#21
「時に、メリッサ嬢。あそこに積まれておるセメント、随分埃をかぶっているようであるが、何か公共工事でも近々有るのかの?」
朕が尻尾で指したのは、中古銃器置き場に来る途中、壁際に倉庫の天井まで届くほどに積まれたセメント袋だった。見たところ、かなり放置されているようである。
「あぁ、アレはずい分前に外壁の拡張工事があるって事で発注したんですけど、工事が予算の関係で止まったまま、長い事再開されてないんですよ。そのせいでかなり長い事不良在庫になってるんです。買います?お安くしますよ」
と、言ってから、メリッサ嬢は「要らないですよねぇ」と苦笑した。
「ふむ。100袋ほどで幾らになる?」
「……何に使うんです?」
朕の言葉にメリッサ嬢は自分で言った言葉を反芻してから、そう問うてきた。まぁ普通、銃を買いに来た客がセメントを合わせて買うなど、想像はつかない。
しかし、秘密基地を作る、と言う目的がある朕達にとっては願ってもない物だ。
秘密基地を作ると言っても、子供の遊び場を作るわけではない。きちんと人が住めて、風雨にも耐えうる快適な住処を朕は作るつもりだ。
それにはそれなりの広さを持っており、材質的に頑丈で湿気などが篭らない様な構造の小屋を作ってやるのが良いのだが、小屋というものは小さな物でも作るのにそれなりの技術も道具も居る。
一番手っ取り早いのはログハウスを建ててしまうことだが、ログハウスというのはそれなりに広く快適に住もうとするととてつもなく建築難易度が上がるのだ。
安く上げるためには螺子釘は極力使わないほうが良いから、そうすると丸太を隙間無く組まなければならず、これがかなり技術を要するのだ。
かと言って、誰かに建設を頼むには金が足りなすぎる。街の近くに建てるならまだしも、森の中に建てようとすると材料の運搬だけでかなりの出費になることが予想された。
土地の権利も曖昧であるしの。大抵は街の外の土地と言うのは誰の所有物ではなく国の所有物ということになることが多いが、それでも人を使ってそこに何かを建てようとすると、役人が出張ってくるのは目に見える。
かと言って、正式な手続きを経て土地の使用権を取得するにはライラは幼すぎる。
それに、秘密基地にもならんしな。
朕が秘密基地を作ろうと思ったのは、ライラの工房を確保したかったのと、もう一つはライラの安全のためだ。『秘密』という所が実は最も重要なのだ。
これは朕の邪推かもしれぬが、この国は近々戦争をするだろう。相手は十中八九、彼のラサントスとメイザールであろう。どちらが勝つかは判らない。しかし、テルミナトル帝国は苦戦を強いられるハズだ。国力を限界まで動員するかもしれない。さすれば、幼年学校とは言え、碩術師養成学校を卒業しているライラにも招集がかかる可能性があった。
まだ幼いから大丈夫であろう、等とは考えるなかれ。年少者を編成して軍務に当てる事は歴史上の国家が散々やってきたことである。
そこで少年兵達が辿った末路はどれも碌なものではなかった。
朕がついていればそんな環境でもライラを生き延びさせることは容易いが、その過程でライラが目にする景色は想像を絶する物であることは確かであろう。
それはなんとしても避けねばならない。ライラの人格形成にも悪影響を及ぼす上、戦場でのこととはいえ、人死に関わることは後々迄様々な影響をライラに及ぼすであろう。
温室育ちにさせたいわけではないが、だからといってわざわざ戦場に出る必要はない。出ても何一つライラにはプラスにならないであろう。
それを避ける為には、いざ召集がかかった段階で誰にも知られていない拠点にこっそりと隠れる必要がある。
ベストなのは戦争が開戦する前に、このトシュケルから存在を消していることが望ましい。
それには誰にも知られていない秘密基地が必要なのだ。人は使えない。
更には、簡易で頑丈な拠点を構築できる手法が必要だ。
ライラと朕の二人、一人と一匹で構築できる程度には建築難易度が低く、運搬する材料は極力減らせて、尚かつ短期間で建築可能で出来上がりは生活レベルを落とさないライフクオリティを叩き出せる、建築手法だ。
自分で言っていてなんと無茶な、と何度思ったであろうか。朕も建築は素人に多少産毛が生えた程度にしか嗜んでおらん。
朕がここの所頭を悩ませているのがその拠点の建築方法だったのだが、しかして、メリッサ嬢に倉庫を案内してもらってその目処がついた。
「先程通ってきた通路に麻袋も大量にあったな?それを千枚程、セメント百袋とセットで20テール程でどうかの?」
「か……確認してきます!」
価格の相場は分からないので適当に値段を提示したが、メリッサ嬢はセメントは扱ったことがなかったようである。店の方に価格確認の為に走って行ってしまった。
「セメントで家を作るの?石造りだと石の切り出しとか大変じゃない?」
朕の遣り取りに、ライラが心配そうに問いかけた。
「土嚢工法という建築方法があってな。麻袋に土を詰めて土嚢を作り、それを積み上げて家を作るのだ。細かな技術が要らない上に、材料となる土は現地で調達できるから、材料の運搬が非常に簡便で、更には材料費も安い。朕達二人でも数日で家を作ることができる」
土嚢工法は軍隊で塹壕を掘る時に指揮所などを構築する際に考案された方法だ。職業も年齢も様々な兵士達でも簡単に作れ、資材の運搬に補給線を圧迫しないようにと考えられたものだった。木材の加工の必要は殆ど無く、ドーム型にすることもできるので屋根を作る必要もない。
その癖、出来上がった建物は土壁や石造りの建物に比べて数倍の強度があり、夏は涼しく冬は温かく、内部の温度を一定に保てるので湿気にも強く内部の結露も少なく雪にも強い、と言う凡そ戦場で作られる急増品とは思えぬ性能を発揮する。やりようによっては大砲の直撃にすら耐える頑丈な建物を作ることも可能だ。
しかも、建屋の形状の自由度が高いために建築場所を選ばないのも特徴である。
「セメントは何に使うの?」
「土嚢工法で最も重要なのは土の質だ。粘土質を多く含めば良いが、少ないと頑丈な建物にならない。それどころか高く土嚢を積み上げることが難しい。その場合はセメントを土に少し混ぜて固めることで粘土質より丈夫な家を作れるのだ。土のうを積み上げた後に表面にセメントを塗れば耐水性にも優れるし、見た目が綺麗に仕上がるのだ」
朕の言葉にライラは心配そうに自身の両腕を見つめた。
「私、土嚢積めるかな」
まぁ、猟銃一丁持ち上げるのにも苦労していた細腕では無理であろう。いや、寧ろ朕はライラを土嚢袋を軽々と持ち上げる淑女に育てるつもりは毛頭無い。
「遠隔操作が有るであろう。土嚢工法は遠隔操作の練習には持って来いだ。多少乱暴に扱っても材料が壊れることはないからな。寧ろライラは全行程を遠隔操作で行うことだな」
メリッサ嬢は戻ってくると、セメントと麻袋セットで11テールと3クラウンと言う値段を告げた。
「随分安いの」
聞けばセメントが11テールで麻袋が3クラウンらしい。
「セメントは、今売れる宛が全く無いんですよ。家の補修や道路の補修でちょくちょくは出るんですけど、総量としては微々たるものなんで倉庫容積を圧迫してて困ってたんです。麻袋は元々小麦が入っていた袋の空袋なので、捨て値です」
そう言ってメリッサ嬢は持ってきた計算機をパチパチと弾いて見せた。
まぁ、倉庫の少なくない容積を専有しているようであるし、堆く積まれたその様子から察するにかなり邪魔だったのだろう。しかし、金を払って仕入れてしまった物なので捨てるわけにも行かず、チビリチビリと減るのを焦れながら見ていた、と言う事の様だった。朕達が100袋買っても尚、残った山はまだまだ高そうではあったが。
「支払いは今日するから、暫く預かってもらえるかの?なに、数日で取りに来よう。それと、取りに来る時は荷車を貸してもらえると有り難い。貸賃は追加で請求してくれ」
「ほんとに、何に使うんです?」
値段は弾いたものの、その用途が想像できずにメリッサ嬢は困惑気味である。
「済まぬが、こればっかりは秘密であるよ。良い取引であった。これからも何かと入用であろうから、その時は贔屓にさせてもらおう」
朕達は代金を現金で支払うと、メリッサ嬢は数日の間に朕達の購入分を別けておくと約束してくれた。
これで拠点建造の目処が立った。
次は用地の選定である。
明日はまたフィセルでも買って森を散策するとしよう。
本稿で扱っている『土嚢工法』というのは、正式には『アースバック工法』、もっと厳密には『スーパー・アドビ・システム』を元に創作しております。
戦場で開発されたわけではなく、実際には建築家のナデル・カリリ(ネーダー・ハリーリ)氏によって考案されたものを、本作品に合わせてアレンジしております。
元は災害・戦争時に発生した避難者が資材もお金も無い中で、早期に生活再建を実現する為に考案された純平和目的の技術になります。
ナデル氏の思想と活動に敬意を評すると共に、参考元を記しておきます。
https://www.calearth.org/our-founder
またストックが尽きました……。
と言うか、ストックと呼べるほど書き溜めてないのですが……。




