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恋愛ものと、多分それに含まれるかもしれない短編たちです

昼に見る月

作者: 茶屋ノ壽

 あの人と出会ったのは、この身体が余命幾ばくもないとされたころ。

 笑顔が、奇麗な人でした。どんな時も前向きで、率先して話題を振りまくような、明るい性格で、車椅子ではありましたが、活動的で、積極的に”家”の色々なイベントに参加していました。

 彼もまた余命幾ばくもなく、私と同じ終の住処となる”家”で過ごしていました。しかし、そのことに暗く落ち込むこともなく、達観したように、自身の状態を話すことのできる、強い”男”でもありました。

 私はこの終の”家”へ来た当時、絶望して、半ば自暴自棄になっていました。その私を救ってくれたのが、彼でした。彼は、私の不安定な心に寄り添ってくれて、色々話しを聞いてくれました、特に何か教訓めいたことを言う訳でもなく、静かに、私の、とりとめもない話を聞いてくれたのです。それは何かと、私に対して気遣いをする、家族や、同僚との、どこか粘度のある会話とは違いました。彼との会話は、なんとも、すうーと、朝の澄んだ空気のような、さらりとした感覚を、私に与えてくれたのです。

 思えば、最初にかわした何気ない挨拶のあたりから、私は彼に惚れていたのでしょう。最初は、命が残り少ないという、身体の危機感からくる、錯覚かと勘違いしていました。そしてまた、私は少々、色恋の感覚は、枯れかけていたので、これが、いわゆる恋心であると気がついたのは、結構な、そして、貴重な残り時間を消費したあとでした。

 もともと、私は、恋には性別が重要な要素である、という認識の薄い人生を送ってきました。私は性別的には男ですが、相手は女性でも男性でも問題ありませんでした。受け身であったこともあるし、こちらから積極的に、恋愛をしたこともあります。自由人というべきでしょうか?爛れていたと言うべきでしょうか?別段惚れっぽいということもありませんでした。が、自分で言うことではありませんが、相手に不自由したことはありませんでした。

 しかし、身体が自分の自由にならなくなったこの時に、また好きな人ができるというのは、何とももどかしくもあり、新鮮でありました。ああ、そうです、彼に恋しているということを、気づいた頃には、もう私は、誰かの介助なしでは、車椅子で移動すらできなくなるくらい、弱っていたのです。

 直接的に、肉体的な接触もままならなく、それどころか、会話をするのも一苦労です、まるで、小学生の恋愛の様です。いえ、相手に触れることがこわかった、思春期入りがけの恋愛でしょうか?

 彼もまた、体力を徐々に無くしていて、車椅子で移動するときも、誰がが運んでいかなければならなくなっていました。

 お互いに、もう長くないようです。今日、明日にも永いお休みを頂いてしまいそうです。ならばこそ、わずかにかわすことのできる会話や、視線のやり取り、彼の浮かべる微笑みに、返すことのできる、僅かな笑み、それらすべてが、貴重で、かけがえの無い、物でありました。

 最近は、頭もぼんやりとしてきましたが、それでも彼の姿を思い出すと、夜、闇の中で、幸せな笑みを浮かべることができるのです。それこそ、終わりへの恐怖を忘れることができました。


 ある、あたたかな日のことです。……私は、すでに、季節とか、日付けとかが曖昧になっています、”家”の庭では、緑の香りがむせるほどに強くなっていたころです。私は庭へ、散歩に出ました、もちろん、車椅子を押してもらってです。

 そして、同じように、車椅子で、草の匂いが香る庭へでて、まぶしそうに目を細めている彼を見つけました。私は、軽く、車椅子を押す方に、合図を送って、そちらへ行ってもらうようにお願いしました。

 私と彼は、軽く笑みをかわしつつ、黙って、同じ方向を見ていました。そちらの空には、昼に見える月がでていました。青い空に浮かぶ、白い、レース模様のような月です。それを2人で、眺めていました。

 私は、胸の内にするりと落ちて行くものを感じました。ああ、これが、最後だな、と。彼と一緒に過ごすのは、多分これで、”おしまい”になるだろうなと。とたんに、身体の奥からなにな熱いものが湧き出てきました。最後なら、もう出し惜しみをすることもないだろう、と、言うように、残りの、私そのものを形作ってきた何かが吹き出してきました。

 私は、熱を帯びた視線を彼に向けつつ、ゆっくりと、もう力を失って満足に動かすこともできない細い手を、僅かにあげました。その手を、車椅子の肘掛けにのせてある、彼の手に重ねたのです。

 そうすると、彼は、私の骨と皮ばかりになった指に、そっと、指を絡めてくれたのです。その瞬間、私の中で、何かが確かに弾けました。


 情念が、火花のように小さく、しかし、確かに燃え上がり、そのぬくもりの針が、心臓を貫きました。

 その幸せの痛みを最後に、私は目を閉じます。

 僅かにでた涙で、目元が濡れているのを感じました。




 庭に、それぞれの車椅子を押して来た、職員の内一人が、仲良く昼の月を見ていた彼らに、声をかけます。

「そろそろ、寒くなりましたから、中にもどりますよ、鈴木のおじーさん、渡辺のおじーさん」


 片方の、涙を流していた老人が息を引き取っていたことに、彼等が気付くのは、もう少し後のことでした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 大変興味深く読みました。死ぬ間際になったらそういう事もあるのかな、と。 [一言] これからも頑張って下さい。
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