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朕は猫である  作者: 名前はまだない
27/70

#27

遅くなりました。

 呉服店(マガザン)を出た僕達は一路、ウーガン・レック合資商会を目指して目貫通り(ウンターデンアイヒェ)を歩いた。あの註釈だらけの碩術要覧を譲ってもらった商会だ。


 問題だったヘーリヴィーネの神気も、ヴェールとドレスに縫い付けた碩術回路により、すれ違ったり凝視したら寒気がする、程度まで抑えられているようである。はぁ、マジ疲れた。これでやっとウーガン氏を訪ねることができる。


 彼の商会は元々御用聞きから始まった店で、『客が来る為の店舗』は最初から構えていない。彼の相手は王侯貴族だから客が来る為の店舗というものを持つ意味がないのだ。まぁ、国内屈指どころかこのグレンコア大陸では十指に入る豪商とは、そんなものなのである。


 天上世界に比べて経済的格差が非常に大きい地上世界では、お金を持っているのは皆王侯貴族だ。


 彼らの『持っている』と言う規模は桁違いだ。支配階級であり、最悪その国の資本の八割を彼ら王侯貴族が握っているのだから、当然といえば当然。そんな王侯貴族の御用達ともなれば、庶民相手に店を開くことなど、それこそ窃盗のリスクしかないし、二割程度の富をライバルと鎬を削って獲り合うより、残りの八割を少ないライバルと分け合う方が儲けが大きいと言うわけだった。まぁ、これは限られた一部の商会しか取り得ないビジネスモデルだったが。


 だから、ウーガン・レック合資商会はこの国屈指の豪商にもかかわらず、帝都の目貫通りであるウンターデンアイヒェに面していない。因みに、先ほどお世話になった呉服店(マガザン)は彼の商会に比べれば極小零細商会である。段どころか格が違う。ウンターデンアイヒェに開店を許されているという事はそれなりなのだろうけど、ウーガン・レック合資商会とは比べるべくもない。


 ウンターデンアイヒェを帝宮に向かって中程まで歩くと横に大路が一本通っている。フェルディナンドシュトラーゼと呼ばれるそこを左折して六ブロック程も行けば、どん詰りに一見すると倉庫にしか見えない彼の商館が見えて来る。位置的には帝宮の正門であるアレクザンダー門からはかなり離れた位置に有るが、逆に帝室の生活の場である西の離・シュピーゲル宮(鏡の宮殿)に一番近い通用門の目の前に位置している。この位置取りがウーガン・レック合資商会の社会的な立ち位置を示している。


 何故なら、この帝宮を含むゼントーム区――ヴィルへリンブルクは二十の(ベツァーク)に分かれており、その一つが中央区(ゼントームベツァーク)だが、他の区と違い区長や行政機関はない。帝宮がそれを担っているのだ――全般の土地が一般人へ開放されているわけがない。なにせ、帝宮の周りだ。私有など許すはずがない。


 そんな地区の、皇帝の私生活領域に最速で馳せ参じられる場所に店を構える、と言うより、構えさせられているのだ。まぁ、表向きは『開店を許可(開店を強制)』されているわけだが、勿論この見えない副音声(ルビ)が読めない奴は居ない、と言う訳だ。


 とどのつまり、この国の帝室の懐深くに食い込んだ皇帝のお気に入り商人。それがウーガン氏の本当の顔だ。本人はとてもおおらかなまさに好々爺だけれども。

 まぁ、例の註釈だらけの要覧はウーガン氏が直接発注したわけではなかろうが、その商流を辿れば、最終的には写本した本人に行き着くハズだ。


 という事で、ウーガン・レック合資商会目指して帝立歌劇場や帝立図書館、帝立碩術大学等が集まり、一際華やかなファサードが通りを彩るウンターデンアイヒェでも一番賑やかなフェルディナンドシュトラーゼとの四辻を左に曲がろうとしたところで、後ろにある筈の気配が遠ざかっている事に僕は気付いた。


 見れば、四辻の少し手前の華麗な碧い三本の尖塔が美しい聖瑞香(St.ザンショ)大聖堂(カテドラーラ)の前がざわついていた。

 あ、あれまずいやつかも!

 僕は慌てて駆け戻った。



 「主は来ませり……主は……来ませり……」



 と、譫言の様に呟く純白に金糸の刺繍入りの豪華なローブを着たお爺さんが、ヘーリヴィーネの前で地ベタに十字になる様に両腕を開き、両足を閉じて真っ直ぐに伸ばして俯せていた。その日常生活ではまず目にしないであろう絵面に段々と人だかりが出来ていく。


 ヘーリヴィーネは「とても気持ち悪いものを見た」と言う表情と言うか、仕草――表情はヴェールで見え無いけど、全身から「絶対にこんな奴に関わりたくない」オーラが出ていた――でドン引きしていた。

 ……これ、十中八九どころか百パーセント五体投地ですね。本当にありがとうございます。


 見れば、その老人の硬い地面に押し付けた顔の辺りからかなり濃い目の赤い液体がジワリジワリとそのシミを広げていた。ファサードの階段を慌てて降りてきた若い聖職者達の一人が目の前に倒れるご老人の着物と同じデザインの靴を抱えている所を見ると、態態靴まで脱いで、人の背よりも高い石造りの階段の上から五体投地してきたようである。見ようによっては身投げにしか見えなくもないかもしれなくも無い事は無かった。


 そんな全身全霊乾坤一擲渾身の五体投地をしなくても……。鼻血だといいなぁ。


 等と思いながら、取り敢えずこの血の海に沈みつつある御老人――あぁ、この人格好から見て明らかにエールスリーべ教団の司祭だ。しかも服装から司教か下手すると主教クラスだ。メンドクサ――に声をかけた。

 仕方ないじゃないか。ヘーリヴィーネだけ連れてこの場は無視して行こうと思ったら、御老体とは思えない物凄い力で足首を掴まれてしまった。外れない。い゛だい゛。



 「もし、司教様。僕達に何か御用でしょうか」



 いや、御用も何もないんだけどね。自身の信奉する宗教の主神が目の前に居るわけだし。



 「主よ……いと崇く、いと貴き、いと慈悲深き我等が母よ、ご尊顔を拝する栄に浴し、感激至極にござります……」



 僕は信じられない握力で縋ってくるその老聖職者の手を振り解こうとするが、これが信仰の力なのか、その僕の足首を掴んだ左手はびくともしない。



 「感激至極に!至極に!御ざいますぅぅぅううう゛う゛っ!!!」



 老司祭が将に今この場で脳卒中で死んじゃうぜって位の鬼気迫る、脳の血管破裂寸前の鬱血顔で僕の足首に縋り懇願する。

 宣っている言葉は感謝を述べる言葉であったが、彼の示す態度はとてもそれだけが目的とは思えない。

 その今際の際も斯くやと言う様子に、背後で「ひぃっ!」と息を呑む声が聞こえる。


 まぁ、ぶっちゃけ、縋りつかれている僕的には反射的に鼻に膝入れそうになるくらいには怖かったけど、グっと我慢した。

 その尋常ならざる様子に、後から駆けつけた若い神官達がはたと何かに気づいたように次々と跪く。


 あぁ、くそ。完全にバレてる。


 というか、どうして大聖堂の前を歩くヴェールをした顔の見えない女性をヘーリヴィーネだとこの司祭は判ったのだろうか。当然、この司祭とヘーリヴィーネが会ったことがあるとは思えない。


 だって、ヘーリヴィーネが地上世界に降りるのは僕が知る限り数百年ぶりのはずなのだ。地上世界で見たこと会ったことがある奴なんて居る訳がない。ヴェール付けてて顔なんて見えないし。

 たとえ、いくらヘーリヴィーネを主神と戴くエールスリーべ教団の司祭とはいえ、というか、エールスリーべ教団は実際「勝手に」ヘーリヴィーネを奉ってる宗教なので、ヘーリヴィーネとマトモな接点があるはずが無い。まぁ、なんでそんな「勝手に」奉るなんて事になったのかといえば、まぁ、昔色々あったのだ。色々。



 「司祭様、御人を(たが)えてはおりませんでしょうか?我等は旅人、本日は所用にて帝都を訪れたに過ぎませぬ。司祭様の仰る様な、救世の徒では御座いませぬ」



 口に直接出すと問題有りそうだから、副音声(チャント)で「控えよ、失せよ、放せ」と念じて見たが、残念な事に主教様は副音声に耳を貸してくれない。


 いや、そうか。地上世界でチャントが出来るのは『箒兵』とか言うかなり特殊な兵士位なのだった。携行可能で有効な火器類も無ければ、一撃必殺を狙える碩術すら地上世界では広まっていない――穿った見方をすると、天井世界が意図的に技術を隠匿しているようにも見える、と言うか隠してますがなにか――から、空中でお互いに槍で突き合う(ランスチャージする)、僕等から見ればとても奇妙に見える兵科だ。


 見ようによるととても器用なのだけれど。チャントで連絡を取りながらランスチャージで制空権を確保する彼等には秘伝として伝わっているらしいが、便利なのだからもっと広めればいいのに、とは思うが、情報の即時伝達は地上世界にはまだ危険すぎるのかもしれない。主に体制的に。


 僕が締め付けられる足首の痛みに耐えながら、どうしようかと考えていると、その痛みの元凶である御老人の伏せた顔から湿った嗚咽が聞こえてきた。



 「先日、恐れ多くも『帝国』皇帝陛下の勅使様のご降臨に侍る機会に恵まれましてございます。近く主上がこの地を行幸(みゆ)く可能性を示唆されました。半信半疑でしたが、この震える程の強力な神気、間違おうはずがございません。主上の御聖影を拝する栄に浴しました事、この老い先短い我が身にはもう思い残すことはございません」



 涙に濡れたその声を聞きながら僕は現『帝国』第37代皇帝アレクサンデリナ(塩かけられ)エウヘミア(てた人)に足の小指をドアの角に思いっ切りぶつける呪いをかけた。三度掛けた。三回のたうち回れ。

 ヘーリヴィーネが地上に降りたから(出奔したから)心配した(各国に通達した)のだろうが、余計なことしおってからに。


 それはさて置き、御老人は思い残すことが無いなら手を離して欲しいのだが、一向に離してくれる素振りは無い。なにか期待に満ち満ちた眼差しを、死相が浮かぶその必死の形相で投げかけてくる。


 あぁ、そうだった。エールスリーべ教団って、基本実在が分かっている神に勝手に奉仕する集団――ちなみに、ヘーリヴィーネはエールスリーべ教団の事を知らない。僕等が一生懸命隠してるから。それこそ、死物狂いで隠してるので彼女にこの事実がバレるのは非常にマズイ――なので、名目上「神に盲従する下僕(しもべ)」と言うのが教団関係者の公式の立場であった。


 つまり、彼等は盲従する以外、神に対するアクションを持っておらず、自身が何か望みを持っていても、神に「お前、何か望みはあるか?」と尋ねて貰わない限り、自分の望みを信奉する神に願う事すら許されないのだった。つまるところ、エールスリーべ教団関係者は「今日も一日、良い日でありますように」と朝の礼拝で神に祈る事が許されないのだ。昔はこんなひん曲がった感じじゃなかったんだけどなぁ。


 なるほど。この御老体は何かのっぴきならない、事情を抱えているのだろう。助けて欲しいのか、何か他の望みがあるのか。だから、そんな必死に体を張って僕らを引き留めるわけだ。メンドクサ。



 「主教様、我々は諸国を巡る旅の途中。これも何かの縁かもしれません。旅の記念に、主教様の教会を案内してはいただけませんか?」



 もう、この御老人の四方山話を聞くしかない。だって僕の足首このままだとモゲそうだもん。

 予想だにしなかったのか僕の言葉に、ヘーリヴィーネがチャントで仰天の声と共に抗議するのを、一生懸命宥める。


 うーんマズイ。マズイよ。

 ……やっぱり、本当のこと知ったら怒られるだろうか……や、怒られるよね。


 ご老体の方に視線を戻せば、将に大願成就を成し遂げて滂沱の涙で咽び泣いているところだった。

 気持ち悪いしバッチイんでマジ勘弁してほしい。僕のズボンで鼻水ふくんじゃねぇ。マジで膝入れるぞ膝。



 「主よ、感謝いたします……!」



 物凄い勢いで立ち上がった主教とお付きの聖職者達に釣れられて、不本意ながらまた僕達は寄り道をすることになってしまった。


 はぁ~面倒くさ。


すいませんまだ続きます。

(微妙に数字に修正等入ってます)

※6/27 初期投稿時に比べ設定に関する部分を大きく修正しております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 普通に神違いですって言って逃げれば済んだような? 神が良いんだろうなー。
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