Ⅵ
クノアが家に駆けつけたとき、室内は喧騒と破壊の余韻に満ちていた。
煙と埃の中で、白い狼のような異形。
月光をそのまま纏ったような美しい身体が、黒々と禍々しい人型の魔物と対峙していた。
壁は裂け、床には爪痕が刻まれ、家具の残骸が散らばる。
クノアは倒れ込むリヴィナに一瞬で駆け寄る。
「大丈夫か?」
「……レウコス。あれが、レウコス……」
かすれ声でそう告げると、リヴィナは意識を手放した。
クノアは状況を把握しながら、一気に頭を切り替える。残る黒い魔物をロックオンし、腰の血瓶を掴む。
「加速」
赤くきらめく瞳。
正面から一気に間合いを詰め、銀のナイフを閃かせて斬りかかる。
だが、刃は重厚な外殻に阻まれ、金属的な響きを立てて弾かれる。
魔物の反撃。その腕が振り下ろされ、床を抉る。クノアは冷静に身体を捌き、かつてリヴィナですら難儀した鉄の隙を探る。
その時、白い狼が静かに一歩、前へ踏み出した。
レウコスは、雪嵐のごとき巨体で黒い魔物に向かってしなやかに跳ぶ。
クノアは思わずレウコスの体に手を伸ばし、その毛並みに手を添える。
「――加速!!!」
これまで誰にも聞こえないほど低く呟いてきたクノアの声が、その時だけは胸の底から突き上げるように放たれる。
掴んだレウコスの白い毛並み越しに、ただ一心に願いと力を託すように。
言葉は夜の家ごと貫き、レウコスの身体へまっすぐ届いた。
レウコスのしなやかな猛進とクノアの魔法の反響が、黒い魔物を真正面からねじ伏せ引き裂く。
空間が揺れ、世界が一瞬だけ静止する。
最後に残ったのは、断末魔を上げて崩れ落ちる黒い魔物の骸だった。
レウコスは黒い魔物の死骸の上に悠然と立ち、砕けた壁から射し込む淡い月明かりを全身に受けていた。
その姿は、もはや獣とも神ともつかない。白銀の毛並みが夜気にゆらめき、現実離れした神々しさと、どこか異質な威圧感を漂わせている。
クノアはその光景に思わず見とれ、手を伸ばしかけた。
「……レウコス」
指先はかすかに震えたが、触れる寸前でそっと空を切る。
振り返ったレウコスの瞳には、遠い世界への哀しみと、ほんの一瞬の誇りが宿っていた。
その神秘的な姿を、言葉もなく見送るしかなかった。
やがてレウコスは何も告げず、月明かりの中に静かに溶けて消えた。
残されたのは、月下の静寂と、掴みきれない余韻だけだった。




