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今日

ベッドの上に一人寝そべっている。

さっきまで降っていた土砂降りの夕立は上がって、空はきれいな夕焼けに染まり、遠くからヒグラシの声が聞こえる。今夜にかけて天気が崩れる心配はなさそうだと、つけっぱなしのラジオが伝えている。夏真っ最中の8月中盤。カーテンを揺らす風も湿気を帯びている。

僕が中学校の同窓会の知らせを受け取ったのは2週間ほど前だ。卒業して10年目の記念、だそうだ。彼女と最後に会ってからそんな時間が過ぎているという実感はまるでない。


僕は第一志望の高校に進学できなかった。だけど僕の高校生活はとても充実していた。いい友達に会えた。尊敬できる先生にも会えた。馬鹿な事もやって、周りに迷惑もかけた。空手はずっと続けて、全日本大会にも出場した。決め技はいつも右の正拳突きだった。中学時代の大怪我を乗り越えて僕の右手は強くなっていた。

誰か女の子を好きになり、付き合ったりもした。だけど誰も長続きしなかった。誰に対しても、ある一線以上踏み込めなかった。気持ちを込めれば込めるほど、離れるとき辛くなる。別れはどんなに拒んでも、どんなに信じられなくても、信じられないほどあっけなく訪れることを僕はよく知っていた。それに、どうしても目の前の女の子の向こうに彼女の姿が、あのよく晴れた公園で酷く傷つけてしまった時の泣き顔が見えた。

付き合って数ヶ月経つと相手の子は「あなたは私をみてくれていないのね」「どうして信用してくれないの?」「他に気になる子がいるんでしょ?」などと言って僕から離れていった。困ったことに、彼女たちが言う別れ際の言葉全てが正解だった。

そうやって僕は、誰かを傷つけて誰かに傷つけられながら高校生活を過ごしていった。


大学は、自分の望んだ学校へいけた。

それで心に余裕が生まれたからか、それとも大学という区切りがついた事でいつまでも中学の思い出を引きずっていても仕方ないと割り切れたからか。高校のときからは考えられないほど素直に、僕は他人と接することができた。

飲み会で「いままで恋愛でつらい経験をしたことはある?」と聞かれたときに、中学3年の彼女との別れの様子を語る事もできた。それを聞いてきた子と付き合い始めて3年になる。

今僕が好きな人を素直に好きでいられる事、その向こう側に中学生の彼女の泣き顔を見なくなった事で僕は、中学3年にできた心の傷が癒えたことに気がついた。




ベッドの上に一人寝そべっている。空の色は深い赤色から藍色へと変わろうとしていた。

あと数時間後には同窓会が始まる。彼女は来るのだろうか。今何をやっているのだろうか。

彼女に会いたくて、僕は出席を決めた。

あの日公園で酷く傷つけてしまった事を謝りたい。彼女はそのときのことを覚えていないかもしれない。迷惑がられるだけかもしれない。

だけど、僕は謝らないといけない。そして伝えないといけない。

いつか彼女が言った、傷は元通りになるという言葉。僕はそれを笑顔で否定しよう。ただ元通りになるだけじゃない。傷を負ったところは強く、丈夫になっている。僕の右手も、きっと、僕の心も。

あの日、僕は彼女を傷つけて、僕も傷ついた。そんな傷が今の僕を作って、支えてくれている。小学生の時に彼女に出会わなければ、中学生の時の経験がなければ、今の僕はいない。

僕の右手が、中学時代の怪我を乗り越えて強くなったのなら、きっとそれよりも痛い思いをした僕の心はとても強く、そして優しくなっている。



日は沈み、外は夜になった。そろそろ出かけよう。

今更「好きだ」なんて言うつもりはない。

「ごめん」とは言いたい。

でも、一番伝えたい言葉は「ありがとう」だ。

生きているだけで傷は増える。それを乗り越えるたびに強くなる。決して元通りにはならない。体も、心も。


ドアを閉めて顔を上げ歩き出す。

空にはいつかのような、綺麗な満月がかかっていた。


BUMP OF CHICKENの曲に「かさぶたぶたぶ」というのがあります。その中で『傷は治るんだ きっともとどおり』という歌詞を聞いた時、「そんなわけねぇだろ!」と思ったのがこの話を書き始めるきっかけでした。


傷ついて痛い思いをして、はい元通りプラマイゼロって言われても納得できません。その分強くなっていないと。

痛い思いをした分、強くなってないとうそだ、

辛い思いをした分、幸せにならないとダメだ、

みたいな感じです。


最後まで読んでくださりありがとう御座いました。感想等あればお聞かせください。

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