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朕は猫である  作者: 名前はまだない
25/70

#25

 明くる日。


 私はオデコを繰り返し踏まれる、柔らかで弾力のある感触で目が覚めた。

 うめき声と共に重い瞼を少しだけ開くと、そこには前足で私のオデコを踏みつけて枕元からこちらを覗き込む逆さになったナヴィが居た。



 「起きたかえ?」



 「うううん」



 細く開いた瞼を再び閉じる。

 すごく、眠い。


 昨夜は……何だっけ。なにか凄く嫌な夢を見た気がする。普段よりもとても目覚めが悪……いや、こんなものだったかも知れない。

 とにかく眠い。後、寒い。


 私が首を竦めて半ば潜る様に毛布に顔を埋めると、何故かとても息苦しい。


 うう、と呻きながらも醒めない頭で首を回すが、息苦しさがまるで纏わりつくように胸の辺りを移動する。


 うう、ううう、うぐぅ。


 息を吸い込もうにも胸が重くて息が吸えない。

 そして堪らず肺の中の空気を全て吐き出したら、それっきり横隔膜が何かに抑えつけられたかのように動かなくなってしまった。


 しぬ。



 「起きたかえ?」



 慌てて上半身を起こした私の鳩尾からナヴィがヒラリと宙を舞った。



 「……おあよう」



 「うむ。おはようライラ」



 眠気眼を擦りながら寝床から這い出て、顔を洗おうかと水瓶を覗き込んたが、そこには湿った水瓶の底があるだけだった。


 はた、と気付いて辺りを見回す。

 そうだった。今日から暫く留守にするから、身の回りの物をほとんど昨日の内に片付けたのだということを思い出す。

 では今日は顔洗は無しか、と思った所にナヴィの声が降って来た。



 「水瓶の残りを取ってあるから、それで顔を洗って来るが良い。早く着替えて朝市に行かねば、朝飯を食い損ねるぞ」



 そうだった、そうだった。


 段々と頭が冴えてくる。

 急いで顔を洗って着替えて身だしなみを整える。


 寝間着を脱いで寝床に放ると、昨日の内に用意した厚手のサイハイソックスを履き、ガーターベルトで腰のベルトに留める。

 その姿を見ていたナヴィは目を細めて言った。



 「其方、身を清める時はカーテンで身を隠すのに、何故着替えの時は開けっぴら気なのだ?」



 ブラウスの前ボタンを留める手を止め、私は自分の姿を見下ろした。



 華奢な体。断崖絶壁とも言うその眺望からナヴィに目を移すと、ナヴィは片眉を上げてこちらを見ていた。

 何故と言われても。体を清める時は水飛沫が周囲に飛び散らないようにする為に決まってるじゃない。


 猫に着替えを見られて恥ずかしがる女の子はなかなか居ないのではないか。

 と、そこまで考えてナヴィがただの飼い猫では無い事にはたと気付く。


 彼は使い魔であり、位階()は判らないが、使い魔というのは何がしかの英霊の化身でもあるのだ。ただの動物という事は無い。

 言葉が喋れる、という時点で、これまではあまり考えてこなかったが、彼はそれなりに高位の英霊なのではなかろうか。知性は高いし喋れるし。減らず口だけど。

 そんなことを考えていたら、無性に恥ずかしいような気がしてきた。



 「ナヴィは、私の裸見てどう思うの?」



 今日のために買った厚手で踝まであるニッカボッカをいそいそと履きながら、なんか悔しいのでそんな事を訊いてみる。

 すると、ナヴィはまるで励ますように微笑んだ。



 「秘密基地が出来たら沢山狩りに行こうな。そして良質なタンパク質を手に入れよう」



 どういう意味よそれ。貧相で悪かったですねぇ。


 私がブーブーと頬を膨らませると、途端にナヴィのマシンガントークが始まった。

 あぁ、しまった。始まってしまった。



 「淑女たるものいついかなる時も自身がどう見られているのか、という事を気にかけなければならぬ。例え大通りを歩いていようと、公衆浴場の女湯に居ようとも、はたまた自室で着替えをしていようとも、だ。誰の目があるのかわからないから、ではない。常にそうあることによって、自然と常に理想的な動作、仕草、ひいては作法が身につくものだ。猫しか見ていないから構わない、では無く、常に自身を律しなければならないのだぞ。そもそも淑女というものは――」



 なんか最近ナヴィはお小言が多いのだ。


 お小言の内容もだいたい同じ。大抵は「淑女」について熱く語るのだが、正直煩いだけである。

 大体何よ。淑女淑女って。誰もいない所でもキチンとしなさい、だなんて、出来るわけがない。


 私は急いで亜麻色のフランネレットのシャツに袖を通すと、手早く着替えを終える。



 「ほら、ナヴィ、早く行かないと朝ごはんがなくなっちゃうわよ」



 「ぬぅ。ライラが最近朕の言う事を聞いてくれない……反抗期かのぉ」



 「ほら!早く!」



 渋るナヴィを連れて私達は家を出た。


 まずは市場で朝ごはん。

 今日はなんだかとても寒い。ニッカボッカと一緒に買った裏が起毛になった中古のブカブカな革のジャケットの襟を立てて、熱々煮込み麺(フーティウ)を啜る。


 ナヴィはいつぞやの如く、魚屋さんから三枚おろしの真ん中の背骨の部分を貰ってきて、しゃぶるように、背骨の間の中落ちをこそげ取るように齧っている。余程気に入ったようだ。


 朝ご飯を掻き込んだら、次はメリル・フィンチ・ブレンナー合同会社のメリッサさんの所へ。

 預かってもらっていたセメントや麻袋に、昨日買い込んだ物資をメリッサさんに用意してもらったリアカーに載せたまま預かってもらっていたのを受け取り、出発である。


 荷物山盛りのリアカーを引いて、笑顔で見送ってくれたメリッサさんに手を振り返したら、メリッサさんの表情がさっき迄のとても心配そうな表情からストンと表情だけ落とした様に、力なさ気に手を揺らしていた。

 あ、これは不味い、と思ってあたりを見回したら道行く人達が「とても恐ろしい物を見た」様に目を剥いていた。



 「とても重い、と言うフリをするように、とあれ程……」



 ナヴィが前足で自身の目元を覆いながら小声で言った。


 そうだった。完全に忘れていた。今私の引いているリアカーはナヴィがテレキネシスで持ち上げてくれているのだった。周囲にバレないように車輪は回る程度にしか持ち上げていないが、重量の大半をナヴィがテレキネシスでもって担ってくれているので、もしかしたら空荷よりも軽いかもしれない。


 だが、それは周囲から見たら小さいとは言え荷物満載のリアカーを笑顔で引っ張る小さな可愛い女の子という事になっている。



 「小さな女の子、であるな。修飾語が一つ多い」



 ナヴィうるさい。

 慌てて「とても重いです死んじゃいます」って顔をしてみたが、周囲から向けられる半眼が心に刺さる。



 「もう良い。サッサと行ってしまおう」



 私達は逃げるようにトシュケルの街を後にした。

 森の入り口の木工所からサミュエルがポカンと間抜け面をこちらに晒していたのでアッカンベーしてサッサと森の中に入った。



 「それでライラ、あのう○こ娘の名前はどうするのだ?」



 森に入った辺りで移動の際の世間話としてナヴィに発せられた言葉に私は凍りついた。



 なんにも考えてない!



 どうしようどうしよう。124番艦ちゃんは名前というご褒美が有るから手伝ってくれているのだ。折角手伝ったのに、名前はまだ考えてません、では怒るに違いない。


 そうだ。落ち着け私。まだセーフなハズだ。今から124番艦ちゃんと合流するまでの間に考えれば良いのだ。イケる。これしか無い。


 とは決意したものの、そんな簡単に格好良い名前が浮かぶわけもない。

 私のライラと言う名前の由来はもちろん花の名前だ。ナヴィもその花言葉に合わせてトゥグラを作ってくれた様に、その花言葉の如く純真で力強く健康に育って欲しい、と言う両親の願いが込められている。

 昔、私がもっと小さかった頃にお母さんにそう聞いた。


 願わくば、124番艦ちゃんにもそんな風に名前をつけてあげられたら良いのだが、如何せん124番艦ちゃんは既に大きい。差別化に苦戦しているとはいえ、未来の姿を想像するしかない赤ちゃんと違い既に「こんな娘です」と言う『形』が出来てしまっている。

 もしその『形』を無視した名前を付けても、違和感しかないだろう。少なくとも私はそう、思ってしまうかもしれない。


 だからなるべく124番艦ちゃんに合った名前をつけてあげたい。

 124番艦ちゃんに合う名前ってどんなのだろう?


 金の瞳に鮮やかなプラチナブロンド、浅葱色のワンピースに真っ白いエプロン。

 その姿を思い出して、私は――すでに街を出たのでリアカーを引く必要がなくなったので、ナヴィがテレキネシスで持ち上げたリアカーを頭上に山道を歩いていた――山道を歩きながら考えに耽る。


 まず初めに思いついたのは、124番艦ちゃんの姿から、勿忘草だった。

 Vergiss()mein()nicht()、花言葉は「私を忘れないで」……うーん。なんの脈絡もないなぁ。却下かなぁ。


 うーん、うーん、と唸りながらひたすら歩く。

 124番艦ちゃんとの待ち合わせ場所はまだ先だ。焦らないで私。

 そんな私を見ながらナヴィが不思議そうに言う。



 「別にそんなに必死に考えなくても良いぞえ?適当にAでもBでも良いし、ポチでもタマでも、問題無いと思うがの。むしろ、逆に何も考えなくても良いのではないか?作業後に一言、『今回の其方の貢献は名前の獲得に一歩近づいた、次回も奮励するように』とでも言って一生こき使ってやれば良い」



 ナヴィ、流石にそれは酷すぎると思うの。下衆の極みよ。


 ううーん、ううーん、と唸りながら歩くも、何も思いつかない。

 前回キャンプした辺りで今日もまたキャンプをする。



 「ナセ……ナソ……ナタ……」



 夕食のオカズを狩る間も調理の間も124番艦ちゃんの名前が頭から離れない。

 晩御飯をしかめっ面で食べてそのまま寝袋に入り、気が付いたら朝だった。



 な……何も……何も思いつかないっ!!!



 絶望的なその事実に打ち拉がれながらナヴィの作った頗る美味しいサンドイッチの朝ごはんを食べ、将に処刑台に向かう囚人のごとく重い足取りで124番艦ちゃんが待つであろう、彼女の墜落現場付近までやって来た。やって来てしまった。

 そして、そこに居た者達を見て、私は両膝から崩折れた。



 「お初にお目にかかるでゴザル。本艦(拙者)、星征艦隊第二○一予備戦隊第三強襲隊所属、強襲軌道降下突撃艦第865号建艦計画型27番艦と申す者にゴザル。不躾ながら本艦(拙者)も艦名を頂戴したく、出来れば一番最初に頂戴したく、此度参上仕った次第にゴザル。非力の身なれど、粉骨砕身、ライラ殿のお役に立つべく、奮励努力致す所存。畏み、畏み、お頼み申すでゴザル!」



 「本艦(あーし)、星征艦隊第二○一予備戦隊第三強襲隊所属、強襲軌道降下突撃艦第865号建艦計画型289番艦ッ〒ューσ(ってゆーの)本艦(あーし)м○()艦名(名前)Uレヽナょッ〒(しいなって)♡。∋3μ○〈ゥー(よろぴくぅー)≠ャ八ッ(キャハッ)☆」



 「あ゛あ゛あ゛あ゛!う○こ猫が余計なことを言うから!言うからっ!なのですっ!ライラ様!逃げてください!なのですぅっ!」



 …………なんかふえてる!!!


「何処から!何処から情報が漏れたのです!?」

ッ〒ューカヽ了(ってゆーかぁ)、同型艦の情報隠蔽突破£」レ〈5ぃ(するくらぃ)、楽勝☆彡ッ〒ューカヽ了(ってゆーかぁ)

「同型艦でゴザルからなぁ。性能も同じなので大体分かるでゴザルよ」

「というか、その取って付けた様なテンプレ口調、辞めたほうが良いのです。前々から思ってたけど、格好悪いのです」

「「おまゆう(よゝмаユ宀)っ!」」

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― 新着の感想 ―
[一言] ひえっポンコツどもが増えた!? 名前かー 猫が言った通り、適当にすれば良いのに真面目だなー
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