ひらり、ひとひら、舞い落ちる。
side リア
「もうあなたの役目は終わったのよ。クロウ」
もう、あなたを縛り付けたくないから。私から解放してあげるー。
「…納得できません。私があなたに何かしてしまったんですか」
そんなことは一度もない、と言おうとして口を結ぶ。決してクロウを私に引き止めてはいけない。そう思って、心にもない言葉を紡ぐ。
「…自分でわからないの?
もう飽きたって言ってるのよ。あなたの血に」
私は人から畏れられている吸血鬼の末裔。20年前、私の家の前に置き去りにされていたのがクロウ。クロウを生贄にするから村を助けてほしい、と言うことなのだろう。人間の考えることには心底呆れかえり、そんなことをしなくても村を襲う気なんて全然ないと伝えに行こうとも思ったが、こんなところに捨てるくらいなんだから私が育てた方がいいのかもしれない。そう思って今まで育ててきた。
私は吸血鬼だから不老不死だけど、クロウはただの人間。私は20歳で体の成長が終わっているから、もうクロウの方が5歳も年上。人間は結婚しなくちゃいけないから、そろそろ限界。私から逃がしてあげないと。
「…私があなたから離れたら誰の血を飲まれるのですか」
私は毎日クロウから100ccの血液をもらっていた。
私の実年齢は423歳だけど、吸血鬼にとってみたらまだまだ魔力の増長期。正直それっぽっちで足りるわけがなく、いつも空腹だった。
「さあね。でもとりあえずクロウよりは若い子がいいかな」
私が毎日血液を飲んでも大丈夫なように、肉体は若くないとね。
「………せん」
「え?なに?聞こえな…!!」
突然、閃光が飛んできた。
すぐに指を動かし、盾を出して弾く。
「…な、に……を…!!」
言葉を発する間にも閃光が飛んできて、ろくに攻撃ができない。
というかクロウはいつの間にこんな術を…?確かに私はクロウに魔術を教えているけれど、こんな高度なものは教えてないのに。
そもそも、どうしてこんな攻撃を私にするの?自惚れじゃなく、懐いてくれてたと思ってたのに…。
カキ、ン…!
考え事が災いしたのか、盾が弾かれた。それはクロウの足元に転がり、クロウによって粉々に砕かれる。
私は急いで新しい盾を作ろうと杖を取り出した。在るものを取り出すには指で事足りるが、新しく作り出すには私の技術では杖の魔力を借りるしかないのだ。
杖を手にすると、間髪入れずに飛んでくる光。間一髪でそれを砕くと、急に目の前が暗くなった。
side クロウ
魔力を使い果たし、倒れ込むリア様を支えた。
最初からこれだけを狙っていた。魔力ではリア様にどうやっても勝てない。
だから、長期戦に持ち込むことにした。日頃俺に遠慮して血をほんの少ししか飲まないことを知っていたから。
昔から、俺にはリア様しか見えていなかった。集落では天涯孤独だったから誰も守ってくれなかった。生贄にされた吸血鬼にだって血を全部抜き取られてごみみたいに捨てられるって思ってた。
でも、リア様はそんな方ではなかった。生贄である俺にとても優しくしてくれた。
リア様が年を取らないことは随分前から知っていた。それ以来俺はリア様より肉体的には年上になることを待ち望んでいた。
魔術もリア様を十分に守れるようになったらプロポーズをしようと決めていた。
なのに…!
「もうあなたの役目は終わったのよ。クロウ」
リア様が俺を捨てようとしていると思い、世界から色が消えかけた。
「…納得できません。私があなたに何かしてしまったんですか」
とにかく理由を聞こうと問い詰める。まあ、どんな理由があろうとも納得なんぞ一ミリもしないが。
「…自分でわからないの?
もう飽きたって言ってるのよ。あなたの血に」
この辺で少し様子がおかしいと気づいた。リア様は一度も俺と目を合わせようとしなかったからだ。だから俺を捨てようとしているわけではなく、俺を解放しようとしていることに気づいた。
でも、それでも許すことができない。
俺はリア様に血を飲んでいただくことで存在意義を見出してきたのだ。そんなこと認められない。
「…私があなたから離れたら誰の血を飲まれるのですか」
それは想像することすらおぞましいことだった。俺以外の奴がリア様と肌を触れ合わせ、あまつさえ己の一部をリア様の体内に入れるなどー!
「さあね。でもとりあえずクロウよりは若い子がいいかな」
リア様の心にもない言葉だとわかっていても、やがて現実となるのだ。それに気づいた瞬間、私の中の悪魔が囁いた。
ー他の野郎の一部をリア様の体内に入れてしまうのなら、いっそのこと俺が一生リア様を閉じ込めてしまえばいいじゃないか。リア様が俺の年齢を気にするなら俺はリア様の血を飲ませていただければいい。魔法封じの鎖を施して、逃げられないようにしてからゆっくり飲めばいい。人間が吸血鬼になるにはそれしかない。別に吸血鬼同士でも血は飲める。
リア様の一部を飲めると考えただけで体が反応しそうだ。
そうしよう。リア様の瞳に映るのは、ずっとずっと俺だけでいい。
だからー
「させません」
そう呟いてリア様を攻撃した。急所からは程遠いところを狙ったものの、心苦しかった。
ーそしてリア様を捕らえた。
俺はリア様を抱え、以前購入した俺の屋敷に運び込む。
そして俺の寝室にリア様を寝かせ、首輪をかける。
そして、俺以外は出入り出来ない結界を張った。
ーーー愛しいリア様、何不自由なく生活していだだきますから、どうか私を愛してください。これからはずっと一緒です。
END.