第九話 明後日から夏休みだ〜(⌒▽⌒)(´Д` )
8,9話を同時に投稿しました。9話で一旦、導入編が終了しました。
静まり返った自室のベッドの上で、元宮和誠は天井を睨みつけていた。
(『主人公』の学校欠席イベント、それは物語においてとても重要な出来事だ。ヒロインのお見舞い、ヒロインのお粥、ヒロインの…そう、すなわちヒロインがいない俺がこのイベントを起こしても仕方ない。それが俺の持論なんだが…)
幸來の再来以来、和誠の日常は、憧れの『主人公』生活から遠ざかりつつあった。特に昨日、幸來に拒絶された(と和誠は思い込んでいる)昼休みの出来事が、彼の心に重くのしかかっていた。
「行きたくねぇ…」
ベッドの中で丸くなる。学校に行きたくない理由はただ一つ。
現実世界で漫画やアニメの『主人公』を演じる上で1番の壁、それが「痛いヤツ認定」だ。
昨日一晩中ほぼ寝ないで和誠は幸來にとった行動を思い出し考えた。簡単に要点をまとめれば、イジメられていた幸來を和誠が助けて、みんなハッピーという展開だ。これだけ見れば、和誠が幸來から嫌われる理由はない。
これらのことから考えて和誠は「痛いヤツ認定」された。という結論に辿り着いた。
「はぁ…」
和誠は、自分の行動が幸來を救った「かっこいい行動」ではなく、ただの「中二病の痛い行動」として受け取られたのだと結論づけていた。
その時、一階からインターホンの音が響き、姉の七架の大きな声が聞こえてきた。
「はーい、ちょっと待ってねー!」
玄関が開く音と共に、七架のうざったらしい声が聞こえる。
「あら、澪央ちゃん。朝からご苦労様。あのバカ何回起こしても出てこないのよ、ちょっと上がって起こしてきてくんない?」
「ちょ、バカ姉貴!勝手に上げるな!」
和誠は慌ててベッドから飛び起きた。このままでは、澪央が俺の部屋までやって来てからかい倒してくる。想像するだけでゾッとしる。
和誠は服に着替えながら、心の中で自分に言い聞かせた。
「まぁ明後日から夏休みだし、そうすれば文月さんと会うこともない。夏休みが終われば「痛いヤツ認定」が外れてるかもしれないしな」
そう言い聞かせて和誠は学校に行く支度を始めた。
玄関を出ると、花野井澪央が立っていた。彼女の隣には、水瀬薫がスマホを見ながら立っている。
「おはよう和誠。さっさと出てこないから、七架さんと話し込んじゃったよ?」
澪央はにっこりと、しかし獲物を見つけたような笑顔を向けてきた。
「悪かったって!ていうか、誘われたからって勝手に家に入ろうとすんなよ、」
「あら、ごめんね。でも、あんたが学校行くの渋るなんて何かあったのかなって。」
澪央は、和誠の顔を覗き込みながら、わざとらしい口調で尋ねる。その言葉は、まさに和誠が最も触れられたくない核心を突いていた。
「な、何を言ってやがる!俺はみんなの『主人公』だぞ!」
和誠は必死で否定する。
薫はスマホから顔を上げ、和誠をちらりと見て、淡々と口を開いた。
「…和誠、その反応は、何かあった時のテンプレだ」
「うるせぇよ、イケメン!お前にはわかんねぇこたなんだよ!」
「はいはい、わかんないわかんない。さ、行くよ、主人公様」
澪央は笑いながら和誠の背中を押した。いつもの澪央にいじられ、薫に冷静にツッコまれるという、日常の構図。今日の和誠は、この構図にとてつもない安心感を覚えたのであった。
学校に到着し、いつものように下駄箱で分かれる。
「じゃあな、」
薫はいつも通りクールに言い放ち、自分の教室へ向かった。
和誠と澪央は並んで教室へと向かう。
「幸來ちゃん、いるかな…」
澪央がイタズラに問いかける。
「……いるんじゃねぇの?」
和誠は素っ気なく答えた。
教室のドアを開け、和誠は一瞬で幸來の姿を捉えた。窓際の席で、教科書を広げている。光を浴びたその姿は、まるで物語の挿絵から抜け出てきたようだった。
澪央は幸來に「おはよう!」と声をかけ、そのまま自分の席へ向かう。
和誠が自分の席へ向かう途中、幸來が彼に気づき、席を立ってこちらに向かってきた。
幸來は、わずかに頬を染めながら、透き通った声で挨拶する。
「おはようございます、元宮くん」
(よ、よし!挨拶してくれた!もしかしたら案外嫌われてないかも?)
和誠は心の中でガッツポーズをした。そして、『主人公』らしくスマートに会話を繋ごうと、昨日から頭の中で温めていた話題を振る。
「お、おう、おはよう、文月さん」
「そういえば、明後日から夏休みだね」
しかし、その瞬間、幸來の顔から血の気が引いた。
「え?」
幸來は、まるで信じられないものを目にしたかのように、目を見開く。その声は、震えていた。
「え?」
和誠も幸來の反応に戸惑う。何か失言をしただろうか?
幸來の顔からますます血の気が引いている。まるで人生の終わりのようなそんな顔に見えた。
そして、幸來は和誠から視線を外し、何かを振り払うように「そう…ですねー」とだけ発し教室のドアに向かって歩き出した。
「な、なんで…どういうことだ…?」
和誠は呆然とする。幸來の突然の反応は、和誠の「嫌われている」という確信をさらに深めた。
(なんでだよ!別に普通のことしか話してねぇだろぉ!)
和誠の心の中で、落胆の叫びが響き渡った。
和誠の元から離れ、教室を出た幸來は誰もいない廊下を早足で進んでいた。耳元で、和誠の言葉が何度もこだまする。
「明後日から夏休みだね」
(あ、あああ…あああああああああああああ!)
幸來は、近くの誰も使っていない階段の踊り場で立ち止まり、頭を抱えた。
失念していた。
一学期の途中で一ヶ月もの間学校を休んでいたせいで、彼女の頭の中から「学期の区切り」という概念が完全に抜け落ちていたのだ。
彼女の『ヒロイン作戦』は、実に綿密だった。
1. 学校に復帰し、変貌した姿で和誠くんの注意を引く。
2. 和誠くんと仲のいい澪央さんに和誠くんとの関係について尋ねる。
3. 一学期が終わるまでの残り数週間で、和誠くんと会話を重ね、親密度を上げる。
4. 夏休み直前のタイミングで、勇気を振り絞って遊びに誘う!(これが最重要作戦!)
5. 夏休み中にデートを重ね、和誠くんの隣に立てる『ヒロイン』として決定的な地位を築く。
それが、どうだ。
(な、ない…残り数週間という猶予が、ない!)
残された時間は、今日と明日、たった二日。週末を挟んで、すぐに夏休みが来てしまう。
「明後日から夏休みだね」という和誠の言葉は、和誠にとって「一旦会わなくて済む」という安堵の言葉だったかもしれないが、幸來にとっては「お前の作戦は破綻した」という、天からの死刑宣告に聞こえた。
(どうしよう…!この二日で、どうやって遊ぶ約束をすればいいの?今から誘ったら絶対、変な人だって思われる!)
一ヶ月間の努力で手に入れた自信と美貌は、和誠の言葉と、残酷な「夏休み」の現実の前で、一瞬にして崩れ去った。
(私は、また失敗した…!私ってやっぱり『ヒロイン』の素質がないのかも…!)
幸來は、絶望的な気持ちで階段に座り込む。
(ううん、違う!私は、和誠くんの『ヒロイン』になるって決めたんだ!このピンチを乗り越えなきゃ、真のヒロインじゃない!)
幸來は顔を上げ、決意を新たにする。この二日間で、何としてでも和誠と距離を縮める。そして、夏休みの予定を勝ち取る。
(元宮くん…私、絶対諦めないから!)
次回の投稿は次週の水曜日です。




