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ミジージ・クアンジーア  作者: 犬井作
第一章:出会い
4/10

未知との遭遇

 

 キイスの払穢の儀が失敗してしばらく経ち、サマーキがまた見張り番をしていたある日のことだった。

 雲一つない晴天だが、風がなかった。辺りは不気味に静まり返っていて、朝から奇妙な空気が漂っている。


「ネネコーナもとうにいなくなったしなぁ」


 真昼とはいえ油断はできず、サマーキは朝から櫓の上に立っていた。

 見張りに立ったその時から、ずっと正面左に見える大岩に禿鷹(ウーパ)が止まっている。なにかを待ち望んでいるようにも見える。

 そうだとするなら、いったいなにを?

 額の汗を腕で拭おうとして、やめる。球のような汗が全身に浮いていた。後ろに掛けておいた外套で拭おうかとサマーキは思いを巡らせる。

 大岩の向こうをみやると、大人たちが仕掛けを確かめていた。彼らが腕を頭に回しているのをみて、サマーキは落胆する。


「なーんか起きないかなぁ……」


 今日も平穏が続くのだろうか。なんの気なく辺りを見回したサマーキは、立ち上る陽炎の中に何かを見つけた。


「ん……?」


 見間違いかと思ったが、違う。それはゆっくりと動いていた。


「ひいふうみいの……何人いるんだありゃ」


 幻ではない。見たことのない衣服をきた男たちだった。先頭にはラクダに乗った者もいる。何者だろう? サマーキは目を凝らした。


 異様に大きいと思われた頭部は、どうやら被り物をしているらしい。黒く塗った切り株のようだが、それは自分を大きく見せようとする動物を連想させた。

 肌は露出した部分が少なく、つま先までが衣服で覆われている。腰の上と下で別々に分かれており、動物の毛皮にしては、奇妙な模様がところどころに施されている。男はその上にさらに、紺碧の外套を羽織っていた。


 サマーキは自分の姿をラクダの乗り手の着ているものと見比べる。

 サマーキは腕と首を通す穴だけが空いたひとつなぎの布を着ており、遠くまで歩かなくていいとの理由から蹄鉄(ブーツ)ではなく、葦を編んだ簡易な履物をしているだけだ。


「あいつのものより良いものっぽいのはこの腕輪だけか……?」


 金の腕輪は両手首に一つずつ。働けるものになった証拠だ。キラキラと輝いているから、そのぶんあいつのものより上等だろう。

 しばらくサマーキは見比べることに熱中していた。しかし四度目に男に目を向けたとき、つまらなさそうにしているラクダが村の方角を見ていることに気がついた。

 咄嗟に彼は太鼓を鳴らしていた。


 誰かが来ている! たくさん来ている! ラクダと男! 歩く男たち! ミジージではない!


 途端に辺りの空気が変わる。武具が擦れたり、物を隠したりして喧騒が生まれた。息つく間もなく塔が揺れ、下を見る。マージが登ってきていた。


「おい、危ないって!」

「弓持ってきた。要るでしょ」

「あ、ありがとう……って、ちょっと」


 マージは弓矢を手渡すと、無理やり籠の中に身体をねじ込んだ。


「私、サマーキより目がいいんだから」

「だからって危ないよ。敵だったらどうするんだよ!」

「サマーキが守ってくれればいいでしょ!」

「は、はあ!?」

「ああもう、近くで叫ばないでよ。それよりどこにいるの?」

「えっと、真正面」

「あれか……」


 目の前で揺れるマージの髪から立ち上る芳香に気を取られまいと注意しつつ、正面を見やった。さしてはやくない移動速度だが、着実にこちらに近づいている。

 いったいなにものなのだろうか。スポーレではなさそうだ。しかし東から来たということは、彼らと接触しているはずだ。

 スポーレが近頃おとなしかったのは、もしかして、こいつらと戦ったからではないのか?

 そんな妄想が脳内に膨らんでいく。いざ目の前に戦火が迫っているのだと感じたとき、サマーキが抱いたのは恐怖だった。

 だから、その集団にたった一人で近づく人影に気がついたとき、目が離せなくなった。


「――キイス!」


 ◇


 誰かに呼ばれたような気がしたが、キイスは振り返らなかった。彼は集団と村との間にある大岩を目指していた。いまから登れば、村の人々が入り口を固める頃には男たちの背後を取れるはずだ。

 地上と接している面から頂上に至るには、なだらかな坂道を通るか、垂直に近い崖をよじ登るかの二択。


 キイスは迷わず崖に回り込んだ。


 見上げると、青空を割く壁の果てが見える。そこに至るための道をすぐさまキイスは見出した。ジャンプして、手頃な窪みに手をかけた。片足を同じ窪みにかけると、空いた片手を上へと伸ばす。

 日中の陽射しに熱せられた岩肌は、長く触れ続ければ火傷してしまうだろう。その間に、キイスはわずかな抉れを見つけねばならない。キイスは焦らず、けれど素早く歩みを進めた。

 足を大きく上げるたび、腰に下げたマチェットが矢筒に当たって音を立てた。肩に挟んだ弓も煩わしい。

 彼は無視して高みを目指した。熱さも、顔を流れる汗も、すべてを放り捨てたくなる欲求も、意思でねじ伏せ登り詰めた。

 キイスが頂上に至ったとき、男たちはまだ眼下にあった。誰ひとりとして頭上に誰かがいるなんて思いもしていないらしい、歓談がキイスにまで聞こえてくる。


「おかしいな……武器を下げてるのはラクダ野郎だけだ」


 先頭に立っている男は、実に奇妙な格好をしている。キイスにはそう映った。肌を一切露出しない服装とあちこちに散りばめられた紋様。服ではなく地肌があの色だとも思ったが、顔を見る限りそうではなさそうだ。


「短命種? いや、それにしては……」


 夕日を浴びた雲のような色の肌。真上から見ているので表情は伺えない。

 男は腰に、腕よりも長い棒をくくりつけていた。長さの異なる木枝を十文字に組み合わせたような形状から、それが武具だと推察できた。打撲武器にしては細い。


「刃……? まあいい」


 キイスは獲物を狩る手段を想像しつつ、短刀に手をかけた。ラクダの上で揺られる男の首筋に狙いを定め、スタートを切ろうとした、まさにその瞬間だった。


 男が振り返り、キイスと視線があった。


 一秒が引き伸ばされていくように感じられた。キイスはやけに明瞭な意識の中で、細い葦のような眉が寄せられ、怪訝そうに上下したのち、瞳が大きく見開かれたのを見た。


 ◇ 


 男はやにわに警笛を鳴らした。続けざまに背を向けて、ラクダの背に乗せた荷物を放る。彼の後方に着いていた男が受け取って、すぐさま中から武具を取り出し配った。瞬く間に臨戦態勢が整えられた。


「敵は!?」

「あそこだ!」


 リーダーの指した先を見て、輪形陣のあちこちで驚きの声が上がった。

 先ほどまで頂上にいた男ーーキイスは、すでに道半ばを過ぎようとしていた。炎のような赤髪を揺らして駆ける男は、すでに弓を構えている。その速度はさながら、疾走するトゥースクのごとき速度だった。


「た、隊長!」

「慌てるな! 落ち着いて対処するんだ。


 彼が今の合図を聞きつけているはずだ、それまで持ちこたえるんだ!」

 若きリーダーの頼もしい声に、男たちは鼓舞され落ち着きを取り戻しかける。

 だが思いもよらぬ行動に、彼らは再び混乱した。


「と、跳んだ!」


 岩壁が砕け砂埃をあげ、影が中から躍り出る。輪形陣に真上から、大きな影が落とされた。

 彼らの頭上で外套がひらめく。獲物に狂奔する黒曜石めいた瞳が見開かれ、口角が昂りに釣り上がっていた。

 嘶き三閃。立て続けに射られた矢が的確に兵の腕を切り裂いた。巻き散った鮮血に、兵士たちは恐慌した。


「落ちて来るぞ!」


 ラクダの男の注意も虚しく陣は整わない。陣の端にいた兵が、運悪くキイスの下敷きになった。踵から踏み下ろされた肩甲骨は砕け、鈍い音が悲鳴と合唱した。

 着地後前転し体勢を整え、またもキイスは跳ぶ。

 一人、また一人と踏みつけ、キイスが人の上を走り抜ける。できの悪い輪唱を止められるものはなかった。

 そうしてキイスは、ついに陣を縦断した。

 最後の踏み台を飛び越えると同時、弓を捨てて短刀を抜く。

 キイスは立ち上がると周囲をひと睨みし、太陽を背にした男に怒鳴った。


「俺はキイス! ミジージに至らんとするものよ、お前は何者だ!」

「……この村でも言葉が通じるのか?!」


 男とも女ともつかぬ声。キイスは返事を再度促すためにラクダ上の敵を見上げた。

 遠くからはわからなかったが、あどけなさを残した顔立ちからすると、男というよりは青年というべき年らしい。

 その片目は蒼玉のようで、もう一方は翡翠のようだった。透き通った冷たい瞳の奥に、秘めるものが確かにあった。

 キイスはその瞳に見覚えがある。


「巨鳥――?」


 呟きは青年には聞こえなかったらしい。

 沈黙が続き、二人はしばし睨み合った。

 高まる拍動。全身に熱が篭る。

 永遠に引き伸ばされた刹那の中で、闘気が極限まで高められていく。


 爆発は、近い。


 キイスは腰のマチェットに手をかけた。柄に布を巻いていたが、ひどく熱せられていた。

 額に巻いた布が汗を吸って、じわじわと重さを増していく。

 青年の手綱を握る手が、一瞬こわばった。キイスは飛びかかろうと膝を曲げて、キイスは違和感に足を止めた。

 辺り一帯が暗くなっている。

 キイスは気配を察知した。だが遅かった。

 次の瞬間なにかが空から飛来し、巻き上げられた砂塵がキイスの顔に浴びせられた。


「わぷっ」


 口に入った砂埃をキイスはぺっぺと吐き出した。

 辺りからも同じような音が響いていた。意図して引き起こされたものではないのか?


「いったいなんだ――」


 視界がひらけたその瞬間、キイスは立ち尽くした。


 李由を守るように、空中に浮いた蛇が彼の周囲をゆっくりと旋回している。蛇の額には蠢く幾何学模様が浮かんでおり、それと同じ模様が李由の手の甲に青白く輝いていた。

 彼方の空のように明るい蒼い鱗。太陽の熱をも忘れさせる凍てつく吐息。大きく見開かれた、翠玉のような丸い眼。その中心に開かれた深淵が、キイスを捉えている。


 キイスは、それがなんなのか理解した。


「星獣――」


 絶句するキイスに、青年は呼びかけた。




「ミジージのキイスよ。私は(カイ)の調査隊の一人、李由(リユウ)! 東の果てより、海を渡ってここへ来た! ――我々のはじまりを求めて!」



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