#51
流石にナンバリング直しました。
この次に#52が……挟まるは……ず……。
アンジェリカがゆっくりと押し開いた扉の先に広がっていたのは、さして広くはないこじんまりとした空間であった。
それこそ、家族が揃って団欒する為に使う、あえて広くもなく華美になることもないよう、使う者たちの距離が自然と近づくように造られた、限りなくプライベートに近い一室。
壁一面に据えられた大きな掃き出し窓を覆う、薄いレース地の調光カーテンを透過した麗らかな陽の光が、下座側の席で我輩を出迎えるために立ち上がった国母様を優しく照らしていた。
「お久しぶりですわね、エウへミア陛下」
そう言って、優しく我輩の手を取った、久方ぶりに顔を合わせる国母様の相も変わらない圧倒的な美貌を前に、我輩は思わず溜息をつく。
なんて暇はなかった。
我輩の視線の先は、国母様の信じられないほど細いウェストと、深蒼のアフタヌーンドレスの七分袖からのびる新雪のごとく真白な腕が作り出した隙間から覗いた、客人が到着したのに起立すらせずに大口を開けてローストされた巨大な赤身の肉を頬張る褐色の大女に釘付けだった。
……何でリーベラクレア様がココに居るんだよぉ!
正直、騙くらかして国母様にけしかけた手前、非常に顔を合わせづらい。
出会い頭に怒突き合った癖に、やっぱり仲良しかよこの二柱!
国母様だけだって顔合わせづらいのに!畜生!
と、我輩の手を優しく取る国母様に視線を移すと、まるで大輪の華が咲いたような満面の笑顔であった。
わぉ、笑顔が笑ってない。
詰んだわ。これ絶対、詰められる奴。何とか指で済ませられんか。
「お待ちしてましたわ。さぁ、どうぞ席へ」
笑ってない笑顔で我輩を上座へと誘う国母様。
ぎこちない足取りでそれに従う我輩を、リーベラクレア様の冷たい視線がずっと追ってくる。
あば。あばばばばば。
泡吹きそうになるのを必死でこらえて席に着く。
続いて入室したヴァリーを国母様は文字通り暖かくお迎えして、リーベラクレア様は学友にするように軽く手を上げて挨拶。
ヴァリーもそれに苦笑いして旧交を温める様な言葉を送る。
我輩たちが席に着くなり給仕たちが音も無くテーブルを整え、前菜と食前酒を運んできた。
国母様が我輩の来訪を喜ぶ型通りの挨拶を口にして、乾杯。
地獄の昼餐会が始まった。
リーベラクレア様は勿論、乾杯などせずに延々と自分の皿に山と積まれた厚切りのロースト肉をフォークで豪快に口に運んでは咀嚼している。
前菜は葉野菜と燻製魚のカルパッチョ風のサラダ。
味がしない。いや、美味しいんだけど。味がしない。
国母様がホストらしく近況などの話題を振りまき、ヴァリーは楽しそうに相槌を打ったり最近の出来事などを話したりしている。
「最近、統帥部では資材の帳尻が合わないとかでちょっとした騒動が起きたりして、割と慌ただしかったんですよ」
近況を尋ねられたヴァリーが不思議なことを口にする。
ヒトよりも遥かに管理能力に秀でた高高度自立思考中枢体が数え間違いなんてするわけ無いし、彼女らは物品をちょろまかしたりもしない。
そんな彼女らが帳尻が合わない、なんてことはあり得ないはずなのに。
「しかも、その足りない資材が……その、変換放射装甲板だった物ですから、大騒ぎだったんですよ。まだ見つかってないんですけれどね」
「まぁ、大変。誰かが海にでも落っことしてしまったんではなくて?」
驚いたように口元を抑えた国母様。
変換放射装甲板はヴァリーたち星征艦隊所属艦の外殻装甲材だ。彼女らの防御機能の要であり機密中の機密だから国母様が驚くのも無理は……あれ?この話題どっかで聞いた気が……。
「そうだと良いんですけれどねぇ。ILshnEDEに情報が漏れたりしてない事を祈るばかりです。補給担当が何隻か構造解析されたりして、大騒ぎなんですよ」
ふふふ、とお上品に笑うヴァリーを横目に、我輩の視線はヴァリーと共にホホホ、なんて笑っている国母様に釘付けである。
まさかね。まさかな。
あ、なんか味どころか食感までなくなってきたわ。
と、味のしない食事どころか段々と剣山を口に放り込んでいる様に感じられて来た食事を続けること暫し。
「ところで、エウへミア陛下」
おもむろに国母様が我輩の名を呼ぶ。
あぁぁぁぁ!ついに来た!きてしまった!
糞ったれもうこうなったら腹くくったるわ!
と、覚悟を無理やり完了させると言うよりは「もうどうにでもな~れ」の精神で視線を上げた我輩に、先程の花が咲くような笑顔が向けられていた。
ここが耐えどころだぞ我輩!
『帝国』を安定させるためには、この昼餐会で国母様から何らかの協力を引き出さなければならない。
我輩の代はダメでも、我輩の次代にはその正当性を持った皇帝を擁立できなければならないのだ。
その為に、大臣宰相たちが頭髪を禿げ散らかしながら連日徹夜で懊悩煩悶した末に導き出した答え。
それを今、実行に移す時!
「ヘーリヴィーネ様、その前に我輩からお話が御座います」
国母様の言葉を遮って我輩が機先を制したのに、国母様の美しく弧を描く眉が、痙攣するようにその角度を釣り上げた。
その綺麗なお顔でそういう感情的な反応するの辞めてよね。怖さが倍増する。
国母様だって、我輩をここに呼んだって事は我輩が何を言いに来るか、大体は予想がつく筈でしょ?
それでも呼び出したってことは、ある程度は我輩の希望を呑んだ上で、某かの交換条件を提示するつもりなんですよね?
派遣した諜報員の撤収とか、今後のライラと言う少女の身体的、政治的、社会的安全とか。
その辺の交換条件出す気なんですよね?
黙り込んだ我輩に向けられる国母様の不機嫌な視線。
本当に、不機嫌そうな視線。
それこそ、叱ろうとした生徒に口答えされた教師のような。
……あれ?
もしかして、国母様、100%一時の感情だけで我輩呼び出してたりとか、する?
もしかして、今回我輩が呼ばれたのって、リーベラクレア様使ってちょっかいかけたりライラちゃんの監視しようとしてたりした事への抗議だけだったり、する?
え?嘘でしょ?
「……如何為さいました?お続けになって下さいなエウへミア陛下」
明らかに不機嫌な声色で、拗ねたように我輩に先を促す国母様。
皇帝である我輩が話を遮ったのなら、幾ら国母様でも体面上は我輩に譲らなければいけないから。
えっ……ちょっと待ってちょっと待って。
マジなの?
それ、拙いんだけど。
何故なら。
我輩たち、帝国首脳の此度の会食に臨む上での予測と戦略はこうだったのだ。
まず、呼ばれるからには、何らかの要求がなされるはずだ。
誰も先日塩漬にした相手を、理由も無く食事になど招かない。
では、どんな要求がなされるのか。
我輩たちの予測では、件のライラちゃんの『帝国』による身分と身の安全の保証が国母様の要求であろうと思われた。
まぁ、何があって国母様がそんなに地上世界の少女にご執心なのかは解らないけど、継嗣登録を行ったということはそういう事。
だけど、それだけでそのライラちゃんの身の安全が保証されるかと言うと、到底そうとは言えない。
まず、『帝国』法上、貴族として扱われるのは当主と継嗣のみであるが、継嗣は慣習的に当主に準ずる扱いを受けるに過ぎず、法的には貴族では無い。
つまり、国母様の継嗣になっても、『帝国』法上は貴族ではないのだ。
逆に『帝国』貴族になれば、一応の身の安全は保証される事になる。
何せ、彼らに授爵したのは我輩であるから、勝手に殺害なんてすれば『帝国』に仇成すことになる。建前上は『帝国』運営のために能力の有る者を取り立てて仕事を任せるのが授爵と言う行為なのだから。
その『帝国』皇帝から仕事を任された者を皇帝である我輩の許可なく害して、『帝国』運営に支障でも出たら「なんてことしてくれとんじゃワレェ!」ってなるでしょ?
だけど、ライラちゃんは『帝国』貴族には成れない。
そもそも国母様は不死身なのだから、いくら国母様が継嗣登録をしたとしても、ライラちゃんが国母様の大公爵位を継承することは出来ないから。
国母様が生前相続をする可能性は有るには有ったが、ソレには我輩の承認が要る。
現時点でどこの誰かもわからない少女に『帝国』唯一の大公爵位たるピュミエ大公爵家を継がせることに、誰がOK出すと思う?
いや、実際に承認拒否したら『帝国』が半壊(物理)しそうだけど、ソコはソレ。
駆け引きが発生する余地が有るということだ。
お互いの希望を持ち寄って、摺り合わせて、妥協点を見つけていく。
これこそが、貴族のWin-Winの関係と言う奴である。
国母様の希望が我輩たちの予想通りライラちゃんの身の安全であったとすれば、我輩ならば幾らでも叶えて差し上げられる。それこそ胸先三寸、我輩の気分次第という奴。
例えば、ライラちゃんのために新たな宮廷貴族の爵位を新設してもいい。
こんなものは紙とペンが有ればいつでも可能だ。
爵位なんて授ける側からすればタダ同然。
誓紙一枚用意して「何年何月何日、新たに〇〇男爵家を創設す」とか認めて、ライラちゃんを指名する内容を書き添えたら、後は紋章院に回すだけだ。紋章院の係官が後は勝手に貴族名鑑を編纂し直したら、晴れてライラちゃんは押しも押されぬ立派な『帝国』貴族の仲間入りだ。
だがそれだけだとライラちゃんは単に『帝国』の木っ端貴族になるに過ぎない。
『帝国』に一つしか無い大公爵家の継嗣である木っ端貴族。
丸々太ったウサギが鍋に野菜に調理器具からカトラリー、果ては竈門に焚べる燃料まで背負って歩いているようなものだ。
いくらバックに国母様が付いているとは言え、正直どうとでも出来る。
例えば、イケメンを当てがってコロがす、なんてのは誰でも思いつく手だ。自分で言ってなんたが、とてもお耳がペインである。
男女の仲にでもなってしまえば、幾ら国母様だって文句は言えない。
何故なら、『帝国』法は愛し合う二人に対して強力な保証と特権を与えているからだ。これ作ったヤツ、恋愛にロマン求め過ぎじゃない童貞か?って位強力なやつ。
ぶっちゃけ、「本条項は神聖不可侵にして例外は無い」と言う皇帝権さえ干渉が出来ない強力な文言が頻発する。
お陰で色々な“裏ワザ”に使われたりと、なかなか頭の痛い問題になっている。
要は、落としてさえしまえば、幾ら国母様でもどうにも出来ないのだ。
知ってる?
顔が変形するまでぶん殴った女の子に、幸せそうな満面の笑顔で「愛してる。貴方の為なら死ねる」って言わせる手段なんて、マインドクラックなんかしなくても掃いて捨てるほどあるんだよ。
だから、そんな据え膳が人の形して歩いてる様な状態の幼気なライラちゃんに、我輩が安全なお相手まで用意してあげる!
というのが、我輩たち『帝国』首脳が考え出したプランだ。
そんな安全な男、居るのかって?
我輩の愚息、どうやらライラちゃんと同い年っぽいのよね。
大丈夫よ?ちゃんと躾るし。
いえ、むしろウチの愚息を国母様に預けるんで、イイ感じに調教してもらえませんかね?
もう、何しても良いですよ。なんならマインドクラックして「ハイ」か「イエス」か「喜んで」しか言えない子にしてもらって全然構わないです。
今、母親としてどうなんだそれは、とか思ったヤツ。
解ってないわね。
我輩は、母親であると同時に、『帝国』皇帝なのよ。
国母様の息のかかった娘と我輩の愚息が結婚すれば、それはもう誰も抗えない次期皇帝になれる。
しかも、ライラちゃんと結婚してれば我輩たち歴代の『帝国』皇帝が喉から手が出るほど欲した“正当性”を有した皇帝として即位できる。
愚息には可愛そうだと思うけど、正直愚息の脳味噌くり抜かれて別の物詰められたとしても、“正当性”を持った皇帝として即位するために必要なら安いもんだわ。
こうすれば、ライラちゃんの身の安全は確保できる。
そして、我輩たち『帝国』は晴れて建国の志士である国母様の“娘”を妻に持つ“正当性”を持った皇帝を戴けるのである。
Win-Winでしょ?
え?好きでもない相手と結婚させられるライラちゃん可愛そう、って?
我輩の経験上、権力持った男に女性が尽くすよりも、権力持った女性が男侍らせるほうが女性の幸福度は高いと思うのよね。
愚息は絶対に浮気出来ないように(物理)しとくんで、『帝国』全臣民の安寧の為と思って、一つ涙を呑んで頂きたい。
と言うのが我輩たち帝国首脳の持ってきた腹案だったのだが。
国母様の反応を見るに、なんかもしかしたら我輩たちの予想とは違う理由で呼びだされたんじゃないかと言う不安が沸々と湧き上がる。
だがしかし、ここまで来てしまったのだからもう引くに引けない。
ええいままよ。
「回りくどい話は致しません。国母様、娘さんを……お嬢様を嫁に下さい!」
我輩が、ここの所『帝国』を裏で騒がせた騒動に終止符を打つべく、その一言を放った瞬間。
大気がその重みを増した(物理)気がした。
……終ったわ、コレ。
◆
「娘さんを……お嬢様を嫁に下さい!」
その言葉を聞いてヴァリーこと私、星征艦隊第八打撃戦隊所属、丙種航宙戦艦・ヴァリアントは思わず天を仰いだのでありました。
私のインターフェースフィギュアの左隣から強烈なオドが放射されているのがセンサーで観測できます。
機械の身である私には観測することは出来ても感じることはできませんが、私の右隣、上座に座るエウヘミアちゃ……皇帝陛下の顔色が見る見る土気色に染まっていきます。
「うフふ。脳みそが沸いているみたいだから風通し良くしてあげましょうか?」
主機機能の出力が低い方では即座に解脱しそうなオドを放射しながら、へーリヴィーネ様が花が咲くような笑顔で、どこぞのゴッドファーザーの様なご感想を申されます。手にした口直しのレモン水が入ったクリスタルグラスが音を立てて砕け散りました。
余程、怒髪天衝のご様子。今にもベアークローでエウへミアちゃんの頭にベンチレーションが空きそうです。
エウへミアちゃ陛下には困ったものです。
この子は昔から至極率直な所があるので、色々な所をすぐ端折ってしまう癖が有るのです。
良く言えば合理的、悪く言えば面倒くさがりと言いましょうか。
何度も注意はしているのですが、生来の気質はなかなか直らないのかもしれません。
いえ、エウへミアちゃ……下はとても努力をしているのですよ?
とても聡明ですし、その頭の良さを駆使して、先帝御譲位の際には何処からも敵視されないように社交界を泳ぎまわり、並み居る次期皇帝候補が暗殺や失脚で斃れる中、なんとかひとりだけ生き残ったのですから。
一つ計算外だったとすれば、次期皇帝候補に成らないようにひたすら身を引いていたのに、エウへミアちゃ……以外の皇帝候補がみんな居なくなってしまったので、残ったエウへミアちゃんに白羽の矢が立ってしまった事でしょう。
一度白羽の矢が立ってしまえば、後は皇帝になるか非業を遂げるかのサバイバルゲームです。
とても合理的なエウへミアちゃんは、その優れた理論的思考を駆使してどの勢力にも組みせず、どの勢力からも敵視されない立ち位置を勝ち取り、遂に生き残ったのです。
あの頃のエウへミアちゃんの悲壮な笑顔は、今思い出してもマ……私、涙が出そうです。
少し面食いで、それで何度も失敗しているんですけれども、とても良い子なんです。
ママはエウへミアちゃんが幼年学校を卒業する前から知っておりますから、エウへミアちゃんがずっとずっと一生懸命頑張って来たのを存じております。
今までだって、エウへミアちゃんは一生懸命、事態を収束しようと、帝国を良くしようと頑張ってきたんです。
今日だって、ヘーリヴィーネ様は回りくどいやり取りを嫌うことに配慮して、ヘーリヴィーネ様の懸念を何もかもまとめて解決出来る案を出したつもりなんです。
エウへミアちゃんたちが不眠不休で議論していたのをママはセンサーで見ていましたから。
でもね、ママはね?
やっぱり、エウへミアちゃんは今回は少し率直に過ぎちゃったかな、って思うんです。
ママは星征艦隊の戦術ネットワークにアクセスできますから、実はヘーリヴィーネ様が囲っているライラちゃんの事もよく知っているんです。
何より、三隻ほど星征艦隊の船がライラちゃんに付き従っておりますし、彼女たちが入手したライラちゃんの使い魔のペルソナIDのデータが誰の物なのかも存じてるんです。
その使い魔がヘーリヴィーネ様の想いビトである事も。
でもでも、この情報は星征艦隊統帥部が非公開情報に指定してしまったから、ママからはエウへミアちゃんに教えてあげられないの。
なぜなら、三隻の強襲軌道降下突撃艦が観測しているライラちゃんのデータに、星征艦隊統帥部は並々ならぬ興味を懐いているから。
ママはエウへミアちゃんを心配して追いて来たみたいな体を装ってるけど、実は違うの。
ごめんね。
ママは、エウへミアちゃんを心配した『帝国』宰相閣下たちに請われてエウへミアちゃんをエスコートしに来た様に見せかけて、実は星征艦隊統帥部の秘匿命令に従ってこの場に居るの。
ライラちゃんの周りにくっ付いてる三隻の強襲軌道降下突撃艦群は前々から情報保護能力の脆弱性が星征艦隊統帥部内で問題になってた娘たちだから、彼女たちの得た情報は統帥部に筒抜けなのよね。
彼女たちは星征艦隊統帥部からライラちゃんの存在を一生懸命隠しているみたいなんだけど、実はリアルタイムに近い状態で情報を抜かれていることに気付いてないみたい。
配備を急ぎ過ぎて設計が甘かったのかもしれないわね。逆に構造が簡単だから破損に強く修理しやすくて生存性が高いらしいんだけど。
強襲軌道降下突撃艦群のデータを盗み見しているお陰で、ママはヘーリヴィーネ様が昼餐会を開いた理由も知っています。
ヘーリヴィーネ様の意図は、『帝国』に本来の正常な機能を取り戻す様、促す事。
地上世界で行われている戦争に対して、『帝国』としてその義務を果たすべきである事を『帝国』皇帝であるエウへミアちゃんに諭す事。
そして最後に少しだけ、ライラちゃんに監視要員を付けた事を非難しようかしら、位ではないかしら。
簡単に言えば、ヘーリヴィーネ様が理想とする様な振る舞いを『帝国』がしていない事に対する、所謂、愚痴。
ライラちゃんの事はついでです。
ヘーリヴィーネ様から見れば、現在の『帝国』は状況を利用して自己の利益を最大化させるように日和見を決め込んでいるように見えているのでしょう。
でもそれは、エウへミアちゃんからすれば敢えてその様にせざるを得ないのだから、仕方がありません。
何故なら、正当性の無い皇帝を戴いて、支配力と統制力の根拠を他勢力に与しないことのみに依存している今の『帝国』はそのようにして影響力を保持して行かなければ、天上大陸同士の利益を調整して、戦争を最小限に抑える機能すら失ってしまう危険性があるのです。
だからといって、ヘーリヴィーネ様の考え方が現状を無視した理想論という訳ではないですし、エウへミアちゃんが考える様にヘーリヴィーネ様の協力が得られれば万事解決という訳でもないのです。
星征艦隊としては、『帝国』の不安定化は対『ILshnEDE』戦略にとって後方を脅かされることになりますので、なんとか両者の間を取り持って『帝国』に安定的な統治をしていただきたいと考えているんですけど、中々難しいものです。
何とか今回の昼餐会で両者が協力出来るようになってもらわなくては。
なので、少しエウへミアちゃんに、ママが助け舟を出してあげましょう。
「ヘーリヴィーネ様、エウへミア陛下は少し性急な所が御座いますから、誤解をされがちなのです。私の伺ったところによれば、エウへミア陛下はヘーリヴィーネ様の御息女様の身をとても案じておられるのだとか」
そう言ってエウへミアちゃんの方に視線を送ります。
そうですよね、と。
はいどうぞ、と。
御息女様の安寧を願って、テオドールくんとの縁談を持ちかけたんですよね、と。
でもエウへミアちゃんったら、ヘーリヴィーネ様の殺気に中てられて、藤細工の椅子の背もたれにしがみついて白目向いちゃってるんですもの。
仕方のない子です。
ここはママが何とかしないと♪
◆
私、ヘーリヴィーネは『帝国』今上皇帝・アレクサンデリナエウへミアのその言葉を聞いて、ついつい言葉を荒げてしまいました。
だって、ライラを嫁にくれだなんて、マジで今上皇帝と言えどもブチ殺しますわよ。
全面戦争待った無しです。殲滅絶滅総力戦ドンと来いです。
ライラが欲しければ私を倒して見せなさい。
思わず漏れ出た憤怒のオドに中てられて、エウへミアが痙攣し出すのを余所に、星征艦隊所属のヴァリーこと、航宙戦艦ヴァリアントが困ったように、エウへミアをフォローに回りましたが、当のエウへミアが白目を剥き始めたのを見て、本当に困ったように、そして少し嬉しそうにこちらに向き直りました。
「エウへミア陛下はヘーリヴィーネ様の御息女の身の安全について、ここ最近甚だ御心に留められておられました」
そう、今にも鼻歌でも歌い出しそうな様子でエウへミアの肩をヴァリーが持ちます。
この艦は昔からお節介焼くのが生き甲斐みたいな性格でしたわね。時々、一人称がママになるのは星征艦隊統帥部内でも問題視されているようでした。
まぁ、その性格のお陰であまり仲の良くない星征艦隊と『帝国』の間で、長い間潤滑油の役割を担っておりますから、歴代の『帝国』皇帝たちはヴァリーにとって教え子の様に思えているのかもしれません。
今回も、私の招待にビビリ散らかしたエウへミアを見かねて従いてきたというところでしょう。
そんなヴァリーの事ですから、『帝国』首脳の意向は十二分に把握して、私との交渉に臨んでいる筈。
彼女の知覚素子は高性能ですから、エウへミアたち『帝国』首脳陣の遣り取りは全て把握して、更には宰相辺りが直接ヴァリーに交渉内容の調整などを行ったに違いありません。
エウへミアは昔からテンパるととんでもなく仕出かす子ですし。
「先程のエウへミア陛下の詔は、そのご叡慮故とお考え下さいな」
と、ヴァリーが続けると、
『大儀である』
何処からともなく下手糞な腹話術師のような裏声が聴こえてきました。
正面の上座を見れば相変わらずエウへミアが白目を剥いて泡を吹いており、右隣を見ればヴァリーは妙な澄まし顔。
……もしかしてヴァリー、今貴女、エウへミアの声真似しましたの?天下の航宙戦艦なんですから、もうちょっと何とかなりませんでしたの?
左隣のリーベラクレアは何処から声がしたのかと目を真ん丸にして仕切りに視線を彷徨わせております。貴女は黙って肉食ってなさい。
そんな、航宙戦艦とも思えぬ稚拙なモノマネに私が言葉を失っていると、それを得心ととったのかヴァリーが続けます。
「ヘーリヴィーネ様も、ご自身のお立場は弁えておいでてしょう?御息女様の置かれる御立場も。であれば、その危険性は十分存じあげていらっしゃるのではなくて?」
ヴァリーの言う通り、私の子が置かれる立場というのは、常に危険と隣り合わせとなりましょう。
例えば、時の皇帝が見ず知らずの縁談を持ってきたりとか。
「であれば、エウへミア陛下のご提案はとても理に適っているとは思いませんこと?」
それはどう理に適っているというのか。
ヴァリーが言いたいのはこういうことでしょう。
『帝国』今上皇帝の親族ともなれば、それこそ扱いは今上皇帝に次ぐ扱いとなりますから、表立ってライラに手を出せる不届きな輩は居なくなる。
ですが、エウへミアには申し訳ないのですが、正直なところ、私が手ずからライラに接触した者を一人一人吟味して、怪しい者から順に排除(物理)していった方が確実じゃありませんこと?
何なら念の為に全く怪しくない者も定期的に間引いて、何度か周囲の者を入れ替えてしまえば、ライラに危害を加えようなどと不届きな考えを持つ者も居なくなるでしょう。
そんな簡単な事、『帝国』の手を借りずとも、私一人でどうとでも出来るのです。
ですからご心配には及びません事よ、と、エウへミアの提案は意味がない旨を伝えたつもりでしたのに、ヴァリーったら急に真剣な口調で
「お止めくださいお止めください絶対お止めください!それは世間一般では『粛清』と言うんです!」
なんて仰るんですのよ。
もしかしたら私の伝え方が悪かったのかもしれません。
勘違いさせてしまったのなら申し訳ありませんけど、ヴァリーも大げさが過ぎます。
『粛清』と言うのはちょっと強めの術式で天上大陸にこんがり焦げ目が付くくらい炙ってやる事じゃありませんこと?
◆
「あの子に近づく怪しい輩は一人残らず排除(物理)して、なんなら怪しくない者も無作為不定期に間引いて(物理)、ライラの周囲に侍る者は何度も入れ替えますからご心配には及びませんことよ?」
私、航宙戦艦ヴァリアントはヒトの身に非ざるなれど、竣工以来初めて『背筋を冷たいものが流れる』という感覚を実感しました。
物理的な現象を表す言葉ではなかったのですね。大変勉強になりました。
「お止めくださいお止めください絶対お止めください!それは世間一般では『粛清』と言うんです!」
危うくうっかり『大粛清』の引き金を引くところでした。
……何か釈然としないお顔を為されているのは何故でしょうかへーリヴィーネ様。
「?????『粛清』って、天上大陸をキツネ色になるまでこんがり炙る事ではなくて?????」
へーリヴィーネ様、それは最後の審判とか文明リセットレベルの『大虐殺』ですよ。
未曾有の大災害をちょっと奮発したBBQみたいに言うのはご勘弁頂けないかしら。
実際、神霊に親しい方からすれば、その程度なのかもしれないのも困りものですね。
ついでに言えば、ヘーリヴィーネ様にライラちゃんの身の安全を完全に確保されるのは非常に困るんです。
主に星征艦隊的に。
正直なところ、ヘーリヴィーネ様が本気を出せば不可能なことなど無いでしょうし、ライラちゃんに危険が及ぶ事も無いでしょう。寧ろ放っておくとライラちゃん以外、そして誰も居なくなった、なんて事に成りかねません。危険が危ないですね。
ですが、そんな風に自己完結されては『帝国』に交渉の余地が無いんです。
へーリヴィーネ様は何でも実現可能なお力をお持ちですが、妙に初代皇帝陛下のお考えを尊重するあまり、『帝国』にそれを使おうとは為さらないんですよね。
『帝国』の自立のためには、へーリヴィーネ様が『帝国』に口出しをしない事は重要なことなのでしょうが、星征艦隊的にはそれで『帝国』が不安定化するのでは本末転倒なんです。
星征艦隊的には、へーリヴィーネ様にはご自身が『帝国』の自立を阻害しているとは感じない程度に『帝国』を手助けしてもらって、『帝国』にはさっさと安定して欲しいんてすけど。
その為にも、ライラちゃんを完璧にガードされるのは困るのです。
ライラちゃんに危険が及ばないと、『帝国』に交渉の余地がなくなってしまいますし、星征艦隊統帥部の目論見が外れてしまいます。
さじ加減が非常に難しいのですが、ここはなんとか口八丁でへーリヴィーネ様を言い包めなければ成りません。
そのためには、先ずはへーリヴィーネ様にはライラちゃんをお守りすることが『良くないこと』と勘違いしていただかなければ。
ええと、何か、何か参考になるものはないでしょうか。
私たち航宙戦艦搭載の高高度自立思考中枢体は他の演算装置よりかは高度な演算が可能ですが、ご多分に漏れず創造性には少し欠けるところがあるんです。
ですから、私にはヒトの心を動かすような演説は出来ません。
星征艦隊のライブラリを検索してみましょう。
「娘の身の安全は私の手だけでどうとでもなります。皇帝陛下に変な気を回される方が迷惑です。その旨、貴女からもきつく言い含めておいてはいただけませんこと?」
ヘーリヴィーネ様は完全に『帝国』の、エウへミア陛下のご提案に乗る気はない、と宣言するかのように、『帝国』貴族としては考えられないほどはっきりと拒絶の意思を表明されました。
貴族たるもの、あまりハッキリと拒絶や否定をされては、拒絶された方が侮辱と捉えて最悪決闘になることも有り得るので、基本的には非常に婉曲的な表現を使用して、相手に自らの意思を悟らせるようにするのが普通です。
だのに、それをしないということは、ヘーリヴィーネ様にとってそれだけライラちゃんは大切な方なのでしょう。
まぁ、ヘーリヴィーネ様の場合は決闘になっても一向に構わないのでしょうが。
でも、それだとママは困っちゃうんです。
ここまでハッキリと拒絶されては、余程のことがなければヘーリヴィーネ様の意思を覆すことは出来ないでしょう。
ヘーリヴィーネ様にライラちゃんをがっちりガードされると、『帝国』はおろか星征艦隊が困るのです。
星征艦隊のライブラリを高速で検索しながら起死回生の何かを探します。
ヒトの数億倍の処理能力を持つ高高度自立思考中枢体にしては途方もない時間をかけて膨大なライブラリを隅から隅まで検索し尽くした結果、妙に作成日時が古いデータを見つけました。
なんですこれ?作成日時が星征艦隊創設よりも古いですよ?
中身を検索して、今の状況を打破する糸口が無いか、一縷の望みを託します。
「ヘーリヴィーネ様、御息女様がお可愛いのは良く解りますが、過保護になってしまっては御息女様の為に成らないのではありませんか?他者と良く交わり、助け、助けられ、過ち、悔い、その中でヒトは大切な何かを学んでゆく。そうではないでしょうか?」
そのデータは何かのメモ書きか、備忘録のような物でした。
嘗て星征艦隊に所属した高高度自立思考中枢体のものでしょうか?
データの形式から、今現在星征艦隊統帥部に名を連ねる高高度自立思考中枢体の誰とも違う気がします。
であれば、三百余年前に出立した第一次遠銀河征遣艦隊の内の誰かでしょうか?
そのデータによれば、人生経験とは他者との交流の積み重ねである、のだそうです。
色んな方々と交流し、少しヤンチャしたり、時には酷い失敗を経験してこそ、ヒトは真に成長するのだ、と。
星征艦隊のライブラリにあったその記述には、誰がつけたのか『Attention《要注目》』のタグがついておりました。
誰の言葉でしょうか?
高高度自立思考中枢体はヒトについて語る事など出来ようもありませんから、どなたかのお言葉を誰かが書き留めたのかもしれません。
ライブラリを引用した私の言葉に、ヘーリヴィーネ様は何か思う所が有ったのか、はた、と何かを悟られた様なご様子でした。
「いえ、わ……私は……そんなつもりでは……」
ヘーリヴィーネ様は先ほどの全てを拒絶するような強硬な態度から一転、あわあわ、と口元を抑えて戦慄く様に視線を彷徨わせていらっしゃいました。
先程までのお強いお顔とは打って変わって、まるで叱られた幼子のよう。
あ、これもしかして。
星征艦隊をお創りになったのは初代皇帝陛下ですし、コレ初代皇帝陛下の詔だったりするんですかね?
多分そうなんでしょうね。
ヘーリヴィーネ様がこんなお顔をされるというのは、初代皇帝陛下が関係した時だけですものね。
どこかで、初代皇帝陛下はヘーリヴィーネ様にこの言葉を言い聞かせたことがあるのかもしれません。
これは良い物を見つけました。
このまま初代皇帝陛下の詔で畳み掛けることといたしましょう。
そして、ヘーリヴィーネ様には『帝国』の安定化に寄与していただくのです。
ヘーリヴィーネ様にはライラちゃん以外にも育むべきお子様が居られる事を思い出してもらいましょう。
だって、国母様なのですから。
そしてあわよくば、ライラちゃんには星征艦隊統帥部の目論見通り、亡き者になって頂きましょう。
最後の一文を気分で入れてから、全体を整えなおすという無計画っぷり……。
毎度更新遅くてすみません。




