あとにやってくるお話だけどとりあえず第1話のポジで
はじめまして。まずはここを開いてくださった事、ありがとうございます。
読む側オンリーなヒトでしたが思い切って飛び込んでみました。
拙さがそこかしこに溢れているかとは思いますが、読後にでも人外さんを愛でる気分になって頂ければこれに勝るものはありません。
使用上の注意としまして、残酷な描写タグがついております。
人外さんたちはいつだって必死に生存競争を生き抜いています。
ゆえにその手がニガテな方はそっとモドルを押してくださいまし
わずかな月明かりの下、木立をぬうように駆けて一本の古木に背を預けるとすばやく視線を左右に放った。
なだらかな起伏に薄く落葉のカーペット。下草はまばらで昼であれば視線は通るだろうが今は暗闇が広がるばかりだ。
青々と月に照らされた木々の幹と、頭上で広げた枝葉の隙間から落ちるスポットライトがどこまでも広がっている。
光源の限られたこの状態では恐らく走るどころか手探りで進むことを強いられるであろう。
普通のヒトであればだけどね。
なおも周囲に視線を巡らす。自分以外に動くものを見受けられない……ように思う。
この体は完璧ではないものの、ヒトよりも遥かに優れた暗視を持ち合わせているようだった。
荒い呼吸を鎮めようとオレは静かに長く息をはいた。耳の中でこだまする鼓動音はまだ大きなままだ。
つ、と左手を右上腕にやる。
人差し指に伝わるぬるりとした触感と鈍い痛みが怪我を負わされたことを伝えてくる。
――矢傷。かすめただけだけど……
親指と人差し指をすりあわせた後、軽く舌先に触れさせる。
――だいじょうぶ……毒は、ない……たぶん
上体を木に預けたままあごをそらせて安堵の息を吐く。
何度も緩やかなカーブを描く豊かなと形容できる黒髪が、肩から背中へと滝のように幾房もさらりと流れた。
少しの瞑目のあと開かれた瞳の色は濃いこげ茶色でまず美しいと表現される顔立ちだ。
やや下がった目尻が特徴で、にっこりと微笑めば見るものに人懐っこい印象をあたえるのであろう。
ふと両肩から胸元へと流されている黒髪を押し上げる存在へと目をやる。
いやぁ、見事なおっぱいだ。巨乳じゃないけど。
「つーか、全裸は色々とまずいよな。なんとかしないと」
緊張感のカケラもない事を、双丘のさらに下、かつて所持していたシンボルがあったあたりに視線を移しつつひとりごちる。
――瞬間。
ひゅおっと風切り音が耳のすぐそばをかすめていった。わずかばかりの休憩は終わったようだ。
にらむような視線を闇の向こうに放ると、ちらちらと自分をさがす明かりが複数見えていた。
こんな辺鄙な山奥だ。先刻、生まれたばかりのオレを襲った冒険者たちであることはまず疑いようもない。
「jhahn jni lpledja!」
なにやら怒号が響いてくるが、異世界のしかもヒトの言語だ。さっぱりわからない。
「いたぞ」「追え!」等と月並みなセリフだろうなと予想する。男たちの怒声が普段はヒトケのないあたりを乱す。次いでしゃらんと独特の金属が擦れ合う抜刀音がいくつか発生した。
見える範囲での松明の数はすでに十を超えている。
オレは舌打ちすると再び駆け出した。
まだ新しい体になれていないというか、見るもの全てがほぼ初体験なうちに生死をかけての追走劇など、ハードモードを通り越してインフェルノとかアルティメットと形容したくなる。
オレの名前は……あー、まだ決めてなかったか。
生まれ変わる前の名前は山田恵一。平成日本で生まれ育ってとりあえず天寿をつつがなくおえた男子だった。
その恵一君は使い古されて手垢どころじゃ済まないほどのテンプレ転生を無事さきほど終えたところだ。
それで今のオレは何なのかというと、すでにサービス終了を迎えたかつての某国産人気MMORPGと似た世界の中で存在するレアモンスター<湖岸の蛇姫>なのである。
プレイヤー間での通称は<蛇姫>。外観は半人半獣で水属性もちの魔獣。
どこからどう見てもスキュラなのだが、タコの触椀ではなく蛇のしっぽのようなウネウネが脚の代わりに下半身に10本はえてます、みたいな異形だ。
蛇なんだからラミア系でいいじゃないかという話が至極まっとうだが、すでにラミアのグラフィックは色違い含めて数体存在していたため、急遽スキュラの色違いが使用されたと専らの噂だ。
わが身ながら切ない誕生秘話だな、おい。固有グラくらい用意できなかったのかと担当を呪いたい。というか呪っておく。電車に一本のりおくれてしまえ。
で、能力の方はというと、物理系ではなく強いて言うなら魔法系。強いて言うならばだ。が、特段攻撃力が高いわけでもなく装甲が厚いわけでもない。回復と各種状態異常完備の完全支援系。まさに姫。
それなのに取り巻きなしの単体でポップし、周囲にプレイヤーと敵対するモンスターや<蛇姫>とリンクするモンスターもいないという、まさにレイプ目確定フルボッコ姫。
さらにこれがオレの最大の存在意義であり、同時にオレが天寿をまっとうするにあたり最大の障害になりうると確信している理由、<高額レアドロップ持ち>。
<高額ドロップ持ち>ということは当然冒険者どもにそのポップを管理されていたり、待たれているわけで。
ご多分に漏れず現在絶賛カネに目が眩んだ冒険者どもの追跡を受けてるさいty――うひょーう!?
我ながら奇怪な声を上げながら素早く身をかがめると、矢が風鳴りをひきつれて暗闇の彼方へと数本飛び去っていく。
幸いにも夜の闇が味方したようだ。時折放たれる矢のいずれもが木の幹によってさえがれるか、見当違いな方へと飛び去っている。
向こうに暗視持ちはいないようだ。ひのふの……七人ほど見えるがどれもヒトだろう。松明やランタンを手にしていることがよい証左だ。
それでも――
気持ちばかりが焦るが、思うように距離をかせげない。さっきもいったが生まれ変わったばかりのこの体は正直手に余る。
理由は簡単だ。
前世と同じヒトであれば問題はない。しかし、今生はいわゆる異形のモンスターである。
その身体的特徴は、先も述べた半人半獣。女性系の美しいと形容される範疇の上半身の下――足の付け根から下は10本と数えればいいのかわからない触腕なのだ。
使い慣れた二本足を動かすようなわけにはどうやらいかないようで、先ほどから悪戦苦闘を続けていた。
オレとしてはダッシュしているつもりなんだが、贔屓目に見ても小走り程度の歩みだと思う。効果音をつけるならうにょうにょずるり、だ。なにそれきもい。
だからといって追っ手がこちらの事情を鑑みて手をぬいてくれる道理などない。
オレは暗闇をのたのたと這い回りよろけつつ茂みを選んで逃げ回る。
逃げながらも素早く思考だけはめぐらせた。その勝手だけは前世も今生も変わらない。
話し合いのできる相手ではない。聞くとも思えないし、なにより会話が成立しない。オレにヒトの言葉はわからないし、その逆も推して知るべし、である。
なにより奴らの狙いはオレを殺して得られるドロップアイテムだ。
元日本人のオレなら生き物、ましてヒトガタの生物を殺して捌いてなんて躊躇するどころかトラウマものだろうがここは異世界の異文化。
追っ手たちにしてみれば、ごく当たり前のようにオレを殺してアイテムを奪っていくだろう。
だからといって諦めることなんてできないし……そうなると、戦うか。戦えるのか?
荒く息を吐きながら緩やかに落ち葉の斜面を登りながら自問自答する。
今度は先ほどと前提が違うだけで結果は変わらないといった事態になるだけだろう。
つまりは、向こうはオレを殺せる。オレには……ヒトを殺せない。
襲われて極限まで追い詰められたらうっかり手を出すかもしれない。だがそれだけだ。
相手がひとりならそれで生き延びるかもしれないが、多数相手のうちのひとりを倒せばその後に待っているのは復讐を加味された無残な最期だけである。
それに、冒険者どもの戦力がどの程度かオレには判断つかない。武器をもった成人男性10人前後、と推定したとして。
対してこちらは命のやり取りを経験したことのない素手の前男、今女のこの身ひとりだけ。魔獣であることを差し引いても厳しそうだ。
そういえばゲーム世界への転生にありがちなステータス確認等はできるのか?
ステータスを確認できれば魔法だのスキルだの何か役に立つ情報を見れるかもしれない。
思って視界の隅やあちこちを確認するもそのようなものはカケラも見つからない。ならばと、小さく「ステータス」と口にしてみるも、こちらもさっぱりだ。
ゲームをベースにした現実世界だと事前に聞いていたので、もしかしたらそんなものなどないのかもしれないし、単にやり方がわからないだけかもしれない。
いずれにしても今の状況ではそれをこれ以上詮索する余裕はなさそうである。
「なら、やっぱり逃げの一手かな――つあっ!? 」
そうして何百メートル進んだだろう。一秒でも前へと進む背中についに無慈悲な一矢が弧を描いた。
背中を突然襲った衝撃と激痛は肺の空気を単音と共に吐き出させていた。
二歩、三歩とたたらを踏み、激痛にために視界に白い火花がいくつも散った。
ちら、と肩越しに視線をやれば白に黒の色合いの矢羽が見える。
――ここで倒れられない
かすむ思考でそれでも泳ぐように両手で空をかき、さらに数歩すすむと目の前の茂みに倒れこむように体を投げ出した。
その場で倒れては追っ手どもに群がられ止めをさされる。所詮無駄なあがきであろうが少しでも身を隠さねば。
次の瞬間、足元から地面が喪失した事を知覚する。
大きく傾く体に失われる平衡感覚。途端に猛烈に地の底へ引っ張られた。
小さく短く悲鳴をあげるのが精一杯だった。
斜面を登りきったその先は、目も眩むような高さからどうどうと流れ落ちる大量の水が流れ込む瀑布が黒々とした口を開けていたのである。
天地がさかさまになりたっぷり十を数える間も落下し続けただろうか。どざん!と大きな音と同時に水柱が一メートルほどああげてオレは眼下の滝つぼへと落下した。
幸運としかいいようがない。落下する途中、岩肌に擦り付けることもなければ谷底へと衝突することもなかったのだから。
崖上ではいくつもの明かりが右往左往し、やがてその内から数名が下を覗き込むようにしたあと火のついた松明を数本ほうった。
するすると重力に引かれた後、黒々とした水面に飲み込まれる。そのうち二本ほどが川原の岩の上で爆ぜた後転がってわずかな範囲を照らしている。
高い。切り立った崖は目測で十メートル以上ある。
尚もしばらく追っ手たちは川面を覗き込んでいたが、飛び込む以外に下へ降りる手段を見出せず、それ以上の追跡は断念したようだった。
オレは一部始終を滝つぼそばに流れ着いた大きな倒木にしがみつくような格好で見届けていた。
朦朧として白濁しかける意識を叱咤激励しつつ、である。
川原に落ちた松明がやがて消え、周囲が漆黒と水の落ち込む轟音だけであると確認すると、ずるずると意識が現実から引き剥がされていった。
ひと先ず<蛇姫>は窮地を脱することができたようである。
9/29 ご指摘のあった箇所を修正。
後半「大小岩が転がる川原へと転がる」が気になったので「川原の岩の上で爆ぜた後転がってわずかな範囲を照らしている」に代えてみました。
10/1 修正
誤字脱字、誤表記等ありましたら仰って下さいまし。