Ⅳ
村に向かう道中、森に入ったあたりから、二人の歩調は知らず知らず速くなっていた。
いつも通りの軽口も、どこか緊張の色が混じる。
森の小道を抜けた先、血の匂いがふっと濃くなる。倒れ伏した狼たちが六匹、七匹。その中心で、一匹の異形、魔物化した狼が、白い毛並みの小さな子狼と向かい合っていた。
「どうする」
クノアは左手を血瓶に、右手を銀のナイフに添え、端的にリヴィナへ問う。
「助ける」
迷いなく即答するリヴィナ。その判断を受け、クノアは一言だけ呟いた。
「加速」
残像を残し一閃。
赤い瞳の光の軌跡。
その直後、狼の魔物は呻く間もなく地に崩れ落ちた。
残された子狼は、震えてリヴィナの足元に身をすり寄せる。瞳は鮮烈な青、雪を閉じ込めたような白い毛並み。
「君の名前はレウコスだ!」
リヴィナが膝をつき、子狼を抱き上げる。
「本気か?今から戦闘だぞ?」
小さく呆れるクノアに、リヴィナはにやりと笑って言う。
「まあいいじゃないか、一期一会の旅。たまには同行者がいても」
クノアは肩をすくめて目だけ笑う。「本人、本狼が着いてこなかったらこの話はなし。勝手について来る分には好きにしろ」
「話がわかるな!」
喜々としてレウコスの頭を撫でるリヴィナの横で、クノアは倒れた狼たちに目を落とす。
その遺骸のほとんどは魔物による噛み傷、裂傷が生々しい。だが一匹だけ、傷一つなく、すやすや眠るような安らかな顔のまま横たわる個体がいた。血にも泥にもまみれていない毛並み。
何かが胸の奥に引っ掛かる。
だが余韻はすぐさまリヴィナの声にかき消される。
「着いてきそうだから、このまま向かおう!」
軽く頷いたクノアはリヴィナと並び、森を抜けて再び小道を歩き出した。
あの無傷の狼だけが、胸のどこかにひっそりと引っかかっている。
けれど、その違和感も、村へと向かうふたりと1匹の足音の中に静かに溶けていった。
リヴィナがレウコスの小さな足音に微笑む。
「本当に着いてきてるな」
森を抜け、村が見えはじめた瞬間、場の空気が一変した。
ふいに二人のもとへ、血相を変えた男が駆け寄ってくる。
「あの、村の外れの家なんだが、ここの突き当たり、あそこの家の中に魔物が……いまのところけが人はいない、たしか、あそこは父母と娘の三人家族で……。大きな音がして、誰かが見に行ったら窓から魔物の姿が……他の連中はもう離れて、この辺りに集まってるんだ、だけど、それで……」
動転した声が途切れがちにあふれ、クノアはやわらかな声で男の肩をそっと押さえる。
「大丈夫です。皆さんはここでかたまって、どこにも動かず待っていてください。私たちがすぐに対処します」
男は幾度かうなずき、息を挟みながらも「わかった……でも、危ないから、頼む……」と繰り返す。
クノアは男の肩にそっと触れ、落ち着いた声で話しかけながら、リヴィナに軽く目配せをする。
リヴィナは一瞬だけクノアを見て、すぐに頷いた。その足元では白いレウコスもわずかに身をかがめ、まるで長い相棒のように前方を見据えている。
「加速があれば、もう少し早いのに」
ため息まじりの呟きを残し、リヴィナは家へと駆けていく。レウコスはすぐさま横について、一歩も遅れず彼女と並んで走った。
家までの距離は短いが、すべてが間に合わないような苛立たしさが胸を突く。
家の扉を蹴破ると、すぐに目に飛び込んできた。
黒い鉄板のような皮膚に覆われた異形の魔物。
人型のそれが静かに立っている。その横に横たわる中年の女性。
少し離れた床で、子どもの身体が動かず倒れている。だが、そこからはまだ、かすかな命の温もりが残っていた。




