第八話:元部下と異世界(?)の洗礼
「……課長? 本当に、サトシ課長なんですか?」
店の扉が勢いよく開くと同時に飛び込んできたのは、異世界にはおよそ不釣り合いな、リクルートスーツに身を包んだ若い女性でした。 彼女の名前はヒマリ。現代日本でサトシの部下だった彼女は、失踪した彼を追う一心で、なぜか時空の歪みを越えてこの森にたどり着いたのです。
「ヒマリさん!? なんで君がここに……」
サトシが驚きでコーヒーの手を止めたのも束の間。ヒマリの目は、カウンターに座る「落日」の常連たちに釘付けになりました。
「ちょっと課長、何してるんですか! 探したんですよ! それに、なんですかそのコスプレ集団は。……あ、そこのガタイのいいお兄さん、ツノのクオリティ高いですね。でも麦わら帽子はダサすぎますよ。それとそっちのトカゲ、電池で動いてるんですか? 精巧すぎません?」
「……トカゲ、だと? 我を、電池という謎の魔力源で動く玩具扱いするか、この小娘は」
聖龍がむくりと首を上げましたが、ヒマリは怯むどころか、その額をパシッと指で弾きました。
「動いた! すごい! 課長、これ最新のロボットですか? いくらしたんですか? 経費で落ちませんよ!」
「いや、ヒマリさん、落ち着いてください。彼はロボットじゃなくて伝説の……」
「あ、こっちのライアって子は可愛いですね。そのカバン、どこのブランドですか? え、中から金貨が溢れてますよ? 偽札……じゃなくて偽金ですか? 犯罪ですよ!」
ライアは思わず立ち上がり、関西弁でまくし立てました。
「ちょっとお姉さん! 誰が偽金やねん! これ、純度百パーセントのドワーフ金貨やぞ! それよりあんた、その格好……さては、マスターと同じ『あっち』から来たんか?」
ヒマリは、ライアの言葉を聞いてようやく周囲をじっくりと見渡しました。 傘立てに突き刺さった、鈍く光る聖剣。 空中に浮かんで自動でページがめくれている魔導書。 そして、キッチンでエプロン姿の魔王が、リアちゃんと一緒に「おいしくなーれ」と唱えながらハンバーグを捏ねている姿。
「……課長。私、仕事のしすぎで、ついに幻覚を見るようになったんでしょうか。それとも、ここは天国……?」
「いいえ。ここは、疲れた人が休むための、ただの喫茶店ですよ」
サトシは苦笑いしながら、彼女に一杯の「アイスティー」を出しました。現代日本で彼女がよく残業中に飲んでいた、懐かしい味です。
「ヒマリさん。君も、あっちではずっと無理をしていたでしょう。数字や納期や、誰かの顔色を窺う毎日に。ここは、そういうものが一切届かない場所なんです」
ヒマリはアイスティーを一口飲むと、その冷たさに、ようやく肩の力が抜けました。 彼女が追いかけてきたのは、単なる上司としてのサトシではなく、彼が持っていた「優しさ」だったのかもしれません。
「……課長。私、まだ全然状況が飲み込めてませんけど。とりあえず、明日から定時で上がっていいですか?」
「ここでは、定時という概念すらありませんよ。好きなだけ、ゆっくりしてください」
ヒマリはそのままカウンターに突っ伏し、「残業代……出ないんですよね……」と呟きながら、深い眠りに落ちていきました。
【後書き】 ふふっ、ヒマリちゃん、とってもガッツのある子ね! 魔王様のツノをコスプレ扱いして、聖龍様を電池式のロボットだなんて……あんなに面食らった伝説の面々を見るのは初めてよ。
でも、彼女が一番驚いたのは、異世界の魔法じゃなくて「サトシ課長」が、あんなに穏やかな顔で笑っていることだったのかもしれないわね。現代日本という、ある意味で異世界よりも過酷な戦場で戦ってきた彼女にとって、この「落日」のぬるま湯のような空気は、何よりの毒消しになるはずよ。
さて、これで「現代の常識」まで加わって、この店はますます賑やかになりそう。 次は、ヒマリちゃんが「落日」のメンバーに、現代の「レクリエーション」でも教えるのかしら? それとも、魔王様たちと本格的な「労働改革」でも始めるのかしらね。




