Ⅱ
森を抜けると、朝靄の中に小さな村の輪郭が浮かび上がった。
村の広場で、クノアに真っ先に歩み寄ったのは、壮年の男だった。
「……今回も、いつも通り森から突然だった。あんたたちが来てくれなかったら……俺たち、どうなってたか」
クノアはうなずき、静かに応じる。
「確認したが、この周辺にはもう魔物はいない。無理に森に入る必要はないし、何かあればまたすぐ来る」
男は深く頭を下げる。
「子どもたちも助かった。やつらと対面したって、俺たちがどうにかできるもんじゃない。……魔物ってのは、本当に、ただの獣じゃないんだな」
クノアはその後も淡々と言葉を返すが、その声の端に、相手の怯えをそっと和らげるような温度があった。
一方、リヴィナは子供たちに囲まれている。
「ねえ、私も大人になったら魔法使いになれる?」
「ねー、教えてよ!」
無邪気な声に、リヴィナは少し困ったような笑顔を見せてしゃがみ込む。
「うーん、なれたらいいけど……魔法使いになるには、とても、そうだな……特別な家に生まれなきゃいけないの。簡単じゃないんだ」
少し間を置き、指輪にふと目をやる。親指以外の四本に嵌められた銀の指輪を、無意識のうちになぞっていた。
一瞬だけ、表情に寂しさが滲む。けれどすぐ小さく口元を緩め、子供たちの頭を撫でながら言葉を続けた。
「でも大丈夫。きみたちのことは、ちゃんと私たちが守るから」
子どもたちの笑い声と、村人の安堵の吐息が朝の冷気に溶けていく。
それでも、広場の隅には消えない緊張も残っていた。ただ、魔物という脅威の傍らで、助けに来てくれる誰かがいるという希望の光も、たしかにこの村には根付いている。
この世界では、魔物はいつだって突然現れる。昨夜まで穏やかだった村にも、一瞬の叫びとともに牙が迫る。
そんなことが珍しくもない。
誰の家が、どの家族が、次にその災厄に呑み込まれるかは、誰にも分からない。村人たちは日々の暮らしの端々に、不安を忍ばせて生きている。
そんな日常の恐怖に抗い、村の外から現れて魔物と対峙できるのは、魔法使いたちだけだった。彼らは人々の希望でもあり、時に畏れられる存在でもあった。
朝の光のなか、村に響く子どもたちの笑い声。その背後で、赤黒い外套を纏ったふたりは静かにその場を後にする。




