第十話 民の噂
壮麗な王宮を出ると、寂れた王都が広がる。
それでも王都はまだいいほうで、地方に行けば行くほど荒廃が酷くなる一方だ。
王都のみならず、民は口々に言い合う。
「あのアビゲイルが来てから、この国は更に悪くなったな」
「ああ、マルス様が王位に就いた頃より更に悪くなってる」
「おい、聞いたか?また税が上がるらしいぞ!今度は四割だってよ!!」
「何だって、四割!?どうやって生活していけって言うんだい!今でさえカツカツなんだ、これ以上上がったら死んじまうよ!!」
「どうせまたあの王妃が、ドレスだ何だってねだったんだろうよ」
「あの毒婦が…っ」
「しーっ!あんた聞こえるよ!!」
きょろきょろと幾人か辺りを見渡しても、閑散としていて人通りも少ない。
ヴァシュヌとの国境付近のその村は、既に壊滅状態にまで追い込まれている。だが、何とか持ち堪えられているのは、ひとえにこの村がヴァシュヌが近いからである。
「カーンも終わりか…」
「最近じゃヴァシュヌとの国境も警備が厳しくなったしな。あっちに逃げ出した奴らも相当数いるって話だ」
「でもおかしな話じゃないかい?あの王妃はヴァシュヌの姫なんだろ?なんだって、生国が扉を閉ざすんだよ」
「俺、王宮勤めしてる奴から聞いたんだけどよ…あの王妃以外にもう一人いるらしいぜ。あの王宮に」
「どういう事だ?」
男がぐるりと周囲を見渡し、そして、こそこそと話し出す。
「ヴァシュヌの第二皇女がいるらしいんだよ。元々、そっちが王妃になるためにこの国に来たらしいんだが…」
「でも今はアビゲイル王妃じゃないか」
「そうなんだよ。だからよくわかんねぇんだ」
「まさか人質ってわけじゃないよな…」
「質を取る必要がないじゃないか。うちとヴァシュヌは元々良好な関係だったんだからさ。それにあの王妃って第一皇女なんだろ?」
「まあ、聞いた話だからな。たんなる噂話かもしれねぇし」
噂話。
それが世界を一変させる事すらあると、ここにいる誰もが思わなかった。
その話から数日後、何騎かの黒尽くめの男達がこの国境沿いの村を通った。
その男達が来た方向はヴァシュヌ。
向かった先にあるのは、この国の王都。
それを見たある一人の子供が、先頭の男の腕にはめられた腕章を見た。
「ねー母ちゃん、あの一番前にいる人さぁ」
「ほら、さっさと帰るよ!…あいつら何か危ない感じがするね。何も無けりゃいいけど…。さぁ、早くおいで!!帰るよっ!」
ぐいっと腕を引かれて家路へと急ぐ母親を追いかけた子供は、肩越しに黒尽くめの彼らが走り去った方向を見た。
そして、一言呟き、それから前を向き母親の手を握り家へと帰る道を歩いた。
「ヴァシュヌ王家の親衛隊総隊長だ」