文殊の知恵より船頭多くして、だと予想します
いよいよこちらでヒトガタのケイイチくんは最後です。
かんばせーしょん小説にお付き合いくださった皆様には感謝しきれません。
その後、オレたちは考えをまとめる時間をくれと申し出た。考えさせてくれ、とは最早誰も言わなかった。
<星>の提案を飲むかどうかの段階ではなく、選択した結果を受け入れるための準備をする、皆の見解がそう一致したからである。
<星>の方でもそれに満足したようで、大分時間も押してますのでお早めに願いますとだけ答えた後は教壇について何やら手元の資料に視線を落としたままだ。
今、オレを含め近くの机を囲んで集まったのは、白人男性、老人、赤毛の女、日本人少年、黒髪の青年の6人である。
転生後のことだが、どこかで集まり改めて今後の方針を練ろうという話に賛同したグループである
正直、色々と不安もある。だが、魔獣になってからも協力しあえる可能性のある仲間をもっていた方がいいだろうと考えて参加することにした。
手早く自己紹介がなされた。名前はお互いに知っておいた方がいいだろう。生まれ変わった先で容姿は当てにならない。名前を知っておけば互いの確認も容易い。
集まった6人を紹介すると、白人男性の名はジョー。アメリカの片田舎で警官だったそうだ。妻がいたが今頃は他の男とよろしくやっている。未練などないさ、とシニカルに笑ってみせたのが印象的だ。
老人はヴィクトル。出身は東欧だ、とだけ口にした。生まれた地域と年齢を考えると決して平坦な人生を送っていないと想像できる。それだけに誰もそれ以上のことを聞き出そうとはしなかった。
赤毛の中年女性はパルマ。カナダ在住のアメリカ人でヒスパニックよ、と軽やかに答えて見せた。ついでに売れない物書きで文明の喧騒を避けた結果カナダ国境の森林地帯でトレーラーハウス住まいであったそうだ。
ジョーには不法に越境して不法に滞在し続けたわけだけどもう死んじゃったから罪には問わないわよね!と豪快に笑い飛ばしていた。朗らかというか、えらく軽い。
日本人少年はワタル。高校生であったらしいが、あまり語りたがらない。オレなんかはそこからもう想像しちゃうんだが、ワタルくんのために黙っておく。あ、このゲームのプレイヤーとしては相当なものだったそうだ。しつこいぐらいの主張があったので一応、明記しておくことにする。
黒髪の青年はロメジャン。ウイグル出身で日本に父親を尋ねて訪れていた所、事故にあったんだそうだ。彼はオレに親しみでも持ってくれたかやたらと話かけてくる。温和な性格で、死後友人らしい友人のいなかったオレとしても願ったりだ。
よろしく、とそこまで紹介しあったところでヴィクトルがこの輪に加わってない離れた座席についたままの3人に声をかけた。あなた方も加わらないかと。
格闘技を嗜んでいた、と言われれば十人が十人信じるだろう堂々とした体躯の青い眼の白人男性。その横に並んで腰掛けているにも関わらず視線すら合わせようとしない中背の肌が浅黒い頬髯の男。さらに教室の一番端で机に伏せているブロンド美人。その3人に、である。
再度の声かけにようやく巨漢が首だけねじるようにして横目で応じた。
「結構だ。私には私の考えがある。かまわずそちらだけでよろしくやってくれ」
「だが、今後のことを考えると……」
「聞こえなかったか?先輩。放っておいてくれないか?私はあなた方に干渉しない、そちらも干渉しない。これで問題はないだろう? 」
男は問答は終わりだとばかりに再び前を向くと瞼をおろした。
ヴィクトルは憮然としてその横へと視線を移す。頬髯の男はうんざりした様子でオレとワタルに指先を突きつけながら言った。
「あんたら日本人なんだってな?――だったら、お断りだ。前の世界ならいざ知らず、食うか食われるかの世界であんたらみたいな平和ボケしたマヌケと一緒じゃ命がいくつあっても足りない」
やや甲高い声でさらに一気にまくし立てる頬髯にパルマが「ちょっと失礼じゃない」と噛み付いた。
おばちゃん良い人だ。だけど――
「いいか?おれの国にもあんたのような金持ちさまがいっぱいやってきていた。だからわかる。なんでも金で何とかなると思ってるふしがある。金が力そのものだったからな!だが世界は変わったんだ。金じゃなく本当の意味での力が全ての世界にだ
その金が意味のない今、こんな状況で日本人のまして子供に何ができる?足手まといなだけだ。子守をしろってか?おれはごめんだね! 」
ああ、やっぱり火に油だったか。巨漢の彼のようにとにかく結構とだけ言えばいいところを他人を非難するところから入ったからな。
パルマさんにすればオレを援護したつもりだろうけど、撒き餌になっちゃった感じがする。
頬髯の男がやや甲高い声でまくしたてた。誹謗されたのはオレとワタルなんだが、その二人より気分を害したのはヴィクトルとパルマであるようで、こちらも負けじと食ってかかっている。
ヴィクトルはオレのためというよりも、頬髯の根性が気に入らないといった感じだが。
つーか、ワタルくん。気に入らないんだったら二人を見習って面と向かってあいつに言え。オレに向かってぐちぐちいうな。
教室の雰囲気が騒然となりだしたのと見てジョーが二人を抑えるように、<星>が頬髯の肩をつかんで仲裁に入った。
頬髯は何が逆鱗に触れたのかはわからないが、今も飛び掛らん勢いでつばを飛ばして口汚くオレや白人様を罵っている。
生まれ変わりの一連の流れ、魔獣に転生することにストレスも大きかったろうが、少々常軌を逸した激昂ぶりにも見えた。
「やめろ。協力する気が無いものは放っておけ。無理に仲間にすれば今の関係も壊れるぞ!彼の好きにさせるんだ!」
「おれはこの<星>のおっさんに賛成だ!ヒトなんざ信用できない!生き残るために狩って狩ってかりまくってやる!頼まれたからじゃねえ!おれ自身のためにな! 」
オレはどこか覚めた目で騒動を見守っていた。生前にはわからなかったことだろう。だが、今ならなんとなくわかる。
<星>のいう通りだな。ぽつりと呟いた言葉が横にいたロメジャンの耳に入ったらしく、彼はオレに顔を向けて大丈夫かと肩に手を置いてくれた。
「人間は協力しあえない。こんな状況下でもだ。いや、こんな状況だからこそかな。なんにしても彼のいう通りになりそうだ」
「そうかもな。みんな生き抜こうと必死だから。所詮は脊椎反射の動物だ。えらそうなことを言っていても神様の作ったルールからは逃れられなかったって事かも」
かみさまのルール――ただ強くあれ。変化を恐れることなく生き残れ。
シンプルで残酷な生命に課せられた唯一のルールである。
人間は一人でそのルールに立ち向かおうとはしなかった。血縁近種――家族という最小単位の群れでこれまでを勝ち抜いてきたのである。
では同じような境遇同士のここにいる皆がそれを真似れないものか。オレたちのグループは結果的にそう選択したのだと思う。
だが、そうと考えない者もいたわけだ。
よくわからない相手を軽々しく信用できない。なおさら協力しあうなど考えられない。
極限の状況に遭遇したとして互いを最後まで信じきれないのだ。今まさにそれを証明してのけたわけでもある。
オレには彼らの考えが衝撃的だった。それは平和な日本で普通の人生を送ったオレには信じられないものだった。
世界には貧困や暴力が当たり前のように存在し、搾取されるものの怨嗟が溢れているということは知識としてあったつもりだ。
だがこんなにストレートなまでに暴力を肯定して自己防衛を正当化するとは。それともオレの考えが甘いのか。
同じ人間同士がそんなに信用できないのか。だがそれこそが彼のいうマヌケな日本人なのか。
「これから向かう世界は強者こそ全て、弱者は淘汰される世界。倫理観で腹は膨れないぞ。人道主義もけっこうだが、そのために腹をすかせたやつのご馳走になるつもりか。大事なのは自分だけ」
そういうことなんだろうさ。
やや俯いて苦渋の面持ちで机を睨み付けていたオレに、ロメジャンがそう声をかける。
だけど……と言いかけるオレの鼻先に片手をかざすと、ゆっくり首をふってみせた。静かに、だが力強く
「早くなれたほうがいい。君のためにも。どうごねても後戻りはできないだろうから」
場は収まりつつあった。頬髯は二人から引き離さた先に座らされ、老人とおばちゃんもジョーを壁にするような形で席についている。
結局、巨漢はさっきのやりとり以降は一言も話さないまま立ち上がろうともしなかったし、端の席にいるブロンドには騒ぎにすら我関せずを貫いている。
ようやく顔をあげてはいるが、今も興味なさげに頬肘をついて<星>を眺めたままだ。
<星>は皆を見渡して確認すると、問題がなさそうであればいよいよ転生の最終手続きに移りますと言いながら再び手を肩の高さにまでかかげた。
ぶわっと前髪が風に嬲られるような感覚の後、オレたちの視界は一転していた。
黒板も教室然とした景色は消えさり、男の背後には薄明かりに浮かび上がる人の背ほどもある楕円の球体が虹色の光彩を放って何百と鎮座していた。
魔獣の卵でございます。ぽつり、と男は言った。
意識せず、ぐびりとつばを飲み込む。これが……と呟いたきり言葉が出てこない。
なんていうか、人食い異星人の映画を連想させる夥しい卵の山だ。
「公平を期すためにも皆様にはどの魔獣に生まれつくかはランダムとさせて頂きます。お好きな卵の前に立ち、手を添えてください。それで完了となります。」
「バハムートの卵は?」
「例え同じ卵を2度選んだとしても、同じ結果になるとは限らない、そういう風に設定されております」
空気を読めない青年にやんわりと男は現実をつきつけた。
どうしても、というのであればカーバンクルをお教えいたしますが?の行で少年はむすっと黙り込んだ。
しかし……そういうことであればどれを選んでも一緒ってことだよな……
オレはとりあえず手近な卵の前へと進んだ。オレがきっかけというわけでもないが、他の皆も三々五々戸惑いつつもあれでもないこれでもないと卵の前へと散っていく。
「向こうでもよろしく」
真後ろから声をかけられて振り向くと、ロメジャンがいる。さすがに緊張しているのか、にこりと微笑むもぎこちない。
卵ごしに差し出された、彼の思った以上に肉の厚いたくましい手を握り握手を交わした。
こちらこそ。そう返すオレもたいがいだ。さっきから心臓が派手に脈うつわ、下腹部がきゅうっと痛むは凄まじい。
ああ、しょうがない。納得できないことだらけだが、ぐじぐじ言っててもしょうがない。やるだけやってみるさ。
やがて全員が卵の前にそろったのか小太りの男が宣言した。
「では、卵に手を添えてくださった方からどうぞ、ようこそいらっしゃいませ。神々とその眷属が鬩ぎあう世界へ!皆様にご武運をお祈りしております……」
10/8 修正