小学3年
傷は元通りになる。よく言われるが、これは嘘だ。
僕の右腕には手の甲から肘にかけて縫い痕が残っている。幼い頃車に轢かれた時にできた傷で、両親はその傷を切り裂くと言うより抉るに近かった、と言っている。僕が覚えているのは、救急車の中で必死に呼びかけてくれる隊員の顔だけだ。
運がよかったのか治療がよかったのか、後遺症が残る事なく傷は完治した。右腕の外側に、いびつに伸びる縫い痕を残して。
この傷のせいで、小学校の頃はいじめられたりもした。普段はなるべく長袖を着るようにしていた。だから嫌いな季節は夏で、嫌いな科目は体育だった。
特にプールなんて見世物小屋に閉じ込められたようなものだった。子供特有の無遠慮な視線、直接的な言葉。
ねぇその傷どうしたの?うわーフランケンシュタインみたい、あいつ人造人間なんだぜ、あっちいけよ化け物…。
それは今思えばどうという事はない、ひどくありふれた嫌がらせだったのだけど、当時の僕はそれが嫌でたまらなかった。
僕の学年は1学年で3クラスあって、3年生と5年生になる時にクラス替えをした。だから3年生の最初、半分以上は直接知らない子になったクラスには、どこかよそよそしい雰囲気が流れていた。最初は彼女もそんな知らない子の中の一人だった。
よく晴れた夏の日。体育の授業はもちろん水泳だった。去年とは違う子の中で受ける初めての水泳は、去年より人目を集めた。今までと同じような事を今までと違う子に言われ、それでも傷ついた素振りは見せずに振舞った。
彼女に話しかけられたのはその体育の時間が終わり、着替えを済ませて教室へ戻る途中だった。
後ろから追いついてきた彼女は僕の右側に並んで歩きながら、その傷どうしたの?と聞いてきた。内心ではまた何か酷い事を言われるのではないかとびくびくしながら、それでもそんな事は表に出さずに、そんな昔の事はもう大丈夫だよとアピールするように笑顔すら浮かべて僕はこの傷ができた時の事を話した。
彼女は僕の話が終わった後「触ってもいい?」と言った。僕は驚いたけれど、いいよと答えて右腕を彼女の方へ伸ばす。指先で腕の縫い後をなぞられる感覚にくすぐったさと恥ずかしさを覚えたけれど、真剣な彼女の顔を見ると腕をおろすことは出来なかった。
手首側から一往復して、彼女は指を離した。そして痛かったでしょと言ったあと、「でも、私その傷好きよ。なんか稲妻みたいでカッコいいと思わない?」笑顔でそんな事を言って教室へと走っていった。
一瞬何を言われたのか解らなかった僕はその場に立ち尽くしていた。傷を見て蔑むでも同情するでもなく、認めてくれたのは彼女が始めてだった。
それから僕は腕の傷をあまり隠さなくなった。クラスメートから何か言われても以前ほど気にならなくなった。友達も増えて、夏も嫌いではなくなった。小学校5年生の時に行われた最後のクラス替えで、僕はもう一度彼女と同じクラスになった。