可愛い侍従とイケオジ侍従長1
「まったくもう……どうしましょう……」
「おや妃殿下、どうなさいましたか?」
宝物庫という名の倉庫から侍女数人を引き連れて悄然と出てきた私に、艶のある低音の声がかかった。
「あら侍従長!ちょうど良いところに!」
私は推しの声にハッと顔を上げ、目を輝かせる。なんて素晴らしいタイミングだろうか。
「すっごく困っているの。国へのお土産が決まらなくて!陛下たちから北の宝物庫のものは何でも好きに持っていけと言って頂けたんだけれど、何が良いのか分からなくて」
せっかく気前のいいことを言ってくれたのに、もったいない。
「どれもこれもとっても素敵で……」
なんてしおらしく言ってみたが、正直どれもこれも同じに見える。一番高いモノを貰っていきたいところだが、実は値段が高いものなら良いというわけでもない。高くてもダサいのはダメだ。
侍女たちも人間の好みは分からないと意見を言いたがらないし、お手上げだ。獣王国らしくて実家に喜ばれるセンスの良いお土産……難易度が高すぎる。
「私、とことんセンスがないのよねぇ」
なにせ自分への贈り物は、なるべくリアルな可動式人形(デッサンの参考)や解剖図鑑(執筆およびイラストの参考)が良いとか言う女だ。本音では春本寄越せと強く願っている女だ。普通のプレゼントのセンスが壊滅的なのだ。
「はははっ、ご謙遜を!」
しかし、そんな私の深刻な悩みを笑い飛ばし、侍従長はニヒルな大人の魅力全開で片目を瞑ってみせた。
「陛下も宰相閣下も、妃殿下の素晴らしい感性と機転に、大層感動なさっておいででしたのに」
「おほほほほ!まぐれよ、まぐれ」
先日国王と宰相が痴話喧嘩した際に、ちょっとしたラブラブ大作戦[サプライズ編]を仕掛けたら大成功したのだ。里帰りのお土産は宝物庫から持って行け!という大盤振る舞いはその時の謝礼である。だがその辺は割愛だ。時間がない。
「ねぇ、助言もらえないかしら?」
「そうですねぇ……では、陛下の侍従を一人貸出ましょうか」
「えっ」
なんて素敵なご提案!
「気はききませんが、センスは良い仔です」
「ぜひお願いするわ!」
わーい!
この侍従長がそう言うってことは、あの仔だよね!
「待っていたわ、ヘンリー!」
「遅くなり申し訳なく存じます。ただいま参りました、妃殿下」
優雅に振る舞うのは、秋田犬を思わせる可愛い犬獣人。まだ人間でいえば中学生くらいだが、将来は立派な闘犬になりそうなポテンシャルを感じさせる。愛らしい目の奥に闘志と情熱を燃やしていそうな少年だ。
「侍従長があなたのセンスに任せれば安心って言っていたわよ?期待してるわ」
「えへへ、……光栄ですっ」
嬉しそうにはにかむヘンリーは、つい揶揄いたくなってしまう。私はにんまりと笑いながら小声でヘンリーに囁いた。
「あの厳しい完璧主義者の侍従長が言うんだもの、自信もって!」
「くぅ、や、やめてくださいっ!」
侍従長の名を出すたびに、ヘンリーの顔に血が上る。恥ずかしいらしい。
「あら照れてるの?ほっぺが赤いわよぉ?」
「ううぅ、妃殿下、意地悪ですっ!」
うーん、かわゆい。
これは攻めね。だってピュアなんだもの。
さて、国王陛下の衣装係を勤めるヘンリーの圧倒的なセンスの良さで、私のお土産はあっさり決まった。全部ヘンリーに任せたので、私は見ているだけだった。楽だ。さっさと助けを求めればよかった。使える部下がいる国王、羨ましいわね。引き抜けないかしら。
ところで、我が人生の本題である。
「あの二人は、一体どっちが攻めでどっちが受けなの……!?」
私はここ数日頭を抱えている。私の中では当然ながら「純情な猪突猛進猛犬な年下攻め×恋なんて甘い感情からは遠ざかって久しいニヒルなイケオジ」に決まっているのだが、世の中そう上手くはいかない。というか今のところ毎回外している。
「どっちかなぁー?今度こそ当たらないかしら」
たとえば、こんなふうに。
☆☆☆
「侍従長!」
「おや、ヘンリー」
侍従長から見れば我が子と言ってもおかしくない年齢の仔犬は、なぜか自分をそういう意味で慕っているらしい。今日も煌めくつぶらな目に確かな情欲の炎を宿してこちらを見つめている。
「考えてくれましたか?」
「ははっ、またその話か。もう諦めたらどうだ?」
「まさか!受け入れてもらえるまでぶつかり続けますよ」
爽やかに笑い飛ばす仔犬に、侍従長の心は揺れる。犬獣人は、猿獣人の自分とは相性が悪いはずなのに、なぜこの仔犬はいつもこんなに真摯に見つめてくるのだろうか。
「君みたいに将来有望な少年に慕ってもらえて嬉しいよ」
「侍従長、私があなたに向けるのは、敬慕なんて生やさしいモノじゃない。分かっているのでしょう?」
「……ははっ」
どれほど受け流そうとも、真剣にぶつかってくるヘンリーの若さが眩しい。侍従長は苦笑して、どうこの場を逃れようかと考えた、が。
「それとも意外に……強引に奪われたいタイプなのですか?」
「くっ、くくくっ」
挑発的な台詞に振り向けば、どこか思い詰めた瞳のヘンリー。侍従長はしばらく笑った後で、大きくため息をついた。もう無理だ、と。
「まったくもう……あんまり大人を揶揄うもんじゃないよ?」
「わっ」
グイッとまだ成長途上の、けれど十分に逞しい体を引き寄せる。
「後悔しても、知らないよ」
そう囁いて、瑞々しい唇に噛みついた。