ロウ?カオス?いいえ、異形のニュートラルだと思いますよ?
長くなっちゃたのでよもやの分割分割。
それは単一種もしくは単一勢力による星の占有を阻止すること――<星>の究極的な狙いはそこであった。
遥かに高次元の存在によって転生システムを含め決められたいくつかのルールがあった。そのひとつに生命は他の存在を糧として生き残った末に進化の道を辿る、というものがある。
適者生存。弱肉強食。生存競争その他色々な呼び方があるがおおよそその手の名称を設けられている。
で、どの世界においてもこのルール内で最大限成果をあげたのがヒトに代表される高い知能をもつ種である。
彼らを勝者たらしめた理由をあげてみると、直立歩行が可能になったため両手が空き、大脳が発達し道具と言葉を操り……などの物理的な要因があるが<星>はそれよりも彼らの業ともいうべき性に重きをおいた。
際限のない支配欲求。同種にも及ぶ排他性。常時発情しているためいつでも繁殖可能、などである。
この恐るべき習性を備えた種による単一支配の果ては、実現するものしないものの議論はさておくとしてある程度想像できるものになりそうだった。
陳腐な予想ではあるが、資源の枯渇や環境破壊。他種への過剰な迫害。さらには同種間ですら殺害してのける攻撃性と臆病さである。
<星>である彼は、それら全てが半恒久的な星の存続に障害であるように思えたのだった。
単一種の支配は自身はもとより生態系として望ましくないのではないか。そう考えた彼は一計を案じてみた。
それは女神と魔神の代理戦争という、ヒトと同程度の勢力である亜人との二者間での生存競争を演出したことであった。
だが彼はそれでも完全に安心できなかった。過去に幾度も星として転生を繰り返した経験が、必要以上な猜疑心を身につかせていたのかもしれない。
もし――もし、どちらかの勢力が勝利すれば同様の帰結になるのではないかと。考えすぎであろうとも思った。思いながら釈然とせず、原因のわからない不安をおぼえた彼は更なる決断を下した。
この世に絶対悪なるものは存在しない。女神も魔神も自分に都合のいい正義を振りかざして眷属を率いているだけだ。両者とも、この世界にとっての守護者になどなりえない。
そうだ、<星>にとっての守護者を何者かに担わせよう。何かに傾倒せずに最後まで中立に、且つシンプルに進化の道を空き進む事だけに縛られた種ではない強力な個に。
男の口から飛び出した内容は生半に理解できる類ではなかったし、またその場ですぐ納得できるものでもなかった。
要は女神魔神の両勢力だけを言うに及ばず、今後半永久的に必要以上に栄えた知的生命を刈り取れというようにも聞こえた。
「出る杭はうつ。それも善悪の性質を問わず、起こるかもしれない未来の選択肢を派生前に摘めと?」
沈黙を最初に破ったのは、背広姿の長身の老人であった。やや薄くはあるが真っ白な頭髪と刻み込まれた皺がなければ随分若く見られるだろう。伸びた背筋や背広の上からも厚みのある身体が伺える。
<星>は老人の苛烈な視線を真正面から受け止めて肯いた。
「あなたのおっしゃる善悪などというものは人間の観点での価値観であるように聞こえます。私が求めるものは少しでも起こりうる危険性を排除する、それだけです」
しわがれた首が筋張って、曲げた口元や力いっぱい奥歯をかみ締めた様からも老人が<星>の考え方とは到底相容れない風がうかがえる。
「あんたの考えはわかった。確かに理解できる部分も多く含んでいる。だが我々があんたのその要望に賛同する可能性が高いと思っているのか?」
激しかけている老人を制する形で次に口を開いたのは、これまた長身で茶系の頭髪を短く刈り込んだ白人男性である。
年は40過ぎ、いや白人種は往々にして年かさがいって見える場合がある。案外三十路あたりかもしれない。
きれいに剃られた顎もそうだが、シャツからのぞく襟元や腕にはえる体毛が濃いのも白人独特だ。
多種多様な思想、人種さえも異なる元人間たちが今から生まれようとしている魔獣である。
その全てが<星>の意見に賛同する保障がどこにある?賛同しないだけならまだいい。いずれかの勢力に与したり、あるいは予想だにしない方法であなたの計画を挫くかもしれないぞ。
後半は半分脅しているようなものである。
「どのような選択肢であろうとも私としましては否やはございません。先の話と矛盾しているかもしれませんが、その不安定さこそが魔獣の真髄であり、結果としてヒトでも亜人でも魔獣でもない世界になるのではないかと考えております。
さらに言いますと残念ながら皆様がおっしゃるようなことにはならないと確信しております」
男の読みは辛辣だった。
基本がゲームのこの世界で魔獣は強力でヒトにも亜人にも恐れられている。だが恐れられているからといって絶対強者ではない。
ドロップアイテム目的などで討伐の対象となるのである。危険だ、という理由もあるだろう。当然、そこに対ヒトもしくは対亜人の諍いが生じるはずだ。
魔獣もただ狩られるだけではなく、相応に両者に被害で出るはずである。ヒトに被害が出ればなおさら魔獣討伐の機運は加速する。
この前条件が覆らない限り魔獣側の意図がなんであれヒト達とは必ず争いあうことになるのだ。
いずれかの勢力に加担するなど、その期間が長くなるほどに難易度はうなぎのぼりだ。
「ただ争うことなく逃げ回るというのはどう?それも秘境と呼ばれるようなエリアへ逃げればかなり安全だと思うけど? 」
魔獣は不老である。幸いにも食事も睡眠も必要としない。確かにヒトのいない辺境エリアへ逃げ込めばかなりの長期間にわたり安全を確保できるのではないだろうか。
中世ファンタジー程度の文明をベースにしたこの世界であれば、天嶮そのものがヒトを阻む障害になるはずだからだ。
名案でしょ?と言いたげに恰幅のいい赤毛の中年女性が、豊満すぎる胸だか何だかわからないモノをそらして見せた。
――胸の下にも胸があるように見えるんですが!……などとはおくびにも出さない。命が惜しいしね!
「それも可能でしょう。私のほうでもそれを否定も禁止も致しません。ですが、あまりおすすめは致しません。なぜなら外部からの刺激の少ない環境で長期的にわたり健全な精神を保つことができるほど、人間のココロは強靭ではないと思われるからです」
魔獣の身体は大陸にいくつも点在する過酷な環境――砂漠や凍土や果ては深海に至るまで、に固体によっては耐えうる。むしろ、お話に登場する魔獣たちのねぐらはそういう場所なくらいだからだ。
だが、今回は違う。身体はそういう魔獣なのだが中身やココロは人間のままなのだ。
「ヒトはあなた方が信じている以上に孤独には耐えられず、それ以上に変化のない日々をもてあますようですよ」
「――じゃあ、ヒトと話し合って共存みたいなのはないのかよ。これなら逃げることも戦うこともないだろ」
同じ日本人でオレより若いと思われる少年が、不満げに沈黙した赤毛の女の後を継ぐ形で代案を出した。
しかし、それを否定したのは<星>ではなく黒髪の青年だ。
「難しい、というより無理だろうね。聞いてなかったか?さっきの説明だとまず会話ができない。魔獣はヒトの言葉を話せないそうだぞ? 」
「学ぶ方法もあるってゆってたじゃん。おっさんこそ聞いてなかったんじゃねえの? 」
「ためす価値はあるかもしれない――いや、無理なんだろうな」
後を受けたのは先ほどの白人男性である。二人の方ではなく、<星>に視線をとどめながら首を振った。
どうやってヒトの言葉を学ぶのか。学んだとしてどうやってこちらの意思を伝えるのか。
それにそもそもこの程度の案を<星>が想定していないなどとは思えるわけがない。
「ヒトも亜人も我々を恐怖、もしくは欲望の目で見ている。そんな状態で相手を信用できるか?お互いに背中に銃を握って握手を求め合うようなもんだ。いつ激発するか知れたもんじゃない」
「そんなことを言い出したらそれこそ戦う以外の選択肢などありえんのじゃないか 」
「だから安全な場所まで逃げましょうといってるのよ? 」
「逃げてどうすんだよ!ずっとビクビクしながら生きてくの?オレやだかんなそんなの!それぐらいならいっそ戦えばいいじゃん。魔獣つよいんだろ?ヨユーだって! 」
外の存在を上辺はともかく信用できず自分の身が可愛い上に痛がり怖がりで。
安寧を願うくせに無為を過ごすと得体の知れない不安に駆られ今度は変化を求めたり。
自分だけの縄張りが必要と声高に叫んでみたかと思えば、今度は孤独に耐えかねて同種の仲間を求めてすりよったり。
「どっちつかずの不安定なココロだからこそ私は魔獣をお任せしようというのです。繰り返しになりますが、その自分勝手さこそがヒトに与するでもなく亜人でもなくまして魔獣でもない世界に繋がると信じております。
互いを信じきれない魔獣たちが総力をあげて何れかに与することも、自らが立つこともありえません。今まさにあなた方が意見を衝突させたかのように、個々がバラバラに自由意志の元に生きてゆくでしょう。
ある者は辺境に潜み、ある者は私の意思を汲んで積極的にヒトと関わり、ある者は近しい者同士で自己防衛を図る。そのいずれもが相容れることなく、適度に様々な形でヒトや亜人と接触を繰り返して最後は朽ちていくのです」
これまでと同様にね。<星>はそう言って満面の笑みを浮かべて見せたのだった
10/8 修正