決闘
燦めく初夏の太陽に照らされて、サバンナはまるで大海のごとく波うっていた。
そのところどころでクォーナが顔を覗かせている。群れの見張り番だ。後ろ足で立ち上がり周囲を見回す様子からそう名づけられた。
その一匹が何かに気づいた。なにかが揺れる気配に息を潜める。
ひょうっ、と耳元で薙いだ風。頭上から叩きつけられるような風圧を受けて、その背を丸めて――ばくりと、巨大な嘴に飲み込まれる。
脊椎が砕ける鈍い音が断末魔となった。
墜落の寸前に捕食者が羽ばたき、ラテライトが高く巻き上げられる。
それは上昇しながら餌を飲み込み、悠々と大空に舞い戻った。サバンナに棲む獣たちが、太陽を背にしたシルエットを仰ぎ見た。
巨鳥。
あるいは「天と地の所有者」。
全長は十メートルもあるだろうか。翼は根から先端にかけて赤から黄色へのグラデーションが鮮やかだ。
その羽根には、奇妙な幾何学模様が浮かび上がっている。人智を超えた紋様は、理の外で生きるいのち――星獣の証だ。
自身が影を落とす赤い大地を翠玉色の瞳が見回している。この地を治めてからまだ数年、親交を深める目的もあって、彼はたびたび逍遥していた。
西には大岩が見える。前任者の棲家だ。湧き上がる回顧が彼の集中を鈍らせた。
その不意をついて、何かが撃ち出される。それは吸い込まれるように巨鳥の翼に突き刺さる。
上がる悲鳴に大地が共振した。獣たちが一斉に駆け出して、地上は騒乱に包まれた。
羽ばたくと、肉に浅く突き刺さった矢が空中に放られた。小さくなっていくそれには見覚えがある。ミジージ族の使うものだ。
村を上げて報復にきたと疑って、巨鳥はすぐに打ち消した。サバンナに繰り出していた村の男達が慌てているのが見えたからだ。
では、誰が?
降下しながら態勢を立て直した巨鳥は、その最中、地上でただひとつ動かぬ影を見出した。クォーナの隠れていた葦の中に身を潜めていたらしい。
巨鳥は回頭すると、矢を射たものの前に降り立った。
相対するのは赤髪の青年。
その身長とたいして変わらない長弓を左手に持って、右手は腰に下げた矢筒にまわしてある。
手首は黄金の腕輪が三つ。眩しく輝くそれはミジージ族において準成年を示した。
外套だけをまとった上体は惜しげもなく晒されている。褐色の肌に、無数の裂傷が隆起していた。
臀部と局部をまわしがかくし、腰紐が前部のさがりをくくりつけている。彼の生まれを示す紋様が染め抜かれていた。
巨鳥は、青年の外套をみて目を細めた。自身の翼と同じ素材。
巨鳥の意識に同胞の痛みが再生された。
『ヒトよ、なぜ私と争う。すでに同胞をそなたに分け与えたはず』
大地そのものが語っているような声だった。青年は頭の中を掘り起こし、深く底に沈めたものを抉り出されるような感覚に葉を食いしばる。青年はうまく言葉を練ることもできないまま叫び返した。
「違う、俺が倒したんだ!」
『私は我々の一部をそなたに与えた。そなたの運命がそうせよと示していたからだ。星はそれで足りたという。だが、そなたは私を求めている。なぜだ? なぜ、そなたは私を求める』
「俺が俺であるためだ! ミジージの男だとみんなに知らしめるためだ!」
『そなたは偉業をなしたはずだ』
「だが長は俺を認めなかった!」
その言葉に青年は怒鳴り返した。
「母の穢れはこれでは晴れぬと、そういったのだ! だから俺はもう一度、お前に挑む!」
涙を堪え、唇を震わせて、青年は力の限りに叫んだ。
巨鳥はなにも答えず、目を細めた。
『それも星の導きによるというのか。哀れなものよ……』
青年は答えず、矢を引き出した。
風がやむ。
『今は耐えろ。耐えるのだ、黒曜石よ。東から始まりがやってくる。それまでの辛抱だ』
「お前は……お前はなにを言っている!?」
『すぐにわかる』
大きく翼が広げられ、その巨体がもう一回り膨れ上がった。
『足掻いてみせよ』
物語が、はじまる。