第三話 そして、物語は動き出す……
1〜4話を同時に投稿しましたので1話2話をご覧になっていない方はぜひ1話から読んでもらえたら嬉しいです。
「大丈夫か?」
和誠の優しい声に、幸來はビクッと体を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。涙で濡れた目には、和誠の顔がぼんやりと映る。幸來は、震える声でか細く答えた。
「う、うん……大丈夫……」
和誠は、その答えを聞いて、小さく安堵の息を吐いた。
そして彼は、手に持ったスマホに向け視線をむける。
「よかった。じゃあ、これ、先生に渡しに行こうか」
和誠がスマホを差し出した、その瞬間だった。
「やめて!」
幸來が叫んだ。床に膝をついたまま、必死に顔を上げて叫んだ。その声は、泣いているようにも聞こえた。
「大事にしたくないの!」
幸來の言葉に、和誠は一瞬、戸惑いの表情を浮かべた。しかし、すぐに真剣なまなざしに変わる。
「気持ちはわかる。……怖い、よね。波風立てなきゃ、とりあえず『今日』は終わるんだから」
和誠は、幸來の目の前にゆっくりとしゃがみ込む。
「でもさ、文月さん。今のままだと、君の物語のページはここで破り捨てられたまま、二度と先に進めなくなる。……それで本当にいいの?」
幸來は小さく息を呑み、震える睫毛の間から和誠を見た。和誠のまっすぐな瞳は、彼女の弱さを決して否定しようとはしていない。
「俺は、漫画やアニメが好きだ。そこに出てくる『主人公』たちは、いつだって理不尽に立ち向かう。……でも、彼らだって最初から強かったわけじゃない。みんな、怖くて震えながら、それでも一歩踏み出すから『主人公』なんだ」
和誠は、震える幸來の小さな手から少し離れたところに、そっと自分の手を置いた。
「前に進んでみようよ。自分の人生の、自分自身の物語の『主人公』は自分だって胸を張って言えるその日まで」
幸來は、その言葉に顔を上げた。和誠のまっすぐな瞳が、幸來の心を射抜く。
和誠の力強い言葉に、幸來の心臓が激しく脈打った。
「当然、俺も手助けをする。…だから、さ?一緒に頑張ってみようよ」
今まで誰にも言えなかった、弱い自分を、彼は正面から否定せずに、受け止めてくれた。そして、一緒に立ち向かおうと言ってくれたのだ。幸來の頬が、ゆっくりと赤く染まっていく。
(ああ、私、この人に……)
幸來は、胸の奥からこみ上げてくる、今まで感じたことのない感情に気づいた。
その後、和誠と幸來は、職員室に向かい、今日の出来事を担任の先生に報告した。先生は二人を労い、いじめっ子たちに厳重な処分を下すことを約束してくれた。
そして、幸來のお母さんが迎えに来る時間になった。
「幸來!大丈夫だったの?」
職員室に駆け込んできたのは、幸來のお母さんだった。心配そうに幸來に駆け寄り、その顔を見て、安堵の表情を浮かべた。
幸來のお母さんが泣きそうな声で幸來の肩を抱きながら幸來に優しく問いかける。
「幸來……本当に大丈夫なの?無理しなくていいのよ」
「うん、大丈夫だよ」
幸來は、いつものようにどもることなく、はっきりと答えた。その言葉に、お母さんは少し驚いたような顔をして、そして、優しく微笑んだ。
「そう……よかった」
和誠と幸來は、幸來のお母さんと一緒に職員室を出た。自分の教室の前に差し掛かった時、和誠は課題を忘れてきたことを思い出した。
「じゃあ僕はこれで」
それを聞いて幸來のお母さんが深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
それに続いて幸來も
「本当に、ありがとう!……
元宮くん、またね!」
幸來は、はにかむような、それでいて満面の笑みを浮かべ、和誠に手を振った。和誠は、その笑顔と言葉に、どこか覚えのあるような、不思議な感覚を覚えた。
あの出来事から一ヶ月が過ぎた。その間、幸來は一度も学校に来ていない。




