#38
半分に分けた後半……。
今年一年、拙著をお読み頂き誠にありがとうございました。
来年もなるべく早い更新を目標に奮励努力する所存であります故、ご支援ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
『久しいのぉ、アリアドネ』
ある日突然、脳裏に響いたチャントに、僕は思わず歩を止めた。
僕はゆっくりと、辺りを見回した。
妙に空が高いくせに妙にセピアがかった初冬の陽光の下を雑踏を征く人々の視線には、どれ一つとして僕を向いた物は無かった。
『アリアドネ?聞こえておるかの?』
信じられなかった。あの黒猫には一度しか会っていない、というか、会った瞬間、僕は逃げた。全力で隠蔽術式を展開して身を隠したのだ。
もちろん、チャントを繋ぐ合言葉を交換した覚えはない。と言うか全力で存在を隠したはずなのだ。
だから、あの黒猫からチャントが繋がるはずがない。
僕の思考迷宮が全力であの黒猫のマインドハックから防御するはずなのだ。
だから、これは幻聴だ。そうだ。疲れてるんだ僕。宿に帰って寝よう。そうしよう。
『ある所に、黒髪が綺麗な女の子と、生まれたばかりのまだションベン臭いクソ生意気な幼精が居ってな?』
『マジそれ以上は勘弁してください陛下』
『なんじゃ、聞こえておるではないか』
くっそ……いつの間にマインドハックされたんだ?
て言うか、思考迷宮は何度も更新してる筈なのに……。千年以上前の存在にあっさり突破されるとか、自信なくすんだけど……。
『いつの間に僕の認証錠、盗ったんですか?』
『今?さっきかのう?計算量の安全性に頼るな、と前にアレほど教えたであろう』
マジかよ……。へーリヴィーネと言い、もう僕碩術辞めるわ……。
『少しな、昨今の国際情勢について概況を聞きたい。今、どこに居る?』
時間があるか、とはこのヒト聞かないんだよな基本。あ、猫か今は。
『……いやぁ、申し訳ない。今カプスライリャ大陸の方に居まして……』
今僕はあの黒猫が居るグレンコア大陸からレーヴェ海を挟んでカプスライリャ大陸は西端のルシタニア半島のとある街に滞在している。
あのままあそこに居たら、使い走りでどんな無理難題を要求されるか分かったもんじゃなかったからね。
今度はライラちゃんの宗教創れとか言われてもコトだし。
だから僕は今、そう簡単にはあの猫の元へは行けない。超距離離れてるし。8,000オクス以上有るんだよ?
『……丸2日有れば来れるな?』
『いや、だからですね?僕今ルシタニア半島に居まして、8,000オクス以上距離が離れてましてですね?船で3週間以上掛かって……』
『……黒髪の綺麗な女の子は闊達な娘であった。ションベン臭い幼精は彼女に懸想しておった。……彼女の気を引くために幼精は……』
『い゛き゛ま゛す゛!い゛ま゛す゛く゛い゛か゛せ゛て゛い゛た゛た゛き゛ま゛す゛!』
『……待っておるぞえ』
くそぅ……。過去の僕よ……。何故貴様はあの時、早まったんだ……。
僕の人生最大の恥辱を知っている唯一の者が復活した、と言う事実が僕を打ちのめすが、膝を抱えて蹲る訳には行かない。
あのクソ猫、僕が少しでも遅くなったら絶対ヘーリヴィーネに僕の黒歴史をチクるに決まってる。そんな事されたら僕悶死する。
急がなければ。
僕は宿に置いたままの荷物もそのままに、街の郊外に駐機したカイトに飛び乗って僕は一路グレンコア大陸を目指して飛び立った。
途中、季節外れのハリケーンとか二つも進路上に発生してるとか呪われてるとしか思えなかったけど、生命を賭して駆け抜けた。
這々の体であのクソ猫の作っていた森の中の小屋にたどり着いた時には、キッチリ丸2日が経っていた。
クソ。絶対無理だと思ったのに死物狂いでカイトを飛ばしたら間に合っちゃったよ。僕の巡航速度とか全部計算されてるの悔しい。しかも期限が死物狂いで行けばギリギリ間に合う辺りがもっと悔しい。
辺りは既に夜の帳が深くなり、いつの間にやら倍以上の母屋が併設されたその小屋からは、微かな明かりが漏れていた。
曇天の分厚い雲からは今にも雪が振りそうなほど気温は寒かった。鼻水が止まらない。
「ぐす。御免下さい……」
「あら、アリアドネ?遅かったわね。早くお入りなさいな」
母屋の扉をノックすると、ヘーリヴィーネの声が僕を中に招き入れた。
……遅かったって、ひどいな……。
扉を開けると、中は碩術の明かりで煌々と照らされ、轟々と焚かれたストーブの熱がとても暖かい。
不揃いな木材を隙間無く組み合わせた床張の母屋は、壁にはストーブの熱で余すことなく部屋を温めるためのダクトが走り、立派な巨木の削り出しのテーブルや、木製のロッキングチェア等、家具も一通り揃えられ、なんかすごく快適そうである。
「おう、よく来たの。まぁ、座れ座れ」
ストーブの近くに置かれたロッキングチェアで丸くなっていた黒猫が顔を上げて僕に椅子を勧めた。
くそう。僕は鼻水啜りながら氷点下の空を必死で飛んできたっていうのに。自分だけこんな快適そうな小屋でヌクヌクしおってからに。
「……ライラちゃんはどこへ?」
辺りを見回して、あの可愛らしい少女の姿が見当たらない事に気づく。
「こんな時間ですもの。ライラはもう寝てしまいましたわ。挨拶なら明日に」
どうやら僕のためにコーヒーを淹れてくれたヘーリヴィーネが隣の小屋に続くであろうドアを指して答えた。
ヘーリヴィーネから差し出されたマグカップを受け取り、湯気を立ててブランデーの薫り立つカフェラテを一口。
うーん。暖かいカフェラテの熱と酒精が腹に染みる。
染みるけど、それより少し前に素粒子レベルでライラちゃんを分解しようとしてたくせに、今じゃすっかり母親然としているヘーリヴィーネに何か釈然としない物を感じるのは僕だけなのかな。
いや、まぁ、彼女は教育ママするの好きそうだとは思ってたけれど。
「さてさて。早速話してくれろ。なんかカーリスバーグの周辺に大規模な駐屯地ができておったのだが、その辺りから詳しくな」
黒猫がテレキネシスでロッキングチェアごと部屋の中央に置かれた巨木の削り出しのダイニングテーブルの所までフヨフヨと宙に浮かんでやってきて、まだ体が暖まりきらない僕に話をせがむ。
相変わらずせっかちだなぁ。僕まだ鼻水止まらないんだけど。ズビズビ。
「何から話せばいいですかねぇ……」
と、言いつつ、僕の中では既に話は纏まっていた。まぁ、酷い扱いを受けたけど、陛下の意見を聞いてみたかったのもあったからね。
先ずはこの国の状況。この国の建国にまつわる話から、それによって隣国ラサントスとの関係が悪化し、ラサントスがメイザールを頼ったら天上大陸セレスメアがしゃしゃり出てきたこと。
セレスメアの思惑。そしてそれによって想定された戦場、テルミナトル帝国が左右に二正面作戦を抱え込む可能性が高いこと。
そしてそれを打開すべくテルミナトル帝国が立案した戦争計画が、先ずは西側・カデン高原で開戦し、電撃的に進軍の後ラサントス首都を制圧、取って返して東側の港町から上陸作戦を企てるメイザールの上陸部隊を撃滅。
メイザールが手詰まりになった所で講和会議を開催することを目指す、と言う戦略であること。
この戦略は上手く行けば確かに二国相手に講和を結べる筋道は立っているが、実際はメイザールが襲来する前にラサントスを攻略できなければ破綻するし、メイザールの上陸部隊を撃滅できなくても破綻する。
ついでに、確率は低いと思うけどセレスメアが直接介入する可能性もある。天上世界に影響力を持たないテルミナトル帝国はこの辺の問題に対策を立てようがないのが泣き所でも有る。
あと、少しでも戦争が長引くとテルミナトル帝国は人的物的資源が払底する。部隊の移動一つとっても一切の遅延が許されない。
中々の綱渡り具合である。
他には天上世界の最近の情勢――陛下の時代に比べて『帝国』皇帝の権能はかなり縮小してるし、割と天上大陸同士も中が悪い。そのせいもあって、地上世界は完全な『帝国』の支配下に入っているとは言えない状況が現出している。テルミナトル帝国が良い例だ。この国は従属する天上大陸を持たないから、表向きは完全独立国家だ。陛下の治世では大抵天上大陸に従属してない所は『帝国』直轄領として代官を派遣したりしていたけれど、現在では天上大陸の権勢が強くなってしまって『帝国』皇帝はそう易々と代官を派遣して直轄領を宣言するのが難しくなっている。
僕とヘーリヴィーネとしては、戦争回避の方向で動きたいが、我々の立ち位置的に現在『帝国』が砂上の楼閣の上で絶妙なバランスを保っている現状を考えると、直接的な介入が出来ないため、我々としてはどうにも今回の事態をどうこうすることが出来ずに歯痒い思いをしている。
ついでに『帝国』はかなり前に星征艦隊と仲違いしてしまって、現在では星征艦隊は『帝国』その他諸々のヒトに対して完全シカトする方向性で現在も任務遂行中。寧ろ隙あらば衛星艦砲射撃してくる怖い存在。尚、対ILshnEDE作戦はまだフェーズ2でまだ全然進んでません。
等々。
「と、こんな感じでしょうか」
話し終えて、僕は陛下の反応を待つ。
我々の歯痒い思いを語った件で、無力さを噛み締めた鎮痛な面持ちでため息を付いていたへーリヴィーネと共に、僕は香箱座りをしてじっと目を瞑って僕の話を聞く陛下の反応を伺った。
「解せぬ事が1つ」
香箱座りからゆっくりと腰を上げてお澄まし座りをした黒猫は、ゆっくりと目を見開きながらそう言った。
「此度の事態、一番の受益者は誰かの?」
陛下のその言葉に、耳を疑う僕とヘーリヴィーネ。
……僕の話聞いてたのかなこのヒト。いや、猫。
「それは……セレスメアでは?」
僕の気持ちを代弁するヘーリヴィーネ。
それ以外が考えられない。のだが。
「そうだな。アリアドネの今の話ではセレスメアが受益者であることには間違いないであろう。だが、本当にそれだけかのう?……一つ言えることは、天上大陸達の動きが鈍すぎんかの?」
天上大陸の動きが鈍い?それは、まだ天上大陸の中で利益調整が済んでいないだけで――
「これ、『帝国』の今生皇帝が裏でセレスメアの動きに対して何らかのリベートを貰っておるか、今の状況を利用して『帝国』、と言うか今生皇帝の利益を最大限引き出そうとしておらんかの?」
僕とへーリヴィーネは言葉を失った。
「今生皇帝は『帝国』会議の開会を意図的に遅らせておる様に朕には思える。本当に地上世界や天上大陸達の為や人的な損失などを考えれば、直ぐにでも『帝国』会議の招集を行うべき事案であろう。まぁ、朕とは価値観が違おうから、人的損失は考慮しておらん可能性は高そうだがな」
いや、そんな事は……有るのだろうか?
「朕が人的損害を考慮しているのは、対ILshnEDE戦略におけるマンパワーの損失を心配するが故だ。今現在、星征艦隊が独自に対ILshnEDE戦略を動かしておるなら、今生皇帝は人的資源の損耗は気にせんかもしれん。寧ろ、対ILshnEDE戦略など、星征艦隊の趣味、位にしか思っておらんであろう。もし朕が人的資源の損耗を気にせず、更に今生皇帝であり、現在と同じ状況に置かれていて、尚且、セレスメアとの利益関係が全く無い場合、セレスメアを誅するため即座に『帝国』会議を招集して糾弾するであろう。その方が『帝国』皇帝の影響力強化に繋がるであろうし、それが『帝国』の似合う責務だ。その方が皇帝の権威爆上がりであろ?」
言われてみればその通りであった。『帝国』とは言ってみれば天上大陸の親分みたいなもんだ。昔の『帝国』は星征艦隊を始めとした軍事力的権威も有ったが、それを失って久しい今は他の天上大陸と軍事的にも殆ど優位性がなく、その権威のみで体裁を保っていると言っても良い。
“親分”らしい事ができるチャンスが有ればバンバン活用していくべきなのだ。だが、現状それをしていない。
これはどういう事なのか?
「真逆、今生皇帝が『帝国』の権威を高めるために、この状況を作っている、と?」
聞き返したヘーリヴィーネの目には既に光がなかった。マジコワ。
「その可能性も有るが、多分違うな。セレスメアの動きを見て、今生皇帝がいくつかのエンディングを想定して乗っかった、と考える方が妥当かのう。今上皇帝としては最終的にはセレスメアに恩を売るか、状況が山火事化してから親分ヅラでしゃしゃり出て各天井大陸への利益分配を仕切るか、それともセレスメアを『帝国』会議で糾弾して『帝国』の権威を高めるか、状況によって選択肢を変えるつもりであろう。どのエンディングを迎えても、程度の差はあれ『帝国』の権威を高めることができような。まぁ、最高なのはテルミナトル帝国の直轄領化であろうが」
「つまり、テルミナトル帝国が遂行する現在の戦略が上手く行ったとしても、失敗したとしても、一番得をするのは今生皇帝と言うことですか?」
そう問うたへーリヴィーネの唇は僅かに震えていた。ていうか、何か室温下がってない?
「へーリヴィーネよ。感情を制御せよと昔から申しておろう。寒いぞ」
黒猫がプルプルと身震いしながら後ろ足で耳の後ろを掻いた。
へーリヴィーネが深呼吸すると、室温が少し上がった気がした。
「まぁ、現状のママ、状況が推移すればその可能性が一番高いであろうな。今生皇帝が上手いこと現状を利用しきれれば、だがな」
そう言って陛下はくるりと横になって丸まった。
「何か手立てがお有りで?」
へーリヴィーネの問に、欠伸を一つして黒猫は答えた。
「何を目指すかによる。其方等の考える理想の結末としては、今生皇帝の目論見を潰し、セレスメアの思惑を頓挫させ、テルミナトル帝国の人的損失を最小限に抑える、と言った所であろ。誰も此度の戦争を続ける理由が希薄になり、此度の件を画策した者達は揃って損をするか面子丸つぶれだ。この結末を得る為には、誰も勝利させなければ良い。何らかの形で当事国に厭戦気運が高まるか、天上大陸、更には『帝国』に対する評判や権威が失墜する危険性の有る事態が創出されれば、全員が此度の件から手を引くであろう。まぁ、朕にも具体策が有るわけではないのだがな。その様な状況が創出できれば、一番死人が少ない」
へーリヴィーネはため息とともに天上を見上げた。
「自身の不甲斐なさを痛感いたします」
その言葉は、公平性を重んじる――……普段はね――が故に、政治や世俗には極力関わる事を避けてきた彼女としては、今回も誰かに肩入れするわけには行かなかった。それは今現在の微妙な『帝国』情勢のバランスを極端に損なう。
歯がゆさを感じられずにはいられないのであろう。
まぁ、彼女の場合は僕みたいに世捨て人になりきることもできずに、故人の残した『帝国』をまるで忘れ形見みたいにズルズルと居残った結果なのだから仕方がないと言えなくもないのだけれど、僕にも彼女の歯痒さは共感できるところがあった。
だって、「こいつ、悪人だなぁ」と呆れた奴が汚い手を使って上手いことやって、最後には左団扇で高笑いしてるのを見るのは、やっぱり腹が立つと思わないかい?
と言うのが僕の共感する理由なのだけれど。下衆でごめんね。
そのヘーリヴィーネの吐露に、ピクピクと耳を動かしながら黒猫は言った。
「其方には幾らか、手段を残してあった筈だがな」
はて?と、呆けたように黒猫を見つめるヘーリヴィーネ。
僕も何かあったかな?と小首を傾げてしまう。
まぁ、手段を問わなければヘーリヴィーネには幾らでも手段は有るだろう。グーパンとか。グーパンとか。
だが、ここでこの黒猫が「手段が有る」と言うからには、それこそヘーリヴィーネのお気に召す形の、言ってみれば誰か、もしくは何れかの陣営へ肩入れする必要無く、状況に介入出来る手段、という事だろう。
「アリアドネ、エールスリーべ教団の人口カバー率は今どのくらいかの?」
「……地上世界で四割程度は信者が居ます……」
ま さ か !
「良し。ヘーリヴィーネ、彼奴等に託宣を出してやれ。「戦争の無い世界になればいいのに」とでも彼奴等の前で呟いてやれば、次の日から『帝国』全土で反戦デモが起きることであろうな。デモというのは為政者側からすると割とプレッシャーなのだ。誰しも、誰からも愛される王様に成りたいものぞ」
「……それはもう直接介入なのでは?」
「どう捉えるかによるが、ヘーリヴィーネは逼迫する国際情勢を憂いて思わず心中を吐露したに過ぎん。たまたま、聞いていた者達が熱狂的で狂信的なヘーリヴィーネのファンで勝手に忖度するだけであろ」
そんなのアリかよ。
「……あの方々と話すのは精神的にちょっとアレなのですけど……」
割と本気で嫌そうなヘーリヴィーネ。
まぁ、あの御本尊の扱い見たらねぇ。これは素直にごめんね。本当にそんなつもりなかったんだよ。
「まぁ、其方の自由だ。聞かなかったことにしてくれて良い。だが、宗教たる物、使い様によっては億単位のスーサイドアタックを喜んで敢行する便利な集団だ。使わない手はない、という事だ。それに、彼奴等はその方が嬉しいのではないかな?アリアドネ、彼奴等とヘーリヴィーネの接点はキチンと絶っていたのであろ?」
「まぁ、割と最近までヘーリヴィーネは教団の存在すら知りませんでしたかね」
ヘーリヴィーネが僕に向ける笑顔が怖い。
やれって言ったのそこの黒猫だからね!
「ならば、彼奴等も自身の教義の正当性に餓えておろう。ヘーリヴィーネの考え方が伝わることで彼奴等も迷いが無くなって幸せであろうよ。ヒトは目標を見失う時ほど辛い時間は無いからな。教団の奴らは目標が出来てハッピー。もし彼奴等の力で戦争が早期終結して、地上世界の人的損耗が少なく済めば地上世界の民もハッピー、其方も目的を遂げられてハッピー、と此度の首謀者以外は誰も不幸にならん」
黒猫の言葉を聞くに連れ、へーリヴィーネの瞳が力強い光が宿って行く様に見えた。
……なんかまた言いくるめられてないかなぁ……。怪しいなぁ。怪しいなぁ。
「託宣してやる時は出来るだけ神々しく登場すると、彼奴等の気分も乗るであろうから、その辺は良く考えてやるのだぞ」
パタリ、パタリと尻尾を振りながら、そう付け加えた黒猫にヘーリヴィーネが何やら申し訳無さそうに問うた。
「しかし、私には彼等に報いてやる手段がありません。報いてやれないのに、彼等に危険を犯せと私は言えませんわ」
そうだね。
地上世界は未だ殆どの国家が王政だ。天上世界だって半分以上が王政だ。そんな政治体制の中、権力に真っ向から喧嘩を売るようなデモやら抗議やらをしようモノなら、それこそ速攻粛清されて終わる可能性が高い。
だからといって、そんな危険性の高い行為を成した人々に、エールスリーべ教団の人間に彼女は報酬を渡すことが出来ない。そんな事したら、それこそ先程の黒猫の言った『御為ごかし』すら成り立たない。エールスリーべ教団はヘーリヴィーネの私兵に成り下がってしまう。それは、彼女の、ひいては教団の価値を著しく損なう事になるだろう。
黒猫の語った策は、へーリヴィーネの直接の指示を受けていない、正義感に駆られたヒトビトの起こす自発的な行動であるからこそ意味があるのだ。
や、既に自発的とは言い難いけど、一応の体裁は整ってるから直接的な批判が出来ないのは確かなのだ。
その辺の致命的な問題を、この至極不遜な黒猫はどう考えているのだろうか。
「褒めてやれ」
と、僕等が固唾を飲んだ瞬間、黒猫は何でも無いようにそう言った。
「褒める、ですか?それで、彼等に報いることが出来るのでしょうか?」
戸惑った様なへーリヴィーネの声。
あぁ、そういう事か。僕はその黒猫の言葉に酷く得心がいってしまった。
千年以上も前とは言え、世界を統べた者の思考は、やはり僕等とは一枚も二枚も上手だな。
「まるで其方の子供が其方の誕生日を祝うために、彼に出来る精一杯のプレゼントを用意してくれた時のような、心からの謝意と、敬意を示してやれ。そうだな。感状とか、メダルや勲章等を用意してやっても良いだろう。そのぐらいでは報酬とは言えまい。肝心なのは其方が其方の子供にするように、褒めてやる所がミソだぞえ」
「褒める、ですか?感謝ではなく?」
不思議そうに聞き返すヘーリヴィーネ。
そうなんだよヘーリヴィーネ。ヒトは、対象によっては感謝されるよりも褒められることのほうが価値がある場合があるのさ。
特に君は、既に現人神と同義なのだから尚更だ。君が感謝なんかしたら地上世界人は恐縮するか、幻滅してしまうだろうさ。褒める、と言う報酬や感謝とは思えないような一見上から目線の礼節を欠く行為が最適解なんだ。
「そうだ。褒める、ということが重要だ。感謝では駄目なのだ。ちょっと大袈裟にセレモニーでも用意して、衆目の中で目一杯褒め殺してやれ。詳しいやり方は其方達で考えてみよ」
不思議そうに視線を彷徨わせながらも、へーリヴィーネは僕の方を見た。
……ヤメロよその丸投げする気満々のその眼!
……いや、アイデアは出すけど!手伝いもするけど!君も一緒に考えるんだぞ!?
「さて、まぁ、こんな所かの。アリアドネ、遠い所済まなかったな。今日は泊まっていけ。なんなら明日はライラに其方の世界を巡ってきた話をしてやってくれると嬉しい」
そう言って黒猫は目礼で謝意を示す。その姿は将に高貴な者だけが持つ下々の心に感動を呼び起こす不思議な雰囲気を持っていた。全く、黒猫の姿になっても堂に入ったものだった。
このヒト、いや猫には敵わないなぁ。
「勿論。喜んで」
顎で使われたのも忘れて僕は笑顔でそう答えていた。
「後は、そうさの。ライラの身分を担保してやらんとな。このままだと碩術学校を出た者が動員された場合、テルミナトル帝国では犯罪者扱いされてしまうかもしれん。何ぞ手立てはないかのう?」
黒猫の言葉にへーリヴィーネが反応した。
「それには、私に考えがありますわ」
何も出来ないことにもどかしさを弄んでいた彼女は、何か吹っ切れたような、何やらスッキリしたような顔でそう言った。
「左様か。では其方に任せよう」
……なんだろう。そこはかとない悪い予感と言うか、どこかで誰かが悲鳴を上げそうな気がしたのは僕の気のせいだと信じたい。
\ジハードジハード!/




