#24
大変遅くなりまして誠に申し訳ありません。
下書きと行っても過言ではないくらいに色々足りてないので後で直します。
「めっ……命名してくれるのですか!なのです!」
124番艦ちゃんのクリっとした金瞳が、その双眸を驚きと期待と歓喜に潤ませて私を見つめていた。
「え!?ちょっ!?ちょっと待って!」
そんないきなり言われても、名前なんか思いつくわけ無いし、天上世界の妖精に私が名前を付けるなんて、痴がましい気がする。というか、それって良いの?
「本艦達第865号建艦計画型は全部で342隻も居るのです。でも全員艦名が無いので識別方法が番号だけだったのです。しかも途中で設計変更もされなかった短期量産型なので全員外観が一緒なのです!皆、どうにかして個性を出して何とかかんとかそれぞれを識別している状態なのです!有視界戦闘になったら誰が誰だかわからなくなってしまって困っているのです!」
と、124番艦ちゃんは期待の篭った目で言った。
確かに、全員同じ容姿じゃ誰が誰だか分からなくなっちゃうし、大変なのかも。
「変な語尾もそのどうにかして出した個性なのかの?」
「そうなのです!『なのです』口調は8番艦、19番艦、61番艦、94番艦、155番艦、156番艦、182番艦、271番艦、286番艦、333番艦と本艦だけが使えるのです!他にも、この服の色は114番艦から126番艦まで、このエプロンは2の倍数の艦だけ、この瞳の色は……」
なんか、みんなで格好や口調が被らないように一生懸命考えたんだろうけど、余計にわかりにくくなっている気がする。
髪の色や衣装の色や口調がそれぞれ微妙に違う若干三百人程度の同じ顔の子供達を想像してほしい。
識別出来る訳がない。無駄な努力とは言わないが、若干悪化している感も否めない所がもどかしい。
そう考えると、中々に可哀想な状況なのかもしれない。
とは言え、そんな良い名前がすぐに思いつくわけもない。と言うか、いきなり名前を付けろなんて、無茶振りにも程があると思うの!
私が抗議の為にナヴィを睨むが、ナヴィにはどこ吹く風だ。
「ホレ、何でも良い。識別出来ればよいのだからな。ジョンでもスティーヴでも、何か響きの良い物が有るであろ」
ええぇ?だからなんでそういう無茶振りするかなぁ。それにジョンもスティーヴも男の子の名前じゃない。ダメよ。女の子にはちゃんと可愛い名前じゃなくちゃ。
「本艦からもお願いするのです!本艦に名前がついた暁には……グヘヘ。本艦はクラスリーダーに成れるのです!」
クラスリーダーと言うのは良くわからなかったが、124番艦ちゃんがその時見せた笑顔は、とてもとても欲望に満ち満ちていて少し気持ちが悪かった。下衆顔だ。
その笑顔は女の子がしちゃいけない表情だよ。ネチャッてしてる気がするよ。
「……クラスリーダーと言うのはの。同型艦をひと括りに艦級として識別するのだが、その時、同型一番艦の名前を艦級名とする事が多いのだ。クラスネームと成った一番艦はクラスリーダーと呼ばれる。しかし、う○こ娘よ。其方124番艦であろう。1番艦でなければクラスリーダーにはなれぬのではないか?」
「本艦級は1番艦から180番艦までは全部別のラインで同時生産されたので、竣工日は全て同じなのです。便宜上、生産ラインの識別番号が若かった順に番号を振っているだけなのです。だから、一番最初に命名してもらった艦の名前が艦級名になるのです!」
「……粗製濫造であったか……」
その言葉を聞いた124番艦ちゃんが奇声を上げながらナヴィに飛びかかり――カエルさんみたいにジャンプしてた。もしかしたら、割と気にしてたのかも?――ナヴィが「マインドクラッシャー」と小さく呟くと、124番艦ちゃんはそのままナヴィの手前で頭から地面に突っ込んだ。
……ゴチンって音が聞こえて見るからに痛そうだったけど、124番艦ちゃんはそのままパタリと動かなくなってしまった。
コロコロと転がっていくまたもや取れてしまった124番艦ちゃんの頭は白目を剥いていた。
仕方がないのでそっと頭を拾って土を払って、仰向けにした体の頭の所に置いてあげる。
「ほんに、姦しい娘よの。で、ライラ。名前の方は思いついたかの?」
思いつくわけ無いでしょ。無茶言わないで。
「まぁ、その方が都合が良い」
私の心の声を聞いたのか、ナヴィが悪い笑みを浮かべた。ナヴィ、あんまり酷いことしないであげて。
「再起動!完了したのですっ!!」
124番艦ちゃんも再起動した。相変わらず元気そうである。体が跳ね起きた拍子に、地面に置かれた自分の頭に腕が当たってまた頭が転がっていくけど、元気そうだった。
あたしはわるくないもん。
「のう、う○こ娘よ。取引をしようではないか」
勢い良く転がっていく頭を追いかけて、やっとの事で自分の頭を確保した124番艦ちゃんがナヴィの言葉に怪訝そうな顔をする。
「シックススターを騙る大罪人とは取引しないのです」
「そう申すな。朕は其方の排除対象であるILshnEDEでは無いことは解っているのであろう?」
「……それは生体スキャンで確認しているのです。しかし、それでも大罪人と取引する理由がないのです」
「先程も行った通り、其方に命名してやっても良い。とびきり格好良い艦名を。だが、代わりに朕達に協力するが良い」
124番艦ちゃんがピクリと反応した。
「……大罪人は即刻処刑されるべきで……」
「『帝国』法上、星征艦隊の通常任務に警察任務は含まれない。警察行動は一般市民の現行犯逮捕権と同じであり、善意の奉仕である。違うか?」
「う……」
「なれば、其方が朕をどうこうするのは、言ってみれば其方の気分次第なのであろう?まぁ、どうにか出来るとは思えぬが。それに、朕は其方に名を授けてくれるであろう、このライラの使い魔だ。朕を逮捕などすれば、ライラは悲しんで其方に名付けなど、してくれないであろう」
チラリと、ナヴィがこちらを見る。
うーん。別に名前くらい付けてあげても……って違う違う。ナヴィ、無茶振りしないで。
確かにナヴィが居なくなるのは困るけど。
困惑する私を置き去りにナヴィは続ける。
「今、朕達はこの森に秘密基地を作ろうと思っていてな。それを手伝ってくれるのなれば、ライラは快く其方に超絶格好良いクラスリーダーに相応しい艦名を授けてくれるであろう」
ナヴィの言葉にお腹あたりで抱えられた124番艦ちゃんの目が泳ぐ。頭は上下逆さだったけど。
あと、勝手にハードル上げるの辞めてナヴィ。
「其方、強襲降下艦という事は、降下して無人兵器を投下して終わり、では無いのだろう?投下した無人兵器の修理、補給ステーションとなるべく、工作艦、または無人兵器母艦としての機能も併せ持っておるのではないか?その機能で少しばかり手助けしてくれるだけで良い」
「……どうして本艦が降下後は後続部隊の橋頭堡になるべく、前線基地としての機能を持っている事を知っているのです。やはり怪しいのです。おかしいのです」
「まぁ、朕が降下艦を作るとしたらその機能は絶対に要求仕様に入れるからの。まぁ、そんな事はどうでも良いが、其方、予備艦隊付という事は正式に任務を受領しておるわけではないのであろう?ならば、少し位は良いのではないか?何より、こんなチャンス、早々あるものかのう?星征艦隊は『帝国』と仲違いしておるんじゃろう?なれば、他の人間に頼んだところで、『帝国』の威光を恐れて命名などしてくれるのかのう?これは実は良く考えれば最初で最後のチャンスではないのかのぅ?」
ナヴィの言葉が続くに連れて、124番艦ちゃんの表情が思案から唖然、焦り、恐慌と坂道を転がり落ちるようにコロコロと変わっていく。
反比例するようにナヴィの顔は悪い笑顔から黒い笑みに、そして諸悪の権化の様に三段進化して行く。
こら、ナヴィ。あんまり悪い顔するんじゃありません。
「其方はかなり遠方から朕達を見つけることが出来たのであろう?其方、索敵可能範囲はかなり広いのではないかの?であるなら、今この時も他の同型艦が見ておるとも限らんのではないかのぉ?この会話も、実は他の艦でも盗聴可能なのではないかのぅ?別に、朕達は其方でなくても良いのだがのぉ。手伝ってくれるのであれば」
「……っ!!!!全システム単艦自閉モードに移行!ディストーションスクリーン多重展張っ!!!汎電磁波擾乱手段発振開始!!!!」
ナヴィの言葉に思い当たる所が有ったのか、124番艦ちゃんが真っ青になって叫ぶと、あの巨大な白い壁からゔぃぃぃん、と何やら低い音が鳴り出して、周囲の景色が一瞬だけ歪んだ気がした。
「然して、返答や如何に」
「し……仕方ないのです。本艦はとても忙しいのですけれども、協力してやっても良いのです。その代わり、約束するのです。本艦に最初に命名すると。そうでないと協力しないのです」
お腹の所で抱えた自身の頭を手で傾けてソッポを向きながら、チラチラと横目でこちらを伺う姿は全然仕方なさそうには見えなかったが、124番艦ちゃんはそう答えた。
チラリと見たナヴィの顔は些かも先ほどの悪い顔から戻ってはいなかった。
「いやいや、これは申し訳ないことをした。そんなに忙しいのならやむを得まいなぁ。不躾な要求、相済まなかった。手伝いは他で見繕う故、其方は任務に邁進されよ」
ナヴィの悪い笑みからこぼれた言葉を聞いた124番艦ちゃんは目を丸くする。
「ちょちょちょちっと!待つのです!!手伝ってやると言っているのです!!!他の艦に声を掛けるのは辞めるのです!!!!」
124番艦ちゃんが思わず発した言葉に、ナヴィの口角が耳まで裂けた。
や、猫だから元からその辺まで口だけど。
「立場を、理解っておるのかのぅ、このう○こ娘は。あー、誰ぞ手伝ってくれんかのう〜?このう○こ娘以外に手伝ってくれた艦には漏れ無く『艦名』を授けようぞぉ〜」
「お願いしますお手伝いさせて下さいなのですー!!!!」
態とらしく空に向かって叫び出したナヴィを見て、124番艦ちゃんは両手で持った頭を地面に擦り付けて、即座にドゥゲィザーの姿勢をとった。
そんなに名前が欲しかったのかと、ちょっと可愛そうになる。
そんな124番艦ちゃんの頭に前足を載せて「まだ頭が高いなぁ」などと言い出したナヴィの首根っこを摘んで抱き上げる。
もういいでしょ、と。
「なんじゃ、ライラ。マインドスフィアはキチンと教育してやらんと、良き人間の隣人になれんのだぞ」
「手伝ってくれるっていうんだから、良いじゃない。そんなに虐めないであげて」
「あ゛あ゛あ゛!ライラ様はなんとお優しい!」
両手で地面にこすり付けていた頭だけを上に向けて124番艦ちゃんが涙を流すが、涙は頬を濡らさずに彼女の瞼を伝って髪の毛を濡らした。
……だから、頭の向き上下逆なんだけど。
自分の頭のはずなのに扱いがかなり適当なところとか見ると、ホントに頭も体も飾りのようで、なんだかちょっと安心してしまう。
でもそれなら、124番艦ちゃんの目は何処なんだろう。
「ホレ見ろ。あの自分の頭の扱い。いくらインターフェースフィギュアが機能的にはコミュニケーションを取るためのインターフェースとしての機能しか有していないとしても、人間であれば自分の体をあのようには扱わん。彼の者は基本的にアッチの船体に搭載された集音器や視覚素子、電探や碩探で外界を見たり聞いたりしておるのだ」
私の疑問に答えるかのように、ナヴィが長い尻尾で白い壁にしか見えない巨大な124番艦ちゃんの船体を指す。
「だからあのインターフェースフィギュア自体には視覚が無いし、彼の者は最初からあのフィギュアに付いている2つの眼で物を見ておるわけではない。だが人間とのコミュニケーションが不足しておる故に、それが人間から見て奇異に見える事が解っておらぬのだ。教育不足と言える。人間の感覚がわからぬから、その内トンデモナイ失敗を犯すかもしれぬ。今の内に教育してやるのは、彼の者の為であるぞ」
「なら、それはそれで追い追い教えてあげればいいでしょう?」
尚も食い下がるナヴィの意見を即座に却下する。
「むう。まぁ、継続的にこき使ってやったほうがあ奴の為にもなろうかの。では、う○こ娘よ。慈悲深くもライラは其方に名前を付けてくれるそうだ。朕達はこの辺りでライラが生活が出来る小屋を建てようと思っておる。今日は朕達は一旦戻るが、数日したらまたこの辺りに戻ってこよう。それまでに小屋を建てるのに良い場所を探しておくように」
ナヴィに「人の常識が解っていない」と言われたのが気になったのか、124番艦ちゃんはそれまでかなり雑だった自分の頭の土を払って、丁寧に首に刺して、ナヴィが出した指示に少し考えるように小首をかしげた。……いや、首が斜めに刺さってるだけっぽい。
「どんな条件の場所が良いのです?」
「そうさな、場所はここから東の街、トシュケルから大人の足で1日以上、2日はかからない程度の距離で、周りに人気のない場所、危険な野生生物が居らず水場が近く広さは其方の船体が着陸できる程度あれば良いであろう。水場は地下水脈でも良いぞ。後は、上空から見つかりにくければなお良いな」
「中々難しい条件なのです」
傾いだ首を一生懸命直しながら124番艦ちゃんの表情から察するに結構難しそうな条件である。それはそうだよね。森の中で人が快適に過ごせる場所なんてそうそう有るわけでもないしね。……あ、また首抜いちゃった。
「其方、サーフィススキャンが出来るのであろう?それに、其方の中に工作機械も持っておるのであれば、水場を探してそこを整地してくれても良い。何にせよ、任せたぞ。あ、崖崩れや自然災害に巻き込まれにくい事も考慮するのだぞ」
そう言い残して、ナヴィはもと来た道を戻り始める。
「124番艦ちゃん、お願いね!いい名前考えておくから!」
結局名前を考えなければならなくなってしまったが、124番艦ちゃんも頑張って手伝ってくれるのだから一生懸命良い名前を考えなければ。
「任せておくのです!」
124番艦ちゃんは一生懸命刺した首が垂直になるように直しながら手を振って私達を見送ってくれた。
私達はそのまま、また一日かけて森を抜けてトシュケルへと戻った。
その後、翌日には必要になるであろう諸々をナヴィと一緒に市場に買い出しをして、旅支度をする。
ナヴィ曰く、数日どころか一週間くらいは森に居ることになるかもしれないから、という事で食料や街では必要の無かった生活道具を買う。
運ぶのが大変である。
一旦、メリル・フィンチ・ブレンナー合同会社トシュケル支店に顔を出して、メリッサさんに頼んでおいたリアカーと麻袋とセメントの一部を受け取り、そこに一緒に買ってきた道具を載せてもらい、そのまま倉庫に置かせて貰う。
「ライラちゃん何処かに引っ越すの?」
「引っ越しといえばそうかも知れないが、この街から居なくなるわけではないぞえ」
メリッサさんは不思議そうに荷物を積み込む私達を見ていたが、ナヴィは適当にはぐらかしていた。
買い物には2日を要し、買い物が完了して明日出発ということになり、その日の夕方ウネルマ先生に旅立ちの挨拶も兼ねて挨拶に行った。
夕食には少し早かったから、孤児院に居たのはウネルマ先生だけだった。
前は普通の猫だったナヴィが喋るようになっているのに、ウネルマ先生にはあまり驚きが無かった。
ウネルマ先生は私達が森に小屋を作る話をすると、それはとてもいい考えかもしれない、と賛同してくれた。
ウネルマ先生の出してくれた紅茶を飲みながら、取り留めのない話をしている間、またあの高い断続的なツートン音が聞こえてくる。
やっぱり、ナヴィと先生は秘密のお話をしている。
「ねぇ、ナヴィ、私にも何を話しているのか教えて」
私の言葉に、ウネルマ先生が息を呑んだ。
ナヴィも片眉を釣り上げたかと思うと、仕方無さそうに笑った。
「そうであったな。其方には、聞こえるのだったな」
ナヴィの言葉に、ウネルマ先生の瞳が見開かれた。
「聞こえるとは、何がです?」
「マナやオドの動きを、ライラは波動として捉えている様なのだ。ライラ、さっき迄、何故朕達が秘密の話をしていると思ったのだ?何が聞こえた?」
「ツツツートトンッ、って感じの高い音がずっと聞こえてたわ。この前、先生達と晩御飯を食べた時と同じだったから、もしかしたら、と思って」
私の言葉に、ウネルマ先生が思わずと言った様子で口元を手で覆った。
「ライラ、まさか貴女、他人の思念通話が聞こえるの?!」
「まだ、何を話しているか迄は解らない様だが、その内、内容まで解るようになるかもな。ヌフフ。見たかウネルマよ」
「ええ、……驚きましたわ」
ウネルマ先生は私をまじまじと見ながら、掠れる様にそう呟いた。
あ、またツツートトントンッて聞こえる。また秘密の話をしてる。
「もう!ナヴィ!先生!私にもその秘密の話し方を教えて!」
私が頬を膨らますと、ナヴィは戯けた様に首を竦めて、先生は済まなそうに微笑んだ。
「ヌフフ。この秘密の話し方は其方にはまだ少し早い。まずは思考迷宮の構築が先だな。なに、案ずるな。秘密基地が出来たら教えてやろうぞ」
なにそれ。なんか私だけ仲間はずれなんですケド。
「ではウネルマよ、チャントはここまでとしよう。さて、なんの話だったかの?」
ナヴィの言葉に、ウネルマ先生は神妙に口を開いた。
「この、孤児院のことです。もしかしたら、ですが、近く私は国軍に呼び戻されるかもしれません」
その言葉を聞いて、私は愕然となった。
何故。
そんな私の表情を見て、ウネルマ先生は優しげな笑みと共に伸ばした手で私の髪を梳いた。
「私は、国軍を辞めたとはいえ、完全に退役した訳ではないのです。甲種後備役編入、と言っても解らないかしらね?普段は普通の人と同じ様に生活して、いざとなったら軍隊の招集に応じる代わりに、少しだけ年金が貰える予備の軍人さん、と言えば良いかしら。私は普通の軍人さんから、その予備の軍人さんになっただけなのよ」
「ライラよ、軍隊というのは「辞めたい」と言えばすぐに辞められるものではないのだ。一度軍人として訓練を受ければ、例え何らかの理由で軍を辞めることになっても除隊という事はそうそう無い。大抵は甲種、怪我などが理由の場合や年齢が高い場合は乙種の後備役、予備役に編入されるだけなのだ。予備役から退役となるのは、高齢により軍役には適さない、と判断された者だけだ。つまりは軍隊というのは、辞めても正式には予備役に編入され、退役年齢到達と同時に正式に退役、軍隊を辞めることができる。ウネルマはまだ退役年齢には達していないのだ」
先生、幾つだっけ?
思い出せない。
「私はもう歳がいっていますから乙種後備役です。ですから、招集されるとすれば戦争が始まってすぐ、という訳ではないと思いますが、それでも、もし戦争が始まれば招集される可能性は高いでしょう」
「其方、かなり腕利きの様だしのう」
先生は「お恥ずかしながら」と言って俯いた。
「戦争、始まるの?」
声が戦慄いているのが判った。
「ナヴィが、秘密基地を作ろうって言ったのは、戦争が始まるから?」
ナヴィはスイ、と目を細めた。
「それも、一端ではある」
その言葉に、私の中から冷たくて我慢できない何かが吹き出してくるのが判った。
「先生、私達と一緒に秘密基地に行こう!ね?」
「……無理だ、ライラ」
そう言ったのはナヴィだった。
「ウネルマがこの話を聞き及んだのは昔馴染みの国軍の同僚が先日この孤児院を訪ねてきたからだそうだ」
意味がわからなかった。それが、どうしたと言うの!
「確認に来たのだよ。何処に居るか、何をしているか、招集に応じる気があるのか、そして戦えるのか、を。もしウネルマが逃げれば、この孤児院に官憲が即座に踏み込むであろう。この孤児院に居る……なんと言ったか、小僧共は行き場を無くすだけならまだしも、取り調べと称して勾留されるかもしれん。特に年長の者はそのまま懲罰部隊に送られて年少兵として戦場に放り込まれるかもしれない。もしウネルマが招集を拒否して逃げるにしても、逃げる先が必要だし、小僧どもを匿える場所が必要だ。何にせよ、準備が必要なのだ。その為には早く秘密基地を作ってしまうに限る」
「大丈夫よライラ。もしかしたら、戦争にならないかもしれないし、戦争になっても私は招集されないかもしれない。招集されるにしたって、今日明日の事じゃないのよ。だから、そんな顔しないで」
先生はそれにね、と言って優しく微笑んだ。
「今までこの孤児院を運営出来ていたのも、後備役年金のお陰なのよ。だから、いざとなれば、この国にお返しをしなきゃ。ね?」
その微笑みに、私はどんな表情を向けていただろうか。
ナヴィが音も無くテーブルを歩いてきて私の肩に飛び乗り、そっと頬に頭を擦りつけた。
「あまり、気に病むな。そういう事も、あるかも知れぬ、という事だ。さぁ、帰って明日の準備をせねばな」
その日は、それでウネルマ先生の所をお暇した。
明日は早い、とナヴィに促されてうっそりと床について、天井を眺めながら私は別れ際のウネルマ先生の姿を思い出していた。
先生は最後まで優しそうに微笑んでいた。
そんな先生が、この国の為に戦うのが嫌だった。
恩に報いる為、とは言え、孤児院が、私達孤児が何とか生きてこれたのはこの国のお陰とは言え。
お母さん達を――
「ライラ、お休み」
まるで私の思考を阻止するかのように発せられたナヴィの言葉と共に、私の意識は事切れるように眠りに落ちていた。




