第七話:商人と天文学的数字の無駄遣い
「いやいやいや! おかしいやろ! なんで伝説の聖龍が、幼女の膝の上でトカゲのふりして寝てんねん!」
静かな午後の店内に、これまでで最も騒々しい声が響き渡りました。 扉を勢いよく開けて入ってきたのは、背負いきれないほどの巨大なカバンを担いだ少女、ライア。 彼女はこの大陸を股にかける大商会の秘蔵っ子であり、世界中の秘宝をそのカバンに詰め込んだ、文字通りの「歩く宝物庫」です。
「いらっしゃいませ。威勢がいいですね」
サトシが差し出した冷たいお冷を、ライアは一気に飲み干しました。
「マスター! 挨拶してる場合ちゃうで! 外の傘立て! あれ、神話に出てくる『聖剣ガラティーン』やんな? なんで泥傘と一緒に突っ込んであんの? 価値分かってんの!?」
「ああ、あれは勇者さんが置いていった鉄屑ですよ。今はリアちゃんの泥遊びの道具になっています」
ライアは白目を剥いてカウンターに突っ伏しました。
「あかん、この店あかんわ。常識が迷子どころか家出してる……。あ、そこのガタイのええおっちゃん、麦わら帽子からツノはみ出てんで。魔王様やろ? なんで鼻歌まじりにジャガイモの皮剥いてんねん! そのツノ一本で城が三つ建つんやぞ!」
「うるさい小娘だ。皮剥きは精神の修行なのだ。今は城などより、リアのシチューの方が大事だ」
魔王が不器用に包丁を動かす横で、ライアは自分のカバンから「万物を鑑定する真実の眼鏡」を取り出し、震える手で装着しました。
「ひええ……。賢者様が枕にしてる本、失われたはずの古代魔法の原典やん。聖女様が肥料にしてるその粉、ドラゴンの骨を砕いた万能薬やし! なあ、あんたらのやってること、経済学的に言うたら大罪やで!?」
ライアは、カバンから次々と伝説級の秘宝を取り出しました。 「空間を固定する宝玉」や「無限に金貨が出る袋」。それらをサトシの前に積み上げます。
「ええい、こうなったらうちがこの店の会計を預かったるわ! こんな貴重なリソース、無駄にさせへんで! この秘宝全部あげるから、うちをここで雇いなさい!」
サトシは積み上げられた国を傾けるほどの財宝を、ちらりと一瞥しました。
「お気持ちは嬉しいですが、うち、レジがないんですよ。お代は皆さん、その日釣った魚とか、摘んだハーブとか、あるいは『思い出話』で払ってくれますから」
「……はぁ? 金、いらんの?」
「ええ。ここではお金で買えるものより、お金で買えない『退屈』の方が価値がありますから」
ライアは、手に持っていた黄金の天秤をカランと落としました。 彼女はこれまで、あらゆるものに値段をつけ、数字で世界を見てきました。けれど、目の前の男は、世界をひっくり返すほどの財宝よりも、鍋から漂うシチューの匂いを優先しているのです。
「……アホらし。うち、一生懸命働いて、何十個も秘宝集めて、結局何がしたかったんやろ」
ライアはカバンを床に放り投げると、空いている椅子にドカッと座りました。
「マスター。うちにもその、価値のない、ただの温かいシチュー一杯ちょうだい。お代は……ほな、この『世界の終わりを告げる鐘』でええわ。これ、ええ音が鳴るから、店の呼び鈴にちょうどええやろ?」
「それは贅沢な呼び鈴ですね。では、特製シチューをお出ししましょう」
関西弁の商人が、初めて「損得」を忘れて笑った瞬間でした。
【後書き】 ふふっ、ライアちゃん、いいキャラね。 彼女はね、世界のすべてを数値化できると思っていたけれど、この店にある「のんびり」だけは、どうしても計算が合わなかったみたい。
秘宝を呼び鈴にしちゃうなんて、彼女も立派に「落日」の住人失格……いえ、合格ね。 これでツッコミ役も加わって、いよいよ賑やかになってきたわ。 勇者、聖女、賢者、魔王、聖龍、そして商人。 次はライアちゃんが、この浮世離れした面々に「商売の基本(?)としてのピクニック」でも提案するのかしら。
お財布の中身ではなく、心の中身が豊かになっていく彼らを見るのが、今の私の楽しみなの。 次は、みんなでどんな「無駄遣い」を楽しみましょうか?




