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序章

 主に巻貝などの貝殻に腹部を収め、貝殻を背負って生活する十脚甲殻類。ヤドカリ(英名:ハーミットクラブ)それが今のオレを形容するのに最も相応しい表現だ。もっともオレが背負うそれは貝殻ではなくコタツなのだが。


 師走の初め。薄らと肌寒い1DKのアパートの中。コタツの上には食べ終えたコンビニ弁当の容器が空しく置かれる。オレ、亜門(あもん)ダンは薄暗い部屋の中央を陣取るコタツにうつ伏せになって収まり、コタツ布団から僅かに頭と腕だけを出してPCの画面を凝視する。そこに映し出されるのは【ANOTHER WORLD 特別限定版メイドブースターパック vol.4】の外観設定画面だ。


 【ANOTHER WORLD──アナザーワールド──】は世界12カ国で8000万人を超えるプレーヤーが熱狂するオンラインRPGだ。このゲームの最大の特徴は膨大なデータ処理能力に基づくプレースタイルの自由性の高さと、専用ヘッドセットやスマホの専用アプリと連動したPBS(プリバーチャルシステム)を世界で初めて採用したことだ。PBSとはコントローラーによる操作に加え、専用ヘッドセットによりプレー中の思考や脈拍などを読み取り、現実世界と空想世界の垣根を超越した世界観を引き出す最新型のシステムだ。


 スマホに連動することで現実世界に設定されたログポイントの使用が可能となる。ログポイントを訪れることでログゲージを貯め特殊クエストへの参加が可能となる他に、依頼掲示板を使用して特殊武器や特殊アイテムの制作依頼やトレードなども可能となる。


 各地に点在するログポイント周辺では集客を期待した商店街の喜びの声から、騒音や混雑による近隣住民からの苦情まで賛否両論の意見がネット上に飛び交う社会現象となった。


 オレがアナザーワールドと出会ったのは、大学受験に失敗してしばらく引きこもっていた頃だ。毎日ただダラダラとネットを漂い寝落ちしていたオレにとってこの出会いは劇的な変化をもたらした。特殊クエストのクリア報酬欲しさに引きこもりから脱したオレは、そのままヌルリと社会復帰を果たす。


 オレの働くカフェ『エルミタージュ』は、この辺では知る人ぞ知るお洒落カフェだ。適度にレトロさを取り入れたシンプルで落ち着きのある店内には、雰囲気のある絵画や雑貨が随所に散りばめられており、お洒落な老若男女の隠れ家的な存在としてひっそりと営業を続けている。存在は知っていたがオレが客として入店したのはたったの1度だけ。それがきっかけでオレはそこでバイトとして働く事となった。


 バイト帰りにいつものコンビニでいつもの弁当を買い、いつものように10分足らずで食い終ると、早速PCの画面へと向かう。そこからがオレの時間だ。レベル21【猟師ハンター】として夜更けまでアナザーワールドの広大な大陸のごく限られた範囲でコツコツと小動物を狩りまくったり、レベル16【農夫ファーマー】として小さな畑をせっせと耕し野菜作りをしたりする。そして、ときにはレベル13【行商人ペドラー】として近くの街まで出て、狩りで得た肉や皮、収穫した野菜などを売りに行き、ついでに必要なアイテムを仕入れて来る。夜更けまでひたすらそんなことを繰り返す。


 アナザ―ワールドには初期のキャラクター設定時に【適正職診断】という機能がある。これにより各自のプレースタイルに合ったオススメの職業が提示される。オレの診断結果は【農夫ファーマー】だった。アナザ―ワールドを知らない方にとっては、何とショボイ診断結果だと思われることだろう。だが、意外にも【農夫ファーマー】という職業は一般的な初期職種の【冒険者(アドベンチュラ―)】や【猟師ハンター】に比べて敷居が高い。


 何故なら作物を生産する【農夫】になるためには土地の所有が条件になるからだ。アナザ―ワールドで土地を所有するには3つの方法がある。年に何度か行われるギルド対抗の特別イベントで勝利するか、年末恒例の通称【家くじ】と呼ばれる土地所有権が当たる宝くじに当選するか、不定期で販売される【ANOTHER WORLD 特別限定版ランドオーナーズ・ブースターパック】を購入するかのいずれかだ。


 ギルド対抗の特別イベントで取得した土地は基本的にギルドに帰属するため却下。ネット上に散らかる【家くじ】へ課金トライしたものの、まったく当選しない事への呪いの言葉を何度も目にしているのでそれも却下。結果的にプレー開始半年後に発売された【ANOTHER WORLD 特別限定版ランドオーナーズ・ブースターパックvol.6】を徹夜で並んで手に入れ、【猟師ハンター】兼【行商人ペドラー】だったオレは、新たに【農夫ファーマー】の職業を取得した。


 そんなオレにとって今宵は特別な夜となる。かねてから設定作業を行っていた【ANOTHER WORLD 特別限定版メイドブースターパック vol.4】の外観設定画面がようやく完成するのだ。オレはこのブースターパックである人物を再現するために3日を費やした。


 このブースターパックを使用するにはゲーム内で家を所有している事が前提となる。家の所有者はその敷地内に自分専用のメイドや使用人を設定することができるのだが、この【ANOTHER WORLD 特別限定版メイドブースターパック】は既製のメイドや使用人には無い緻密な外観設定が可能の他に、もう1つの素晴らしいボーナス機能があった。オレは詳細設定画面を開き、その中の1つに『ダンくん』と書き込む。


 オレがこのメイドブースターパックで再現しているのは、同じバイト先で働くオレのリアル女神こと黒科メルだ。ひと言で彼女を現せば『気立ての良いお嬢様』だ。ここで言うお嬢様とはお高く止まり、周囲を見下すようなお嬢様のことではない。明るく初々しく、誰に対しても礼儀正しいが、決して必要以上に距離を置くことをしない。オレのような社会の底辺に這いつくばる童貞野郎にも分け隔てない優しい笑みを向けてくれる。彼女目当ての来店客が後を絶たないのも頷ける。リアルな生活では完全に負け組なオレも、アナザ―ワールド(ここ)なら同じ屋根の下で彼女と暮らすことが可能だ。もちろんいくら自由度の高いゲームとは言え、登場するNPCノンプレーヤーキャラクターと付き合ったり結婚をしたりなどという機能は存在しない。あくまでオレの中での裏設定だ。


 『おぉー!』設定を終えゲーム内の家の中に、メイド姿の黒科メルを模したNPCが現れると思わず心の声が漏れ出る。ついにやったぞ。オレと黒科メルが1つ屋根の下で2人きりだ。


 『ピンポーン』その刹那、突然のチャイムでオレは現実世界に引き戻された。

 誰だこんな時間に。部屋の壁掛け時計は10時を過ぎている。きっと厄介事だ。

 そう考えたオレの脳裏には、その日の奇妙な出来事が喚び起こされていた。



【To be continued……】


大筋は変わっておりませんが『序章』を追加し一部を変更させていただきました。

読んでいただきありがとうございます。

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