#36
トンデモサイエンス。
う○こ猫が本艦の本体の側で何やら造っているのを、本艦はかなり前から察知していたのです。本艦のスキャンは優秀なのです。
何せ、本艦の備蓄していた補修用資材がいつの間にか微妙に目減りしていたり、何体か呼びかけても応答のないシュピちゃんズとリーゼ君ズが居たのです。
う○こ猫が何かやらかしているのは明白だったのです。でも何でかう○こ猫が何をやっているのかは捉えられなかったのです。あのう○こ猫、何か碩術で本艦のセンサーを誤魔化しているのです。
怪しいのです。
あのう○こ猫、嘗ての『皇帝』を騙るばかりか泥棒まで働いた上に、隠れて何をやっているのです!
一度キャンキャン言わせてやらねばならないのです。
と本艦がようやく捉えたう○こ猫の悪巧み現場に赴くと、う○こ猫が何やら怪しげな金属の塊を捏ね繰り回していたのです。
申し遅れましたのです。本艦、晴れて先日、偉大なるライラ様より艦名を頂戴致しました星征艦隊・第二○一予備戦隊・第三警戒隊所属、強襲軌道降下突撃艦第865号建艦計画型124番艦改め、クラスリーダーのスピカなのです。
クラスリーダーのスピカなのです。大事なことなので二度言うのです。ココ重要なのです。
スピカちゃんと呼んで良いのです。
寧ろ呼ぶのです。1号じゃないのです。粗製乱造じゃないのです。
10.5センチ高角砲で汚ったねぇ花火にしてやるのです。そこんとこ夜露死苦なのです。
「お?1号か。其方も見ていくかの?」
本艦が現場に到着すると、う○こ猫が悪怯れもせずに言うのです。
マインドハックでフリーズさせられないのだったら速攻花火にしてやるのですが、悔しいかな、本艦の演算速度ではこのう○こ猫の演算速度に対抗できないのです。
「……本艦の補修資材を盗んで何をしているのかと思えば……何なのです?」
う○こ猫は金属棒を組み上げただけの簡素な台に据え付けられた、花の蕾のような形をした金属の塊に数々の導線を繋いで、何やら花弁のように成っている部分をテレキネシスで操作した砂入りの革手袋で慎重に弄っているのです。
しかも応答がなかったシュピちゃんズとリーゼ君ズも一緒に、蕾のような金属塊の各所をう○こ猫と一緒に調整しているのです。
お前達、母艦は本艦なのですよ?!何、さも当然の様にう○こ猫の助手をしてるのですか!母艦の呼びかけにはキチンと応答するのです!
「何に見えるかの?」
ニヤリと不敵に笑うう○こ猫。
ぬ。その勝負、受けてやるのです。
「内燃機関の様なのです」
う○こ猫の言葉に、本艦は目の前の金属塊を具に観察したのです。
「……飛行機用のエンジンとしては小さすぎるのです。全翼式小型凧のエンジンでもないのです。飛行箒の主機ではないのです?……にしてはなんか形が普通じゃないのです。……これは爆轟型内燃機関なのです。しかも回転圧縮式爆轟型内燃機関なのです」
「んん!良く見たの」
ふふーん、なのです。簡単なのです。勝ったのです。
「ちと、前々からライラの為に飛行箒を造ろうとは思っておっての。資材の問題もあったので先送りにしておったのだが、其方色々持っているようだからの。この機会にちょいと組んでみたのだ」
このう○こ猫、勝手に星征艦隊の資材を持ち出しておいていけしゃあしゃと、と思わなくはないのですが、ライラ様の為なら仕方がないのです。許してやるのです。
「でもこれちゃんと動くのです?本艦が知ってるロータリー・デトネーション・エンジンとは少し構造が違うのです」
「まぁ、小型化する為に六連重層型を試しに造ってみたのだ。其方の知っているモノとは少し形が違うであろうな。これから燃焼試験をしてみて、問題点を洗い出すのだ」
「……成程なのです。ロータリー・デトネーション・エンジンは出力調整が利かないから、複数並べて出力の調整をしようという魂胆なのです」
爆轟型内燃機関は元々、超音速の衝撃波を利用して圧縮機を省略する事で軽量化と構造の簡略化と燃焼反応の効率化を図った再着火が可能なロケットエンジンなのです。
なので、一定の出力を出すことは出来ても、過給器や圧縮機を持ったターボ・ジェットエンジンと違って出力に強弱を付けることが出来ないのです。
星間航行をするために延々と一定出力で加速する用途なら兎も角、大気圏内で運用する内燃機関としては使い勝手が悪すぎるのです。
だからう○こ猫は複数のデトネーション・エンジンを並べて出力を上げたい時は全部に点火、逆に下げたい時は幾つかのエンジンを切る事で出力調整しようと言う訳なのです。
よく見れば花の蕾のように見える部分は全て円環状の切れ目になっていて、そこがどうやらラバール・ノズル構造になっている様なのです。
ノズルは蕾の中心の滑らかな曲線を持つ円錐形の突起を中心に切れ目が六層分重なっていて、それぞれが独立したロータリー・デトネーション・エンジンになっている様なのです。
「ほほほ。其方、中々やるではないか」
ふふーん、なのです。う○こ猫に褒められても嬉しくないのです。でもその言葉は受け取ってやるのです。
「では燃焼試験開始だ」
う○こ猫がロータリー・デトネーション・エンジンにオドを流し始めると、腹を揺さぶるような低い大きな破裂音と共に、蕾の一番内側のノズルが赤熱し始めたのです。
う○こ猫の造ったエンジンの出力は思ったよりも高く、猛獣が唸るような轟音とともに吹き出された高温ガスで、エンジン後方の草木がまるで台風の暴風に晒されたように激しく揺さぶられているのです。
「第一燃焼室点火成功。第二燃焼室点火~」
また大きな破裂音と共に中心から二番目のノズルが赤熱し始め、エンジン後方の草木は今にも薙ぎ倒されそうになったのです。
「よーし成功。どんどん行ってみよ~」
次々に破裂音がして、一番外側のノズルが赤熱し始めた時、それは起こったのです。
「……止まったのです?」
バキン、と言う明らかに何かが破砕した音と共に、突如、鳴り響いていた轟音が消えて、それまで竜巻にでも会ったかのように傾いでいた草木がその暴力的な排気から開放されていたのです。
どうやら実験は失敗の様なのです。
詰ってやろうとう○こ猫の方にスキャンのセンサーを向ければ、先程までエンジンにオドを流していた黒い小さな背中は跡形もなく消え失せていたのです!
しかも、それまで鈍色の光沢を放っていた金属の蕾が、今にも花開かんと真っ赤に染まって風船みたいに膨らんでいくのです!
「……え?これって――」
慌てて全周走査をしてみれば、センサーが脱兎の如く逃げ去るう○こ猫とシュピちゃんズとリーゼ君ズ達を捉えたのです!!!
あんのクソ猫ッッ!!!
いつか絶対ギャフンと言わせてや―――――――
◆
失敗は成功の母、と言う。
物事に成功を収めるためには尊い犠牲が出ることも有る。出ないことも有る。今回は偶々、尊い犠牲が出てしまったと言うことだった。
だからスマンと謝っておろうに、あの後頭髪を見事なアフロヘアにして頬をパンパンに膨らませた1号に四六時中無言で付き纏われると言う精神攻撃を受ける羽目になってしまった。
また何処か彼方へ旅立ってしまった彼奴の頭を探すのも手伝ってやったというのに、全く尻穴の小さいヤツである。便秘になるぞえ。
そんな些細なトラブルも有りつつ、先の実験によって見い出せた幾つかの問題点を修正し、遂にライラ専用飛行箒は完成した。
勿論、もう一度燃焼試験したぞえ。飛行試験もしたぞえ。
朕の前には金属の光沢を持ちつつも、透明感のある鮮やかなサンシャインレッドに染まった機体が、同じく専用で拵えた降着ラックに立てられていた。
一抱えもある花の蕾のような主機のノズル部分を下にして立てられたその飛行箒は、主機付け根部分から伸びたチタニウム合金製のメインフレームが五ケ所で主機を保持し、主機を支えるアームが一点に集る所に操縦者座席、そこにライラが座って前傾しバンザイした時に両手が来る位置に機体操作用のグリップ、さらにそこからスラリと伸びた長い長いノーズの突端には円錐形の変換放射装甲材製フェリングと小さな先尾翼を装備している。断熱圧縮による空力加熱と衝撃波を防ぐ為と、旋回性を向上させる為である。
ノーズコーン以外の全てを熱処理により赤く染められたその機体は、陽光を反射して淡いグラデーションを描いて輝いていた。
この均一な焼き色を付けるのは中々苦労した。我ながら中々の出来と言えよう。
等と、少々自己陶酔に興じておると、母屋の方から駆けて来た茶色い雪だるまの様になったライラの後を、ヘーリヴィーネがゆったりと追いかけてきた。
彼女らには今日から飛行箒の練習をする旨、申し伝えておった。やはり、一流の碩術師たるもの、大空を駆けてこそ、だからな。専用の飛行箒の一本や二本持っておらねばならぬからな。
へーリヴィーネは夜なべして――彼女に睡眠は本来必要ないらしいのだが――ライラの飛行服を縫っておった。相変わらず馬鹿みたいな数のアイディスを縫い込んでおったが。
「まぁ、まぁ、随分と凝った飛行箒をお造りになったのですね」
サンシャインレッドに輝く機体をひと目見て、へーリヴィーネはこの箒の特異性を見抜いたようであった。
しかし、その箒を見たライラの反応は少し違っていた。
「綺麗!……でもこれ、飛行箒なの?」
モコモコのフード付きの飛行服を着て若干汗ばんだライラの第一声はソレだった。昨夜は飛行箒の練習をすると聞いて、張り切っていたライラの眼下はうっすらとクマが出来ておったが、まぁ見たところ飛行には影響がないであろう。
昨夜、ライラが言うには飛行箒は地上世界では超高級品なのだそうだ。貴族でなければ持っている者も居らず、空飛ぶ碩術師は御伽噺のヒーローなのだとか。
ウネルマの話を聞いた感じでは、この国の軍隊には配備されているようだが、貴族とはどこの国でも軍隊の中核である筈だから、一般にはまだまだ普及しておらんのであろう。ウネルマも自分の箒を持っているようではなかったからな。
「其方の知る箒とはちと形が違うのかの?」
「形って言うか、碩術師幼年学校に有ったのは、木で出来たやつだった」
地上世界の飛行箒はどんな物かと思ったが、ライラの知っている飛行箒は随分原始的な様である。
飛行箒とは元々、浮遊する為の理論術式と、オドに特定の任意の角運動量を与えて漏斗状のコンバージェント・ノズルを通す事によって加圧・圧縮された排気を後方に吹き出すことによって推進力を得る飛行用の絡繰道具の一種である。
因みに最も原始的な物は木製、主に竹箒などと呼ばれる竹の横枝――元々中空のそれの節に穴を開けてやれば、先っぽに行けば行くほど細くなっているので天然のコンバージェント・ノズルとしては最適である――を使用した箒は圧縮方法としてラムエアを使用するので圧縮率が低すぎ、実用的な推力を稼ごうとするとかなり図体が太くなってしまう。太くなればその分空気抵抗が増えるので速度も出ないという欠点を持つ。
構造は簡単だし素材は天然素材だから手に入りやすいのが長所だが、性能はかなり低くなってしまう。どんなに頑張っても100ノットも出ないのではないかの?耐熱性も高くないしの。推力上げすぎるとすぐ燃える。
オド、もしくはマナと呼ばれるソレは特定のスピンを持たせることによって数々の特性を持つのだが、スピン量子数を虚数化させるとファジオンと呼ばれる状態になるのだが、ファジオンとなった瞬間、自己崩壊を始めて消滅する代わりに、ファジオンはその質量を熱量に変換して放出する特性を持っておる。
その熱量を圧縮、噴射することで大きな推力を得る、と言うのが飛行箒が前に進む原理である。
簡単に言えば圧縮した水をホースから勢いよく噴射すれば、ホースを持った者の手には噴射ベクトルとは逆の力がかかるのと同じであるな。
朕の造ったデトネーション・エンジンはそれを更に効率的に、より簡略化された構造で実現しようと言うものである。
可燃性の液体を噴霧して着火する内燃機関は燃焼効率を上げ、少ない燃料でより駆動力を得る為にエンジンの動作工程の中に燃料と空気もしくは酸化剤の混合気を圧縮する工程が存在する。
燃料をただ燃やすだけだと得られる駆動力が少ない、ということだ。
レシプロ・エンジンはピストンが上昇することにより空気の圧縮を行っており、タービン・エンジンはコンプレッサーで空気の圧縮を行っている。
どのエンジンも圧縮する為の機構が必要であり、得てして圧縮機構は大掛かりで繊細な機構になりがちである。タービン・エンジンなど、本体のタービンよりも大掛かりな圧縮機が必要なほどである。
対して、デトネーション・エンジンは空気と燃料の混合気の爆轟により発生する超音速の衝撃波により混合気の圧縮し、高い熱効率を得る構造である。
詰まるところ、圧縮を燃料の爆発により行うので他のエンジンが必要とする下手をすると本体構造よりも巨大な圧縮機が要らないのである。
その為、構造は至極簡単なエンジン――デトネーション・エンジンの燃焼室はコップのような、一方が閉塞した只の筒である――に仕上げる事が出来、構造が簡単ということは圧縮機などの複雑な機構が無い分、大幅な軽量化が望める。
軽ければ軽いほど良い航空機用の主機としては理想的なエンジンであるからな。
本当ならもっと早くに造ってやれれば移動が楽だったのだが、部品の加工機が無かったからな。
シュピちゃんズは元々工兵タイプらしく、レーザートーチで細かい加工が出来るし走査能力も高く、細かい寸法も正確に加工してくれる。
リーゼ君ズは戦闘タイプの様だが、精密な動きが出来るためにシュピちゃんズの助手にもってこいであった。
飛行箒の完成は彼らの存在無くして成し得なかったであろう。
「まぁ、とりあえず飛んでみようか」
ライラが見慣れない、しかも自分の身長よりも随分と長い飛行箒におっかなびっくり乗ろうとして、降着ラックに立ててあった飛行箒を手にとった。
「重っ!!」
ライラ、そいつは浮遊術式を起動していないと結構重い。90リヴル程あるのでな。全金属製なので仕方ないのだ。
「何処かに触りながらオドを流してみよ。ほんの少しで良い。重力ベクトルに対して逆方向の斥力が発生する」
言われるがままに倒れかかった飛行箒に潰されそうになっていたライラが、朕の言葉で慌てて飛行箒にオドを流す。
「あ、軽くなった」
「もうオドを流すのをやめて良いぞ。中にオドを貯める碩術陣を組んである。それで小半刻はその状態を維持できる。飛んでいる間も周囲のマナを自動で集めるから、一度起動したら次に乗るまではその碩術陣にオドを込めなくても良い」
軽くなった飛行箒をラックに戻して、今度は抱き着くようにして箒にまたがろうとするライラ。
が、座席の位置が高すぎてうまく行かないようである。
「箒の下に生えているフットペダルに足を引っ掛けるのだ。発進時は無理に座席に座らずにフットペダルで立ったままで良いぞ。……あぁ、そのフットペダル、動くからなるべく真上から踏むのだ」
朕が言うよりも先に斜めから足を掛けようとしてひっくり返りそうになるライラ。そっと印付けした革手袋で背中を支えてやる。
「そのペダルはそれぞれ左右の先尾翼の昇降舵と連動しておる。押すと上、引くと昇降舵が下に動作する。両方同時に押せば上昇、引けば下降、右だけ押せば左に同軸回転、左だけ押せば右にロールする。ロールした後、両方押せば水平旋回することが出来る……其方、幼年学校で飛行箒に乗った事は?」
「無いよ。飛行箒なんて持ってるのはお貴族様かお金持ちだけだし、学校に有ったのは先生のだったし、飛行箒に乗る授業なんて無かったし。一回先生が見せてくれたけど、ペダルなんか付いてなかったよ?」
ほーん。地上世界の飛行箒は本当に単なる箒なのだなぁ、等と感心しつつ、ペダルに足をかけて飛行箒にしがみつく様に立ち上がったライラに操作方法をレクチャーする。
グリップは右がスロットル、左は給気口整流板の開度を操作する。速度が上がれば上がっただけ閉めないと、エンジン内部がソニックウェーブで破損したり、十分な吸気が行えなくなってしまうのだ。
スロットルも六段階の切り替え式で、手前方向にワンクリック捻ると速度が一段階ずつ上がる。最大で六段階の速度調節が可能だ。
ただし、スロットルを戻せば速度が下がるわけではなく、エンジン出力が低くなるだけなので、スピードを落とすためには、両のスロットルを手前に引くことでエアブレーキが展開するようになっている。
また、この飛行箒に施してある浮遊術式は特別弱いものを使用している為、空中で静止するには主機を下方向、大体70度程度まで機体を立ててやらないとホバリング出来ない旨等を説明する。
この飛行箒は主に空力作用で姿勢制御を行うように設計しているので、一度飛んでしまえは後は浮遊術式は不要と言うか邪魔なのである。
また、失速限界は機体水平状態で大体60ノット程度に設定してある。ただしこの飛行箒に施してある浮遊術式は単体では浮遊できないので失速したら速度を戻さないと落下するだけである。
と、そんな事をライラに説明し、早速エンジン始動だ。
「グリップを掴んで機体の貯槽がある程度満たされるまでオドを暫く流してから、右グリップの付け根にあるイグニッションボタンを三つ数えるまで長押しだ」
「う……オド足りないかも……」
苦しそうな顔で言うライラ。
「この前、私と一緒にマナの湧出泉を占有化したでしょう?あそこからマナを組み上げるのですよ」
先日ライラはヘーリヴィーネが見つけたこの森奥深くに有るホットスポットに、彼女に連れられて占有化しに行った。
湧出量はかなりの量だとの事だったので、コレでライラは当分マナに困ることは無い。まぁ、もう2つ3つ位、占有化出来れば実践でも安心だろうな。
ホットスポットの専有化は一箇所につき最低でもマルチディヴィジョンを一つ割り当てねばならないから、ライラがマルチディヴィジョンを習得するまでは手が出せなかったのだが、先日やはりヘーリヴィーネの教育により晴れて四つ程使えるようになった――ほとんど強制的にであったが――ので晴れて飛行箒の練習ができるのだ。
「ふんっ!」
ライラが力を込めてマナを汲み取り、オドとして飛行箒に流し込む。
「よーし、もう良いぞ。イグニッションボタン長押しだ」
朕も飛行箒の後部、朕専用の座席に飛び乗ってチョコンとお澄まし座り。
「えいっ!」
という、そんなに気合を入れなくても良いのに、ライラは掛け声と共にイグニッション。
バンッ!と言う空気を入れた紙袋でも叩き潰したかのような音共に、腹を震わせる轟音が尻の下から鳴り響いた。
「飛ばないよーーー!?」
轟音にかき消されないようにライラが叫ぶ。
『飛行箒を使う時はチャントを使うのだ。先日教えたであろう?飛行中は風切り音やエンジン音で何も聞こえんぞ』
『あ、そっか』
ライラは先日、朕達が1号の飛んでいった頭を探している間や、飛行箒を制作している間にチャントの使い方をマスターしていた。
チャントを使用するには思考迷宮を構築せねばならんから――聞いた所によると地上世界ではマインドラビリンス無しでチャントを使うらしい。自殺行為である。悪意ある精神攻撃で即、思考中枢まで乗っ取られるぞ。悪意が無くともチャントを使う度に、使う前とは自身が別物に変質している可能性すら有る――へーリヴィーネから楕円曲線やら離散対数やら、モジュロ演算、計算量理論、幾何学に位相幾何学と代数トポロジー、ヒルベルト問題第8番の証明ナドナドナドナドナド……を一気に叩き込まれていた。
若干、解ってはいけないものが混じっている気がするのが困りものだ。
当然、素地が有るわけでもない若干12歳のライラに理解が出来るわけもなく、業を煮やしたへーリヴィーネは物理的に叩き込んだらしい。
お陰でライラは何とか形だけでもマインドラビリンスが構築出来るようになりチャントも使えるようになったが、代償に暫くの間唐突に数十桁の数列を素因数分解し始めたり、ボンヤリと宙を見上げながらメルセンヌ素数を数えだしたりと、大分奇行が目立った。
……段々ライラの頭が心配になってくる。へーリヴィーネはその姿を至極満足げに見守っていたが、そろそろパワーレベリングも程々にしてやって欲しい。
あと、世界の真理に近いモノを無理矢理叩き込むのも辞めよ。その内、何人か首を吊る者が出る。……願わくば、朕にもその拳骨見舞って貰えんものかのぅ。
『ワンクリックだとこの飛行箒はゆっくりと降下するようになっている。加速はツークリック目からだ』
『ゴーグルを忘れていますよ。飛行中はこれがないと風圧で前が見えませんよ』
へーリヴィーネが手に持っていた強化アクリル製の天上世界製ゴーグルをライラにつけてやる。
『よーし。発っしーん!』
へーリヴィーネが下がったのを確認して、朕はライラに合図する。
『はっし~~~んんんん゛ん゛ん゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!』
朕の掛け声に元気よく応じたライラが勢い良くスロットルを捻ってしまった。
あぁ、最初はツークリックくらいにしておかんと加速に耐えられんぞ、と言う暇もなく、5クリック目までスロットルを開けられた飛行箒は盛大な爆発音とともに垂直に飛び立った。慌てて印付した革手袋でライラを支えてやる。
数秒もしないうちに飛行箒の速度は亜音速近くにまで加速しながら垂直上昇してしまった。
『お夕飯には間に合うようにしてくださいね~』
と眼下で手を振るへーリヴィーネが瞬く間に見えなくなった。
『スロットルを開け過ぎだ』
と言う朕のチャントに、ライラは言葉にならない悲鳴を上げるのみ。
完全に犬のお散歩状態になってしまった。仕方ないの。
『I have control.』
ライラを掴んだ印付した革手袋で彼女の体を支えながら、飛行箒のコントロールを掌握する。
フットペダルを両方目一杯押し出して4分の1バレルロール。バレルロールの頂点で180度同軸回転を入れてスロットルを戻して水平飛行に移行する。俗に言うインメルマン・ターンという機動だな。
流石に速度が早すぎるのでスロットルをスリークリック戻して、更にエアブレーキで減速。巡航速度を80ノット程度まで下げる。
『死゛ぬ゛がど思゛っ゛だ』
涙目のライラが前席でフレームにしがみつきながら震えていた。
碩術の深淵は割と頻繁且つ簡単に命を落とすことが多いので注意するのだぞ。
『ほれ。しっかりするぞえ。キチンとグリップを握って、ペダルを踵で、シートを膝でキチンと挟み込んで体を固定するのだ』
鼻を啜りながら朕の言う通りニーグリップとヒールグリップで体を固定したライラは、恐る恐る上体を起こした。
『You have control.』
『あああI have!』
朕が機体のコントロールを渡すと、慌ててグリップを握るライラ。
『最初は旋回をしてみようかの。左右どちらでも良いからペダルを押し出してみよ。ゆっくり、少しずつな』
朕の言う通りゆっくり、少しずつ右のペダルを押し出し始める。
『おおおおお?』
ゆっくりと飛行箒が左に傾斜する。
『よし、今度は右のペダルと同じ様にゆっくりと右と同じだけ左ペダルを押すのだ。ゆっくりな』
朕の言う通り左ペダルを押し込むライラ。
すると今度はゆっくりと飛行箒が右旋回を始める。
『旋回する場合はこの様に左右に一度同軸回転してから機首上げすることで旋回ができる』
自分の操作で飛行箒が向きを変えたことが余程嬉しいと見える。ライラははしゃぎっぱなしだ。
誰しも初めての乗り物で自分の思った通りの動きが出来た時は嬉しいものだ。
『よーし。次は少し速度を上げてみよう。スロットルをワンクリック開けてみよ。ワンクリック分だぞ』
飛行箒を水平に戻してライラが慎重にスロットルを開け、後方のエンジンから低い爆発音とともに排気音が一層大きくなり、急激に飛行箒の速度が上がる。
『か……風が……凄い……!』
現在の速度は、飛行箒に取り付けられた速度計では約200ノット。生身で感じる風圧は台風の中のソレよりも強い。気流も有るからな。
ライラは飛行箒のフレームにしがみつく様にして襲い来る風圧に耐えていた。
『この風圧を防ぐために理論術式を展開するのだ。へーリヴィーネに習ったであろう?』
理論術式は我々が観測するこの世界の5つ高位の世界法則を利用する碩術である。それは第三世界法則である物理法則を無視して世界に改変とまでは言えなくとも、第三世界法則に影響を与えることが出来る。
へーリヴィーネには予め理論術式について簡単なものを幾つかライラに教えるよう申し伝えておった。
理論術式において最も基本的な術式は『拒絶』である。
外と内を分離し、外力からの影響を遮断する最も基本にして、そして最も重要な碩術である。
『ゔゔゔゔゔゔえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛……無理!集中できない!』
仕方ないのう。
『ほれ、これでどうだ』
ライラの代わりに朕が『拒絶』を飛行箒のノーズコーンに沿う様に円錐状に展開してやると、進行方向から暴力的にライラを抑え付けていた飛行風が止み、やっと一心地付いたようにライラは上体を起こして目をつぶる。
集中している様である。
第八世界法則に干渉するにはかなり高度なオドのスピン角制御が必要になる。しかも複数同時にだ。
確かに、ライラはへーリヴィーネに物理的にドタマをカチ割られてから、マルチディヴィジョンを4つ使えるようにはなったが、5つはまだ無理らしい。
現在、ホットスポットの占有化に一つ、エンジンへのオド供給に一つ、チャントに一つ使っているから、残り使用できる思考は一つだ。
『拒絶』を行使するのに必要なスピン角の種類は1単位だけだけだから、ライラはフルでマルチディビジョンを使用することになる。
まぁ、有り体に言えば『頭が一杯』になっている状態になっていると言えよう。
『えいっ!』
掛け声とともにライラが『拒絶』を行使するが、スピン角の制御が甘い。無事、何も発動せずに終わる。
『……んんんんん……それ!』
……惜しいな。もう少し。
『くんぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……じぇいっ!』
顔を真赤にしながらオドを制御したライラは3回目にしてようやっと『拒絶』の発動に成功する。
もうちょっと練習が必要かのう……。
ライラの展開した『拒絶』の形状はようやっとライラの体が収まるぐらいの小さな板状の物だった。しかも角度は垂直。飛行風をモロに受けてしまう形状と角度だ。
形状と角度のコントロールは今後の課題だのう。せめて幾ばくかでも傾けられねばな。
『ライラ、その形状では衝撃波を防ぐには負荷が大きすぎる。スロットルは4クリック目より開けてはならんぞ』
物理法則を無視して全ての外力を防ぐ『拒絶』を使用しても、外力が掛かる面への負荷はそのまま術者の消費オド量となって跳ね返ってくる。
こんな形状の『拒絶』ではライラのオド量とホットスポットからのマナ供給量では、超音速まで加速してはとても追いつかん。即座に『拒絶』が解除されてライラは忽ち『放出』されてしまうだろう。
『了解!』
『朕の拒絶を解除するぞえ。解除と同時に機首下げだ。-10°程で良い。その形状の拒絶では空力で縦回転モーメントが発生して機首が跳ね上がってしまうから注意するのだ。ゆくぞ?3……2……1……今!』
『……うわわわわわ!』
案の定、機首が勢いよく跳ね上がってバランスを崩すライラ。
マジックハンドでライラを支えてやり、飛行箒の制御系に干渉して飛行箒のバランスを回復してやる。まぁ、何事も最初はこんなもんである。
『今日は何度死ぬかと思ったことか……』
冷や汗ダラダラで独りごちるライラ。まぁ、その為に朕が付いておるのだがの。
『……なんか……息苦しくなってきたんだけど……。後……寒い』
一難去ってまた一難である。
『高度計を見よ』
『……15?この単位のエンジェルって何?』
『1エンジェルは1,000フィート。1フィートは約1キュベルだ。現在の高度を示しておる』
『……てことは今の高度は15,000キュベル?!』
まぁ、あれだけ上昇を繰り返せばこんな高度にもなってしまおう。どうやら色々有りすぎて地表がはるか遠くに有ることに気付いていなかったようである。メートルに直すと現在の高度は約4,500mである。
『空気は上空に上がれば上がっただけ薄くなる。気温も同じだ。今は下手な山の頂上よりも倍は高空に居ることになる。下は見ないほうが良いぞ』
『ぜっっっっっっっったい見ない!……ゲホ』
ライラの顔色が悪い。高山病になっても困るから、さっさと高度を下げさせよう。
『本来は碩術で空気を取り込み、体表の空気の温度を調節しながら上昇するのだがな。其方、これ以上は碩術を行使できまい。ゆっくりと高度を下げるが良い。高度計が1エンジェルになるまで高度を下げよう』
毎度何かする度にジェットコースター張りの挙動を見せる飛行箒に、ライラはおっかなびっくり慎重に操作を開始する。
『……ふあっ?あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!』
にも関わらず、飛行箒は無情にも急降下を開始する。
……細かい操作は慣れさせるしか無いかのう……。
またもや飛行箒の制御系に干渉して、朕が飛行箒を立て直す。
『ゆっくり、羽で触るように、だ』
『……飛行箒怖い』
涙目でフレームにしがみつくライラ。
……まぁ、この飛行箒は性能追求しすぎて若干極端なのは認める。
機動は高速であればあるほど、空の上では有利なのだ。朕、悪くない。
ホレあれだ。初心者の頃から最高級品で練習したほうが上達も早いというものぞ。
……自分で言ってなんだが、何処かのセールスマンの台詞のようだな。
まぁ、気を取り直してライラに高度を更に下げさせる。
2エンジェル程まで高度を落としてライラは本日何度目かの一心地を付いた。
先程までは大気の霞でよく見えていなかった地表も、今は木の一本一本までよく見える距離である。
『高い……』
そう言って息を呑むライラ。
まぁ、往々にして高空に居る時よりも、高度が下がって普段見知った『高い所』の風景に近い景色を見て初めて自身の居る高度を意識する、なんて事は良くあることだ。その為に空間認識能力が狂って、自身が逆さで飛んでいても気がつかない事もある。この状態になると高度を上げようとして上昇したつもりが降下している、なんて事になりかねない。非常に危険なので、ライラには良く訓練してやらんとな。
『さて、操縦訓練だ。少しばかり遠くまで飛ぶ練習をしよう。ここからは航空通信で行くぞ――ターンライト、ベクタートゥーエイトファイブ』
『えっ!?えっ!?えっ……と?』
急に出てきた航空通信用語に、指折り方位を確認し始めるライラ。
『ベクターという単語が出てきたら方位計を見よ。右旋回で西北西に機首を向けよ』
航空通信では北を0もしくは360として時計回りに角度で方位を表す。西がベクター270、さらに直角の四分の一を足したベクター285は西北西を表す事になる。
ライラには主だった通信用語は教えてあるのだが、実際に聞いて、その通りに行動するのは最初は慣れないものだ。
朕の助言で得心したライラは、ゆっくり――おっかなびっくりと5°程飛行箒をバンクさせ、やはりおっかなびっくりピッチアップして機首を右方向に旋回させ、たっぷり時間をかけて西北西へと機首を向けた。
『ではどんどん行こう』
朕に指示されるがまま、ライラは左旋回してみたり、右旋回してみたり、上昇、下降、低空でジグザグ飛行してみたり、急上昇、急降下などの基本的なマニューバを練習する。
一刻はそんな飛行訓練を繰り返し、ライラも段々と飛行箒の扱いに慣れ始めた頃だった。
眼下に広がる疎らに色づいた緑の絨毯が視界の先で途切れている。かなり前には遠くに薄っすらと見えていた記憶がある山脈が、気づけば随分と近くに来ておった。
周囲の景色を、へーリヴィーネが取り寄せたこの辺りの地図の記憶と照合してみれば、随分と西側に流れてしまっている様だった。
朕の記憶が確かなら、今飛んでいるのはカデン高原と呼ばれている高地の東麓に位置する小さな高原の街・カーリスバーグの少し南側であろう。
カデン高原とは、朕達が居るテルミナトル帝国においては西端に位置するマリエストラ山脈とシエライサベリア山脈の間に位置する比較的なだらかな高原だ。
そのなだらかな斜面に同心円状に広がるカラフルな屋根が見え、その中心に向かって大地に一本の線が引かれていた。
カーリスバーグはテルミナトル帝国の帝都から伸びる鉄道の終着駅であるそうな。テルミナトル帝国は東はネッカー川を利用した水運を利用し、川沿いの街が発展しているのに対し内陸部はまだまだ未開発らしく、帝都から国境まで一本鉄道が伸びるのみである。
まぁ、見たところ内陸開発は後々やるとして、とりあえず国境防衛を優先するために鉄道を敷設した様であった。
そんな軍事色の強い街・カーリスバーグであったが、実物を見ても規模としては本当に山間部の集落の域を出ない小さな町に見えたが、今は何やら異様な活況を呈している様であった。
建物の数から人口規模としては千人も居らん様な大きさの街・カーリスバーグだったが、今はその同心円状の小さな町並みの南側に、カーリスバーグの数倍の面積を数え切れないほどの白い天幕が覆っていた。
明らかな軍隊の駐屯地である。
駐屯地の周囲には沢山の人夫と荷駄が群がり、今も尚、軍需品や飼葉糧秣の山が幾つも積み上げられている様だった。
開戦が近い、と考えてはおったが、よもやここまで進んでおるとは。
見た所、数日中にも開戦する腹積もりに見える。
へーリヴィーネも居る事だし、ちと世相を確認してみねばなるまい。先日、アリアドネとも再会が出来たからの。彼奴はこういった情報を集めるのが得意であったし、何ぞ良い情報を持っておろう。
と、眼下の不穏な情景に今後の方針を朕が勘案しておる最中であった。
ビクリと身を震わせて、ライラが後席の朕を振り返った。
『ねぇ、今……』
『探査波だな。まだ距離はある』
ライラに応じながら朕も急ぎ全周探査を開始する。
『――スパイク、
フォー・オ・クロック・ロー、
レーダー・コンタクト、
ボギー 、エコー・ワン、トゥー、
トゥーリィー。
トゥーリィー・マイル、
エイト・ズィロノット。
ワン・エンジェル、ハイレート・
クライミング――――
ライラ!インベーション、インターセプター!
ターン・レフト!
スティープ!スティープ!
ベクター・トゥー・ズィロ・ズィロ!』
朕の放った探査波に掛かった反応は3つ。
未だ肉眼では視認できない距離に有るものの、どれも朕達を追尾するように急上昇していた。
と言うか、見たところどうもアローヘッド・フォーメーションでエレメントを組んで上昇してくる様である。
誰がどう見ても、駐屯地の周囲を警戒する防衛部隊が朕達が飛んでいるのを見たか、もしくは何らかの探査手段に引っかかったのかは解らぬが、対空邀撃かそれとも空域封鎖等、いずれにせよ物騒な目的の為に緊急出撃してきているのは明らかだった。
「やあやあ」「ようよう」と挨拶して終わりなどという事もあるまい。逃げるが吉である。
『ライラ、ハリー!ハリー!』
ライラを急かし、機体を回して南南西へ進路を取らせる。
アワアワ言いながらまだまだオッカナビックリ、ゆっくりと進路を変更するライラ。ロール角が全く足りずにかなり大回りの超緩旋回になってしまっているが、ライラは今日が初飛行なので仕方がないであろう。
まぁ、インターセプターの速度を見るに、今ライラがこの飛行箒で出せる最大速度――本来の最大速度の三分の一程も出せない――を出さずとも追いつかれる事はあるまい。
朕が言うのも何だが、ライラの話を聞く限りこの飛行箒、地上世界では若干オーパーツレベルの性能であろうからの。
ゆっくりと一旦南に流れて彼奴らの視界から消えてから、東に進路を変更して帰る事としよう。
『もう大丈夫かな?』
旋回を終えて暫く南に向かって飛ぶと、ライラが心配そうに後ろを確認しだしたが、心配するでない。キチンと振り切れておる。
こちらは緩旋回が終わった時点で既に150ノット以上出ておったからな。
インターセプターはコチラと同高度への上昇をようやっと終えたと見えて若干速度が上がっておるようだったが、それでもコチラの速度の三分の二も出ておらん。距離も既に5マイル以上離れている。探査波もアレ以降照射されておらん。
どうやら3マイル程度がインターセプターの最大探査距離であった様だ。
ライラにそのまま暫く南に向かって飛ぶように指示をすると、ライラは「夕方までに帰れるかな?」と心配そうである。
そうだな。出来ればへーリヴィーネを待たせることがない様にはしたい。
しかし、そうそう直ぐにインターセプターを撒いたと判断して東進に切り替えるわけにも行かないのだ。
先程スキャニングウェーブを受けた位置は駐屯地よりも南に5オクス以上離れた位置であった。という事は、インターセプターは朕達をかなり前から察知していた可能性が高い。しかし、あの駐屯地から探知したわけではあるまい。
と言うか、インターセプターの到来したタイミングから逆算すれば、今も眼下に広がっている紅葉が深まったの森のかなり広範囲に斥候要員が潜んでいる可能性が高かった。
駐屯地や前線集結地点等では、広範囲に索敵を行い敵襲を逸早く察知するため、広範囲に斥候兵を走らせることはよく有ることであるが、それと同じことをあの駐屯地の軍隊は行っていると考えて間違いない。
もしかしたら朕達が見逃していただけで、何処かで地上から朕達を視認した斥候部隊から狼煙でも上げられていた可能性は大いに有った。
そう考えれば、中途半端な所で方向転換してしまうとまたその斥候部隊に追跡される可能性があるのだ。
速度差が有るから秘密基地まで追尾されるということはないだろうが、それでも用心するに越したことはない。このまま南に逃げたと思わせるべきだった。
逆に言えば、自国領内でその様な警戒態勢を取る理由が、かなりきな臭い物しか思い浮かばない。朕にはそちらの方が気がかりである。
彼の駐屯地は、明らかに空中からの侵入を警戒していた。
もしかしたら、偵察で駐屯地の規模を見られるのを警戒しているのかも知れない。
地上世界の技術レベルでは、と言う条件付きでは有るが、ソレ以外に自国内で警戒態勢を敷いて即応部隊を準備しておく理由がないからな。
勿論、天上世界であれば航空部隊は途轍もない攻撃力を持つことが多いから話は変わってくるが、先程インターセプターが遠距離攻撃をしてこなかった所を見ると、朕たちとの距離はインターセプターの射程外であった可能性が高く、そうであれば自ずとインターセプターの攻撃能力も高が知れている。
そう考えれば、自ずと地上世界の現在の航空部隊の能力が推し量れるというもの。
推測だが、地上世界の航空部隊はかなり近距離の攻撃能力しか無く、地上攻撃能力もかなり低いと思える。
空対空能力は最も技術力が問われる能力だからな。あの距離で遠距離攻撃が飛んでこなかったところを見ると、インターセプターには銃器等の近距離攻撃手段しか持っていないのであろう。下手をすると箒に乗って文字通りの格闘戦でもするつもりだったのかもしれん。
そうだとすれば、彼の駐屯地の司令官が警戒しているのは航空爆撃の様な攻撃ではなく、駐屯地の情報そのものを秘匿したいと考えるのが自然である。
巨大な爆弾等を積める飛行装置や飛行箒があるのであれば、ソレに射程の長い銃器が積めるわけで、そんな銃器を積んでいるのなら先程の接敵距離は十分に射程内の筈だった。
30ミリの速射砲等は5マイル以上先の目標でも狙撃できるからな。
そんな事を考えつつ、朕たちが秘密基地に帰り着く頃にはすっかり日が暮れていた。もう少しで夜間飛行になる所であったので、着陸は朕が行って事なきを得る事ができた。
とうに夕食の時間は過ぎてしまったが、母屋ではへーリヴィーネ特製の暖かなスープと焼きたてのパンが朕達を待っていてくれた。
初飛行の大冒険を少し興奮気味に話すライラを膝に載せたへーリヴィーネは実に嬉しそうであった。再会した時とは大違いである。
明日はライラに合わせて飛行箒にリミッターを施さねばな、等と考えつつ、朕の脳裏からは彼の駐屯地の光景が離れないのであった。
なんか長い上にもうちょっとなんとかしたかったけど、多分いつまでも終わらないので投稿しちゃいます。




