どうしてほしいのか簡潔に述べていただけませんかね
修正といっていいのかわからないほど姿が変わってしまいました。
先のお話を読んだ方には二度手間をおかけすることになり申し訳ありません。
どうぞ、新しく生まれたこの子をまたよろしくお願い致します。
「皆様にこの世界で担当して頂くのは魔獣であるからです」
男の口から飛び出した言葉が宙を泳ぎ居並ぶもの達の耳に到達した瞬間、今度こそ間違いなくステータス、コンフュージョン。
全員が全員、目をむき馬鹿みたいにあんぐりと口をあけている。脳みそはいきなり急停止。
あー、混乱の魔法くらうと実際こんなのか、などと現実逃避を試みてみたり。
波をうったような静寂もたっぷり数秒、部屋は一転して募集者たちの怒号や泣き声で溢れかえった。
「そんなこときいてないよ!」(お笑いトリオか)
「や、やり直しを要求する!もう一回転生条件を選ばせろ!」(この手のヤツ、何度どんな選択させてもこう言いそうだよなー)
「あたし、今回このゲームでスタートダッシュして合成成金になる予定だったんだけど!」(はい、ご愁傷様ー)
「魔獣いいじゃん!かっこいいじゃん!オレ、バハムートね!真龍無双ktkr!!」(無駄にポジティブっつーか、お前スライムとかになりそーだなてかそうなれ)
なんていうか出遅れた感のオレはなぜか自己表現しづらく、皆の叫びにいちいちつっこむ余裕が生まれていたりもする。
ま、これにはある程度覚悟していたというのもあるのだが。
というのもいい加減くどいがオレはこの転生システムを友好的に見ていないからだ。
どうも揚げ足を取るぞ取るぞと手薬煉をひいて待っている感じがして仕方がない。
大きく一息ついて腕組みすると椅子に背をあずける。
なんとはなしに左へ視線をやると手前の席にいるヤツと目が合った、これまたなんとなく生暖かい笑顔を貼り付けながらお互いに会釈しあう。
オレと同じような年頃か。瞳の色も髪の色もオレと同じ黒。顔つきも典型的なモンゴロイドだ。
両手を広げて肩をすくめた、いわゆるどうしようもないですねポーズをしている。えらいレトロだけどフランクな人だなー。
「はいはい、ご静粛に。どうしても納得できないという方にはしかたありません。お勧めはしませんが転生後にでもご自裁ください」
突き放す口ぶりに、そして教室はまた静まり返った。
全員が自ら命を絶つ意味とその後のペナルティを理解しているからだろう。うめき声がいくつも漏れる。
そこへ更に男から追い討ちがかけられた。
皆様はすでに選択なさっているのです。この募集に応じてこの場に集まって頂いた時点で、と。
「そんな!こんなだと知っていたらこんな所になどきていない! 」
椅子をけるようにして痩身の男が机に両手をたたきつけて腰を浮かせた。眉間に皺をよせて睨み付けている。こけた頬と窪んだ眼窩が絵に描いたように神経質さを醸し出していた。
傍目からも余裕の無さがわかる。彼の精神が脆弱なのかオレ含め皆が図太いのかはわからないが。彼の様子を見ているとこうならないで済む事に感謝すべきなのかも知れない。
日本人……ではないようだが、どこの生れかを推察するのは難しい風貌の持ち主だった。
<星>はうんざりしたような渋面で、子供に諭すように言い聞かせる。
「常に先を知って動ける人間などいません。経験則などから予測をしたり、いざとなったら腹をきめることも大事かと思いますが。
それに何でも思い通りになるはずがないでしょう。現状からよりベターを目指すという事ではいけませんか? 」
「よりベターだと?どこによりベターがあるというんだ!?こんなのは騙されたようなもんだ!こんなのは……こんなのは……フェアじゃない! 」
「例え騙されたとしても話に乗ったのはあなたのはずです。ご自分の決断した結果に対して責任を持つのが当たり前では?
それにフェアじゃないとおっしゃるが、この話に乗ったという背景に打算がなかったとでも?分が悪くなった途端にアンフェアだ、ではあんまりだと思いませんか」
「それでも……こんなのは……俺はこんな事がしたいんじゃなかった……こんな、こんな」
「……わかりました。結構です。特別なあなた様だけ、他の方とは違う転生をすぐに実行すると致しましょう」
うんざりしたように<星>は肺の空気を空っぽにする勢いでひとつ特大のため息をついた。
痩せぎすの方は何やら「当然じゃないか。正当な権利だ」等と言い訳めいたことを繰り返しているが後半は口の中でつぶやくようで聞き取れない。
口をへの字に曲げたまま、もう1秒もこれに関わりあっていたくないとばかりに<星>は短い腕を軽く一振りしてみせた。
たったその一振り。それだけで痩身がかき消えた。皆があっと口にする。
「あの方には一足早く転生して頂きました。恐らくご自分でけじめをつける勇気もないと思われますので、元人間という記憶がないままカーバンクルに」
男が皆に説明する。ああ、カーバンクルというのは魔獣の一種ですがまるで戦闘力のない、そのくせ貴重な素材を落とすのでヒトや亜人のよい餌食なのですよ。
その上、人間だった頃の記憶がない状態ですので単なる原生動物のようなものです。数日もてば良いほうでしょうかね。ははは。
そういってにっこり微笑んだのである。
オレたちは顔を見合わせた。短く交わす視線で互いが考えていることが何となく知れた。
ここにいる皆、全員がこの<星>の力を測り間違えていたようだ。
見た目の冴えない中年男風も、丁寧な口調も意識から追い出した方がいい。先のごねた男に対しての処置でもわかるが、いざとなれば即決で容赦なく実行してみせるのだ。
その気になれば有無をいわさずここにいる全員をカタクチシワシだろうがオキノテヅルモヅルだろうがオオグチボヤだろうが、に強制転生するなどわけないのだろう。
――有象無象に生まれ変わるくらいなら、まだ魔獣の方がましだ!
「いやいや、余計な話でしたな。では、本題を。皆様の今生の姿となる魔獣について説明させて頂きます……」
そこから先の説明はオレにも初耳のことが多かった。
当たり前だ。人間であるオレは凡そ似通っているであろうヒト族の設定は想像がつくが、身体構成から違う魔獣の生態など及びもつかない。
さらにいうとオレの知ってる魔獣は伝説や神話の中の存在であり、ゲーム内においては危険だがドロップのいいモンスター程度の認識しかないのである。
説明をきいた限り、次のような生き物であるらしい。
魔力の素、魔素で構成されたある種の魔法生物であるらしく、通常の攻撃方法では傷つきにくい各種装甲のようなものを鎧っている場合が多いこと。
魔素で構成されてるゆえの豊富な魔力量を持ち、出自や体質に準じた魔法的な何かしかのを手段を有していること。
睡眠や食事を基本的には必要とはしないこと。ただし、魔力および生命力は自然に回復しないため、その際には食事や特殊な休息方法を用いること。
不老であること。それゆえに魔獣は固体であり、家族はもちろん同族をもたず、当然ながら子孫は望めないこと。
声帯構造が異なるため、基本的にはヒトに類する言語は操れないが、学ぶ術は存在すること。魔獣同士は障害なく完全な意思疎通ができること。
さらに、これは魔力を消費するが遠隔地同士でも意思疎通の手段が講じられていること。
女神、魔神どちら側にも与する事ないが、どちら側の眷属にも畏怖の対象となっており基本的にはエンカウント=戦闘になるであろうこと。
特にヒトを中心に認知されている事実なのだが、魔獣がもつ素材やアイテム等のレアドロップの存在があり、このため討伐の対象にしばしばなるうること。
――などなど。
他にも多数あるが転生後に各自ご自由に調べるなりためすなりどうぞとのことだ。
勝手にやってくれってことね。
「以上簡単ながら説明は終わりますが、ここまでで質問はございませんか?」
目の前にいた先ほどの黒髪の男が律儀に挙手している。
それに習ったわけでもないが、他の面子もそれぞれの疑問を口にしだしていた。
「ゲーム世界が元だと聞いているけど、マップを確認したり、インベントリ等は使用可能なのか?」
「結論から言いますと不可でございます。一部、例外はございますが」
「例外? 」
「唯一残された、と言っても過言ではないと思いますが。ヒトや亜人に生涯に一度、<閲兵の儀>というものがございます。その際に自身のステータスと伸びしろ、現在所得しているスキルと将来所得できそうなスキルを確認できます。
それも漠然と感じ取れるという類であり、はっきりとゲームのようにスキルツリーで確認できるというものではございませんが。魔獣にとってこれに当たるものが転生直後の特定条件下で一度だけ行えることになっております」
<閲兵の儀>とはヒト族が特定の年齢に達した際に女神の神殿において尖兵となるべく行う儀式のことだそうだ。その年齢には個体差があり、早いものは10を数えた年で啓示を受けたものがいる。
儀式においておぼろげに自分の適性などを知覚することができる。これは前世とは違い神々の影響を強くうける世界ならではで、そこに女神の意思が強く反映されていると言われている。つまり、女神の尖兵としての自覚を植えつけるというものの。
ある意味、神様の徴兵制度だな。誰かがそんな感想を口にした。
魔獣の場合であるがこれは単に<星>としての采配である。
空の飛び方を知らずとも鳥類は飛べる云々などという言葉がある通り、魔獣も本来は学ばずとも自己の能力をつかうことができる道理だ。しかし、実際にはそうはならない。
中身が人間であるために以前とあまりに違う感覚に、翼をもっていても飛べず、炎をはくこともできない。そんな不恰好な魔獣が誕生するのだ。
これを回避するために<星>は一部馴染み深いゲーム的な要素を残した。それが<閲兵の儀>に真似られた誕生直後のステータス確認などが当てはまるのである。
この通過儀礼の後に魔獣は己を知り、世界に触れ、ヒト同様成長していけるのである。
「スキル?ゲーム内にあった戦闘スキルとか? 」
「存在するのか、というご質問でああれば答えはイエスでございます。ですが、ゲームのようなスキル制度は存在致しません。例えば<槍スキル>の<二段突き>ですがこれを実践することは可能です。
ですが、ボタンひとつで簡単操作のような感覚で行えるスキルであれば存在しません。個人の力量に負う部分がおおく、いかようにもなるとお考えください」
「では生産系のスキルも? 」
「同様です。こちらも実際のご自身の経験、知識をもとに作成するものとなっております」
「レベルアップはあるの?それで能力がのびたりとか? 」
「あくまで現実に則した世界でございます。ヒト魔獣問わずレベルが上がったのでHPのようなものが増えて死ににくくなる、などの事はありえません。
ご想像ください。普通の人間がいくら歴戦の勇者だからといって火炎放射に等しいドラゴンのブレスを受けて生き延びる、はては戦闘を継続するなどできますか?
成長はあくまでも経験や修練の先にある程度のものであること、ご理解ねがいます」
なるほどな。ゲームが準拠ではあるが、どこまでいっても一定上現実に則した世界であるわけだ。どこからがNGなのか判断が難しいどころだが。
しかしゲームだとスキルを習得したりレベルさえ上がれば戦闘に関しては何とかなっていたかも知れないが……
ゲーム世界を現実に生きるとなると存外に大変なことになりそうだ。
考えてみれば常識から何からまったく違う世界なのだ、一から学ぶくらいのつもりでかからないと駄目なのかもな。
そういう意味では魔獣としてある程度身体的に補正のかかった体で生まれるというのは、願ったりであるのかもしれない。
当初は不本意な転生かと悲観したオレたちだったが、いくつか質問してみると思ったよりも悪くはない感触である。
一番の問題であった生命の危険について、かなり魔獣側はヒトに比べて有利だと思えたからだ。まんざらでもない、そんな風に安堵の環がひろがっていた。
思いつく限りの質問をあらかたぶつけ終わったか今はもう手はあがっていない。各々が視線を交しあちこちでぼそぼそと話し合っている状態だ。
しらみつぶしに疑問点をあげていくならまだ聞きたいことは存在するのかもしれない。
恐らく転生後にでもそういう場面に出くわすだろうが、今はこの成果で満足とするべきであるのかも知れない。
だが、その前にどうしても確認しておきたいことがひとつある。
遠慮なくオレはそれを尋ねてみることにした。この部分を明確にしておかないと契約は成り立たないだろ?
「それで<星>であるあんたは魔獣であるオレ達に何をさせようとしているんだ?単に魔獣を担当させるだけならわざわざ募集する必要ないだろ?」
オレの発言に周囲の何人かがそういえばとオレの顔、次いで黒板の前の男の顔へと答えを求めて視線を移した。
ぴくり、と禿げ上がった男の顔の中でうすい眉が震えるように動いた。
神々の尖兵は普通の転生者だ。だったら魔獣もそれでいいはずだ。わざわざ魔獣用に人を募集したわけは何だというのだ。
「それをまさにこれからお話しようと……いや、失礼致しました。やはりきちんとお願い申し上げるのが筋というものですね」
そらきた。本題はこっからだ。
クエストかギアスか。いったい何をオレたちにさせようというんだ?
「皆様には女神でも魔神でもない第三の勢力、魔獣としてでき得る限りこの世界の均衡を保って頂きたいのです」
補足説明
カタクチイワシ:イワシ御三家のひとつ。お刺身おいしいです。
オキノテヅルモヅル:名状しがたきもの。グロ注意。リアルバグベアード。作者はかなりラブな生き物。
オオグチボヤ:リアルパックンフラワーもしくはペットショップホラーズ。