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奇跡の乳

ちょっと長めです。

 ランプを手にしたルチルの後を着いて長い廊下を歩く。ゆとりある廊下の造りが屋敷全体の大きさを雄弁に物語る。まるで公共施設のような広さだ。もし本当に父がこんなものを個人で所有していたのなら、それを相続するオレも富豪の仲間入りだ。


 「ダン様、こちらで少しお待ちいただけますか。すぐに準備が整いますので」

 「はい。わかりました」


 オレは浴室の隣の小部屋に案内された。部屋の隅には簡素な作りのベッドのような置いてあるが布団は見当たらない。その他には小さなテーブルと椅子が2つあるだけだ。テーブルの上には果実の皮のようなものが入った水差しと、グラスが2つ置かれていた。何をするための部屋なのだろう。


 「ダン様、沐浴のご用意が整いました」

 「え!?」


 準備が整った知らせを聞いたオレは、部屋の戸口に立ってそれを伝えるルチルとは別のメイドを見て慌てふためいた。あまりの驚きに言葉にならない。黒科メルだ。なぜか黒科がルチルと同じ紫色のメイド服を着てそこに立っている。オレはあまりのリアルさに夢であることを忘れて慌てた。ここまで何でもありの夢の中なら、黒科が登場しないほうが不自然と言うもの。そう考えると妙に納得がいく。


 「クラル、ダン様が驚かれているご様子ですよ」


 ルチルが黒科に向けてそんな言葉を投げ掛ける。

 すると黒科は小さくクスクスと笑い悪戯な微笑みを浮かべた。

 それはオレの知っている黒科のものとはどこか少し違っている。


 「はじめまして、ダン様。メイドのクラルです♪」


 そのメイドはクラルと名乗ると、スカートの端を摘まみ僅かに膝を曲げて会釈した。

 そこは普通に黒科が登場してくれても良かったのに。


 「この見た目はお気に召しませんでしたか? ご不快であればすぐに別の姿に変更いたしますが?」


 オレの表情から何かを察したのかクラルが心配そうに訊ねる。

 黒科にそっくりな見た目をオレがお気に召さない訳がない。


 「いや、気に入らないことはないです。黒科さんですよね。むしろ大好きです。ただ、本人が現れたと思ったもんで少し驚いたと言うか────」

 「良かった♪ 気に入っていただけて嬉しいです。黒科様と仰るのですかその方は。私には自分の姿がダン様にどの様にお見えになっているのかはわからないのです」


 そう言ってクラルが黒科の顔で微笑む。

 黒目がちな瞳、艶やかな唇。どこをどう見ても黒科本人にしか見えない。

 無駄な設定を盛り過ぎないほうが良かった。


 「でも、いったいどうやって?」

 「ダン様、クラルは【ニンフ】でございます。姿を変えているのではなく、生まれ持った特異な能力スキルで相手に自分の姿が別の何かに見えるのでございます」


 ニンフが何を指すのかは解らないが、姿自体が変わっているのではないらしい。人間が物体を見る際には光りが必要になる。光が物体に当たることで反射や屈折をし、それを目で捉えることで我々は物体の色や形を把握している。自らの姿を鏡に映して見ることが出来るのもこの性質を利用しているに他ならない。恐らくクラルは光の反射や屈折を操ることで、相手の目視による認識に誤差を生じさせているのだろう。我ながらずいぶんと凝った設定だ。


 「簡単に言えば【夢想デイドリーム】と似たような効果でございます」

 「【夢想デイドリーム】ですか……」


 ルチルの説明は逆に謎を深める。だが、所詮は何でもありの夢の中。

 あまり細かいことを気にしていたら気がおかしくなりそうだ。

 とりあえずクラルにはオレの前では黒科の姿でいてもらおう。


 「ダン様、準備が整いましたので、浴室へご案内させていただきます♪」

 「あ、はい。お願いします」


 ルチルとクラルの案内で浴室の手前にある4畳半程度のパウダールームを思わせる脱衣所らしき場所へと移動すると、入口の端に癖の強いショートヘアーに褐色の肌が印象的な、別のメイドが大きなタオルを両手で抱えて待ち構えていた。


 「はじめまして、ダン様。ブランと申します。よろしくお願いします!」

 「どうも。はじめまして」


 自己紹介をしたブランは、深々と頭を下げると再び勢い良く顔を上げ満面の笑みを浮かべる。健康的な褐色の肌と夏の太陽を思わせる満面の笑みが、ルチルや黒科に扮したクラルとはまったく別の魅力を感じさせる。


 オレの目の前に3人の美人メイドが並び立つ。


 白銀の静完全美を体現するルチル。

 ショートヘアーの健康美ブラン。

 そして、リアル女神の黒科を模したクラル。


 何て贅沢な夢だ。3人3様の美女たちが並ぶとまるで階段のような身長差がある。身長175センチのオレよりやや低いブランで、ルチルはオレよりもだいぶ大きく、クラルはブランより更に小さい。だが、女子とのコミュニケーション経験値がずば抜けて低いオレにとって、美女3人を同時に相手するのはかなり荷が重い。RPGに例えればプレー開始間もなくの装備で、偶然にも中ボスの待ち構える根城まで辿り着いてしまったようなものだ。


 夢の中とは言えちょっと欲張り過ぎた。

 普通に黒科1人で良かったのに。どうしてこんなことに。


 いや、考えられる理由はただ1つ。彼女いない歴20年のオレの中でグズグズに拗らせた、とにかくモテたいというどす黒い衝動が一気に噴き出したのだ。


 もうこうなればヤケクソだ。

 オレは一気に服を脱ぎ始める。


 「ダン様、お待ちください」


 ルチルが冷静にオレが脱ごうとするのを止める。

 だよな。いくら何でも3人の目の前で脱ぐなんておかしいと思った。

 しかし、3人は一向に部屋を出る素振りは見せない。


 「申し訳ございません。私の説明不足でした。先に1名ご指名いただけますか?」

 「指名!? 何のための?」

 「一緒に浴室に入れていただき、沐浴のお手伝いする係を決めていただくためです。残りの者は着替えと片付けの手伝いをさせていただきます」


 そんなシステムだったのか。

 オレの夢の中なのに、オレ自身がシステムを知らないというのは何なのだろう。


 改めて3人のメイドたちに目をやると心なしか皆の視線が厳しい。その目は自分を指名しろという意味なのか、それとも指名されたくないという意味なのか。まったく読めない。ルチルからクラルへ、クラルからブランへ、そしてまたルチルへと視線を移す。そんなことを繰り返しているうちに、3人との間合いが少しずつ詰まっているのに気が付く。


 「ダン様、お背中を流すのは得意なんです! どうかアタシを選んでください!」


 突然、ブランが詰め寄る。黒色の長いまつ毛の奥に見える深緑色の瞳が独特の魅力を放つ。

 女子とこれ程までに顔を近付けたのは初めてだ。


 「ブラン、抜け駆けはずるいですよ! お背中を流すなら私だって得意なんですから♪」

 「え? アタシ、抜け駆けなんてしてないよ。本当に得意なんだから」


 オレの背中を流す権利をめぐってクラルとブランが言い争う。

 これもオレの深層心理に潜む願望だと言うのか。


 「2人とも、ダン様の前ではしたない真似はおやめなさい」

 「ううっ……」


 ルチルの一喝でブランとクラルの言い争いが一気に鎮火する。


 「それに本来ならばダン様のお傍にいるべきは、この身に代えてもダン様をお守りするという使命を帯びた私の仕事なのです」


 「ずるい。ルチルまで抜け駆けをする気ですか!?」

 「そうだよ。アタシだってダン様のお背中を流したい!」


 何この嬉しいカオス。オレってこんなにスケベだったのか。


 「あの、こう言うのはどうですか────」


 オレの言葉に一斉に3人の視線が集中する。


 「えっと、ジャンケンで決めるのはどうですかね?」

 「ジャンケン……ですか?」クラルが黒科の顔で怪訝な表情を浮かべる。


 あれ。何だこのリアクションは。オレの背中を流す者をジャンケンで決めるなど、夢の中のとは言え調子に乗り過ぎた提案だったか。いや、そうじゃないんだ。オレはただ、目の前で美女たちがオレのために言い争う姿を見ていられなかっただけなのだ。


 「ダン様、ジャンケンとは?」ルチルが問い掛ける。

 「え、えっと……ジャンケンポンって……知りません?」


 オレは右手と左手でジャンケンの真似ごとをして見せる。

 3人の顔に解りやすく疑問符が浮かび上がる。


 「もしかして【ブレード&マジック】のようなものでしょうか?」

 「あぁ。なるほど!」


 ルチルの話にブランとクラルが納得したように揃えて声を上げた。

 いや。逆にその【ブレード&マジック】が何なのかまったくわからないのだが。


 「ダン様、【ブレード&マジック】とは子供たちの遊びの一種でございます。人差し指を1本突き出すのが剣を手にした【剣士】、親指以外の4本を突き出せば4本脚の戦馬にまたがる【騎士】、そして、5本を突き出せば【魔法使い】を意味します」

 「剣士と騎士と魔法使いですか……」

 「はい。3者にはそれぞれ特徴があります。【剣士】は【騎士】に弱く、【騎士】は【魔法使い】に弱く、【魔法使い】は【剣士】よりも弱いという具合にです。子供たちは『ブレード&マジック』の掛け声と共に3者のいずれかを選び、一斉に出して勝敗を決めるのです」

 「なるほど。ジャンケンと一緒みたいですね。その【ブレード&マジック】で決めてはどうかと────」

 「それは素晴らしいアイディアです。流石はダン様」


 ルチルの言葉に賛同するように頷きながら、ブランとクラルが『流石はダン様だ』と口々に褒め称える。ジャンケンでの決着という安易な発想をそこまで褒められると、逆に微妙な心持ちになる。


 3人は向かい合って立ち真剣な表情で【ブレード&マジック】の体勢に入る。ブランが足元にタオルを置くといよいよ準備が整った。3人の瞳に気合が漲る。たかがジャンケンもどきにそこまで入れ込まなくてもと思うが、そんなことを口にしようものなら気合の矛先が自分に向かって来そうで怖い。


 『ブレード&マジック!』その掛け声と共に3人が一斉に左手を差し出す。

 右手じゃないのか。そんなツッコミをする余裕はない。

 【剣士】と【騎士】と【魔法使い】が出揃う。


 『ブレード&マジック!!』3人の闘志が更に激しく燃え上がる。

 3人の指に気合が漲る。出揃ったのは【剣士】が1つと【魔法使い】が2つ。

 満面の笑みで拳を突き上げる1人と項垂れる2人。勝負は決した。


 「勝ったぁ! アタシがダン様お背中をお流しするぞ~」


 ブランが満面の笑みで勝ち誇るように言い放つ。

 それとは対照的に項垂れる敗者たち2人の悲壮感が半端じゃない。


 褐色の肌のショートヘアー美女と一緒にお風呂。凄いことになってきた。わかり易い興奮と同時に、言いようの無い罪悪感が込み上げてくる。それはこんな可愛い娘と一緒にお風呂に入ることに対するものではなく、あとの2人と一緒にお風呂に入ってやれない、いや、入るチャンスを逸してしまったことに対する罪悪感だ。


 こんな都合の良い夢などめったに見られるものではない。

 オレの中に渦巻く彼女いない歴20年の欲望が一気に噴出する。


 「あ、あの、オレは美味しいものは後に取って置くタイプなんですけど────」


 オレの話しで3人の美女の頭上にわかり易く疑問符が浮かび上がる。

 これから風呂だというのに、なぜ食事の話をしているのだという表情だ。


 「ルチルさんとクラルさんで【ブレード&マジック】をやって順位を決めもらえれば、次回は2位の者が、その次は3位の者がというように必ず順番がまわって来ますよね。その順番を待つ時間もまた楽しみになるかと────」


 オレは何を言っているのだ。ようするにオレの背中を流すのを楽しみに順番を待てということか。自分の夢の中とは言え何と傲慢な物言いだ。3人の呆けたような表情がオレに浴びせられる。


 「……待つ時間が楽しみに?」


 ルチルが小さく呟く。

 今度こそ調子に乗り過ぎたか。


 「その様な考え方を今までしたことがありませんでした」

 「たしかにそれであれば公平です。希望が沸いてきたかも♪」


 ルチルとクラルが口々にオレの意見に肯定的な反応を見せ始める。こんな提案ですらアリなのか。意外だったのは勝負に勝ったブランまでもが『流石はダン様です』とオレに羨望の眼差しを投げかけてきたことだ。3人は互いに顔を見合わせるとオレの意見に異議が無いことを確認するかのように頷き合う。


 「ダン様、ごゆっくりと汗をお流し下さい」


 ルチルがオレにタオルを手渡しながら言う。その表情は先程までの消し炭のような状態が嘘の様に晴れ晴れとしている。クラルも公平に順番が来ることに安心した様子で、黒科の顔でにこやかな笑顔を浮かべる。


 「ダン様、お先に浴室へどうぞ。私も準備をしてすぐに参りますので!」


 ブランはそう言って深々と頭を下げる。オレはルチルがくれたハンドタオルよりやや大きいが、フェイスタオルよりは明らかに小さなタオルを駆使して、3人の視線で縮こまる息子を小さなタオルを巧みに使い優しく包み込み、コソコソと逃げる様に浴室へと向かった。


 正面上方には明かり取り用と思われる透明度の低い大窓が見える。外の景色がまったく見えないのは、擦りガラスか着色ガラスのようなものが使用されているせいだろうか。存在感を放つ大きな浴槽の手前には小さな木製の棚があり、その中に色とりどりのガラス製の小瓶が並ぶ。その端には木製の腰掛けが置かれ、その上に小さな鉄鍋と琺瑯製の洗面器と赤黒い不思議な手桶が置かれている。蛇口もシャワーも見当たらない。これでいったいどうやって風呂に入るのだろうか。


 「ダン様、浴室を温めます。暑過ぎるようでしたら教えてくださいね」脱衣所からルチルの声がする。

 「は、はい────」


 すぐに床が温かくなってきているのに気付いた。この事を言っていたのかと思った矢先に、今度は天井全体からじんわりと不思議な熱気が伝わり、すぐに天井に見える幾つもの小さな穴から水蒸気が噴き出し、浴室内はあっと言う間に低温サウナのような状態となった。木と石を使った簡素な造りに見えるが、設備自体は最新の技術が用いられているのかも知れない。


 「ダン様、失礼します。お待たせしました」


 胸周りと腰に光沢のある薄い布切れを巻いただけの姿でブランが浴室へと入ってきた。心なしか胸元のボリュームが物足りない気もするが、そんなことは興奮度マックス状態のオレには些事に過ぎない。オレの鼓動は数メートル離れたブランに聞こえそうなほどに激しく高鳴っていた。


 「ダン様、お部屋の温度はこれくらいで宜しいですか?」

 「は、はい……よろしいです」


 湯気の向こうに見える褐色の肌が妙に艶めかしく輝く。

 ブランは棚から緑色と茶色の2つの小瓶と取り出してオレの元へと歩み寄る。


 「ダン様、どちらの香りがお好みですか?」

 

 そう言って2つの小瓶の蓋を順番に開けて、オレの顔に近付け優しく手で扇いで香りを送る。それぞれ緑色の小瓶からはミントのような爽やかな香りが、茶色の小瓶からは甘い花のような香りが漂う。正直この状況で香りになど集中する余裕はなかったが、オレはとりあえず緑色の小瓶を選択した。


 ブランは嬉しそうに『素晴らしい選択です!』と告げると、徐に棚の端から取り出した小さな鉄鍋を部屋の端に置いた。


 次にブランは赤黒い手桶を手に取った。すると空だったはずの手桶からたっぷりの水が溢れ出す。いったいどうやったのだ。オレは目の前で手品を見せられた客のように目を見開いた。


 そんなオレの視線にブランは明るい笑顔で応えると、そのまま鉄鍋に水を注いだ。そして、鉄鍋の端を掴んで小声でブツブツと何かを囁やくと、見る見るうちに鉄鍋から湯気が立ち上る。その中に緑色の小瓶の中の液体を回し入れると、た。程なくして部屋中が爽やかな香りに包まれた。


 小瓶の中身はアロマオイルのようなものだったのだろう。香りだけでこんなにも清々しい気分になれるなんて思ってもみなかった。日頃、入浴剤も使用しないオレにはかなり新鮮な体験だ。


 「ダン様、いかがですか?」

 「とっても良い香りですね。何だか疲れがスーッと薄れていく気がします」


 オレの言葉を聞いてブランが嬉しそうにハツラツとした笑顔を浮かべる。彼女の笑顔は見ていて何とも心地良い。いつまで見ていても飽きない気がする。そんな事を考えながらも、オレの思考に反し視線は顔から首へ、そして更に下の方へと移行する。


 薄い布切れの向こうにある楽園を想像すると、縮こまっていた息子がいきなり息を吹き返した。まずい。オレは慌ててブランに背中を向ける。


 「はい。ただいまお背中を流しますね! こちらへ座ってください」


 ブランが木製の小さな腰掛けを差し出す。オレが背中を向けたのを、早く背中を流す様に催促したものと勘違いしたようだ。オレはゆっくりと前傾姿勢を保った座り、そのまま息子の熱が冷めるのを待つ。


 ブランは洗面器を持ってくると、その中に不思議な手桶から水を注ぎ入れた。今度は棚から青色の丸い小瓶を取り出し、蓋を開けると中の液体を洗面器の中に入れる。


 「シャモワールの樹液です」


 ブランが振り返って不思議そうに眺めるオレに笑顔で説明する。樹液と言うからには植物から抽出したものなのだろう。そこへタオルを潜らせジャブジャブと擦り合わせると泡が出てきた。微かに青っぽい香りが鼻をくすぐる。


 ブランは布でタップリの泡と一緒に水を掬うと優しくオレの背中に掛ける。ヌルヌルとひんやりが同時に背中を流れ落ちる感触に思わずビクリと背中が跳ねる。


 「冷たかったですか?」

 「い、いや。気持ち良いです」


 肩越しにブランの嬉しそうな笑顔が覗く。

 褐色の肌と黒色の髪がしっとりと濡れ、頬には僅かに朱色が差している。

 ブランの優美な指が滑らかにオレの背中を滑る。


 やばい。とても夢とは思えないバーチャルリアリティーさながらの感触だ。オレはダラリと降ろした二の腕部分で、さり気なくブランの足に触れてみる。その感触はシャモワールの泡の効果も相まって、まるで陶器のような極上のスベスベ感だ。息子の熱は冷めるどころか痛いほどに直立しもはやタオルでは隠しきれない。オレはさり気なく手をヘソ辺りに組み、荒れ狂う息子を優しく保護する。


 そんなえも言われぬ快感の中でオレは1つだけ気に掛かっていたことがあった。

 時折、微妙にオレの頭に当たるブランの胸の感触が妙に物足りない。


 この世には乳の大きさを現す様々な等位が存在する。『微乳』『貧乳』『平均的な乳』『巨乳』『爆乳』などなど。だが、オレが後頭部に感じたブランのそれは『微乳』とも少し違う。後頭部という不正確な計測方法ではあるが、恐らくこれは『微乳』の更に下に位置する『無乳』と呼ばれるものではなかろうか。通称『ぺったんこ』。


 一般的に胸が大きくならない理由には、思春期の女性ホルモンの分泌量が関係すると言われている。オレは決して巨乳好きではないが、まったく無いとなると寂しいものだ。大き過ぎず、小さ過ぎず。何事も過ぎたるは及ばざるが如し。そういう意味では『平均的な乳』というのはかなり曖昧な表現ではあるが、限りなく正解に近い胸のサイズと言うことになるだろう。しかし、そのように曖昧な定義でありながらも万人が認める『平均的な乳』というものが存在するだろうか。もしそれが存在するとすればそれは奇跡。言い換えれば『神の乳』と呼ぶにふさわしい存在なのではないか。


 そんなものが本当に存在するのならぜひ一度お目に掛かってみたいものだ。一度も生乳を拝んだことのないくせにそんなことに思いを馳せていると、突然ブランが問い掛ける。


 「ダン様は男性と女性ではどちらがお好みですか?」


 質問の意図がまったくわからない。


 「それは何的な話しですか?」

 「何的と言いますと?」

 「いや、どういう意味の『お好み』かと」

 「傍にいて欲しいとか、愛おしいという意味です」


 ますます意図がわからない。


 「例えばそれが恋愛対象という意味であればもちろん女性なんですが────」

 「なるほど。ダン様は女性の方がお好みなんですね」


 そう。女性の方がと言うより、オレは女性しかお好みではない。


 「我々ダークエルフ族は性別という概念を持たずに産まれてきます。一般的な亜人種や人間族に比べて寿命が長く、生後50年を経てようやく性別を選択できるようになります」


 突然何を言い出すのだ。オレはブランの突然の電波発言に、どう反応して良いのか戸惑いを隠せない。夢の中とは言え設定を盛り過ぎだ。オレの求めるムフフ感から微妙にずれてきている。そんなオレの心配を余所にブランは電波発言を続ける。


 「ダークエルフの性別には人間族と同じように『男』と『女』があり、性別を選択すると身体的な特徴などが徐々に現れるようになります。ただし、我々の繁殖方法は一般的な亜人種や人間族とは違うため、多くの者は性別の選択を行わないままその生涯を終えることになります。我々にとって性別の選択による身体的変化は、自らに与えられた使命を全うするために他なりません」

 「…………」

 「私もようやく性別を選べる年齢になりました。私にとっての使命とはロックランドとダン様のために全てを捧げること。そのためにはまず、少しでもダン様のお好みに近い姿になるために、今の私に足りないものを知りたいと思いまして」

 「オレの好みに?」

 「はい!」


 ブランが満面の笑みで答える。話の内容は無茶苦茶だが微妙に軌道修正されてきているようだ。待てよ、オレは何故こんなまどろっこしいことをしているのだ。どうせ夢だ。ブランの電波発言もジャンケンもどうでも良いことだ。そうだ。どうして今までこんな当たり前のことに気付かなかったのだろう。


 「ブラン」

 「はい?」

 「今のお前に足りないものを知りたいか?」

 「はい! お願いします!」


 ブランはそう答えるといつの間にか傲慢な物言いになったオレを、真剣な眼差しで見つめる。

 目の前のこの可愛い娘はオレの脳が考え出した夢という名の妄想だ。


 「ブラン、お前に足りないのは────乳だ!」

 「乳……ですか!?」


 オレはあくまで真剣に、それが真実であるかのように答える。

 いや、決して嘘ではない。オレの夢の中でオレの好みを聞かれたのだから。


 「それもただの乳ではない。大きからず、小さからず。絶妙な大きさの乳。奇跡の乳だ!」

 「奇跡の乳!?」

 「そうだ。今から奇跡の乳を説明しよう。アシスタントを呼ぼうと思うが、いいか?」

 「はい。お願いします!」

 「よし。ちょっと待っててくれ」


 浴室を出たオレが呼んで来た2人のアシスタント。説明するまでもなくそれは、胸周りと腰に薄い布切れを巻いただけのルチルとクラルだ。眩しいばかりの美しさだ。直視したら目が焼け焦げそうになる。見たい。でも眩し過ぎる。それでも見たい。もう少しの我慢だ。


 「ダン様、それで手伝いとはいったい?」


 ルチルとクラルが共にその回答を待ちながら、葛藤と戦うオレの顔を覗き込むように見る。


 「うん。これからブランに奇跡の乳について説明したいと思う。2人にはそのアシスタントをお願いします」

 「奇跡の乳……ですか!?」

 「うん。2人ともまずは……む、む、胸を見せていただけますか?」

 「はい」

 

 ルチルとクラルはジャンケンを説明したときと同じキョトン顔を浮かべらがらも、即答して胸に巻いた薄い布を外した。湯けむりの向こうに望む美しい連峰。オレは心の中で絶叫しながらガッツポーズを作る。興奮度は既に張り裂けんばかりのMAX度を迎えていた。



【To be continued……】

読んでいただきありがとうございます。

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