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小学6年

小学校6年生の行事の中に林間学校があった。夏休みに入って最初の3日間を山で過ごすという小学校最後の大イベントで、みんなとても楽しみにしていた。1つのクラスは男女3人ずつのグループに分かれて、行動はグループ単位で行った。僕は幸運にも仲のいい友達と、さらに幸運なことに彼女と同じグループになった。昼間は登山をした。夕食にカレーを作った。

当然それ以外の寝るときや風呂の時間はグループではなく男女別に行動する事になる。そして2日目の夜。つまり、帰る日の前日の夜。学校の宿泊行事の常として、幾人かの女子が男子の部屋に、幾人かの男子は女子の部屋に遊びに行っていた。

僕は仲のよかった友達と部屋に残っていた。一応先生には部屋を出てはいけないと言われているし、僕たちの部屋にやってきた女子の中に彼女がいた事も理由だった。教室の半分程度の広さの部屋に男女合わせて16人の子供が集まって、おしゃべりをしていた。

消灯時間は過ぎているから電気をつけるわけにはいかなかった。それでも大きな窓から入ってくる月明かりで、部屋の中は十分に明るかった。普段では決して目にする事の無いお互いのパジャマ姿と、もうそこに迫っている卒業という事実と、電気をつけなくてもお互いの顔が分かるほど部屋に満ちた月明かりで、僕達はお互いが普段に無いほど饒舌だった。

どう話しが転がったのかはよく覚えていないが、今から肝試しをしよう、ということになった。僕たちがいた部屋は1階にあって、窓の外には木々が生い茂る暗い森が見えた。その森の中をまっすぐ歩いていくと昼間山登りに使った道路に出て、その道を少し登ると小さい祠があった。そこまで行って自分達の名前の書いた紙を置いてくる、という単純なものだった。

当然男女2人のペアに分かれていく事になり、誰と誰がペアになるか少し揉めた。誰と行きたいかなんて、それぞれ心の中ではちゃんと決まっているけれど、小学校6年生の僕たちにはそれを口に出す勇気は無かった。結局男子は男子のリーダーに、女子は女子のリーダーにそれぞれの希望を言って、最後にリーダー同士が相談して決める事になった。男子8人は車座を作り額をくっつけ、お互いを探り合うような視線を交わす。「お前が先に言えよ」「なんでだよ、そういうお前が言えって」そういう小競り合いがちらほら聞こえた。誰もが誰かの出方を伺っていて、最初の一人の言葉を待っていた。そうして具体的な名前が出ずに時間だけが過ぎていき、痺れを切らしたリーダーが「先に名前を言った奴を優先させる」と言うと少しだけ動揺が広がった。

暗い森の中を彼女と手をつないで歩く自分以外の誰かを想像したとき、僕は反射的に彼女の名前を口にしていた。みんなの視線が僕に集まった。リーダーを含め幾人かはへぇ、という顔をして、幾人かは少しショックを受けた顔をしていたように思う。僕のその発言を受けて他の子もぱらぱらと女の子の名前を言い始めた。「今いるヤツらの中では」とか「本当は嫌なんだけど」とかそういういい訳をする子もいたが、その顔は月明かりの下でもよくわかるほど赤くなっていた。女子はとっくにみんなの意見を聞き終わっていて、こういうときに男子はダメね、なんて文句を言っていた。

男女のリーダーは僕達から少し離れた所に紙とペンを持って行き、小声でペアを決めている。その様子を男子と女子の一団が、期待と不安に満ちた目で見つめていた。リーダー同士も少し揉めて、ようやくペアが決まった。僕の相手は、彼女だった。


僕達が何番目に出発したかは覚えていない。ただ、目があった時に浮かべていた彼女の恥ずかしそうな笑顔とか、みんなが見ている前では意識して繋がなかった手とか、サンダルを履いて歩くと夜露で足がしっとりとぬれる感じとか、森の中のひんやりとした空気とか、そういう事は覚えている。

部屋から抜け出して歩き出す時、僕が彼女より一歩先を歩いていた。月明かりの届かない森の中に入っていく時は一瞬ためらった。それでも後ろからついてきている彼女や、窓から見ているだろうクラスメートに怯えている様子は見せたくなかった。いくつもの視線から逃げるように、思い切って森の中へ入って行った。

そうして少し進んだ時、後ろから僕を呼ぶ声が聞こえた。彼女の声だった。僕だけ先に行ってしまうから、彼女とはぐれてしまった。

少し落ち着いて辺りを見渡して、周囲の暗さに改めて驚いた。暗闇の中に幾筋かの月明かりが差し込んでいるだけで、明かりのあたる場所と当たらない場所ではっきりと境界線ができていた。そんな中、弱々しく僕を呼ぶ声を頼りに彼女の方へ歩いていった。

何歩目かで、突然目の前に彼女が現れた。そこはちょうど木々の隙間から月明かりが入ってくる場所で、彼女は目に涙を浮かべていた。その時何か言葉を交わしたはずだけど、それも覚えていない。ただ、彼女を泣かせてしまった事にショックを受けた僕は、謝りながらごく自然に彼女の手を取っていた。暗闇に目がなれるまで、僕達はそうして手をつないだまま佇んでいた。

木々の輪郭がぼんやりと分かるようになってから、手を繋いで僕達は歩き始めた。視界はよくなったけれどゆっくりと歩いた。右手に伝わる彼女のやわらかい感覚とか、暖かさとか、そういうものをいつまでも感じていたいと思った。やがて道路に出て祠に着いて、僕達の名前を書いた紙をそこに置く時に、少しためらいながら僕達はお互いの手を離して、そして帰るときには少し照れながら、お互いの手を繋いだ。その途中での会話は覚えていない。ただ一つ、彼女が僕の右腕の傷をみて「月明かりに照らされて、まるで浮かび上がってるみたいでキレイだね」と言ってくれたこと以外は。


今考えると、いろいろな事に気がつく。

部屋を抜け出す事なんて絶対にばれていたはずなのに何も言わなかった先生への感謝。最後まで自分の希望は口にしなかったリーダーの相手は誰だったのか。手を離すことなく部屋まで戻った僕達を、どうして友達は冷やかさなかったのか。僕達の後の何組かは僕達と同じように手を繋いで部屋まで戻ってきて、またそれ以外の何組は女子や、時として男子が泣きそうな顔をしていたのは、肝試しが怖かっただけなのか、とか。

その出来事は全て夢だったのではないかとも思えてしまう。僕たちの部屋にみんなが集まる場面や、あの肝試しの後の出来事は、まったく覚えていない。

でも月光の下で見た彼女の泣きそうな顔や、初めて繋いだ手の感覚は、今もはっきりと思い出すことができる。それだけは、忘れることはないだろう。


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