夕立に煙る島影
「エッセイ村 納涼祭」に参加したものに、若干の加筆修正を施しました。
「それっ」
さほど高くはありませんが、波打ち際に落ち込む峰があります。波が洗うところよりはるか高くに小路が貫いていますが、道とはいっても獣道のようなもの。雑木に埋もれてうねうねと続いています。
雨が降ろうが風が吹こうが、多少のことなら濡れる心配も、飛ばされる心配もありません。刺すような北風を遮るにはありがたいのですが、冬には雪が積もります。切り通しに積もった雪は、一つ間違えば奈落へ真っ逆さま。だから人通りは途絶えてしまいます。まして夏ともなれば、陽射しを遮るかわりに風通しが悪く、汗にまみれることに違いありません。
その小路を一人の男がたどっていました。
登り下りがきついうえに太い根がむき出しになっていたり、大きな段差もあります。荷を背負った男が道端に垂れたシダを掴み、はずみをつけて段差を乗り越えました。
往来の少ない小路には落ち葉が厚く積もった場所があります。朝まで降った雨でぐっしょり濡れて、草鞋の裏に分厚くこびりついた泥とともに、足元をツルツル滑らせました。
菅笠をかむった男は、いくらか平らな場所までくると、小枝を拾って足裏の泥を掻き落しました。ついでに汗を拭い、腰に提げた竹筒の水を一口、また一口。
笠の先を少しかざして往く手を一瞥し、小路を先に進みます。
と、山の裂け目をウネウネと曲がっていた小路の先が突然ぱっと開けました。
鉛色の空と海の端がおぼろに溶けあっていますが、胸の空く見晴らしです。
はるか下に浜が見え、少し奥まったところに小さな村がありました。狭い畑と、山肌を削って作った小さな田んぼ。はるか高みからでも、吹き渡る風が稲を揺らしているのがよくわかります。やはり開けた場所は気持よいのでしょうか、男はほっと一息つきました。
目指すはその村。その次も、またその次も似たような村で、村同士を結ぶのは人のすれ違えないような細い山道ばかりです。
いかに小さな村であれ、家があれば足を向ける。そうして得意先を開拓しながら、行商を続けているのです。
「こぉーきぃーいりーこぉーの たぁーけぇーは しぃーちぃーすぅーんー ごぉーぶぅーだぁー……」
荷をゆすり上げて唄いだしました。
「なぁーがぁーいーはぁ そぉーおーでぇーのぉ かぁーなぁかぁーいぃだぁーあ」
ゆっくりした拍子の唄です。しかし、それは足の運びにほどよい拍子でもありました。
「まぁーどのさぁーんさは でれれこでん はぁーれのさぁーさは でれれこぉおでぇん……」
すれ違う者などいない小路を、菅笠をかむった男が鼻歌を唄いながら歩いて行きました。
縞の羽織に菅の笠
行李をいくつも背に負うて
つい口ずさむこきりこは
寂しさまぎらす子守唄
雪融けを待って旅を始めたのは、越中の売薬で茂十といいます。四十がらみのこの男、越中五箇山の産です。だからでしょうか、数ある唄のなかでもこきりこしか唄いません。そのため、行く先々では売薬さんとも、こきりこさんとも呼ばれていて、名前を呼ばれたためしがないのです。行李には『もぢう』と名前を大書してあるのに、誰もそんなことにはお構いなし。
安来の定宿に荷を預け、遠く石見銀山まで足をのばして置き薬を薦めてきました。親方から譲り受けた掛場帳の厚みを増やしたことが、茂十のなによりの自慢です。
お得意は金持ちだけではありません。売掛金を回収できないこともありますが、次回までの貸しと茂十は気軽に応じてきました。無理に取り立てたところで大金持ちになれるわけではなし、それよりも信用を失うことのほうが心配です。それに、人というものは案外正直なものです。代金の代わりに宿を提供してくれるし、急の病には親身になって介抱してくれます。そのための先渡し金と考えれば安いものです。仕入れ一割、儲けが九割。つまり、損は売値の一割でしかないのです。
茂十は出雲の国が好きでした。村ごとの神楽と五箇山のこきりこを重ねてしまい、旅の途中で神楽に出くわすと、時を忘れて見入ってしまうのです。そしていつの間にか、茂十が見慣れない舞を舞うことが広まっていました。よりいっそう地域に溶け込み、誰からも親しまれるよう茂十は心を砕いていましたが、こきりこが上手く仲立ちをしてくれました。
ピィーーィー、チャンカチャンカチャンカチャンカ、テンテテテテテ……
出雲の宮でも神楽が行われていました。
人の胴体より太い大注連縄の前にしつらえられた舞台では、神楽の合間に巫女神楽も行われています。さすがに伊勢と並ぶ諸国の宮の頭領だけのことはありまして、境内は今日も多くの参拝者が人波をつくっていて、参拝を済ませた人が、遠巻きに舞台を取り囲んでいました。
「これは売薬殿ではござらぬか」
すっかり馴染の荷物を背負い、遠慮するように人垣から離れて巫女舞を楽しんでいる耳元に、渋い声がとびこんできました。
「これは権禰宜様、今年もまた寄せていただきました」
茂十は菅笠を取ると腰を屈め、深々とお辞儀をしました。にこにこと笑う顔は朗らかで、邪気がありません。
「あいかわらず達者なようじゃが、こう暑うなっては羽織もなかろうに……」
いつ見ても羽織を羽織っている茂十を、権禰宜がからかいました。
「これを着ていないと、どなたも気付いてくれないのでございます」
茂十は袖をつまんで奴さんの格好をしてみせます。そしてまたしても朗らかに笑いました。
「そうか、それは気の毒な。……ところで、御参りはすまされたかな?」
「いの一番にご挨拶申し上げました。拍手も四つ、ちゃんと打ってございますよ」
茂十は目の前で拍手を四つ、小気味よい音をたててみせました。
出雲の宮と他の社の違いは、実は拍手にあります。縁結びの神なだけに、拍手を二人分の四つ打つのが出雲の宮なのです。
出雲の宮は上得意です。石見銀山のように豪勢な使い方はしませんが、参拝者が多いだけあって常備薬があっという間になくなってしまうのです。すべてはお宮の看だしですが、そこはそれ、寄進という名で何倍にもなって戻ってきますから、決して損はしません。
「売薬殿は神楽がお好きじゃでなぁ。舞楽はめったに観られぬからひとしおであろう。が、宮司様が売薬殿の来るのを心待ちにしておるでな、未練ではあろうが、宮司様にご挨拶されるがよろしかろう」
後ろ髪を引かれる思いで通されたのはいつもの勝手場と違い、小庭に面した小座敷でした。
座敷では、宮司が文机で何かを書いている最中でした。
茂十のような行商が座敷に通されることなど前代未聞のことです。居心地悪そうに廊下にかしこまった茂十に目を留めた宮司は、そっと筆をおいて文机を脇へやりました。
「おうおう、これは売薬殿か。早う来ぬかと心待ちにしておったに、ちと事情が変ってしもうた。諸国の珍しい話を聞きたいのはやまやまなれど、気にかかることがあって話に興ずることもできぬ。が、いくらかは気晴らしになろう。まずはこれへまいれ」
せっかくの好意を頑なに拒んだ茂十、廊下に座ったなり動こうとはしません。
「いつも可愛がっていただき、まことにありがたいことでございますが、手前は一介の売薬でございます。殿というのはどうかご勘弁いただきます。……左様でございますか。手前のような者をわざわざお呼びたてになるものでございますから、てっきり何かのご用命かとぞんじましたが」
「いや、特に用など何も……。……かようなことを申しても栓なきことであろうし……」
宮司は何か言いたげなのに、曖昧な言葉で濁したのです。
「はて、宮司様のお心を乱すほどのこととは……。一体どのようなことでございましょう。手前にお手伝いできることでございましたら、何なりとお申しつけくださいませ」
客あしらいの一つでした。そうですかと相槌でも打とうものなら、そこで話が途切れてしまいます。客の機嫌をとることは癖になっています。
「そうよのぅ……。では訊ねるが、そこもとは年頃の娘に心当たりがあるかな?」
宮司は、少し考えた末に口を開きました。
「それはもぅ。因幡から石見までお得意様がございます、年頃の娘ならたんと心当たりがございますよ」
それは嘘ではありません。茂十のような行商は、相手の内懐に入り込まねば商いになりません。ましてや茂十には、掛場帳という戸籍簿のようなものがあります。
「ではあろうが、誰でも良いというわけではない。……まず、士分でのうてはならぬ。生娘でのうてはならぬ。必ずというわけではないが、出雲の娘がよい」
「……宮司様、まるで嫁さがしでございますな」
「いかにも嫁さがしじゃ。どうじゃな、心当たりがあるかな?」
宮司はあっさりと嫁探しだということを認めました。
「……左様でございますね。それらしきお嬢様を存じてはございますが……」
考えるまでもなく、茂十は一人の娘を思い出しました。偉そぶりはせず、無駄な戯言を言わず、いかにも人当たりの良い娘で、年頃もちょうど良い頃合いでした。
「実はな、この宮で修行を積んでおる者がおるのだが、もはや学ぶことはのうなったゆえ、親元へ戻すことにした」
「親元……、でございますか?」
「斐伊川を遡ったところ、松江から南へ五里ばかりのところに熊野の宮がある。紀州の熊野の宮はそこが発祥なのじゃ。その家筋は代々宮司をしておってな」
「えぇーっ? そ、そんなお家の嫁をさがせと仰いますので? と、と、とんでもございません。肩の凝らないお方だとばかり思っておりましたので、どうかさっきのことはお忘れいただきますよう」
茂十は、宮司がどんな人の嫁をさがしているのかまったく知らずに、迂闊なことを言ってしまったと後悔しました。だから大慌てで取り消そうとしたのです。
「いや、そう堅う考えずとも、すべては大神のお導きじゃ。成らぬものはどう足掻いても成らぬ。また、成るものなれば、いかな邪魔があろうがいずれ鞘に収まるものじゃ」
「そのように気楽なことを仰いますな。寿命が縮みましたよ」
「我らとて手をこまねいていたわけではない、が、八方手をつくしても見つからぬ。今も遠国の宮司を頼って嫁の世話をと、文を認めておったところじゃ。そこもとならば遠国にも顔を売っておろう。なんとか合力してはくれぬかの」
宮司は、ともすれば俯き加減の茂十を下から窺いさえします。
「そのように申されましても、手前ごときが出入りを許されるのは、肩肘張らぬところばかりでございます。とてものことに釣り合いが……」
「今しがた申した娘御は、どこの者かな?」
茂十の不安などどこ吹く風、宮司はまったく意に介さず、細かいことを訊ね始めました。
「……はい、このお宮から東へ、宍道の海の先に中の海がございます。その奥まったところで……」
「左様か。熊野の宮には近いではないか。うー、その娘御はいくつになられる」
「今年で十五におなりでございます」
「ほうほう。……ではな、娘御のご兄弟はどうじゃ」
「十八と十六のお兄様、下の妹様は十四に、弟様は元服前の十一でございます」
「左様か! それは願ってもないことじゃ。うー、で? その娘御のご気性やら見目はどうかな?」
「それはお優しいお嬢様でございます。背は高からず低からず、ぽちゃっとしたお方で、医者知らずにございます」
「なるほど成程、いよいよもって良い娘御じゃ。……となればじゃ、身分……。不都合か?」
「実は……」
「申せ」
「……」
「まずい……のか?」
「実は……、郷方組頭様でございます」
「れきとした士分ではないか、それはなにより……。で? 何と申される家かな?」
「……佐伯衝五郎様にございます」
「左様か。郷方組頭、佐伯衝五郎殿か。……身分に不足はない。よし、早速使者を遣す」
宮司は、一人決めしてしまいました。
「のう売薬殿。苦労をかけるが、そこもとに使者を頼みたい。先様を見知っておるのはそこもとしかおらぬ。ここは曲げて頼みいる」
「と、と、とんでもございません。相手はお武家様でございますよ、身分がちがいます。他のことならまだしも、そのような大役を務めるなどできるわけがございません」
「かまわぬではないか。熊野の宮の次なる宮司、壱岐の守、姫野親房が嫁取りじゃ。請け人は出雲の宮司、この儂じゃ。そこもとはその名代となれ。先様に赴き、色よい返答を引き出すのじゃ。なにせ時がない。返答しだいで、すぐにも儂が参ずると申し伝えよ」
茂十が慌てて遮ったのですが、聞く耳をもちません。
「お待ちくださいませ。手前が売薬であることを先様はご承知。無礼者と言われて、首と胴が泣き別れになるのは目に見えてございます」
「よし、ならば添え状を書こう。ただ今この場より、そこもとは出雲の宮の使者じゃ」
「しかし、上役に相談せねばならんなどと言われたらどうしますので?」
「明日、ご領主にその旨申し上げておく。いかにご領主じゃとて、我らは帝に連なる者。否やは申すまい。いや、申すわけがない」
とうとう茂十は宮司の名代として嫁取りの使者に立つことになってしまいました。
「ときに売薬殿、名は何と申したかの?」
「も、茂十でございます」
「よし。善は急げじゃ。急ぎ書状を認めるでな、休んでおれ。こきりこを披露すれば、参拝の者も喜ぶであろう」
「ご冗談を……。そのようなことをする気になどなれませぬ」
思いもよらぬ出来事に、茂十の声は震えていました。
「そうか。なれば休んでおけ。夜駆けをしてもらう。明日の朝には先様にご挨拶申し上げるのじゃぞ。朝餉の時分には着いておらねばならぬ。よいな」
よわり顔した宮司があわれ
うっかり口をすべらせて
宮司の頼みを断れず
嫁をもらいに夜駆けのもじう
月も星も見えない夜です。荷の上に菅笠を括りつけた茂十は火縄をクルクル廻しながら、夜道を駆け走るように急いだのです。お供は、どこまでもついてくる蛙の鳴き声だけでした。
困った時には誰かに見せよと持たされた書付け、文箱に納めた釣書とともに荷の奥底にしのばせていました。宍道の海を右手に夜道を急ぎます。右手の深い闇が尽き、夜道の暗さにも濃さが薄れてしばらくすると、またしても深い闇が広がりました。中の海に出たのでしょう。目指すは大海崎、そこから小船で大根島へ渡るのです。組頭の役宅は、船を捨てたところにあるのです。
組頭の役宅は門が開け放たれ、下男がきれいに箒目を入れている最中でした。
遠くから様子を窺っていた茂十は、門近くまで行きながら何度も後戻りしていました。怒鳴られるのは覚悟していますが、ばっさり斬られて旅の露となるのが怖くて、門にすら近づけないのです。でも、それでは話になりません。
何度も門前で気後れし、やがて踏ん切りをつけた茂十は、門の外から遠慮がちに案内を乞いました。蚊のなくようだった声が徐々に大きくなり、ようやく下男の耳に届くまでにしばらくかかっています。
いつもの売薬が現れるには、あまりに早すぎる刻限です。訝る下男に茂十はどもりながら用向きを告げ、主人への取次ぎを求めました。
長い間待たされました。門の外、土壁にもたれて座り込んだ茂十は、かすれ声でこきりこを口ずさんでいました。
「こーきーりこーのたけーはぁ しーちーすーんごぶだー なーがーいはーぁ……」
「売薬さん、ご主人様がお会いになるそうですよ」
下男が壁にもたれる茂十をさがしにきました。
下男についてとぼとぼと門をくぐり、俯いたまま慣れた勝手口へ行こうとすると声がかかりました。
「売薬さん、こちらへ通せと言い付かりましたでな」
下男は、玄関先に茂十を案内しました。
庇の手前、まったくの露天に荷を降ろし、茂十は蛙のように這いつくばっていました。
「無礼者! 廻り商人の分際で玄関先を汚すは無礼のきわみ。分をわきまえよ!」
玄関を踏み鳴らす音がしたと思ったら、気合いのこもった罵声が響きました。もうそれだけで茂十は縮みあがってしまいました。
「ひかえよ衝平、まずは口上を詮議してからじゃ」
落ち着いた声音です。きっと当主でしょうが、茂十は地面に額を擦りつけたまま微動だにできません。ガタガタブルブル震えていました。
「売薬、そのほう出雲が宮司様の名代と申したそうじゃが、証しはあるか」
「は、はい! す、すぐにお目にかけます!」
茂十は生きた心地などとうに失せ、首を刎ねられる恐怖にかられて荷を探りました。そして、大切にしまった文箱を取り出すと蓋を開け、恭しく差し出しました。
「……」
一番上に載せてあったのが、困った時に読ませよという書付けです。最後まで読んだ当主は、出雲の宮の大印と花押があることで、茂十の言葉を真に受けました。
玄関にきちんと正座をしました。
「お使者殿、いかい無礼を働きましたること、平にご容赦くださりませ。まずは玄関にお通りくださりませ」
そのまま両手をついて深くおじぎをしてのけたのです。
「父上! 何をなされるのです! このような下郎になにを……」
「ひかえよ! 紛れもなき出雲が宮司様のご名代じゃ! そのほうが口出しすることではない! 座が高い! 土間にて拝礼いたせ!」
有無を言わさぬ気迫がこもっていました。
「お使者殿、まずは口上をうけたまわる」
組頭は、郡奉行に対するより深い礼をとっていました。カチカチになっています。
「は、はい。では、口上を申し上げます」
茂十の口をついて出たのは、上の娘、里様の縁談でした。
「受け賜り申した。左様な大事なれば、座を改めねばなりませぬ。座敷にて承りまする」
さんざん固辞したあげくに座敷に通され、しかも上座に座らされた茂十は、居心地の悪さに尻をもぞもぞさせていました。当主が正面に着座するとすぐに続きを始めようとし、しばらく待たされたのです。
庭に面した廊下を女が二人、目の高さに茶托を捧げてきました。
「妻の律、娘の里にござる。あれに控えるは嫡男衝平にござる。存ぜぬこととは申せ、いかい無礼をつかまつった。平にご容赦くだされよ」
あらためて非礼を詫び、妻女と娘に顔だけ向けました。
「越中の売薬ではあるが、此度は出雲が宮司様のご名代としておこしになった。里の縁談だそうじゃ。父も詳しくは承っておらぬ。心して承るがよい」
二人に因果を含めて茂十に向き直りました。
「では、うけたまわりまする」
佐伯は背筋をぴしっと伸ばし、置いた白扇の手前に両手をつきました。
「で、ではお伝えいたします。出雲の宮司様には、ご当家、佐伯衝五郎様ご息女、里様を、熊野の宮宮司、壱岐の守、姫野親房様の嫁に申し受けたいとのことにございます。親房様は間もなく修行を終えられ熊野の宮へお帰りだそうで、お帰りと同時に宮司になられるともお聞きしましてございます。尚、出雲の宮司様御自ら請け人となられるそうでございます。些少ですが、挨拶代わりの引き出物にございます」
茂十は、行李から真新しい三宝を取り出すと、そこに絢絹を三疋そっと載せて組頭に差し出しました。
「しかと承り申した。……なれど、左様なことなれば拙者一存にてご返答いたすべきではござらぬゆえ、まずは上役に相談した後に返答しとう存ずる」
「一言申し添えまする。そのようなことあるを憂い、宮司様には、ご領主様に申し上げておくとのことでございます。ほどなくご領主様のお耳に届く頃かと……」
「なんと、左様にござるか……」
「手前が言い付かったのは、なんとしても里様をいただけとのことでございます。ご承知くだされば、すぐにも宮司様がご挨拶にまいるとのことでございました」
「なんと、宮司様がお運びに……。そなたら、この話を何といたす?」
組頭は、奥様の考えを聞いてみました。
「まことに願ってもないお話。さすがに縁結びの大神様、ありがたいことでございますが、……釣り合いがとれましょうか。里が肩身の狭い想いをせねばよいのですが……」
どうやら諸手を上げて賛成というわけではなく、家柄の不安があるようです。
「里はいかがじゃ? 嫁にゆくはそなたじゃからのう」
「まことにありがたいことでございますが、私でよろしいのでございましょうか」
里様がふっくらした頬を朱に染め、じっと茂十を見つめました。里様の疑問ももっともです。どうして里様を? それが謎なのです。
「それよのぅ。……お使者殿にお訊ね致す。そも、なにゆえ里でござるかな?」
茂十は正直に宮司とのやりとりを語って聞かせました。誰ぞ娘御をと問われて真っ先に、いや、他の娘の名も顔も思い出せなかったのです。それこそ出雲の神が結んだ赤い糸なのだろうと説明しました。
「なるほど、お使者殿の申されること、もっともでござる。が、朋輩がところに嫁ぐならまだしも、宮司様に嫁ぐとなれば独断で返答致しかね申す。これより城へ早駆けしてまいるゆえ、しばしお待ちいただきたい」
宮仕えの厳しさです。郷方組頭などというのは身分の低い階級ですから、組頭の判断はやむをえないものでしょう。
組頭が城へ行っている間、里様は茂十の相手をしていました。
里様としては、寝耳に水の話です。いや、縁談は突然持込まれるらしいし、相手のことなど全くわからないものだそうです。幾人かがそうして嫁ぐのを見ています。ですが、いざ自分となれば、不安でいっぱいでした。
どんな人が相手なのか、嫁ぎ先の家がどんななのか、出雲の宮司とはどんな人か、熊野の宮はどんな土地にあるのか……、次々に不安がつのってきます。しかし、肝心の売薬さんは何も知らないのです。
昼すぎて戻ってきた組頭は、裃を脱ぐ間もなく茂十に真っ赤な顔を見せていました。
「お使者殿の申されたとおり、殿のお耳に届いており申した。何ゆえ里がと合点のゆかぬ者を尻目に、馬を駆ってまいった。お使者殿には気の毒じゃが、すぐにでも宮司様にご挨拶しとうござる。すぐに発てば、今日のうちに玉造までは行けよう。なれば、明日は陽のあるうちにお目通りがかなうであろう。支度が整うまで休んでくだされよ」
無事に務めを終えた安心でうとうとしていた茂十は、まだ先が長いことを悟り、本腰を据えて居眠りを始めました。
島を渡って四里あまり、旅慣れた茂十にとって、女連れの旅は牛の歩みのようでした。
分厚い雲が空一面を覆い、とても蒸し暑い旅となりました。陽が射していないのがせめてもの慰めです。さすがに奥方様も里様もお武家様。辛そうな様子をみせず歩き通されました。
青々とした田を横に見て、ただ黙々と歩くのは退屈なものですが、無駄に話せば余計に疲れます。ましてや組頭は寡黙な方でしたので、四人は婚礼の相談というよりも、弔いに行くように黙りこくっていました。
羽虫が低く飛び始めました。それにつられてトンボも低く飛び回っています。茂十は、そうした虫の飛び方や、魚の跳ね方でおおよその時刻を測ることができました。そろそろ日が沈む時刻のようです。玉造まであと半里ほど。明るいうちに宿をさがすことができそうです。
「里様、よろしければいっしょに唄いませんか。歩く調子がとりやすくなりますよ」
茂十は、小声でこきりこを口ずさんでいました。その合間に、乱れがちな息遣いを耳にしていたのです。
組頭が軽く頷いたので、里様は茂十にあわせてうろ覚えのこきりこを口ずさみました。
「これまで旅などしたことがございませんなぁ。初めての旅が里の縁談とは、出雲の神様は粋な計らいをしてくれました」
里様がこきりこを唄い出したのに合せるかのように、奥方様は組頭を窺いました。
「そうよのぅ。お役目一途で、それらしきことをしておらなんだのぅ」
組頭は言葉に窮してそれきり黙ってしまいました。家族を大事にしている自負はあるのですが、もっと違ったことができたのではないかと考えたのかもしれません。
青田がずっと続いています。田仕事を終えた人が、小川で泥落しをしていました。一行が近づくのを眩しそうに見て、通り過ぎる一行に軽く頭を下げました。茂十とは顔なじみの百姓です。
所々に木々が鬱蒼と茂ったところがあり、梢の先から屋根の頂がのぞいています。
「あれは?」
少し足を速めて茂十と並んだ里様が小首をかしげました。
「あれは築地と申します。屋敷の周囲に木を植えて、風除けにしているのでございます」
茂十は、聞き知ったことを里様に教えました。
「売薬さんはここにも来るのですか?」
「はい、この辺りにもお世話になっておりますよ」
「左様ですか。ではこの辺りにも年頃の方がおいででしょうに。売薬さんは、いったいどこまで旅をするのですか?」
「手前は銀山まで出入りが許されております。この道をたどると三瓶という美しい山がございます。そのあたりまでお得意様がおいでになります。……たしかに年頃のお嬢様は他にもおられます。ですが、手前は里様しか思い出せなかったのでございます」
時折パラパラと小雨が降ってきますが、茂十は空を仰ぐだけで雨宿りもせず、先へ先へと歩いてゆきました。
拝殿で深く頭をたれる茂十の姿を目敏く見つけた権禰宜は、隣に武士を伴っているのに気付きました。奥方らしき婦人と若い娘もいっしょです。
権禰宜が大慌てで宮司にそれを報せましたので、出雲の宮は大騒ぎになりました。たった二日で、茂十が当の本人を連れ帰ったのです。ほうほうの体で項垂れて帰るものと皆が予想していたのに、本人と共に二親まで伴っています。あまりにあっけない成り行きに、宮司もたいそう驚いていました。
宮司自ら祭主となって、丁重なお祓いをしたのは言うまでもありません。
「此度は、数多の娘の中より、我が娘に過分なる縁を結んでいただき、篤くお礼申し上げまする。釣書きを拝見したるところ、当家とは身分違い甚だしきお家柄なれば、娘にて勤まるやと案じており申すが、これなる娘にて間に合いましょうや」
組頭、佐伯衝五郎様は極度に緊張しています。茂十は宮司のことを、出雲の宮で一番偉い人としか捉えていないのですが、実は、出雲と伊勢の宮司は、ご領主様をよせつけないほど慕われ、尊敬されているのです。お武家にとっても特別な人なのでしょう。
「ご承知いただければ、こちらよりご挨拶に参ずる心積もりでございました。いや、さすがに茂十は慧眼でございます。お優しそうで、それでいて芯がおありの様子。まことに申し分ない娘御でございます。これも大神のお導きでございましょう」
宮司は、佐伯様の疑念を軽く受け流してしまいました。
「そろそろ年頃となり、嫁ぐ先をさがさねばと思い始めた矢先にござる。娘で間に合うと思し召すのであればこの話、ありがたくお受けいたしとうござる」
「それはご丁寧な……。そのお言葉をお聞きし、胸の痞えがとれ申した。すぐにも親を呼び寄せまするでな、それまでご逗留をお願い致しまする。まっ、堅い言葉はこれくらいにして、寛いでいただきたいものでござる。なにせ、これより身内でござるからのう」
「身内……、と申されますと?」
「なに、親房は甥にござってな。熊野の宮は手前の弟が守っており申す。よって、佐伯家と出雲の宮は、縁続きとなるのでござる」
「なんと……、出雲の宮と、……佐伯が、……え、縁続き……」
「左様。甥の義父となれば、手前にとって義理の弟にござる。今後ともよしなにお願い申しますぞ」
「宮司様と、某が……。そ、それはなりませぬ。そればかりは、どうあってもなりませぬ。……左様なことならばこの話、お断り申さねばなりませぬ」
「……何か不都合なことがありましたかな?」
「いや、宮司様と縁続きだなど、とんでもないことでござる。どうかその儀ばかりは……」
「……何を仰せか。縁続きのどこに不都合がござりますかな?」
「いや……、あまりにも、そのぅ……。殿に並……、いや、殿すら及ばぬお家柄。とてものことに当家などでは……」
「黙らっしゃい! 家柄が何だと申す! 家柄のなんのと申せば、そもそもこうして縁を結ぶことなど叶わなんだわ! よろしいか、売薬殿の言葉を信じることからして、家柄の身分のと考えておらぬ証拠。売薬殿に相談した時から、家柄など問題にしておらぬ。嫁ぐは里殿、佐伯殿ではあるまい。ましてや大神の懐にござるぞ。それこそいらざる斟酌でござろう。……よし、なれば里殿のお考えを承ろう」
組頭の勘違いを厳しく戒めた宮司は、里様に語りかけました。
「里殿と申されますか。いや、思い描いていた以上に美しい。それにきりっとした顔立ちで、さすがお武家の娘御でございます。いかがかな、我らは大神に仕えるが役目。親房と供に宮を守っていただけましょうや?」
「至らぬ者にございますが、なにとぞよろしくお願い申し上げます」
里様は静かに返答されました。どちらかというと低い声音はとても聞きやすく、落ち着きを感じさせます。ピンと伸ばした背筋といい、形にはまったおじぎといい、躾けの良さが偲ばれました。
「佐伯殿、里殿ははっきりと承知されましたぞ。ですがな、佐伯殿の正直なること、感じ入り申した。……こう申しては手前味噌にござるが、なんとかして手前と縁を結びたがる輩の多いこと。どうせ何かの役に立てようとの魂胆であろうが、心卑しき者共の多いこと。それにひきかえ佐伯殿、よーぅ断られた。まさに実直な御仁とお見受けいたした。なればこそ、里殿を親房の嫁に申し受けたい。この通り」
宮司は座の位置をずらして深く頭を垂れました。
一旦双方が納得したのに、家柄に恐縮して話がこじれてしまいました。なんとかおさまりそうですが、里様が当惑するのを見ていられず、茂十は荷物持って庭に下りました。そして、急いで荷を解き、手早く着替えを始めました。
「何をしておるか、控えておれ」
禰宜がたしなめましたが、茂十は狩衣に着替え、大切に使わずにいた白足袋を履きます。一文字笠をかむるとささらを手にしました。
「こぉーきぃーりーこぉーの たぁーけぇーは しぃーちぃーすぅーんー ごぉーぶぅーだぁー。なぁーがぁーいーはぁ そぉーおーでぇーのぉ かぁーなぁかぁーいぃだぁーあ」
茂十は舞いました。びんざさらのチャッという音を合いの手に、刺々しい空気を消してくれと願い、ひたすら舞いました。
イロハの文字に心が解けて
此身をせこに任せつれ
チャッ
かぞいろ知らで一人の処女が
いつしかなして岩田帯
チャッ
まどのさんさは でれれこでん
はれのさんさは でれれこでん……
白山宮のお祭りと同じ装束です。違うのは地方がいないだけ。それでもかまわないのです。人と人が仲良くならなければ、誰も幸せになどなりません。舞い唄ううちに、茂十の雑念はすっかり霧消してしまったのです。
茂十はただただ舞い唄いました。自分にできることは、それくらいしかないのです。
「宮司様にお訊ね致す。そも、なにゆえあれなる売薬をお使者にされたのか、合点がまいらぬ。何ゆえでござる」
「なれば、お訊ねいたす。余の者の申すことを貴殿はお聞きになりましたかな? なにゆえ売薬殿の申すことを真に受けたかな? 手前の添え書きがあったからでござるか?」
「無論、添え書きなくして聞く耳をもちませぬが……」
「この売薬殿は、正直者で名が通っておる。悪口を聞かぬことがなによりでござる。正直者の申すことに間違いはござらぬ。これ、この通り美しい嫁女を連れ戻ってくれた。添え書きなど烏帽子と同じ、烏帽子の取替えなんぞ容易いことにござるぞ」
「……おそれいってござる」
「いやしかし、売薬殿がどんな娘御を連れてまいるか、はらはらしておったのが正直なところ、もし不都合ならばどのように断ろうかと、そればかり心配でのぅ……。いや、里殿であれば申し分ない嫁女。肝が冷えるとはこのことでござるな」
頭に手をやった宮司は、顔を赤くしながら朗らかに笑いました。
こうしてめでたく両家の婚儀が成ったのです。
ふいに問われて思い出す
もじうとりもつ赤い糸
青田の波のあちこちの
築地の松は照れ隠し
まだ見ぬ二人の人生は
出雲の神がお導き
舞い終えた茂十は、大役を果たしてへなへなとなっております。
「売薬殿、すまぬが最後まで気を抜かぬようにしてくだされよ。まだそなたの役目は済んでおらぬからのぅ」
ただただ安堵していた茂十は、宮司様の更なる言葉にぎょっとしました。
「よいか、夕餉を済ませたら熊野の宮へ行くのじゃ。宮司を案内してまいれ。親房が嫁取りじゃ、有無を言わさず連れてまいれ。婚礼の日取りが決まれば、里殿を迎えに行く使者を申し付ける」
茂十は、宮司の顔をまじまじと見つめるだけで、言葉を失ってしまいました。
「……宮司様、あまりでございます。一昨日も夜駆けでございました。今日もでございますか? お祓いだって長すぎるし……」
「そのような顔をいたすな、めでたい席ではないか。……ではな、明日の早立ちでよい。しかし、売薬殿の働きは見事じゃ。嬉しうてな、つい気合いが入ったゆえ祝詞もな……。いや、売薬殿は白鼠じゃ、大神のお使いじゃ。どうじゃ、売薬殿のしるしを白鼠にせぬか?」
宮司は、茂十の心の内をわかっているのです。しかし、二人の縁を結んだ以上、最後まで茂十に任せることにしたのです。
「それ、売薬殿、祝いの酒を飲んでくだされ。縁起の良い舞いを、すまなかったのう」
宮司の労いで、茂十の疲れはいつしか癒えてしまいました。
出雲から松江までおよそ九里、松江から大根島へはさらに二里あります。
近在同士の婚礼なら、日暮れて受け側が篝火を焚きます。それを合図に嫁ぐ側にも篝火が焚かれます。篝火を移した松明に導かれて花嫁が生家を離れるのが一般的な婚礼の手順でしたが、十一里も離れたところに嫁ぐとなれば、そういう風習にこだわることはできません。ましてや海を渡らねばならないので、日暮れてからの出立はかないません。
宮司に手筈を教えられた茂十は、大きな荷物と、幾人もの供を従えて昼頃に島へ渡りました。近在の者が別れを惜しんでいるでしょうし、組頭の一族や朋輩の酒宴を邪魔しないようにしたのです。
供の者は別間で接待を受けましたが、茂十は、並み居るお侍の一番上座に席を定められ、挨拶攻めにあってしまいました。本家筋にあたるお方などは、一族の名誉であると、鬼の首をとったような悦びようですし、顔見知りの列席者にしてから茂十に対する言葉遣いから変っておりました。ただの婚礼ではなく、文字通り玉の輿とでも言わんばかりに酒びたりです。
ですが、いつまでも引き伸ばすことはできず、出立の刻限になりました。
水干に着替えた輿丁が、静々と四方廉の手輿を玄関先に据えました。ずっと昔に絶えてしまった本式の輿入れです。清々しい内掛けをまとった里様は、集まった人たちが驚き騒ぐ中、静々と生まれ育った家を後にしたのです。同行するのは、家族と僅かな小者だけでした。
船着場で海渡りの支度をしていると、ふっと風の向きが変りました。遠くの空に真っ黒な雲が湧いています。
せめて海の上で雨に降られないよう願いながら、対岸の大海崎をめざします。岸に着きさえすれば、大木の下で雨宿りもできるのですが、だんだん風も強まってきました。それにつれ、普段は鏡のような水面に白波が立ち、風を受けて船もあらぬ方へ流されてしまいます。
どうにか大海崎の船着場に上がった時、大根島には真っ黒な雲がかかり、紗がかかったような夕立で霞んでおりました。
里様は、それをじっと目に焼き付けておいででした。
「里様、そろそろよろしいですか?」
先頭に立つ茂十は里様の気持をおしはかり、遠慮がちに出立を促しました。
「売薬さん、ありがとう。もう大丈夫、しっかり焼きつけました」
里様は茂十に目礼し、正面に向き直りました。
八雲立ちたる出雲なら
晴れの門出は通り雨
薄くけむりし島影の
姿おぼろに涙雨
わずかに漏れるこきりこは
八重垣ねがう露払い
大海崎から出雲街道へ、輿丁がめまぐるしく交替しながら静々と行列が進んで行きます。遠くに行列を見つけた人が道端に駆け寄ってきて、自然とうずくまりました。そればかりでなく、裃姿のお武家様さえもわざわざ集まり、道端で深く頭を下げています。
茂十は、行列の先頭に立ち、あらためて出雲の宮司の偉名を思い知りました。
道端には、近くの人たちが水や酒を用意して、休めるようにしていてくれますし、宿も大きな篝火を焚いて一行の到着を待っていました。
これだけ慕われている家へ嫁ぐのなら、きっと里様は幸せになる。茂十は思いました。
「こーきーりこーのたけーはぁ しーちーすーんごぶだー」
里様がこきりこを唄っているのが聞こえました。ちらっと振り返ると、里様がにっこりしておいでです。もう一町ほど先に宿の篝火が見えていますが、茂十は大きな声で唄いだしました。
「こーきーりこーのたけーはぁ しーちーすーんごぶだー なーがーいはーぁ……」
振り返ると、里様は頷き、口を開けて唄っておいです。
怖い思いをし、さんざん疲れたけれど、良いご縁を授かったと、茂十は嬉しくなりました。
越中在、諸国売薬 茂十儀
出雲が宮司のおぼえめでたく、諸社への推挙状をいただき、縁結びの売薬さんと慕われたそうです。さらには佐伯様お声掛かりを得て、武家屋敷にも得意先を増やしたそうで、第二の里様を願ってたいそう可愛がられたとか。そして、羽織の後ろ襟に小さく白鼠が踊っているそうです。
一方の佐伯衝五郎様。宮司とのやりとりが領主に伝わり、大変信用を得たそうです。また、出雲の宮司と義兄弟になったことで家格が一気に上がり、郷方組頭から一代限りの郡奉行を仰せつかったそうです。
そして、肝心の里様。親房様を助けて宮を守り、子宝にも恵まれたそうです。
耳をすませてごらんなさい。出雲を巡るこきりこさんの唄が聞こえてきます。
明日はあなたの村に、やってくるかもしれませんよ。
おわり
付録
こきりこ歌詞
一、筑子の竹は七寸五分じゃ 長いは袖のカナカイじゃ
一、踊りたか踊れ泣く子をいくせ ササラは窓の許にある
一、向の山を担ことすれば 荷縄が切れてかづかれん
一、向の山に啼く鵯は 啼いては下がり啼いては上がり
朝草刈の目をばさます 朝草刈の目をさます
一、月見て歌ふ放下のコキリコ 竹の夜声の澄みわたる
一、万のササイ放下すれば月は照るなり霊祭
一、波の屋島を遁れ来て 薪樵るてふ深山辺に
烏帽子、狩衣脱ぎ棄てて 今は越路の杣刀
一、娘十七八大唐の藁じゃ 打たねど腰がしなやかな
一、想いと恋と笹舟に乗せりゃ 想いは沈む恋は浮く
一、イロハの文字に心が解けて 此身をせこに任せつれ
一、かぞいろ知らで一人の処女が いつしかなして岩田帯
一、向いの山に光るもんにゃ何じゃ 星か蛍か黄金の虫か
今来る嫁の松明ならば さしあげてもやしゃれやさ男
一、漆千杯朱千杯黄金の鶏一番
朝日かがやき夕日さす三つ葉うつ木の樹の下に
一、色は匂へど散りぬるを 我世誰ぞ常ならむ
憂ゐの奥山今日越えて 浅き夢みし酔ひもせず
(はやし)
まどのサンサもデデレコデン
はれのサンサもデデレコデン