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ミジージ・クアンジーア  作者: 犬井作
第2章:接近
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ミジージへの道程



「いまの音はなんなんだ?」

「…………」

「なあ、おい……」


 キイスは返事をせずに、バンダナを外して二、三度払った。汗が蒸発して付着した塩粒が大地に消えていく。彼はその間も歩みを止めることはない。

 ラクダがふるる、と息を吐いた。


「……まあ、いいさ」


 キイスは先ほどついてこいと言ったきり、一言も口をきかなかった。

 李由は暑くて自分で扇いだ。しかし気休めにもならなかったので、兜を脱いだ。

 内に収められていた艶やかな黒髪が零れた。李由は手で髪を払う。白いうなじがちらりとのぞくも、毛先が元の形に整ってすぐに隠れる。吐息が李由の口から漏れた。

 ふたこぶの間に兜を置いた李由は視線に気がつき、振り向いた。

 キイスは足を止め、呆けた様子でじっと李由を見つめていた。


「……僕の顔に、なにか?」


 問われたキイスは気まずそうに視線をさまよわせた。それから李由を見ると、恐る恐る口を開いた。


「お前は、その…………女なのか?」


 李由の月のように薄白い肌が真っ赤に染まった。


「僕は男だ! 侮辱しているのか!?」

「いや、そ、そんなつもりはない。ただ、その……いや、すまなかった。謝る」


 しどろもどろに弁解するキイス。あまりに必死な態度だったので、李由はむしろ己を恥じた。


「その……こちらこそ怒鳴って、すまない」


 キイスはごにょごにょ言いつつ顔をそらし、また歩き出した。心なしか歩調が早い。

 李由は女に間違えられることに慣れていたが、こんなにうぶな反応を見るのは久しかった。

 李由が思わずクスクス笑うと、それを聞きつけたキイスに赤い顔で睨まれた。


「置いていくぞ」

「あ、ちょっと!」


 目に見えて早足で進み始めたキイス。李由はラクダの腹を軽く蹴り、歩調を速めて追いかけた。


 キイスはとうぶん話しかけてこないだろう。そう思い、李由はこぶにもたれかかって空をあおぐ。

 風が気持ちよかった。雲は少なく、空は大海のように拓けていた。

 李由は肩の重苦しさが消えていることに気がついた。

 知らず、緊張を保ち続けていたのだろう。体の疲労が遅れて知覚されていく。李由は目を閉じて、まどろみのなか先刻を回想した。




 蒼龍の到着によって膠着状態に陥ったものの、李由のおかれた状況は変わらなかった。

 キイスは抜刀して構えたままだ。先ほどの身体能力を考えると、キイスが飛び出してきたら李由は首を取られかねない。


 キイスの敵意が膨らみ始めたのを察知して、彼はすぐさま決断を下した。


 李由は刀を突き出すと、そのまま手放した。

 驚いたキイスの視線の先で、刃が赤茶けた大地に突き立つ。

 困惑するキイスに李由はできるだけ穏やかに語りかける。


「私たちはミジージと敵対するつもりはない。みなにも武器を捨てさせる。だから、刃を収めてくれ」


 李由の言葉を受けて、キイスを取り囲んでいた男たちがさっと武器を地面においた。


「私たちはある目的をもってここに来た。ミジージには協力をお願いしたい」

「協力だって?」


 驚くキイスに李由は頷いた


「そうだ。ミジージの(オサ)に話をさせてくれないか?」


 李由の申し出にキイスはしばし悩み、まっすぐに李由の目を見ると、こう切り出した。


「まずは、お前一人だけを案内する。協力がどうなるかは村長の判断しだいだ。


 だが結果がどうであろうと、この男は俺が必ず生かしてここに帰す。それでいいか?」

 その瞳がキイスの誠実さを感じさせた。

 李由は頷き、刀を拾うと隊を残してキイスについていったのだった。




 眠気の取れた李由は目を開けた。

 もう日は沈んだだろうという李由の予想に反し、陽の傾きはまだ半刻も経過していないことを示していた。

 茫洋とした大地に、ただ足音だけが響いていた。


 村は未だどこにあるのかわからず、どれだけかかるのかわからないままだ。

 謀られたのではないのか? 李由の脳裏に疑念がよぎった。

 だが彼はすぐさま、キイスのまっすぐな瞳を思い出した。


 あれだけ純粋な瞳を持つ者は諧の高僧にもそういない。彼は信頼していい相手だ。李由は疑念を打ち消した。

 李由が出会ってきた人々の多くは、性根がどうであれ、なにかしら後ろめたい気持ちを抱いていた。それがキイスには見受けられなかった。


 彼はいったいどんな生活を過ごしてきたのだろう? 


 李由の内に、キイスへの興味が芽を出した。

 なにか聞こうと李由が口を開きかけたそのとき、突如キイスは立ち止まった。

 李由は心の中を見透かされたのかと驚きいて、慌てて手綱を引いてラクダを止めた。

 二人はちょうど丘の一番高いところに差し掛かったところだった。


「見ろ」


 キイスは一点を指差した。視線をその示す先に向けると、一里ほど先に石壁に囲まれた村があった。

 肩ほどの高さの壁には色彩鮮やかな模様が描かれている。その内側に藁葺き屋根の家屋が円形に並び、ひときわ大きな建物を取り囲んでいた。

 ちょうど何名かの男たちが門で待つ人々に迎えられ、門が閉じるところだった。


「村長はあそこにいる」


 キイスの言葉に李由は安堵の溜息をついた。

 丘を下るとほどなくして村にたどり着いた。待ち受けていたかのように門が開く。

 幼い少年と少女が驚く二人を迎えた。サマーキとマージだ。


「ええと、あの……」


 そわそわしているサマーキの代わりにマージが話した。


「村長がお待ちです。ラクダは、この」


 といってマージはサマーキを小突いた。


「サマーキが預かります。どうぞこちらへ」


 マージはサマーキを置いて村の中に入っていく。キイスはそれを追いかけた。

 李由は荷物を取ってラクダを降りるとサマーキに手綱を預けた。その途端、ラクダが首を左右に動かし、ヴェエエ、と鳴きはじめた。


「わっ、わっ」


 低い声に驚くサマーキに李由は笑いかけた。


「そいつ、人を選ぶんだ。けど君にはきっとなつくから、まあ、よろしく頼んだ」

「は、はい! わっ、こら、やめ」


 顔を近づけくんくん匂いを嗅いだりするラクダに慌てるサマーキ。李由は振り返ってサマーキの奮闘に笑いながら、マージとキイスを追いかけた。

 キイスは李由が追いつく前にマージに耳打ちする。


「なんだ、さっきの話し方」

「お客さんには無礼がないように、って。村長がこういう話し方しなさいって」

「へんなの……じゃあ、またな」


 会話を終えて離れていこうとするキイスの手首をマージが握った。キイスは足を止める。


「なんだよ」

「あ、えっと」


 マージは手首を掴んだ自分の手とキイスの顔を交互に見ていたが、李由が近づいてくるのを見てぱっと手を離した。


「村長がキイスも来いって言ってたから!」


 マージは早口でまくし立てた。キイスはおかしな態度を問いただそうとしたが、李由が合流したので何も訊かなかった。

 家の中から無遠慮に向けられる奇異の視線を感じながら、三人は村の中央の建物に向かった。建物の入り口でダクターリが待っていた。

 マージが一行から離れた後、ダクターリは李由に会釈した。



「どうぞ、中へ」





注釈:諧において一里はメートル法における500mの距離を指す

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