第九話:冷蔵庫の宇宙と究極の家庭料理
「落日」の厨房は、この店で最も「アンタッチャブル」な聖域でした。 サトシが裏庭の森から摘んできた、ただの野草に見えるものは、実は数千年に一度しか芽吹かない「不老不死の霊草」であり、保存瓶に入ったただの塩漬けは、深海に眠る「幻の海獣の卵」だったりするのです。
「ちょっとマスター、これ! このお肉、何!? 焼いたら七色に光ってるんやけど!」
ライアがトングで掲げたのは、伝説の霊鳥、鳳凰の胸肉でした。
「ああ、それは近所の山でよく見かける鳥ですよ。鶏肉より少し弾力があって、唐揚げにすると絶品なんです」
「唐揚げて! 鳳凰を揚げ物にすな! もったいなすぎて天罰が下るわ!」
ツッコミを入れるライアの横で、ヒマリは呆然と「鳳凰の唐揚げ定食(800円相当)」のメニューを眺めていました。
「課長、これ……あっちの世界の感覚で言うと、一皿で国家予算が飛ぶレベルですよね? でも見た目は完全に、新橋のガード下の定食屋さんのそれですけど」
「ヒマリさん、大事なのは『いくらか』じゃなくて『美味しいか』ですよ」
サトシは手際よく、魔王が皮を剥いたジャガイモを茹で、賢者が魔法で正確に30度に保った湯煎でバターを溶かしていきます。 そこに投入されたのは、聖龍が「おやつ」として持ってきた、世界樹の実。それをすり潰し、マッシュポテトの隠し味に加えます。
「これ、聖女様が毎日ミルクをあげてた黄金牛のフィレ肉ね。今日はこれをシチューにするわ」
聖女が微笑みながら持ってきた肉は、かつて王族が一生に一度食べられるかどうかと言われた至宝。ですが、この店では「リアちゃんが喜ぶから」という理由だけで鍋に放り込まれます。
「あああ! もう見てられへん! 贅沢すぎて頭痛なってきたわ!」
ライアは頭を抱えましたが、いざ料理がテーブルに並ぶと、その香りの暴力に全員が黙り込みました。
黄金色のポテトサラダ、七色に輝く唐揚げ、そして深淵のようなコクを持つシチュー。 ヒマリは恐る恐る、鳳凰の唐揚げを口に運びました。
「……っ、何これ。美味しい……。会社帰りにコンビニで買ってた惣菜とは、次元が違いすぎて、逆に脳がバグりそうです」
「そうだろう、小娘。この肉は、我の魔力で少しだけ熟成させてある。最強の魔王が、最強の食材を、最強のマスターが調理する。不味いわけがなかろう」
魔王が誇らしげに腕組みをします。 勇者は世界樹入りのポテトサラダをバクバクと食べ、聖龍は特製シチューの湯気を幸せそうに浴びていました。
「あんなぁ、あんたら……。これ一食で世界が何個買えるか分かってるか? ほんま、究極の無駄遣いやで」
ライアは毒づきながらも、皿に残ったソースをパンで綺麗に拭って口に入れました。その顔には、商売人としての損得勘定ではない、ただの「食いしん坊」の笑顔が浮かんでいました。
「伝説の食材」も、この店ではただの「今日の晩ごはん」。 世界を救う力よりも、目の前の一皿を分かち合う喜びの方が、彼らにとってはよっぽど価値があったのです。
【後書き】 あらあら、ライアちゃん、また計算が合わなくなっちゃったわね。 この世界で一番贅沢なのは、高価な秘宝を持っていることじゃなくて、最高に価値のあるものを「なんでもないこと」のように、大好きな人たちと一緒に笑いながら食べることなの。
サトシさんの作るお料理は、食材の力だけじゃなくて、そこに込められた「お疲れ様」という気持ちが、最高の隠し味になっているのよ。 ヒマリちゃんも、あんなに美味しそうに食べて……もう、スーツのシワなんて気にならなくなってきたみたいね。
さて、お腹がいっぱいになった後は、みんなで何をしましょう? これだけ豪華なものを食べたのだから、明日はみんなでしっかり「のんびり」運動でもしましょうか。




