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1.あなたは泣き虫な卑怯者

主人公はノーマルです。

今後も趣旨替えはありません。

ごめんなさい。

ごめんなさい、許して。

許して下さい、もうしませんから。

ごめんなさい・・・。



引き攣れた悲鳴のような泣き声と、その合間に響く謝罪の言葉に、凜は目を覚ました。


「うあ、いった・・・飲み過ぎた・・・」


むくりと身を起こすなり襲い来る頭痛に、「やばい飲み過ぎた」と顔を顰める。そこまで飲んだつもりもなかったから、ソファで寝たのがまずかっただろうか。

額を抑えながら瞼をこじ開け・・・彼女は絶句した。

目の前に、見知らぬ子供がいたのだ。

それも、今まで見たことがないほど可愛い子供が。

ふわふわとさらさらのいいとこ取りだけをしたような淡い金髪。

涙で赤くはらしても美しく鮮やかな緑の眼。

赤く上気した頬が痛々しくも可愛らしいのは、幼さ故か顔の造りがいいためか。

どちらにせよ世の中は不公平なものだ、と呆然としながら思う。

大泣きしているせいか、凜が起きたことには気付いてないようだ。

全く見覚えのない子供が世も末とばかりに泣いているのを、しばしあり得ない気持ちで眺め、ゆっくりと凜は辺りを見回した。

見覚えのない部屋だった。

素っ気ない、と言うより殺風景というのがしっくりくる部屋だ。

ろくな飾りもなく、あるのは本の詰まった棚と机、椅子、それから小さなベッドが壁際に一つ。よく見れば窓すらなかった。地下なのだろうか。

ソファにいたはずの自分は、石の床に直接寝転がっていた。道理で腰が痛いわけだ。傍らに転がっていたシンガニのボトルを何となく引き寄せて抱え込む。見覚えがあるのが酒瓶だけとか、シュールすぎるな、と内心苦笑した。

窓がない割に部屋は割と明るかった。光源は、なにやら良く分からない。

天井辺りに白っぽく光る塊があるのだが、じっと見つめていると不規則に揺らぐ。

小刻みに明滅していて、まるで蛍のようだ。

蝋燭・・・では、ないと思う。豆電球でもなさそうだが。


・・・・・・うん。なるほど、ここは知らない場所だ。


二日酔いにしては酷い頭痛に顔を顰めつつ、凜はようやく自分の状況を受け止めることにした。

自宅のソファで寝てたはずなのに、気付けば見知らぬ場所にいる。

夢遊病でなければ誘拐か。

誘拐するほどの利益があるとは思えないけど、と自嘲気味に肩を竦める。


「あー、っと。そこで泣いてる子。何が起きてるのか説明できる?あ、日本語通じないかな。んーとcan you speak english?」


わしわしと頭を掻いて声を掛けると、面白いくらい子供が肩を跳ねさせた。

泣き濡れた眼がじっと凜に注がれる。大きな目だ。比喩でなく、本当に零れ落ちそうなくらい大きい。睫毛も羨ましいほどの長さと量がある。毟りたい。世の中は不公平だ、とつくづく思う。

泣き顔が非常に可愛いが、凛としては居たたまれない。子供を泣かせて喜ぶような趣味はないのだ。


「あーわかんないかぁ・・・そりゃそうだよね、どう見ても外人」


だが寝起きに聞いた謝罪の声は日本語のように思えたが。この子供じゃなければ誰だろう。

困って思わず首を傾げると、子供が睫毛をパシパシと震わせて首を振った。


「あ・・・言葉、は、大丈夫、です。ニホンゴ、が何かはわかんないですけど、大丈夫、です」

「あ、そう?そりゃ助かった。正直、私は英語苦手なの。言葉が通じるならそれに越したことはないわ。で、早速聞きたいんだけど、なんで私がここにいるか、君、知ってる?」


凛としては、ごく普通の質問をしたつもりだった。ところが、帰ってきたのがまたしても大量の涙と平伏すような謝罪で、思わずうわっと仰け反ってしまう。


「ごめ、ごめんなさいっ!僕、僕のせいで・・・っ!こんな、こんな事になるなんて、思ってなくてっ」

「・・・あーすまんね、少年。何が言いたいのかさっぱり分からない」

「ぼく、その、ちょっと試したかっただけで・・・っ!成功するなんて、思ってなくてっ!」

「うん、だからさっぱり要領を得ないんだってば。ハイ、深呼吸。とりあえず泣き止んでよ。吸ってー吐いてー。ハイ」


ちょっと鬱陶しいな、と思ってしまったのを隠して、凜はとりあえず動揺しすぎな少年を宥めることに専念した。正直、少年と言うには顔立ちが可愛らし過ぎる気もするが、本人が「僕」と言っている以上、性別は男だと判断した。そうであればあまり甘やかす気はない。

凜は全般的にすぐ泣く人間が苦手だが、中でも男が泣くのは好きではないのだ。

見た感じ、まだ10歳前後の子供だから許すが、これがもう少し上なら「泣くな!」と一喝したかもしれない。

泣き止まなかったらどうしようか、という凜の心配を余所に、少年はなかなか健気だった。

ひっくひっくとしゃくり上げつつも、なんとか涙を止めてみせる。


「ごめんなさい、つい、動揺しちゃって・・・」

「うん、まあそれはいいから。君は私がここにいる理由を知ってるみたいだから、それを教えてくれる?出来るだけ簡潔に、分かりやすく」

「それは、その・・・僕が、喚んだから、です・・・」


凜はぴくりと眉を押し上げた。

簡潔に、とは言ったが、簡潔すぎてどう突っ込んでいいものか。

というより、突っ込むと色々めんどくさいことになりそうな予感がする。

夢って事にしたい。そうは思いつつ、無理だろうな、とどこかで諦めてもいた。

さて、この現状をどう受け止めたものか。

ずきずき未だに痛む頭にはなかなかの難題な気がした。


「・・・・・・えーと。うん。呼ばれた覚えがないんだけど。というか、呼んだって事は君、私の知り合い?」

「し、知り合いなんて!とんでもないです!そんな!」

「とんでもない、が何に掛かってるのかちょっと気になるけどまあいいや。要するに、君は私の知り合いじゃない、だけど私を呼んだ。それも強制的に。ってことで合ってる?」

「だ、大体は・・・」

「ふうん」


とんとん、と顎を人差し指で叩きながら、凜は一つの仮定が確定しそうだと引きつった笑みを零しかけた。

馬鹿馬鹿しい。あり得ない。

そういうのは、16才までの妄想であって欲しい。16才までなら許す。

人魚姫も16才だった。大概のお伽噺で、主人公は16才で運命の分岐点に出会う。

冒険と成長のジュブナイルは、心の柔らかい子供から大人への過渡期に必要なものであって、30を手前にした独身女に必要なものでは断じてないはずだ。

が、そう思えば思うほど、この状況が説明できなくなる。


・・・理性的に、合理的に。どんなに馬鹿馬鹿しくても現実を見なくては。


溜息と共に、諸々の反発を飲み込んで、凜は少年の顔をまっすぐ見据えた。


「つまり、まさかと思いたいけど君は魔法的な何かの手段を用いて、私を・・・まあいわゆる召喚した、って事でいいのかな。私のいた場所から・・・あーまあたぶんここ地球じゃなさそうだから、異世界かどこかに」

「そう、です・・・」

「それで、さっきから泣きながら謝ってるのを見ると、この召喚は非正規もしくは何らかの失敗による産物で、君は私を元の世界に帰せない、というところ?」

「その通り、です・・・っ!ごめんなさ、」

「あー、謝らないで。今の所、許す気がないのに謝られても困るから」


すぱんと切り捨てれば、少年の顔が悲痛に歪む。

ちょっと言い方がきつかったか、と思うが、凜もそれなりにいっぱいいっぱいなのだ。

正直、不安で泣き喚きたい。

だが、ここで少年と二人して泣いたところでどうにもならないだろう。

おかしいな、散々泣きたいと思ってたはずなのに、と自分の思考に苦笑してから、凜は泣くのを必死で堪えている少年に意識を戻した。


「とりあえず、少し落ち着きたいの。今後どうすべきか、身の振り方も考えないといけないし。本当に帰れないか、それも確かめたいし。やることいっぱいあるから、泣いてる暇はないでしょ」

「そう、そうですね・・・ごめんなさい、貴方に非はないのに」

「まずは自己紹介でもしようか。私は森下。森下凜。あ、ちなみに森下が名字で凜が名前だからね」

「リンさま、ですね。僕はアシェラッドです。家名はないので、ただのアシェラッドです」

「様付けするほどの身分じゃないから、リンさんでいいよ。えーと、アシェラッド君」


子供に様付けで呼ばれるのは非常に居心地が悪い。まして、こんな可愛らしい子から。

顔を顰めて手を振れば、アシェラッドは驚いたように目を見開いてから、くしゃりと笑みを浮かべた。

花が咲くような、とはこういうのを言うのだろう。

可愛い顔なのは気付いていたが、笑うとこうも印象が変わるのか。

泣き顔は散々見たが、この笑顔は反則だろう、と凜は内心で叫んだ。

ショタコンの気がなくて良かった、と心底思ったほどだ。


「リン様・・・リンさんは、お優しい方なんですね」

「やめてよ。子供に威張り散らすほど図太くないだけだから」

「でも、お優しいです。僕に非があるのに、怒鳴り散らしたりも殴りつけたりもなさらないですから」

「それ、どんな児童虐待よ・・・むしろそんなのと一緒にしないで欲しいんだけど。人格疑われそう」

「そう、仰る時点でお優しいです」

「・・・まあ、いいよ、もう。そういうことにしとくから」


話が平行線になりそうな予感に、凜はひらひらと手を振って打ち切った。

さて、どうすべきか。

とりあえず、情報がないとどうしようもないな、と凜が思っていると、アシェラッドが流れるような仕草で凜のすぐ側の床に額ずいた。


「は?ちょっなにしてっ!」

「お約束します。このアシェラッドに流れる血と命に掛けて。リン様が心安らかに生活できるよう、全力を尽くしますから」

「それはともかくそういうのはなしで!いきなり話が重い!しかも様付け復活してるし!」


慌ててアシェラッドの肩を掴んで起き上がらせる。

対して抵抗はしなかったものの、悲しげな笑みを浮かべて、アシェラッドは頭を下げた。


「だからどうか、僕に謝罪の機会を与えて下さい」

「ああ、うんもう、分かった、分かったから・・・!」


許す気がない、と言ったのを気にしていたらしい。

凜にしてみれば、ちょっとした嫌味のつもりだったのに、とんだブーメランで帰ってきた。

言葉だけ聞いていれば大した悪女だ。子供相手に最低だと、自分の事じゃなければ言ってしまうだろう。


「今後の行動次第で許すか考えるから・・・」


それでも一言素直に「許すよ」とは言えなかったのは、さすがに受けたダメージが大きすぎたからだろう。

凛とて、さすがにそこまで人格者にはなれなかった。


「ありがとうございます!頑張りますね」


ところがアシェラッドときたら満面の笑みを浮かべる始末である。

なんだか器の小ささを思い知らされるようで、非常に居たたまれない。

壮絶に何かがガリガリと削られるのを感じながら、凜はぐったりと天井を仰いだ。


この泣き虫、意外に強かかもしれない。


そんなことを思いながら。


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