エピローグ
―――――カラン……カラン………
俺の腕から腕輪が外れる。そうか、俺は……俺たち、人狼陣営は勝ったんだ。
最終日の投票が終わり、ドロシアさんが処刑された。眠るような穏やかな最期だった。
ドロシアさんが処刑されたあと、俺はキッカちゃんの顔写真のついたカードを破り捨てた。するとキッカちゃんも、椅子にもたれ掛かるようにして、眠るように息絶えていた。
おかしい。みんなして俺をからかっているみたいだ。前衛的な芝居を見ている感じだった。実際はどちらでもないんだけど。頭は酷く冷静だった。たくさん人を殺してきたのが、まるで嘘のように。
ふと、キッカちゃんの傍に何やら紙が落ちてるのを見つけた。確かリオンさんがキッカちゃんに渡していた手紙だ。
「………………」
『拝啓、 突然のお手紙を失礼致します。
キッカちゃんがこれを読んでいるという事は、僕はもうこのゲームから退場してしまったのでしょうね。』
「キッカちゃん宛、イレーネさんからだったのか。」
『この手紙を書いているのは四日目の夜です。僕は今夜、ほぼ確実に狼に襲撃されると思っています。』
ラグス「ああ、そうだろうな。」
『しかし、ただ静かに死を待つのは僕の性に合いません。五月雨さんが言っていた階段の事を覚えていますか?僕はあの階段の上に行ってみようかと思うんです。』
「………何?」
『リオンくんも今頃この事を知ったところでしょう。しかし彼も恐らく長生きはできません。なので、僕の直感で信頼できると思ったキッカちゃんに手紙を書いています。』
「……………くだらないな。もう読むのはやめだ(グシャッ)」
俺は途中まで手紙を読むとビリビリに破り捨てた。こんなものには興味ない。もう過去のものだ。
今の俺にはこの時のイレーネさんと違って、もう腕輪の束縛がないんだ。彼女のように毒に怯えず安心して上に行ける。
くおん。
そうだ!くおんに会いに行けるんだ。きっと居るはずだ。だってあの時、くおんを殺したあの後、今の俺と同じように腕輪は確かに外れたから。
――――――
―――コツコツ…コツコツ
上の階へ続く階段は思ったよりも長かった。道は薄暗かったが、壁についている蝋燭が何故かひとりでに点火する。まるで俺を歓迎するように。
階段の所々には血の跡があった。まだ新しいもの。俺はそれを見たくなくて階段をかけ上がる。もう少しだ………もう少しでくおんに会えるんだ。
――――――
「………いらっしゃい。勝者。」
ようやく階段を上りきり、重々しい扉を開けると、まずは大きな円卓が目に入る。これは下にある円卓と同じものか?
「席がなくてすまないな。…本当はお前のために席を一つ空けておいたんだが、こちらも想定してなかったような事をしでかした困った奴が居てね。」
ここ数日でもうすっかり見慣れてしまった18席ある円卓の俺の席に、黒いフードを被った男が座っていた。他の席にもそれぞれ、人が腰かけている。一日目のあの時と同じ。
ただ、あの時と違うのは、もう俺以外は誰も生きていないということだ。
「想定外な事?」
「そう。………まさかあの苦痛に耐えてまで、彼女の腕輪を破壊しに来る奴が居るとは思わなかったよ。ははっ、人の愛とは凄いな。ますます人間が好きになったよ。」
フードの男はそう言うと、こちらを振り返って、にっこりと微笑んでくる。
「安心していい。元の世界に帰してやる。俺はお前たちを殺したりはしない。当初の目的は台無しになったが、お前たちの生存意欲が見られて楽しかったから今回はよしとする。」
「俺は無事に帰れたとして、ここで死んだ人たちはどうなるんだ?俺一人で帰っても意味がないんだ。」
「俺は幻覚を操り夢を見せる死神。…今お前が見ているこの光景、実は全て俺が作り出した夢なんだよ。ただ、今は目覚められないってだけでね。」
「夢………?」
「そうだ。ここで死んだ奴らもそう。寝覚めは少し悪いかもしれないが、俺が術を解けば夢から目覚めることは出来る。」
「………そう…なのか………?」
「でもね、一つだけ問題がある。さっきも言ったが、こちらにも想定外な出来事が起こったんだ。このままではお前だけが円卓に座れない。円卓に座れないと夢からも目覚められない。」
「………は?」
「お前だけが帰れないなんてそんな事はあってはならない。だから、」
目覚められないと聞いて動揺し始めた俺の足元に、小さなナイフが投げられる。
「それは夢の中の世界でも命を奪うことが出来るナイフ。俺の死神の鎌みたいなものだよ。それでこの円卓に座る者を一人殺すといい。勝者の権限だ。選ばせてやる。」
「………殺す?」
そのナイフをゆっくり拾うと、小さいナイフであるにも関わらず妙な重さを感じた。………この男は、まだ俺に殺しをさせるつもりなのか。
「………………誰でもいいのか?」
「もちろんだよ。」
「…じゃあ、決まっている。」
俺はフードの男に近付き、迷わずその胸にナイフを突き立てた。
「………え?」
「このっ………!」
何度も何度も刺した。胸に、腹に、血が吹き出るのにも怯まずに、男が呻き声をあげるのにも怯まずに、返り血を浴びるのにも構わず、何度も何度も刺した。
「はぁっ……な、なるほど。俺を殺すことにしたんだ?そうか。……ゲホゲホッ……」
「お前が!!こんな事に巻き込まなければ俺もくおんもこんな思いをしなくてよかったんだ!!こんなに、俺に………人狼に人殺しをさせて、お前は高みの見物?そんなの許さない。許さない。」
俺の声が聞こえているのか聞こえてないのか、椅子に座っていた男は床に倒れる。その周りには赤い血が広がっていた。
「………見事だ。早くそこに座れよ。…俺が死んだら本当に、帰れなくなるぞ。」
「………俺は、くおんと一緒に元居た国に帰るんだ。お前とも、ここにいる誰とももう二度と会わない。こんな事はさっさと忘れてやる!!」
そうだ。これは夢。夢なんだ。夢ならはやく覚めて、忘れてしまうに限る。
「…ふふっ、………そう…か。」
男がどこか満足そうに呟いたのを聞いた瞬間、頭が重くなり、思考も意識も、薄れていく。この感覚はよく知っている。抗えない眠気。眠い。眠い…。
※ ※ ※
―――――ガンッ!!!
「うわっ!!?いって!!!!何だぁ?」
「リオン!!お前寝過ぎなんだよ!!」
「は………?ゆ……夢?…今日は?カイン、今日はいつだ!!?俺は何日間眠り続けてた!?」
「はぁ?今日は8月19日だけど、眠り続けてたって………リオン、お前まだ寝ぼけてんのか?」
「……?」
あのゲームの記憶は今でもはっきりと残っている。俺は結局最後までは生きられずに、狼に襲撃された。
でもここは…自警団の俺の部屋?どうなったんだ………?モエギは?イレーネは?他の奴らは…?あいつらはどうなったんだ?!
「………………」
混乱した頭もしだいに落ち着いてきて、聞こえてきたのは爽やかな鳥の鳴き声だった。周りを見渡しても目に飛び込んできたのは、見慣れた天井、見慣れた部屋、そして窓から差し込んでくる、朝の光。何の変哲もない、日常の風景だ。
「飯の準備出来てるからな、リオンもさっさと顔洗って着替えて来いよ。」
本当にあれは全ては夢だったのか?あそこであった出来事も、死んでしまった仲間も、処刑してしまった仲間も、一緒に戦った盟友の存在も。全部………夢?
「………いや、違うな。あれは夢じゃなかった…じゃないとこんなに…殺された感覚が残ってるわけ………」
気分が良くないので顔を洗おうと起き上がり、洗面台へと向かう。冷たい水を顔に掛け、柔らかな洗い立てのタオルで拭き取る。すると何かが糸を引く音。不快感。
「っ!!?」
見ると真っ白だったそのタオルが、何故か血で真っ赤に染まっていた。暫くするとタオルから血の跡が消える。
「………………」
あの七日間の出来事、事件の事を裏付け出来る証拠はどこにも存在しない。
自警団の誰に話しても夢の中の話と信じてもらえないだろう。だが、あの時、あの場所で俺たちは確かに命を懸けて殺し合った。
人を処刑し、人を疑い、議論し、そして俺も殺された。その事実は、あそこに居た奴らしか分からないんだろう。
「………ちっ」
あまりの後味の悪さに舌打ちをひとつ落とした。




