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逆行の魔法使い  作者: ハデス
第一幕
3/7

この世界には、魔法使いたちを束ねる二つの組織がある。どちらも世界の人々から等しく頼りにされているが、それぞれ瞳の色に由来する名で呼ばれる。


ひとつはエマーティノス、通称・朱の会。魔法行使時に赤く燃える瞳と、守るために浴びた返り血を思わせる、赤黒く染まった外套、そして神秘的な金のナイフが印象的だ。もうひとつはティルクアーズ、通称・蒼の盟。数こそ少ないが、魔法使いの青い瞳と白装束がどこか人の心を惹きつける。


エマーティノスの本部は、所属魔法使いたちの家でもある。一部の世帯持ちを除けば、大半がこの厳かな城のような建物で暮らしている。


「まあ、報告って言ったって、なーんもしなくていいんだけどね」


玄関へ足を踏み入れながら、リヴィナはうんざりしたように言った。


朱の会本部は、確かに家なのだが、賑わいや温もりがあるわけではない。


玄関から寮棟へ続く長い廊下には、明かりと静寂だけが延々と伸びていた。


若い魔法使いたちが多く暮らしてはいるが、そのほとんどは親を失い、誰もがただ眠りにつくだけの場所として本部を受け入れている。


「報告する人もいなければ、する前にネモリスさんは知ってるからな」


そう返したクノアの背後から、深みのある静かな声が響いた。


「クノア、リヴィナ。戻ったか。おつかれさま」


振り返れば、廊下の向こうに壮年の男が立っていた。短く刈り込んだ白髪と黒い瞳、年齢よりも引き締まった体つき。身を包む赤黒い外套には、細やかな金糸刺繍が光を反射している。その穏やかな表情の奥には、どこか計り知れない静けさと威厳が滲んでいた。


「ネモリスさん。お疲れ様です。滞りなく」


「ああ、知っている。減った分の血瓶は部屋に届けてある。しばらく休むといい」


「ありがとうございます」


「なーんでいつも分かるわけ?」


リヴィナが首を傾げ、といたずらっぽく訊ねる。


ネモリスは微笑を浮かべて応じた。


「それは教えられないな。私が朱の会の長たる所以だ」


「ざんねん」


無理だとわかっていたように、リヴィナはさっぱりと言い切った。


ネモリスはふと顔をクノアへ向ける。


「相変わらず、そのナイフも健在のようだな」


クノアの腰の銀のナイフを見ながらそう呟く。


「はい。父が守ってくれているような気がします」


「大事に使ってやれ。……次の任務は案外早いかもしれん。いまのうちに、しっかり休んでおけ」


そう言い残すと、ネモリスは赤黒い外套を翻し、廊下の向こうへと静かに去っていった。


その姿が見えなくなるや否や、リヴィナがぼやく。


「くっ、なんてくえないおじいさんだ。目が笑ってない。私にはわかる」


いつものことだ、といわんばかりにクノアは肩をすくめ、ふたり並んで無言のまま寮の自室へ歩き出した。


クノアとリヴィナに割り当てられた自室は、ほどよい広さと清潔さが保たれた空間だった。


魔法使いは基本的に二人一組で任務にあたるため、そのペアごとに一部屋が与えられている。必要なものは揃っているが、生活感らしいものはほとんどなく、寝室も区切られている。


夕刻の薄明かりが窓辺に差す中、二人はそれぞれ道具の手入れをしながら、取るに足らない雑談をぽつぽつと交わしていた。


その静けさを破るように、重い扉が控えめにノックされる音が響く。


「思ったより早かったな」


クノアが少しだけ渋い顔で呟く。


「ほんとに、休みの日くらい欲しいんだけどな」


リヴィナも同意するように、軽く肩をすくめる。


クノアが扉を開けると、フードを深く被った人物が無言で立っていた。


長い外套に身を包み、男とも女ともつかない、あまりに無機質な気配。顔立ちも影に沈み、判別がつかない。


その人物は、何も言わずに一通の手紙を差し出す。クノアは慣れた様子でそれを受け取り、静かに礼を述べた。


「ありがとう、パラシア」


パラシアと呼ばれたその人物は、ごく軽く頷き、足音すら立てずに廊下の奥へと消える。まるで人ではなく影が歩いたかのように、気配が残らない。


「次の任務はなんですかー?」


リヴィナが気の抜けた声で尋ねる。


クノアは封を切り、中身にざっと目を通す。


「ここより南側、森を抜けた先の村で魔物が現れた。準備ができ次第、迅速に向かえ、だと」


「みなみ……さっきの村よりだいぶ遠いよね」


「割と急ぎみたいだな。のんびりしてる暇はなさそうだ」


ふたりは迷いなく荷物をまとめ、必要な道具を手早く身につける。


「さ、行きましょか」


「楽な仕事だといいけどな」


どこか薄暗く殺風景な部屋を後にして、ふたりはまた任務へと歩き出した。


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