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代行バトルロイヤル —Excelで人生を整理した男—

作者: 耳上
掲載日:2026/03/14

ある平日の昼下がり。会社の一角で、Aさんは静かにパソコンの前に座っていた。

彼はもう疲れていた。仕事に、上司に、会議に、そして毎朝会社に向かう自分自身に。


そんな彼の代わりに、一本の電話が会社へとかけられていた。


プルルル。


「はい、株式会社ブラック総務部、退職代行拒否代行“まだ舞える”です」


電話に出たのは、会社側が契約している謎のサービスだった。社員が退職しそうになったときに、それを全力で引き止める会社である。


「退職代行センターです。御社の社員Aさんの退職意思をお伝えします」


静かに、しかし確実に退職の意思を届ける声が電話口から聞こえる。


「その必要はありません、まだ舞えます」


間髪入れずに返ってくる。


「本人の意思は固いです、もう限界とのことです」


「昨日、定時後に後輩の相談に乗っていますね、限界の人は他人の相談を聞きません、まだ舞えます」


「それは責任感です」


「責任感がある人は簡単には辞めません、まだ舞えます」


「本人は上司との関係に疲弊しています」


「上司は今月異動予定です、環境は変わります、まだ舞えます」


「しかし本人は退職を決断しています」


「昨日コンビニで会社の同僚と雑談していますね、完全に心が離れた人は雑談しません、まだ舞えます」


電話口の空気はすでにおかしかった。


「退職は労働者の自由です」


「もちろんです、ただまだ舞える状態で辞めるのはもったいない」


「本人は出社困難です」


「今昼休みにスマホ触ってますよね、完全に動けない人は昼休みにSNS見ません、まだ舞えます」


「有給消化の上で退職予定です」


「有給は40日残っています、つまりあと40日はまだ舞えます」


「本人は次の人生を考えています」


「次の会社は決まっていますか?」


「……」


「決まっていませんね、ならまだ舞えます」


そのとき、電話回線にノイズが走った。


ピッ。


「話は聞かせてもらったで」


「誰ですか」


「ボーナス獲得代行、ボーナスビックやで」


回線が一瞬静まり返る。


「退職はええ、でもなボーナス前に辞めるのは下策や、査定まで在籍、ボーナス確定、受け取り、その後辞める、これが最適解や」


「しかし本人は今すぐ辞めたい」


ピッ。


また別の回線が割り込む。


「ほな、こっちでやりなされ」


「誰ですか」


「転職活動代行、こっちでやりなされ」


「在職中に転職活動、内定確保、そのあと辞める、これが一番安全や」


「しかもや、ボーナス取ってから辞めたら資金もできる」


「転職も焦らんでええ」


回線はすでに三つ巴になっていた。


そのときさらに回線が割り込む。


「ちょっと待ちなはれ」


「誰ですか」


「ニート代行サービス、ワイを養ってくれ」


空気が止まる。


「働くも辞めるもどっちもせん、親に養ってもらう、これが最終形態や」


「それはボーナスゼロや」


「ゼロや、でも自由や」


ピッ。


さらにもう一回線。


「話は聞かせてもらった」


「誰ですか」


「窓際社員代行、エクセル開く閉じ」


「辞めない、頑張らない、ただエクセル開く、閉じる、開く、閉じる」


「それで給料出るんか」


「出る、評価普通」


回線にはすでに六つの会社が存在していた。


しかし戦いは終わらなかった。


「その働き方、古いですね」


「誰ですか」


「自称エリート個人事業主、スタバMacです」


「会社員という枠組み自体が時代遅れです、場所自由、時間自由、Mac、スタバ、これが次世代の働き方です」


「収入源は」


「これからです」


すぐに別の声が割り込む。


「それなら私の方が現実的ですね」


「誰ですか」


「パパ活収益最適化、港おじがりです」


「会社、転職、副業、全部しんどいでしょう、なら港区、おじさん、狩りましょう」


こうして電話回線には八つの会社が集まった。


退職代行、まだ舞える、ボーナスビックやで、こっちでやりなされ、ワイを養ってくれ、エクセル開く閉じ、スタバMac、港おじがり。


そのとき、まだ舞えるが言った。


「ログ更新、Aさん、今会社PCでExcelを開きました」


「いい、非常にいい、まずシート1を開く」


Aさんは静かにExcelを開いた。


セルA1に文字を入力する。


「入力確認、A1、退職」


回線がざわつく。


B1に入力。


「転職」


C1。


「ニート」


D1。


「フリーランス」


E1。


「パパ活」


F1。


「会社残る」


Aさんは人生の選択肢をExcelに並べていた。


そしてG1に入力された。


「どれが一番ラク?」


各社は自分のサービスを主張する。


しかしAさんは評価を書き始めた。


退職 めんどい

会社残る つらい

ボーナス待ち 長い

転職 準備いる

ニート 親怒る

フリーランス 仕事ない

パパ活 港遠い


すべてが微妙だった。


そのときAさんは新しいセルに書いた。


「会社で寝る」


回線が凍る。


「会社で寝る、つまり会社辞めない、仕事もしない、給料発生」


「在籍してる、つまりボーナス対象」


「時間ある、転職活動可能」


「働いてない、ニートに近い」


「自由時間、事業準備可能」


「夜、港行ける」


誰も負けていなかった。


そのときAさんはPowerPointを開いた。


タイトルを打ち込む。


「会社を一番ラクに辞める方法」


スライド2。


「各代行サービスを戦わせる」


回線は凍った。


Aさんは彼ら全員をコンテンツにしていた。


そして最後に一社の番号に電話をかけた。


「出社代行、今日ワイが行っといた」


電話がつながる。


「はい、出社代行です、Aさんの代わりに今日ワイが行っといた」


つまりAさんは会社に行かなくてもいい。


しかし会社には人がいる。


在籍は維持される。


ボーナスも狙える。


転職活動もできる。


自由時間もある。


すべてが同時に成立した。


最後にAさんはPowerPointを保存した。


ファイル名は


「代行バトルで人生解決した話」


そのあと静かにExcelを開いた。


それを見た窓際社員代行が言った。


「よし、閉じたらまた開こう、まだ舞える」


そしてAさんの人生は、まだ続いていく。

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