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ミジージ・クアンジーア  作者: 犬井作
第2章:接近
7/10

作戦会議



 手付かずの食べ物が残された閑散とした広間を通り、ダクターリは祭壇のある部屋に李由たちを通した。

 祭壇の前に男が一人胡座していた。


「村長、お連れしました」


 ダクターリは村長の半歩後ろに立った。キイスはダクターリを追いかけて祭壇の方へ行こうとしたが、押しとどめられた。キイスは口を開きかけたが、結局なにも言わなかった。

 村長は立ち上がり、ゆっくりと振り返った。


 李由は思わず息を呑んだ。

 彼のそばの松明の炎が、村長の仮面の宝石を朱く輝かせている。それはまるで、夕焼けの中に星々がきらめていているようだった。


「ようこそ、ミジージへ」


 村長の声に我を取り戻した李由は、ひと呼吸して心を落ち着かせると、胸の前で両手を互いの袖に入れると、すっと頭を下げた。


「お目にかかれて光栄です。我々は暦史調査団、諧の王より遣わされ、各地を旅してまいりました。

 私は調査団の団長を務める李由と申します。ミジージの皆様に調査のご協力をお願いしたく、こうしておうかがいに参りました」


 村長は小さく頷いた。


「リユウか。不思議な響きだな。……顔を上げてくれ」


 顔を上げた李由に、村長は穏やかな口調で話しかける。


「話を聞かせてもらおう。そのまえに、少し質問してよいか」

「ありがとうございます、なんなりとお聞きください」


 では、と村長は居住まいを正した。


「あの大蛇(ニョーカ)は、やはり……星獣か?」

「その通りです。名は蒼龍(チャンロン)。旅に際し、私に同行してくれています」

「同行? 星獣が、その所領を離れることができるのか」


 ダクターリの言葉に李由は複雑そうな顔をした。


「込み入った事情がありまして……話すと長くなりますが、いかが致しましょうか」

「ならば、話さずともよい」


 村長は次の質問に移った。


「カイというのが、おぬしたちの属するものの名か?」

「はい。諧というのは、私たちが属する国家です。この地から見て東に向かい、さらに海を越え、その先に現れる大地をそれまたさらに東へと向かったところにあります」

「海の向こうに、大地が……」


 キイスは思わず息を呑んだ。夢想する大地が実在したのだと、彼の心は震えた。

 一方ダクターリと村長は怪訝そうに顔を合わせていた。李由はすぐに彼らの疑問を察した。

 ええと、といってちょっと悩んだのち、彼は続けた。


「国家というのは村がいくつも集まり、大きな村を作っているものだとお考えください。それぞれの村に長がおり、その長を束ねる者を、私たちは王と呼んでいます。私たちを遣わしたのがこの方です」

「村長を束ねる村長、か……」


 ダクターリが興味深そうに言葉を繰り返した。


「して、我らにいったいいかなる協力をお求めか?」


 村長の言葉に、李由は即座に応対した。


「はじまりの地への案内を。大砂漠を越えたその先に、棄てられた町へと我々を連れて行ってほしいのです」

不毛(ターサ)の、棄てられた町へだと?」


 ダクターリが口を挟んだ。


「どこでその話を知った。よそ者のお前が……」


 李由は答える代わりに、背に抱えた荷物をおろした。子どもが二人も入りそうな大きな皮袋をがさごそ漁ると、ところどころが破れた棒を取り出した。


「御覧ください」


 三人の目の前で彼は棒を床に転がした。回りながら巻きついていた紙が展開されていく。

 はじめて見る道具――巻物に、三人は驚きを隠せなかった。

 巻物はところどころに縦線が入れられており、区切りの前後で異なる絵が描かれていた。李由は外套をゴザ代わりにして正座すると、身を乗り出してその一つを指差した。

 茶色で塗られた領域と、青色で塗られた領域。ギザギザや剣のような模様が茶色の領域の所々に描かれている。

 キイスたちは――村長も含めて――思わず身を乗り出し、その絵を覗きこんでいた。


「この書は王家に古くから伝わるもの、祖地図です。永らくなにを意味するものか判らなかったのですが、近年、どうやらこれは、ミジージが存在する大地を示したものだということが判ったのです」

「なんだって?」


 思わずキイスは声を上げた。


「どうしてそんなのがわかるんだ」

「ええと、それは――」

「キイス、その話は後にしろ。リユウ、続けてくれ」


 ダクターリに促されて、李由は続けた。


「この茶色いところが第一の地だと、この書には記されています。それで、この――」


 指先は赤い点を指している。見たことのない模様が描かれていた。そこから矢印がほうぼうに伸び、そのいくつかは青色の領域にまで及んで、中途で途切れていた。


「この赤い点が、この書が書かれた当時我らの始祖が住んでいた土地、つまりはじまりの地だとわかりました。それがどうやら、棄てられた町と一致するようなのです」


 李由はそこで言葉を区切って、三人の様子をうかがった。

 キイスはその目線に気づくことなく、ただただ夢中で、李由の旅路の遥かさを想った。そして、はじまりの地――棄てられた町に向かう道のりの険しさを想った。きっと李由が歩んできた旅路の中で、もっとも困難な道のりになるだろう。

 不毛には獣とも自分たちとも異なるものが住むという話を、キイスは聞いたことがあった。それを見てみたい、彼らの旅路に同行したいという思いがキイスに芽生えていた。

 彼らを無事送り届けて帰ってくれば、自分は今度こそ認められるのではないか。そんな思いもあった。

 キイスが思案している間にダクターリは考えをまとめたらしい。少しいいか、と手を上げた。


「どうして棄てられた町が、そのはじまりの地とやら、――ええと、諧の王の先祖の住んでいた土地だとわかる? もしかしたら違う場所かもしれないじゃないか」

「初めは僕もそう思いました。けど、ちゃんと理由があるんです」


 李由は興奮した様子で語った。


「旅をしていて、この巻物の地図には幾度も助けられました。これは、驚くことに――実際の大地を一定の比率で正確に縮小したもののようなのです。私たちの国の測量技術よりも、優れています。

 不思議じゃないですか? その文明はいったいどうして失われたか、彼らがどうして町を離れたか、気になりませんか?」


 好奇心に満ちた様子で話していた李由は、ダクターリの驚いた表情に気づいて我に返った。

 李由はごまかすように咳払いすると話を戻した。


「旅の途中、スポーレの民と出逢ったときに棄てられた町の話を聞きました。その町の方角と大雑把な距離から、祖地図とはじまりの地が一致するものだと確信されたのです」

「スポーレから?」


 ダクターリとキイスが、苦々しげに顔を歪めた。


「私たちは彼らからミジージが、あの地への行き方を知っていると聞いたのですが……あっ」


 李由は自分の失言に気づいた。スポーレとミジージは対立していることを、彼はすっかり忘れていた。


「ええと、その……」


 二人に対して、村長は顔色一つ変えていなかった。慌てる李由に彼は静かに尋ねた。


「……スポーレの者は、なにか言っていたか」

「い、いえ。ミジージに協力するならば、次は敵同士だ、と言われましたので、忠告の礼を言いましたが……」

「リユウよ、おぬしはスポーレと敵対し、我らに味方すると約束するか?」


 村長の言葉に李由は顔を上げ、頷いた。


「もちろんです。私の旅の目的は、はじまりの地へと行くこと。覚悟はとうにできています」

「ならば良い」


 村長はそう言うと、カツン、と杖で地面を打った。キイスたちは居住まいを正した。


「申し出、お受けいたそう」

「本当ですか!」


 李由は破顔した。少年の面影が残る笑みだった。しかし村長の続く言葉に李由は肩を落とした。


「ただし、すぐとはいかぬ。ミジージでは占星を行い、その結果を踏まえて、大人たちが話し合いをして決め事をすることになっておる。次の占星(ツァーン)はできて三日後、それまで待っていただきたい。それに……我らの数は少ない。村の守りも薄くなる。それに足るだけの見返りがほしい」

「そうですか……いや、それでもありがとうございます。一人であろうと、道案内がつくのは心強い」


 李由はまた笑った。それは数十名の部下を持つ男の笑顔だった。


「それと……見返りでしたらすぐにでも。諧の特産品や布、鉄、塩、食物の種。色々と揃えてあります。可能な限りお渡ししましょう。

 ところで、私たちの目的は調査。ミジージの品もいくつかいただきたいのですが……交流も兼ねての物々交換の場を設けていただけますか?」


 李由の提案にダクターリが飛びついた。


「今日の夕方にでも。こちらとしても願ったりだ」

「決まりだな。リユウの同胞の寝床はこちらで用意しよう」


 李由は嬉しそうに頭を下げた。


「仲間たちを村に呼んできます」

「門番に言付けておく」


 李由は部屋を辞そうとして、出口で足を止めた。振り返った彼ははじめ躊躇っていたが俯きがちに尋ねた。


「どうして、お話を受けてくれたんですか? 私たちがスポーレと繋がっていると、お疑いになったりしなかったのですか」


 李由は言ったあとで、聞くべきではなかったと後悔した。これでは自分に向けられた信用に疑いを挟んでいるようにも取られかねないと思ったからだった。

 気まずい思いを抱えた李由に、村長の重々しい声がのしかかる。


「疑わなかった、わけか」

「は……はい。……」


 謝罪が口をつこうとした。しかし、それよりも先に村長がにこりと笑い、こう告げた。


「先日、占星を行ったのだ。東の果てより来たりし者、新たな光をもたらさん……それが受け取ることができた導き(ハートゥマ)だった。


 お主の国が東の果てにあると聞いたときから確信していたのだよ。お主が敵意を持っていないということを、な」


「――――へっ?」



 村長の笑顔は、いたずらに成功した子どものようだった。




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