#45
このエピソード書き始めてから収集がつかなくなってます。
どーしよう。
それは昼前の冬晴れの柔らかな日差しが差し込む秘密基地での事だった。
僕、アリアドネが当番であるお昼ごはんを準備すべく、何にしようかと調理場の前で思案していた時だ。
突然轟音と共に母屋の寝室に続く木の扉が開かれた。慌てて僕が振り向くと、そこには将に般若の形相で立つヘーリヴィーネの姿があった。
「え?なに、どしたの?」
なんでそんな開幕激おこプンプン丸なの?
もしかして、ムカチャッカ?ムカチャッカなのねえ?
「泥棒猫……いえ、卑しい爬虫類の気配を察知しました」
爬虫類?そんな知り合い居たかなぁ、と僕も首を傾げてキヲクを探ってみれば、確かに、一人居たね。
ええと、何てったっけ?名前が思い出せない。彼女を爬虫類なんて呼んだら漏れ無く消し炭にされそうだけど。そんな呼び方ができるのはヘーリヴィーネだけである。素手コロでヤり合えるのもヘーリヴィーネだけだ。
確かヘーリヴィーネが密かにチェックしてた陛下の教え子リストに入ってた娘の筈なんだけど、何か変な名前の娘だったよね。
うーん。何てったっけ?
「少し、出かけます」
どこから出てるのかと耳を疑うくらい寒気を誘う低い声でそう言った彼女は、件の爬虫類ちゃんの名前が思い出せなくて首をひねる僕を置いて、スタスタと秘密基地の母屋を出ると、おもむろに秘密基地の母屋の影に隠されるようにそっと放置されていた淡く真っ白に光る薪ストーブの様に見える何かを引っ掴むと、まるで小石のごとくオーバースローでぶん投げた。
「夕飯までには戻ります」
彼女はドップラー効果と共にそう言い残して、さも当然のように自分でぶん投げた薪ストーブに一足飛びで飛び乗ると、そのまま優雅に横座りして薪ストーブと共に彼女は空の彼方へぶっ飛んでいってしまった。
そのネタ、結構解らない人多いと思うよ?
まぁ、お陰でヘーリヴィーネの分、お昼作らなくて良くなったから、今日は適当でいいか。
こうして、僕の今日のお昼は食料保管庫の使いさし盛合せに決まった。
◆
朕が視界に差したその影を見上げれば、そこには朕の足下の水面に浮いている飛びトカゲと同じシルエットが、飛行する朕たちをまるで太陽から覆い隠すように朕たちの上空を並走していた。
いつの間に接近されたのか。飛行音も何も聞こえなかったと、碩術による隠蔽工作が成された可能性を考慮して、朕が背筋を寒くしていると、そのシルエットはゆっくりと、ゆっくりと、降下を始める。
そのシルエットが降下し始めてから朕も気がついた。
こ奴、デカイ。先ほど水面に沈めてやった個体より遥かにデカイ。比ぶれば、将に親と子程の違いがあろう。
と、同時に朕が接近に気づかなかった理由にも合点がいく。
単純にデカイが故に距離感を見誤っていたのだ。超高空を飛行していたが故に地上付近までその騒音が届かなかったのかもしれない。
そして、そのシルエットを見るに、どこか数十年ぶりに出会った朋輩の様な、街で見かけた顔が何処かで見知った者のような気はするものの、而して一目で判るほどの確信が持てない様な、そんな懐かしさを覚えた。
朕たちの間近まで降下したその巨体が作る真夜中の様な漆黒の影の中で、赫灼とした対の瞳がまるで仇敵でも拝むように此方を見つめていた。
『久々に疾い物が飛んでいると思って来てみれば、よもや貴様であったとはな』
それはチャントで、そう朕に語りかけてきた。
『久しいな、吾が師にして、吾が番よ。まさか、斯様に矮小な姿になっていようとは、吾も驚いたわ』
ソレは、まるで下弦の月が如く、口が裂けたかのように口角を釣り上げて破顔したようであったが、如何せん地上最強種が笑っても朕たち他種にはパクリとやる前に舌なめずりをしているようにしか見えなんだ。
『……よもや、吾を忘れたとは言うまいな?』
黙りこむ朕を見て、その巨大なサンダードレイクの喉がグルグルと鳴る。
忘れたわけではない。いや、忘れる訳がない。
何せ、ヨーイドンで岩投げてきたのも、追い抜こうとすると戦術級の碩術を連発して辺り一面焼け野原にしながら死にもの狂いで妨害してきたのも、惑星半周分差をつけてやったのに延々追いかけてきて、いくら引き離しても絶対に負けを認めず隙き有らば追い抜こうと虎視眈々寸歩不離と延々ストーキング行為を繰り返したのも、全部目の前を並走するサンダードレイクなのだから。
覚えている。忘れる訳がない。だが。
『忘れるものかよ。久しいな。リーベラクレア・スルットゥウッドゥットゥッドゥットウッド』
『吾の名は、リーベラクレア・スルットゥウッドゥットゥッドゥットゥッドウッド、だ。貴様、吾を馬鹿にしておろう?』
覚えられるかそんな名前。どこが違うのかすら解らん。
と、朕も何度も思ったものだが、如何せん他人の名前。間違えられればそれは腹も立とう。
という事で殊勝に頭を垂れる事にする。
『申し訳ないとは思うが、其方の種族の氏族名はヒトにとっては覚えにくいことこの上ないのだ。許せ、リーベラクレア・スルットゥウッドゥットゥッドゥットゥッドウッド』
今度こそは、と敢えて彼女の名を口にする。
『だから吾の名はリーベラクレア・スルットゥウッドゥットゥッドゥットゥッドゥウッドゥッド、だ。相も変わらずヒトの身で吾に面と向かって二度も名を間違えるとは、豪胆不敵な奴よな』
ぐぬぬ二度も間違えいや待て待て待て待て、こ奴さっきと言っておる事が微妙に違っておる!
そうだ。そうであった。このサンダードレイクは昔から自分の名前が覚えられない残念な地上最強種なのであった。
毎度名乗る度に氏族名が微妙に違う上に、直前の名乗りを復唱しても「違う」とキレる空飛ぶ理不尽であった。昔から何も変わっていないようである。
まぁ、所詮爬虫類のオツムでは仕方がないのかもしれない。
「誰が爬虫類か!」
などと朕が親切にも心の奥底で思っていただけなのに、巨山の様な居姿のそのサンダードレイクは朕の思考を読んだのか、それとも前に似たようなタイミングで似たようなことを言われた覚えがあるのか、クワッと大口を開けたかと思うと、巨大な氷河が崩れるような低い低い重い重い擦過音をたてながら、まるで折り紙のように見る見るその身を折り畳みだし、
「吾は天翔ける叡智、世界最速のサンダードレイクなるぞ!」
くるり、と宙を舞うように純白の羽衣を纏ったスラリと長い肢体が朕たちの飛行箒の舳先へと音もなく降り立った。
「無礼な口も相変わらずだな!」
白銀の絹髪を棚引かせ、大きな犬歯を覗かせて呵々と笑うその姿は、まさに天空に住まいし天女であった。
勝ち気につり上がった瞳に赫灼とした光を燦然と揺らめかせ、その細い面には蒼天を衝くような美しい鼻梁が走り、女性的な線の細さと艶めかしくも生命の煌めきともいうべき力強い曲線美を兼ね備えた艶やかな褐色の肢体は朕が生前知る姿と全く変わってはいなかった。へーリヴィーネが見る者全てを圧倒する完璧に整った美しさであれば、彼女は極端で歪な集合体が織りなす躍動感に溢れた美しさを持っていると言えよう。
その長身や理知的な切れ長の相貌とも相まって、黙っていれば確かに天駆ける叡智やら天女やらと言われようが、その実空飛ぶ天災である。
「相変わらず、自が名すら覚えられぬ所を見ると、朕の知るリーベラクレアで間違いがなさそうだ」
ため息混じりに零した朕の言に、天駆ける叡智は憤慨やるかたなし、と鼻息を荒くした。
「貴様は毎度毎度失礼な奴だ。吾の名はリーベラクレア・スルッドゥウットゥッドゥットゥッドゥットゥウッド。自が名を覚えておらぬ等との侮辱、許さぬぞ」
もうその名前辞めたらどうかの?
それとも何かそれっぽく聞こえれば何でもいいのかの?何なら朕がもっと格好良いの考えよか?
との想いを込めて朕が三白眼で見つめる視線の先で、その天駆ける叡智はどこ吹く風とばかりにフンスと鼻息荒く、脹脛まであろう白銀の長髪を紫電で充たし、その豊満な胸を突き上げて飛行箒の舳先に立っていた。
まぁ、無知は幸福とも言う。懐かしい顔が相変わらず元気にやれておるのであれば、それはどんなことであれ喜ばしい事であろうから、そういうことにしておこう。
「……まぁ、すまんかったすまんかった。其方を侮蔑する意図は有らなんだ。其方の名はヒトの感覚からすると少々覚えにくい、という以上の意味は無い。懐かしさのあまりつい本音が出ただけだ。許せ」
「そうか。それは種族の違い。致し方なかろう。吾は貴様を許そう」
ふんぞり返ったままでそう言った、天駆ける迷惑の背後には右に左に忙しなく踊る黒い鱗に覆われた長い尻尾があった。
あぁ、そうだ。詫びついでに、あの少し小さい奴の事だ。
「そう言えば、其方、自らを最後の一人と称していなかったか?あのサンダードレイクは生き別れた同族か何かかの?」
水面にぷっかりと腹を見せて浮かぶその少し小さなサンダードレイクを尻尾の先で指して問う朕に、眼の前の天災はニッカリ笑って答えた。
「吾の子だ」
はて?其方、「吾が最後の生き残り」とか申しておらなんだか?
「其方、最後の生き残りではなかったかの?」
「そうさな。貴様にそう言った時は、確かに吾が最後の生き残りであった」
「……実は生き残っていたオスが居たのかの?」
それはそれで問題であった。こんな空飛ぶ天災が二匹も居ると思うだけで、元為政者であった朕としては見込まれる被害を考えるだけで目眩がしそうである。しかもサンダードレイクのオスはメスよりも気性が荒い。朕がまだ為政者をやっていた頃であれば頭を抱えて寝込んでいるところである。
「いや?そんなモノおらん。吾が最後の生き残りであった」
……其方、言葉通じておるかの?
と、朕が方眉を上げると、天翔ける天災・リーベラクレアは豊満な胸を更に膨らませて大きく息を吸い込んだ。
あ、これアカンやつ。
「コラッ!いつまで寝ておるのだ!それでも貴様、吾の子か!?」
瞬時に朕が展開した理論絶対防御結界を隔てて尚及ぶ空振が朕のヒゲをビリビリと震わせる。
其方の咆哮は近くで浴びるとヒトが爆散するレベルだというのに、少しは種族の違いを慮って欲しいものだが、彼女には無理な話かのぅ。
ライラは大丈夫であったかと見れば、顔を顰めるだけで済んだようであった。うまく護れたか。
「だって、カーチャン、コイツがぁ!」
と、眼下を見ればメリメリと嫌な音を立てながら、先ほどから大の字で水面に浮かんでいた空飛ぶ迷惑二号が見る間に折り畳まってゆく。
あっという間に二号のその姿は母親譲りの褐色の肌に白銀の絹髪を持つ美少女へと姿を変え――いや、美少年かの?
線の細い至極端正な顔立ちに切れ長の双眸。四肢は母親ほどではないとはいえスラリと長く、少し背が高めの幼子に見える。歳の頃はライラと同じくらいだろうか。まぁ、そう見えるだけでこ奴らの外見は実年齢と一致しないので、実年齢はそれなりに歳を食っておろうが、サンダードレイクとしては見た目のとおりなのかもしれなかった。
そんな小童が素っ裸で背中に小さなコウモリの様な羽を生やしてパタパタと飛んできた。
……ほんに、こ奴らの体構造はどうなっておるのだ。デタラメにも程がある。
「コイツ!コイツが僕を負かしたんだぁ!抜き際にダブルピースして煽ってきたんだよぉ!悔しいよカーチャン!カタキ取ってよカーチャン!」
小童はリーベラクレアの引き締まった腰に抱きついて童特有の甲高い声でワアワアと泣くのに、彼女が徐に振り上げた拳が小童の頭頂に突き刺さった。
「馬っ鹿者!箒の上で暴れるな!」
超重量同士が激突する重い重い轟音と共に小童がまたもや水面に突き刺さるのが眼下に見える。
と、同時にその衝撃からとんでもない力で機首が下を向きそうになる飛行箒の慣性を打ち消して制御しつつ、防御結界で可視光線も含めた全てを遮断する。
其方ら、本来は数十トンクラスの重量と戦艦砲でも防ぎきる超硬度の鱗を備えている事を忘れないでほしい。
其方らがちょっと小突き合うだけで周囲には殺人級の衝撃波と失明クラスの閃光と肉がこんがり焼ける程度の電磁波とその他諸々が発生するのだぞ。理論絶対防御結界を展開していなければ、至近に居る朕たちなんぞ一瞬で体内からローストされる所であったわ。
「カーチャンと呼ぶなって、いつも言ってるだろ!母上様と呼びな!」
親子?の間だけなのか、かなり砕けた口調で眼下に向かってそう叫ぶ空飛ぶ迷惑。こ奴と一緒に居る時は防御結界が欠かせないのお。
「うええ。痛いよぉ。悔しいよぉ」
ベソをかきながら小童がずぶ濡れのまま背中の小さな羽をパタパタと羽ばたかせながら物理法則ガン無視で戻ってくると、またリーベラクレアの引き締まった腰元に抱きついて泣きじゃくる。
いや、すまんて。まさかライラと同じくらいの幼子とは思わなんだ。ちと煽り過ぎたかのお。
「紹介しよう。吾の娘・フィンブリー……おや貴様、男の子になっておるではないか。成る程、そうか。貴様、吾が番に負けたから男になってしもうたかえ。……ダッサwww」
まるで教場で厠まで間に合わなかった同窓を指さして笑うが如く、声を枯らして恥辱を訴える我が子(?)を指さしてゲラゲラと声を上げて笑うリーベラクレア。其方それでもヒトの親か。……いや、ヒトではなかったか。
そのあまりの仕打ちに小童がヒトの不可聴領域の高周波で泣き叫ぶ。
何も聞こえないはずなのになんか頭痛くなってくるので辞めよ。流石に音波は防御結界だけでは防ぎきれん。
そんな泣きじゃくる我が子(?)を指さして、リーベラクレアは徐にこう言った。
「こんな情けない吾が子ではあるが、吾と貴様の子だ。精一杯、愛してたもれ」
「そーなのカーチャン?」
「……なんて????」
そんなハズはない!と朕が全力で抗議しようとしたその時だった。
朕のシーキングスフィアに何者かが触れたのを感じた。
常人が『速い』と想像するそれの優に百倍はあろうかという速度で一直線にこちらに向かう何かが居るのを認識した瞬間、朕は反射的に理論絶対防御結界を全周展開。
ええい次から次へと!
理論絶対防御結界が可視光線を含めた汎ゆる外界との接触を遮断して周囲が微かの光も差さない常闇に包まれたのと同時、理論術式で飛行箒を空間固定。ライラをマジックハンドで抑えて襲い来るであろう衝撃に朕が備えて身を伏せた。
が、いつまで経っても朕が予想した衝撃は来ず。
恐る恐る、理論絶対防御結界を解除してみれば、まるで高木に登ったは良いが降りられなくなった仔猫のように、飛行箒の舳先に全身を使ってしがみつきカタカタと小刻みに震えるリーベラクレアの子だけがそこに居たのだった。
「……小童、いや、フィンブリーと言ったか?其方の母はどうした?」
遠雷の轟く音がする。
カタカタと震えるフィンブリーは、瞳孔の開ききった粒楽な瞳に若干の涙を溜めつつ、一心にこちらを見つめて浅く速い息をつきながら答えた。
「白く光る薪ストーブみたいな何かに乗って物凄い速さで飛んできた変な女にカーチャンが持ってかれた」
腹を揺さぶる鈍い衝突音は断続的に続いていた。
心当たりしかない鈍い音のする方を努めて見ないようにして、朕は小童に向き直る。
「……フィンブリーや。危ないから少し離れよう。陸地まで飛ぶから、そのまま動くなよ」
「うん。トーチャン」
「……朕は其方のトーチャンではない」
「でもカーチャンが、トーチャンだって」
朕には全く覚えがない!
迷惑竜チャン達は後々必要なんだけど……今じゃなくてよかったかなー……。
書き直す公算大。




