中学3年
翌年の春、僕達は中学3年になった。そろそろ具体的に見えてきた受験というプレッシャーにつぶされないように、僕たちはお互いを支えあっていた。それでも夏が過ぎて秋になり、冬が目前に迫ると僕達はどうしても相手のことを考える余裕がなくなっていった。それは僕たちの志望校が違っていた事も理由だったかもしれない。お互いがお互いの思いやりのなさを責めた。昔ならすぐに仲直りするような些細な事をいつまでも引きずるようになり、それが原因で次のケンカが起きるようになった。
やがて彼女との関係は僕にとって居心地がいいものではなくなっていった。今までのように頻繁に連絡を取る事もなくなり、休日は勉強をして過ごした。それでもふとした時に彼女のことを考えて、声が聞きたい衝動に駆られたりもした。僕たちの関係があまりいい状態ではない事を分かっていながら、それをどうにかしたいと思いながら、どうする事もできなかった。
そんな気持ちのまま僕は冬を過ごし、受験本番を迎えた。
彼女は志望校に合格した。
僕は志望校には行けなかった。
それが、決定的だった。
今なら分かる。僕が志望校に合格できなくて、彼女は一人では喜べなかったはずだ。だけどその時の僕にはそれが理解できなかった。
彼女から電話があった。私合格したよ、どうだった?嬉しそうな声が受話器から聞こえる。僕が聞きたかった声、だけどこの時は、一番聞きたくない声だった。僕が一瞬答えに詰まったことで彼女も事態を察したらしい。僕は、まだ第二志望があるから、と誰が聞いても強がりだと分かる声で強がりを言った。彼女も、そうだねまだ大丈夫だよ、と言って電話は切れた。
僕は、第一志望も合格できないような自分は彼女に不釣合いじゃないのかと思うようになった。第一志望も合格できないような自分を彼女はあざ笑っているのではないかと考えるようになった。
結局僕は第二志望の高校に受かった。彼女と会ったのはそれから数週間後のことだった。
受験が終わってから卒業式までのわずかな間、3年生は登校が半ば自主的になる。だから僕達は平日の昼間に学校の外で会う事にした。待ち合わせ場所は住宅街の中にあるあの公園。その日は冬の張り詰めた空気がだんだんと春のそれに変わる、新しい生活に期待を弾ませるような、暖かく穏やかに晴れた日だった。
僕の前に現れた彼女は少し服装が変わっていて、大人っぽくなった印象を受けた。うっすらとしている化粧のせいだったのかもしれない。それは彼女が僕に見せたくて頑張ったのだろうけれど、その時の僕には全く違う意味に見えた。
僕を残して彼女は違う世界へ行ってしまう。自分の手で掴んだ、自分の望んだ未来の中で、どんどん大人になっていく。そう、僕の事など忘れて。
きっかけはよく覚えていないけれど、多分、酷く自分勝手な、彼女に対する言いがかりだったはずだ。例えば、彼女が初めて誰かのためにした化粧を、酷くけなすような事を言ったとか。とにかく僕達はかつてないほどのケンカになった。僕が放つ一言がどれほど彼女を傷つけているか分かっていながら、その一言がどれほど自分勝手なことか分かっていながら、
―化粧なんてして、全然似合ってない。
第一志望に受かった奴はいいよな。
早く高校行きたくて仕方ないだろ。
その言葉の一つ一つが全く彼女を信頼していない証拠だった。僕たちの間に流れていた時間や想いを、僕は自分の言葉で壊していた。それに僕自身も傷つきながら、それでも言葉を止められなかった。
そして、ついに言ってはいけない事を言ってしまった。
「早く高校に行って、お前に似合う新しい男を見つければいいだろ!」
その時の顔を僕は忘れない。彼女は目に涙を浮かべたまま、表情を凍りつかせた。まるで次の瞬間には粉々になってしまうようなガラス細工を思わせる顔だった。そして粉々になる代わりに黙って公園から走り去っていき、その後ろ姿を僕は何も考えられない頭でぼんやりと見つめていた。
それは部活で事件を起こした直後のような、酷く非現実的な感覚だった。あの事件を今でも決して後悔しないのと同じくらい、僕はこの公園の出来事を後悔している。
数日後に行われた卒業式で、校長先生の最後の話を聞いている時も、式が終わってもう二度と生徒としてこの学校に来る事はないと実感している時も、彼女は僕を見なかった。だから僕にとって卒業式は意味を持っていない。
卒業が何かからの別れを意味するのなら、あの公園の出来事こそが僕にとっての中学生活からの卒業だった。
それ以来、彼女とは会っていない。
次回、最終話です。