ホントはこれがお話のハジマリであるわけで
人外さんを愛でてくれそうなお方からお言葉を賜りましてほっこりした週末を過ごしております。ありがとうございます。
皆様にも意中のもんむすさんが見つかりますようお祈り申し上げております。本当に。
話は少しさかのぼる。
未来の<蛇姫>こと山田恵一は25歳で生涯をおえることになった。
平和な日本でごく普通の両親のもとに生を受け、ごく普通の人生を送ったと思う。
容姿は平凡すぎてとこれといった特徴もないため、似顔絵を描けといってもかなり難易度の高いものになるだろう。
成績も運動も上から数えるか下から数えるかで迷う程だ。
進学した際に大学名を告げたらほぼ全ての人が怪訝な顔をした。
仕方ないのでこの程度ですよと偏差値なりなんなりを伝えると意外と頭がいいんだねと、かなり失礼なことを真顔で言いながら感心される始末。
異性に関しましては……えーと、3人くらい?どの子ともそう長続きはしなかったが、彼女もいたにはいた。
ついでに故人の名誉のためにお断りしておきますが、残念ながら魔法使い予備軍ではありません。
とまあ、まさに普通、キングオブ普通。絵に描いたような普通っぷり。
何をして普通と定義するのかと問われたら、オレがその普通そのものです!と胸をはれるくらいなんじゃないか。
……それでもあえてなにが普通でなかったかと言えば、晩年がやや不幸だったことか。
オレの死因なのだが、脳動脈瘤の破裂からのいわゆるクモ膜下出血。
オレのような若さで外傷性ではないのに罹るのは珍しいとか何とか。親戚に高血圧症が多いからって理由に落ち着いたらしい。
それで一時は命は取り留めたものの左半身不随、さらに嚥下障害をひきおこし胃ろう処置が必要な体になってしまった。
日常行為においてほぼ全介助な上、医療行為を伴う生活補助が必須との判断で病院のベッドの上の虜囚に相成ったわけである。
結果からいうと、意識や思考能力はあったもののさしてストレスを感じたり思い悩むことは少なかったと思う。
なぜなら断定はできないが、先の胃ろうが原因ではないかと思われる不明熱を発症し、抗生物質等の投薬もむなしく2週間たらずで力つきたのである。
運命を呪うどころか、夢うつつのうちに亡くなりましたってのが正直な感想だ。
人間、生まれる時と死ぬ時は苦しまないとすまないもの。だってどちらも泣き叫ぶだろう?
なんて言葉もあるそうだが、死ぬ間際に関してだけはオレにそれは当てはまらなかったといえるんじゃないか。それほど楽だったのだ。
そんなオレのただひとつの心残りといえば、両親より先に逝くことに対してのすまないという気持ちくらいだろうか。
人間、唯一の親不孝はそれだっていうらしいし。
それ以外でこうしておけばよかったなんていう後悔のようなものは1グラムとて存在しなかった、と断言できる。
結婚して子供でもいればまた事情が変わったかもしれないがそれもない。
と、ここまでざっとオレの一生を語ってみたりしたが、そんなのはどうでもいいんだ。
そんなのなんて軽くいってもいいものかと思わないでもないけど、本当、どうでもいいんだもう。過ぎたことだし。
人間、前向きにね。うん。大事だよ、ポジティブシンキング。
……いや、もうほんとどーでもいいね。そんな微妙な身の上話なんてチリ紙に包んでトイレにでも流せばいいと思うよ!
それよりも、だ!
「転生できるって!? 」
オレはたったいま耳にした言葉を信じきれないでいた。
思わず声が大きくなるのは仕方ないだろう。それぐらい衝撃的なのだ、転生って響きは。
転生。
どのような形であれ生をまっとうした後に準備期間を経て新しい命へと生まれ変わることをさす。
細かく区分すれば色々とちがったりするものらしいのだが、それはまあおいておくとして。
要は死が終わりではなく再スタートなのだ、という考え方や事象の総称であるということなのだ。
それがこの世界のルールとして実在すると知った時は、自分ができうる限りの表現方法で喜んでみた。
考えてもみてくれ。だって最高じゃないか。
転生イコール、異世界であり、美形であり、チート能力であり、ご都合主義であり、ハーレムなのだ。あと、何だっけ?銀髪とか?
――少なくともオレの知る物語の中での彼ら転生者たちは!
今日からオレもそれに仲間入りだ。
待っててくれよ、まだ見ぬ世界よ!ヒロインたちよ!
オレという勇者がいま世界を変えにいってやる!打倒、魔王!
えらく俗っぽいが成人男子なんてそんなもんだ!
ましてこっちはフツーに当たり障りない人生を送ってきた。自慢じゃないがロマンやスリルに飢えてんだよ!
ゲームやマンガ、小説の中だけの世界が実はあなたの目の前に拓けていたのです。
ビバ!アドベンチャー!ブラボー!スペクタクル!ウェルカム!ハーレムアンド……
「残念ですがそれは無理だと思われます」
舞い上がったテンションに氷水でもぶっかけるに等しい、そんな零度を含んだ無機質な声がぽつりと投げつけられる。
もし質量を伴っていれば間違いなくオレの頭部を直撃したのち、足元で空き缶のように空しく乾いた音をたてていたであろう。
オレはため息をついて目の前の女性をじろりと見やった。椅子に腰掛けている姿勢のため自然に見上げる形になる。
女性と形容したが定かではない。
発せられる声質と雰囲気からそうとこちらが勝手に思っているだけだ。
ただ真っ白な部屋において、薄ぼんやりと発光するだけの、かろうじてヒトガタと認識できるカゲロウのようなもの。それが彼女である。
彼女に名前というものはないそうだ。というか固有名をもつ必要性がないのだという。
なぜならここの死後の世界にはオレと彼女しかいないからで、名前をもって容姿をかたどり自分と他をわける意味がない、のだそうだ。
彼女は全ての転生者に付随する音声付のヘルプ機能であり、転生を手助けするためにのみ存在しているのだと。
「なぜ無理なのかを答える前にまずこの転生システムとルールをご説明させて頂きます」
こちらの不満顔など意に介さず、そういいおいてから彼女は基本的なことから説明をはじめだした。
まず、一般的に想像する死後の世界というものは存在しないこと。綺麗なお花畑や白ヒゲの神様なんてものは生きてる人間がこうあったらいいなの創造の産物なのだ。
ついでに言うと死後というものは世界ですらないようだった。
タマシイという名の思考するエネルギーが次の人生までの準備期間を過ごす一人一人に用意されたパーソナルスペース。
そこは次元や空間座標、時間といった概念すら存在するのか危ぶまれる。それが死後の世界と呼ばれているものの実像だった。
そこから準備のできたタマシイが新たな現世へと旅立っていく。
その繰り返しがこの世界が誕生したときからの不変のルールなんだそうだ。
「それでなぜ欲望まっしぐらな俗物来世を選べないかについてですが……はっきり申しましてポイントが足りません」
「……欲望まっしぐらな俗物って結構あんたも口が悪いな――はい?」
「ざっと計算してみましたが、異世界で美形でチート能力保持者でご都合主義といわれる勇者補正もちでハーレム所持者となりますと何十万ポイントも……」
「ちょ、ちょっとまった、まってくれ!」
「はい、なんでございましょうか」
「ぽいんとって……なに?」
「失礼いたしました。それについてでございますが……」
彼女の補足説明によると。
なぜ人は転生を繰り返すかというと、苦界である現世を生きることにより研鑽をつみタマシイの霊格を上げる――レベルアップさせるためだという。
仏教だか何かでそんな思想があったはずだが、どうやらまんまそれらしい。
で、最終的には霊格を神格にまで高めて大宇宙を司どる英霊に連なるとかなんとか。
そっちのほうはまだまだ先の話だろうし、ぶっちゃけいまのオレにはどうでもいい。罰当たりっぽい言い方だが本音なんだもの。
それで先のポイントについてだが、これはそれまでに現世でつんだ功徳の合計量を数値化したものだそうだ。
これまた仏教用語だったはずだが、功徳とは簡単にいえば善行だったはず。
現世で良い行いをしておけばポイントいっぱいたまって来世は幸せですよーって事か。やっぱ見てないようで神様は見てるんだね、悪いことはしないほうがいいもんだ。
「はっきり言いまして悪行と呼べるものは見当たりませんがこれといって何かを成したとはいえない前世。見事なまでに何もありませんね。まさになんとなく生きてきたというだけの」
「ほっとけ。つーか、ホントさらっとなにげに酷いこというよね!? 」
「ともあれそういうわけですので、とてもではありませんがお望みの転生を行うことはできません。それは次回以降のお楽しみとしてください、なんとなくの俗物王」
「ケンカうってんのか、あんたは! 」
こめかみに青筋なぞ浮かばせながらすごむオレ。にらみ付けるも人ですらない彼女の表情など伺い知ることなどできそうもない。
もし彼女の表情が視覚化できたなら、素知らぬ顔でつーんとそっぽを向いて見せただろうか。うわ、リアルに想像したらはらたつ。
顔色どころかそもそも顔があるのかすらわからない彼女を相手に言い合っても仕方ない。
ここはオレが折れたということにして彼女に花を持たせておくか。話を進ませたいし。
うわ、大人な対応だな、さすがオレ。しかも女性に優しいとか!
「……ぅーゎ、きもー。ないわーまじないわー……」
「ちょっとそこ心を読まないでくれるかな!? 」
ともあれ。
ふむ、とあごに片手をやりつつオレは気になる事を口にした。
ということは少ないながらもオレにはポイントがあるわけで。そのポイントを消費することが次の人生の仕度をするという意味なわけで。
「オレの所持してるポイントってどれぐらい?あと、消費してどんなものを選べるか見れたりする?」
「はい。5700ポイント程度をお持ちです。そして、選択肢としましてはこちらにございます」
彼女のセリフが終わるや否やオレの背後に凄まじい勢いで本棚が現れた。
地下鉄のホームをジェット機が通り過ぎたような。そんな風圧を感じてオレは思わず机にしがみついた。後ろから吹き付ける風に嬲られるがままだ。
高さはおよそオレ二人分。横幅は軽自動車一台分ほどのなんの変哲もない木製にみえる本棚だ。古めかしい洋書然とした背表紙が棚に半紙一枚の隙間すらないほどに詰め込まれていた。
「こちらからどれでもよいので1冊、お手にとってみてください。ページをくる際にキーワードを口にして頂けますと該当ページを閲覧できるようになっております」
ためしにと彼女は藍色の背表紙の本を手に小さく「チート能力、自己強化系」と口にしておもむろにバサリと本を開いてオレに見せた。
おっかなびっくり覗き込むと広辞苑のように小さな文字がびっしりと綴られている。良かった、オレにも読める。
魔力チートの項か。色々あるな、なになに?魔力量無限。コスパ軽減、あるいは無視。二重詠唱、三重詠唱、詠唱カット等々……
名称の次に効果が書かれ、メリットに対して付いてくるデメリットに及び、最後にこれを獲得するためのポイントとデメリットを消去する追加ポイントが表示されていた。
ためしにチートと呼ぶにはささやかだと思われる魔力才能レベル1チートについて表記してみる。
魔力才能レベル1。成長することで獲得する魔力増加量がその世界における最適正種族の二倍の補正で行える。半面、体力及び筋力面において三割程度の負荷がかかるものとする。
獲得必要消費ポイント5000。デメリット消失には追加で1000必要。
……なにこれ。
他人の二倍の魔力成長をとっただけでオレの所持ポイントほぼなくなるんですけど!
しかもデメリットも打ち消せねえなんて完全に魔法特化職まっしぐらの魔法使いのおじいちゃんじゃねーか!
こりゃあかん、とオレは思いつく限りの転生チートを口にしつつばさばさとページをめくり続けた。
勇者補正、ご都合特性もち必要ポイント50万。ハーレム所持もしくは所持予定必要ポイント20万……
可愛いヒロインと結ばれる権必要ポイント5万。知り合うだけで1万とか詐欺か!つーか、知り合って告ってだめでした!ってだけでオレの人生二回飛ぶとかなめてんのかあああ!
補足説明を。
嚥下障害とは意識的、無意識を問わず物を正常に飲み込む動作を行えない障害のこと。
胃ろうとは腹部に穴をあけてチューブで直接に胃へ食事や投薬を行う処理です。
不明熱とは読んで字のごとく発症原因のわからない発熱です。