でカバー出来ない範囲ではない。

 而して、その範囲にくまなく走査波(シーキングウェィヴ)を浴びせてやれば、弱い弱い反応を一つ見つけることが出来た。


 そいつは草原地帯にドームのような物を築いて伏せっていた。

 多分、カモフラージュ用のテントかブッシュクラフト(野外工作物)の下で伏射姿勢で第三撃目を準備しているものと思われた。


 一生懸命朕の走査波(シーキングウェィヴ)を無効化してやり過ごそうとしていたようであるが、「見つけているぞ」とばかりにピンポイントで走査波(シーキングウェィヴ)を照射してやると、慌てて遁走を始めたのを更に追尾して走査波(シーキングウェィヴ)を浴びせ続けてやる。

 これで高脅威目標の一つを無力化出来た訳だが、と高空の反応の方に注意を向ければ、青白く輝く光球を伴って突っ込んでくる一機の飛行箒が見えた。

 鈍色の金属製の非常に鋭角で、アヒルの嘴の様に横に広がったフュエリングを持つシルエットから見るに、飛行箒と言うよりは超小型の戦闘機の様に見える。明らかに天上世界製の代物だ。


 成る程、上下からの波状攻撃をするつもりであったか。

 あの従えている光球は、荷電粒子か何かであろう。

 であれば、防ぎようは幾らでもある。


 電子の制御は碩術の基本であるからして、オドのスピンを変化させて理論絶対(シュヴァルツシルト)防御術式(サーフェス)の表面の磁界を操作する。

 突っ込んでくる敵の飛行箒から放たれた光球が朕の理論絶対(シュヴァルツシルト)防御術式(サーフェス)の表面でグニャリとその軌道を変えて明後日の方向へと飛び去ってゆく。

 リーベラクレア程の収束も、出力も無い様なので弱い磁場でも簡単に軌道が変えられる。

 その時には、第二世界(デジタル)法則介入(インタービーン)による敵攻撃の解析は済んでいた。

 なかなか面白い碩術であった。朕はこの碩術を知らぬが、オドの軌道も、スピン(角運動量)も全てを丸裸にした後となっては、見様見真似で朕も全てを再現出来る。



 「反響(エコー・)する残響(リヴァバレーション)



 それは、朕の生前では割とポピュラーな対抗碩術であった。

 事前に敵の碩術を観測しなければならないと言う欠点はあったが、必要な数の並列思考(マルチディヴィジョン)を割り当てる事で、今読み取ったオドの軌道諸々を自動再現させることが出来る。

 この碩術が存在するお陰で、一流の碩術師同士の碩術戦では大技が出し難いと言う程にはポピュラーであった。防がれたら最後、同じ術式が返ってくるのだからな。


 朕に自らの碩術を防がれたせいで慌てて朕の脇をすり抜ける機動を取った敵の飛行箒とすれ違い様に、飛行箒のパイロットが驚愕した顔をコチラに向けたのが垣間見えた。

 むぅ。歳は二十歳までは行かぬであろうか。ライラよりは随分年上に見えるどことなくスレた感じの灰髪の娘であった。


 と、朕がどうするか考えている一瞬の逡巡のうちに『反響(エコー・)する残響(リヴァバレーション)』の発動が完了してしまった。

 生み出される3つの光球。

 それを振り向きざまに恐怖の表情で見つめるスレた娘っ子。

 あぁ、このままでは直撃してしまうな。


 相手の碩術をコピーしているだけなので威力がどんなものかは解らなかったが、朕たちを殺そうとして放ったのだから、かなりの威力なのであろう。

 これ、射出軌道イジれんものかの?……こうかな?

 撃ちだされる3つの光球を先程防いだ要領で、磁場を使ってその射線を少しズラす。

 必死の形相で防御術式らしき碩術を発動するスレた娘っ子。


 刹那の間に、3つの光球の内の1つが彼女の展開した防御術式を貫いて、上手いこと娘っ子だけを避けて彼女の乗った飛行箒の主機部分を撃ちぬいた。

 金属の破片を撒き散らして炎を吹き出しながら不規則に回転して落ちてゆく飛行箒。スレた娘っ子が振り落とされて、激流に揉みくちゃにされる木の葉のように真っ逆さまに地表へと落ちてゆく。


 うぅーむ。このままでは娘っ子が死んでしまうな。

 一流の碩術師たる者、撃ち落とされた時のために落下速度を殺す術式くらいは常時展開するものなのだが、未熟であったのかの?仕方がない。

 朕は印付した革手袋(マジックハンド)で落ちてゆくスレた娘っ子を抱きとめて、そのまま地表にゆっくりと降ろしてやった。

 激しいGフォースによって気を失ったのかグッタリと動かないスレた娘っ子だったが、暫くすると起き上がったようなので大丈夫であろう。



 『今の、何だったの?』



 ライラがようやく落ち着きを取り戻した様子で、落ちていった飛行箒を目で追う様に地表を見つめる。



 『今の人、落ちちゃった?大丈夫?』



 『多分、大丈夫であろう。朕が空中で受け止めた。推測ではあるが、アレはセレスメアの刺客だな。奴ら、余程戦場の航空写真を取られるのが嫌と見える』



 心配そうに地表を見つめるライラは、朕の言葉を聞いてほっと胸をなでおろす。

 自身を狙った刺客相手だったとしても、その責任をライラが感じる必要はないのだが、その優しさは尊い物である。今後も大事にさせたいものだ。



 「今のは!?攻撃されたの?!」



 オフェーリアが寒さだけでは無く顔を青ざめさせて荷台の朕を振り仰ぐ。



 「塹壕の上空を飛んでいるからな!塹壕の全体像が判れば、攻略が容易くなる!もしかしたら、待ち伏せされていたのかもしれん!!朕たちは何度もここを飛んでいるからな!!」



 まぁ、まず間違いなく待ち伏せであった。

 しかも、多分航空写真を撮る朕たちをピンポイントで狙っていた。

 しかし、そんな物騒な事実はオフェーリアに知らせる必要は無い。オフェーリアは今更怖気づく様な根性無しには見え無いが、それでも今の攻撃は彼女にとってココが息をするように命のやり取りする恐ろしい場所であると実感するのに十分であったはず。

 これ以上余計な話をして怯えさせる必要はない。



 「あなた達は!私の想像以上に危険な場所で!!物資を届けてくれているのね!!!」



 オフェーリアが、眩しい程の尊敬の眼差しをライラと朕に向ける。

 そして、私も頑張らないと!などと自身を鼓舞した。

 まぁ、気張り過ぎも良くない。程々に行こう。

 そう言ったら、



 「貴方はもう少し人の気持ちを汲むべきね!」



 などとオフェーリアに怒られてしまった。

 解せぬ。



 「余計な時間を食ってしまった!先を急ぐぞ!」



 気を取り直してそう朕が促すと、ライラは心配そうに地上に向けていた視線を上げて一つ頷くと北に向かって機首を向けたのだった。











 凍てつく空気を掻き分けて進む飛行箒から眼下を眺めると、一面雪景色に染まった棚状の斜面には、所々に塚のように盛り上がった場所が見えていた。

 積雪で覆い隠されて上空からでは解りづらいが、あの下には半地下構造の家がある筈であった。

 その村は、聞いたところによると戸数数十戸程を抱えるなかなかの規模の村落とのことである。


 平時は牧畜と少量の農業で生計を立てるその村は、名前はなんと言ったか、このカデン高原の北西に位置し、周辺では一番規模の大きな村落らしかった。

 その為、戦災に伴って焼け出された周辺村落から避難民が集まってきており、此度のカデン高原の戦役が始まった当初から凡世界救済軍(P C S A)が支援する村落の一つである。

 所々に陥没したような跡が見えるのは、ラサントス・テルミナトル両軍の徴発や周辺で起こった戦闘の流れ弾などで潰れてしまった家屋の跡であった。


 村はマリエストラ山脈の南東斜面に位置しており、村の更に南東側にゆくに連れて陥没痕が増えていた。最外周部分などは壊滅状態であり、まるで大きな鋤で耕されたかのごとく、積雪の上からでもうねる様な凹凸が見て取れる。もしかしなくても砲弾痕である。

 南東側斜面から飛行箒でその村の上空に入った朕たちは、それらの無残な光景の上空を飛び越えて、村の一番高い所にある一際大きな塚の上空を旋回する。



 『ライラ、あれだ。発光信号確認』



 見れば、一際大きな塚の横にポッカリと開いた入り口から、支援物資の到着を待ちわびていたのであろう、数人のヒトがワラワラと這い出して来ていた。

 そのうちの一人が両手に持った松明を大きく円を描くように振るう。

 物資の投下地点を示しているのであろうが、今日の朕たちの飛行箒の荷台は空であった。



 「オフェーリアさん!着陸します!箒が立ち上がるから気をつけて!!」



 ライラは松明を振る者の近くを着陸地点として見定めると、一度上空を通過(フライパス)してからUターンしてピッチアップ(機首を上げる)。主機出力を絞りながら空気抵抗を利用して急減速を開始する。

 練習したとおりである。

 速度を下げつつ、ライラはハンドル(操縦桿)のスイッチを操作して、短距離着陸(S-TOL)モードを起動する。


 山岳地は離着陸のための広い場所を確保するのが難しい。あったとしても、目的地からは遠く離れていてそこから目的地までの移動に一晩かかる、なんてこともザラだ。

 しかし、今ライラが行おうとしている方法なら、狭い場所にもピンポイントで降りることが可能であった。

 ライラは腰を浮かしてまるで梯子にでも捕まるように機首を上にして立ち上がった飛行箒の上で『立ち乗り』状態で操作を続ける。

 急激に立ち上がった飛行箒の上で落ちないようにと必死にライラの腰にしがみつくオフェーリアを碩術操作の砂入手袋(マジックハンド)で掴んでやる。


 朕も邪魔にならないようにオフェーリアの背を伝ってライラの肩の上に移動した。

 短距離着陸は速度を落とし過ぎないよう、しかし速すぎない様に微妙な調整が必要な高等技術なのだが、秘密基地の周辺で何度も練習した甲斐あって、ライラの操る飛行箒は綺麗な放物線を描くように落ちてゆく。



 『最終減速、もういいかな?』



 『まだだ、まだ……良し今だ!』



 自分の方に向かって放物線を描いて落ちてくる飛行箒に驚いて慌てて逃げ出す松明を持った男の姿を尻目に、朕の掛け声と共にライラが一度だけ大きくスロットルを開けると、盛大な噴射炎と轟音と共に最終減速した飛行箒がヒラリと地表スレスレの空中で静止した。



 「空間固定完了。エンジン切るね」



 ライラが飛行箒を屹立させた状態で保つ為の空間固定術式を起動して、主機を停止させる。耳障りなほどに大きかった噴射音が、ライラの操作で段階的に静かになってゆく。

 主機の停止手順を完了すると、正立した飛行箒のラックに据えられた、先日彼女専用に作った通常よりもかなり小振りな(ソードオフした)ボルトアクション式(手動装填式)の滑腔銃を担いでライラは飛行箒から飛び降りた。

 姦し娘たちのお陰で金属加工ができるようになったので、ライラ用に軽量化を施したものを作ってやったのだ。

 火薬は使わずに碩術で弾体を飛ばすので、金属加工にそれほど精度が要らず、合成も必要ないから軽量化も簡単であった。


 ライラに続いてオフェーリアが飛行箒から飛び降りるが、慣れないからか柔らかな新雪の上に頭からつんのめってしまった。

 ズボリ、と新雪独特の音を立てて、オフェーリアが膝ほどまで積もった雪の中に埋まってしまうのを、窒息されても困るので慌ててマジックハンドで釣り上げてやる。



 「あぁ、ごめんなさいありがとう。目が回って足元がふらついて……飛行箒ってのは見た目よりも過酷な乗り物なのね。改めて碩術師はバケモノなんだって思い知ったわ」



 オフェーリアは急激な機動のせいで三半規管を揺さぶられたのか、乗り物酔いの様に顔を青褪めさせながらも、ケロリとしているライラを見ながらそんなことを宣う。

 まぁ、単純に操っている者とそれに乗せられている者の差だとは思うがの。



 「ごめんなさい、ココ狭くて普通に着陸できるスペースが無かったもんだから」



 「気にしないで気にしないで!むしろ、こんな狭い所に良く着陸してくれたわ。お陰でここまで来て降りられないから帰る、なんて事にならずに済んだわ」



 ライラが出発前よりもゲッソリとやつれたように見えるオフェーリアを気遣うのに、パタパタと手を振って彼女は大丈夫だとアピールしてみせた。

 そんな朕たちの様子を見ていたのか、一人の男が恐る恐ると行った様子で進み出てきた。


 辺りを見れば、朕たちが降りてくるのを見て逃げ散った村民たちが恐る恐ると言った感じで朕たちを取り巻いていた。

 突然、飛行箒が降りてきたのだからビックリするのも仕方が無い。



 「アンタ、碩術師さまかね?」



 毛皮で出来た分厚い防寒具に身を包んだ壮年の男が、フラついていたとは言え飛行箒から降りて来た大人と見てオフェーリアに声を掛けるのに、彼女が(かぶり)を振りながらライラを指す。



 「私は医者です。碩術師はこっちの()



 オフェーリアの答えを聞いて目を白黒させるその男。



 「ぶったまげたな。娘の医者だって?それに、お嬢ちゃんが碩術師?」



 その声色は何処か猜疑心に満ちていた。

 まぁ、地上世界の、特に辺境では女医は珍しいのかもしれない。

 医者だからといって体力が有り余っているわけでも、特段体を鍛えているとも限らない。どうしたって肉体的に優れている男でなければ、こんな山奥に入ってはこれまい。



 「物資を持ってきてくれたのじゃ無いのかい?」



 てっきり、支援物資が投下されるものと思っていたのであろう。

 先程、朕たちを誘導したのであろうその男が朕たちを訝しげに眺めつつ、朕たちを舐めるように観察していた。

 その視線に対して、オフェーリアが立ち塞がるように一歩を踏み出した。



 「凡世界救済軍(P C S A)所属のオフェーリア・ミーシェコーヴァです。救済軍では大尉を拝命しております」



 つい先ほどまで乗り物酔いで今にもレインボーリバース(・・・・・・・・・)しそうだったオフェーリアは素早く飛行帽を取り、まるで青年のように短く刈り揃えられたブロンドの髪を素早く手櫛で撫でつけて整えると、まるで背筋に鉄棒でも入れられたかの如く、先ほどとは打って変わって背筋を伸ばして姿勢を正し、将にお伽噺に出て来る英雄のようにその男の前に凛々しく立つ。

 その仕草は、まるで役者のように芝居がかっていた。

 第一印象は大事だからな。死にそうな顔した医者など誰も信用しない。

 オフェーリアはその点を理解している様である。こみ上げる吐き気をグッと堪えて、一瞬にして患者から見て理想的な医者像を演じ始めた。



 「この度は、若年(じゃくねん)の要救護者が居ると聞き及んで推参仕りました。カリスティン君は居らっしゃいますか?あぁ、ご心配なさらず。小官が来たからには安心です。小官は天上世界で医学を収めておりますから、大船に乗った気で居られませ」



 その内、「HAHAHA!」とでも笑い出しそうな程、オフェーリアは(わざ)とらしく朗らかに、更には殊更『天上世界』と言う言葉を強調しながらその壮年の男の手を掴んで無理やり握手。何が地上世界の人々を安心させるのかを心得た振る舞いであった。

 しかし、オフェーリアが握った手をブンブンと音がしそうなほど、少しオーバーな手振りで文字通りシェイクハンド(握手)するが、男の訝しむような表情にあまり変化は見られない。

 本当のこととはいえ、地上世界では『天上世界』と言う言葉は果覿面の時も有るが、今回はいらぬ疑いを招いてしまったのかもしれない。

 それに、これは未だ地上世界が置かれた状況が旧態依然としたそれである、と言う事を前置きしなければならないが、オフェーリアが女性であるという事が影響している可能性もあった。



 「アンタが、医者?天上世界の、医者?もしそいつが本当ならありがてぇが……天上人ってのは、もっとこう、なんてーか、ほら?」



 加えて、こんなド田舎だからか、どうやら見たことも無い天上世界にあらぬ幻想を抱いてもいたようである。

 天上人といえども、ヘーリヴィーネやアリアドネの様な存在を除けば、至って地上人と何ら変わらないのだが。



 「それより、食料は今回は無いのかい?」



 改めて朕たちの出で立ちを眺めて、男が残念そうにそんなことを言い出す。



 「食料も持ってきておるよ。だが先ずは重病者の治療が先だ。其方、そのカリスティンとやらの元へ案内(あない)してはくれぬか」



 その問に、ライラの肩にお座りしたままの朕が答えると、男は飛び上がってひっくり返ってしまった。



 「ウワネコガシャベッタッッ!!!!」



 どいつもこいつも猫が喋った程度で騒ぎおって。











 カリスティンと言う者の病状が良くないので医者を派遣してほしい、と言う知らせが凡世界救済軍(P C S A)に届いたのは数日前の事らしい。


 どうやらこの村を訪れたテルミナトル・ラサントス両軍の偵察部隊に村民の誰かが医者の派遣を相談した様であった。

 その場では両軍の偵察部隊は断ったらしいのだが、村民の懇願を見かねたどちらかの偵察部隊員が報告として上層部にその情報を上げたらしい。

 結局両軍から医者が派遣されることはなかったが、どちらかの内部協力者が凡世界救済軍(P C S A)に通報した事で、オフェーリアたちが知るところとなったという訳だ。

 既に偵察部隊がこの村を訪れてから5日以上経っている為、かなり望みは薄かったのだが、それでも懇願した助けが来ると来ないとでは大違いなはずだ。



 「それで、そのカリスティンとか言う者はまだ無事なのか?」



 ひっくり返った男に尋ねると、男はこの村で猟師をしているエッボと名乗った。



 「カリスティンはまだ生きてる。こっちだ。追いて来い」



 エッボに案内されて歩く道すがら、彼からカリスティンの病状を聞く。



 「一週間くらい前から熱が出て、動けなくなっちまったんだ。目眩もするって言ってる。後は……赤い発疹が出て、かなり前から下痢が酷くなった。最初は食あたりか何かかと思ってたんだが、四六時中下痢を垂れ流す様になっちまったんだ。カリスティンももう(とう)になるから、トイレだって少しくらいは我慢できるはずなんだが、トイレまでだって我慢できないらしくて、こりゃあ何かおかしいってんで今は他の奴らとは別の小屋で寝かせてる」



 病状を聞く限り、疑われるのはやはり感染症であろう。状況を鑑みるに候補は絞られる。

 大抵、こういった戦場や被災地で発生するのは、怪我や栄養状態の悪化による免疫能力の低下や衛生環境の悪化が引き起こす感染症である。一番確率が高いのはサルモネラ属の細菌により引き起こされるチフスか、グラム陰性菌の一種であり腸内常在菌である赤痢である。

 発疹が確認できることを考えればチフス菌が引き起こす腸チフスの可能性が最も高い。



 「……チフスっぽいわね。参ったわ。手持ちに抗生剤が無いわ。ライラちゃん、持ってたりする?」



 オフェーリアは背負ってきた頑丈ななめし革の革鞄の中を探りながら、朕とライラを振り返る。

 どうやら朕の見立てとオフェーリアの見立ては同じ様であった。


 朕の記憶が確かなら、発症したチフスはほとんど専用の抗生物質を使用しなければならないから、オフェーリアにはそこまでの用意がなかったのか、それとも凡世界救済軍(P C S A)は方々に医薬品を支援物資としてばら撒いているから凡世界救済軍(P C S A)の在庫は既に枯渇しているのかもしれない。



 『1号よ、腸チフスの対策は有ったかの?』



 朕がチャント(思念通信)でそう呼びかけると、ブスリと不機嫌な調子の姦し娘1号(スピカ)が応えた。



 『1号じゃねぇのです。本艦にはライラ様より賜った素敵な素敵な"スピカ"という艦名があるのです。手前(てめ)ぇも良い加減スピカと呼ぶのです。……抗生剤は4番がフルオロキノロン(対チフス菌抗生物質)含有剤なのです』



 「ライラ、4番だ。フルオロキノロン含有薬を出しておいておくれ」



 朕が1号(スピカ)の返事を伝えると、ライラは腰に付けた大きめのポーチの中からカードの束を取り出し、4番と書かれた物のうち1枚を取り出した。

 どこか緊張した面持ちでふうっと一つ深呼吸すると、ライラはそれを手の中でくるりと回す。

 すると、僅かな発光と共にライラの手の中に収まる大きさの立方体の紙製の白い小箱が現れた。

 表面には『帝国』公用語で静脈注射用薬剤である旨と使用方法などが細かく書かれている。アリアドネが仕入れて来て、姦し娘1号(スピカ)の腹の中に保管している天上世界製の抗生剤であった。



 「良かった。成功した」



 ほっと胸をなでおろすライラ。

 そう、ライラはこの程、空間転移(キャスリング)を習得したのだ。

 お陰で支援物資の輸送量増加のみならず、天上世界製の医薬品を大量に運搬できる様になった。


 空間転移(キャスリング)とは任意の空間の位置情報を入れ替える事で瞬時にその空間内部の全てを入れ替える、比較的高難度の碩術である。その使用にはエネルギーを情報体に置換することが出来る第八世界法則に対する高度な理解が必要であった。

 あの日、宵闇に必死に感謝を伝える発光信号が瞬くあの(・・)最初の物資輸送の光景を見たライラにも感じるところがあったらしく、その後は一心不乱に空間転移(キャスリング)の練習に明け暮れていた。

 のだが、それでもたかだか(とう)かそこらの少女が一朝一夕で会得出来る難易度ではなく、傍で見守りながら百面相をしていたヘーリヴィーネが最後には業を煮やして拳骨で全てを叩き込んだ。文字通り。

 案の定、暫くの間ライラは挙動不審であった。

 多分それ身体に悪いからやめたげてくれ。


 空間転移(キャスリング)は無から有を生み出す術ではないので、使用するためにはどこかに物資を保管しておく保管庫を設置しなければならない。その役目は現在スピカ(姦し娘の1号)が担っている。

 彼女(1号)の巨大な格納庫(カーゴベイ)の一部に番号を振った区画を用意して、それぞれの番号に予め決めておいた物資を保管しておき、対応するカードと空間座標を交換することで、瞬時の物資移動を実現している。

 1号ばかりズルいズルいと煩いので順次2号(デネボラ)3号(アークトゥルス)にも保管庫を拡張予定である。


 因みに空間転移(キャスリング)で取り出すための物資は、医療品以外にも食料から飲料までアリアドネがどこからともなくコンテナ単位(40ft航空輸送規格)で調達してきたので当分枯渇する心配は無い。尚、使った物資の棚出し(補充)はリーゼ君たちが担っている。



 「オフェーリアさん、これ、フルオロキノロンが入った抗生剤(ヤツ)



 ライラが空間転移(キャスリング)で取り出した注射器充填用容器(バイアル)をオフェーリアに手渡す。

 容器に書かれた内容物表記を注意深く確認して、オフェーリアはひとつ頷くとライラを振り返る。



 「いや、本当に碩術師は便利ねぇ。私一人じゃ持てる薬の量にも限界があるし、チフス用の抗生剤は凡世界救済軍(ウチ)にはもう無いし、助かるわ」



 そう言って、オフェーリアは受け取った注射器充填用容器(バイアル)を大事そうに上着のポケットに仕舞う。


 アリアドネに聞いた話では、地上世界ではまだ抗生物質が製造できないでいるらしい。

 どうやら天上大陸は地上世界への抗生剤の供給量を絞った上で、供給する抗生物質の種類をわざと超高度な製造設備がないと製造出来ないものに限定して、地上世界への技術流出を防いでいるのだとか。

 もちろん、これらの薬品は表向きは無闇な乱用による薬物被害や耐性菌の流行を防ぐため、と称して天井大陸からの持ち出しが厳しく規制されているのだそうだ。

 おかげで製造コストがパン一切れよりも安い天上大陸ではありふれた抗生物質が、地上世界では未だに天上大陸と取引のある大国の限られた王侯貴族がいざという時にしか使えない万能の霊薬の様な扱いらしいく、理屈さえ知っていれば割と原始的な道具で分離が可能な青黴抽出物(ペニシリン)すら、製造はおろか地上世界では入手すら難しい。

 そういった理由から、オフェーリアたちは必要な抗生物質を調達するために天上世界から密輸紛いの方法でこれらの医薬品を入手しているそうで、在庫は慢性的に不足しているとの事だった。


 何ともひどい話だが、元々空に浮いているせいで物資の確保が非常に難しい天上大陸にとってみれば、抗生物質は地上から高レートで安定的に物資を巻き上げる為の原資の一つ、と言うことであろう。

 天上世界は元々技術力はあるが、食料や鉱石などの物資に限りがある所が泣きどころであるのは今も昔も変わらないのだ。

 それらの事情があるからこそ、朕が定めた『帝国』法では天上大陸が地上世界に無体を働けぬ様、勝手な地上制圧や搾取を禁止している訳なのだが、皮肉なことに抗生物質などの高度な医療品が地上世界で不足しがちなのは、元を正せば天上大陸が地上世界に手を出しにくくしている『帝国』法が原因、と言えなくも無かった。

 オフェーリアから凡世界救済軍(P C S A)の現状を聞いて、朕も初めて自身の作った『帝国』法の弊害に気づいて過去の自身の執政を悔恨したものだが、今の朕にはどうにも出来ぬ、と開き直ることにした。今できる事を今やるしか無いのだ。



 「俺は軍隊に居たこともあるけど、軍隊の碩術師様でもそんな術を使える奴は居なかったぜ。いや、正直その歳で碩術師だなんて疑ってたんだが、目の前でそんな術見せられちまうと、二人とも若ぇのに俄然頼もしく見えて来ちまうなぁ」



 ライラの手の中に突然小箱が現れたのを横から覗き込んでいたエッボが目を丸くして、そんな事を言いながら申し訳なさそうにオフェーリアを見るエッボに、オフェーリアはそんな反応にも慣れているのか、苦笑して見せた。



 「地上世界では女性の医師は珍しいでしょうから、仕方ないですよ。それよりも私はライラちゃんが何処でそんな術を習ったのか気になるわ。ライラちゃんの歳だと、幼年学校を卒業したばかりじゃないの?誰か師匠にでも師事しているの?」



 今回、頼まれて飛行箒で連れて来ただけで、特に身の上話をしたこともないオフェーリアがライラに投げかけた問いに、エッボが同意したように視線をライラに移す。

 その問いにライラが「師匠と言えば、このナヴィが師匠かな」と肩に乗る朕を指差して答えたのを聞いて、二人は顔を見合わせた。



 「大船に乗った気で居ると良い」



 そう彼女たちに微笑みかけ(口角を釣り上げ)てやったら、何故か二人の顔に不安の影が差した。

 失礼な。



 「ここだ」



 そこは他の住居からは100ショークは離れているだろうか。村の端の端に位置する地面に木の板が何枚か敷き詰められていた。



 「カーヤ、居るか?俺だ。エッボだ。お医者様が来てくれたぞ!」



 エッボがそう声を掛けながら板を外す。

 すると、そこにはカマクラの様な構造の地下室への入り口が口を開けた。

 人が数人入れる穴を掘り、その上に板を渡して雪をかけて固めた雪洞のような構造の隔離部屋であった。



 「……これは思ったよりも酷そうね」



 エッボが入り口のドアの代わりの板を開けた途端、酸っぱいような甘いような、生理的な嫌悪感を催す独特の臭気が漂った。

 これは多分、度重なる吐瀉物や排泄物の影響で臭気がこもってしまったのであろう。

 オフェーリアが呟いた通り、カリスティンの容体はかなり酷い事が予想された。



 「エッボ、お医者様が来て下さったって、本当?」



 エッボが開いた雪洞の入り口からひょっこりと四十路には届かないと思われる一人の女性が顔を出す。カーヤと呼ばれていたようだからカリスティンの親族、それこそ母親であろうか?



 「うぅ……いや、何でもない。カリスティンは大丈夫か?」



 思わずと言った様子で漂う臭気に顔を顰めてしまったエッボがバツが悪そうにそっぽを向く。

 その姿を見て、カーヤと呼ばれた女性が悲しげに表情を歪ませて顔を背け、隔離部屋の入り口を庇うように立ち位置を変えた。

 まるで、朕たちを通せんぼするかのように。


 明らかな、警戒。


 その様子から、何度も同じような目に遭った事が伺える。

 この小屋の中に立ち込める臭気を非難されるだけならまだしも、もしかしたならば、既にカリスティンの無事を期待しているヒトがこの村には存外少ない可能性すらある。

 その様な想像をさせる程、カーヤの反応はそれこそ本能に近い反射的で、まるで雛を必死に守る親鳥の様であった。


 眉間に深い皺を寄せ、一切を拒絶するかのように口を引き結んで今にも朕たちに噛みつきそうな表情で立ちはだかろうとするカーヤに、オフェーリアが素早く駆け寄りまたあの芝居がかった自己紹介で今にも牙を向かんとする番犬を宥めるように、無理矢理にカーヤの右手を握って強引に握手する。



 「やあやあ初めまして。私、オフェーリア・ミーシェコーヴァと申します。天上世界で医学を修めておりまして!私が来ましたからには――」



 「カーヤ!オフェーリアさん(・・)はカリスティンを診る為にわざわざ飛行箒に乗って来て下すったんだぞ!しかもお前ぇ、天上世界で修行したってんだから、頼もしい話じゃぁねぇか。さぁ、退いた退いた!」



 殊更『天上世界』と言う単語を強調してオフェーリアがカーヤを宥めて、それに呼応した可能ようにエッボが援護射撃をすると、段々と弱っていく愛息子を前に何もしてやれずに佇むしかなかった悲しみからか、それともそんな息子に対して心無い言葉を浴びせかけられる怒り故か、今にも猫を噛む寸前の窮鼠が如くであったカーヤの表情が戸惑いに変わった。



 「本当に、お医者様なのですか?」



 「ええ、えぇ。もう大丈夫ですよ。カリスティン君を診せていただけますか?」



 カーヤにもエッボと同じようにオフェーリアが女性と言うことに抵抗があったのかもしれないが、エッボの口添えもあってか、やがてカーヤはオフェーリアを小屋の中へと通したのだった。

 周囲に立ち込める臭気は鼻が曲がりそうなほどにも関わらず、オフェーリアは朗らかに笑いながらカーヤからカリスティンの容態を聞き出していく。

 それこそ、ちょっと風邪をこじらせているかの様に装って、愛息子の容態を少しでも多く伝えようと意気込みすぎてたちまち早口に捲し立てるカーヤを巧みに落ち着かせると、カーヤは瞳を潤ませながらオフェーリアに縋るようにして道を開けたのだった。



 「カリスティンをお願いします」



 まるで祈るように頭を下げるカーヤの方を一つポンと叩いて、オフェーリアは小屋へと入っていく。



 「感染(うつ)ると大変だから、カーヤさん以外は中に入らないでね」



 そう言い残して、カーヤと共に半地下の小屋の中へと入っていくオフェーリア。



 「なにか足りない物があったら言ってくださいね」



 その背中に向かって、ライラがそう声を掛けたその時だった。



 「あんたら、悪魔憑きに何をしよる」



 しゃがれた声とともに、雪を踏みしめる幾つもの足音が朕たちの背後に迫っていた。

この先、56話まで大幅な改訂が入っております。(2024/8/25

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回は猫視点か 猫でもお荷物(ライラ)有りだと結構危なかったんだなー ライラ、成長してるなー しかし、ヘリさんの知識をぶち込む拳は一体……
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