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さて、唐突だが性癖の話をさせてもらおう。
私はスパダリ攻めより、普通なら攻め様ぽいというか、女相手ならスパダリっぽい男が押し倒されるのが好きだ。つまり、宰相閣下とか間諜文官とかオジサマ侍従長とか!
ピュアで不器用な方が攻め派なのだ。攻めより受けの方が上手であってくれ教徒なのだ。攻めには受けの掌の上でコロコロされて欲しいんだ。分かる?
あと、筋肉ムチムチな男は雄っぱいがあるじゃない?だから攻めが似合うと思う。国王も騎士団長も猛犬侍従も筋肉自慢で雄っぱいがあるから攻めなの。分かる?逆でもいいけど、私はそっち派なのだ。体格の良い方が華奢を押し倒すという解釈ではなく、雄っぱいが……!
……何を言ってるのか謎だろうが、理解するのは諦めて欲しい。腐女子の特殊性癖だ。
ということで、騎士団長は攻めであって欲しい。
つまり、こういうことだ。
☆☆☆
「アウエル文官」
「おや、騎士団長」
「……ランズとお呼び捨て下さいと、お願いしているでしょう」
悲しげに耳を伏せながら、ランズはアウエルに近づいた。体格の割につぶらで愛らしい瞳には、素朴な寂しさが浮かんでいる。
「ふふ、懐かしい話を持ち出しますね」
「私を騎士団長などと呼ばないで下さい。そんなことをするなら、私はあなたを師匠とお呼びしますよ」
「おやめなさいな。騎士団長に師匠などと呼ばれては、私が困ります」
肩をすくめてクスクス笑うアウエルに、ランズは真摯に言い募った。
「あなたに習った暗殺術が、何度も身を守りました。あなたは間違いなく、私の師匠だ」
「ふふ、まったく……謙虚な仔熊だ」
「ふざけないで。子供扱いはよしてください」
ドン、と両手の間にアウエルを捕らえ、心優しい雄熊は焦がれる瞳を向ける。
「何度お伝えすれば良いのです?何度言えば、あなたは信じてくれるのですか?私が、あなたを、愛していると」
「勘違いですよ、ランズ」
弱々しくかぶりを振り、アウエルはどこか苦しげに否定する。
「少年の日の、大人への憧れを拗らせただけに過ぎない。一時の感傷です」
「ちがう!」
激情のままに、ランズが壁を殴る。耳のすぐ横で壁が砕けた音がして、パラパラと粉塵が舞った。
「どうしたら……どうしたら、分かって下さるのか!?」
ぐしゃりと顔を歪ませて、ランズは普段は優しく輝く瞳に怒気と狂気を孕ませた。
「分かってくださらないのならば……あなたのカラダに、分からせて差し上げます」
そう吐き捨てたランズは、既に己を超えてしまった教え子に全ての抵抗を封じられたアウエルを、激情のままに抱き潰した。
「どうすれば分かってくださるのか。私が欲情し、己の身の破滅と引き換えでも欲するのは、アナタだけなのです……」
寝台の上で意識を手放したかつての師匠に、ランズは闇を宿した瞳で囁く。
「愛しい私のアウエル様、どうか永遠に、私のものに」
相手に焦がれる睦言は、意識を手放した狐の元には届かない。手に入らない年上の男を求めて、心優しい雄熊の純情は、次第に狂気へと色を変えていく。
「愛しております、アウエル様……」
ランズはため息とともに、ゆっくりと目を閉じ、束の間の安息の眠りへと身を委ねた。そして、雄熊が完全に穏やかな寝息を立てるようになった頃。
「あぁ、可哀想なランズ。……私の掌の上とも知らないで」
初めての情交に疲れ果て、こんこんと眠る雄熊の、年より幼い寝顔を見ながら、アウエルは慈愛に満ちた表情を浮かべて囁いた。
「お詫びに、死ぬまで愛してあげますからね?……愛しい愛しい、私の仔熊」
その目には、確かな狂気が宿っていたが、幸いにも眠っていたランズは気づかなかった。
☆☆☆
「ってのが良いわけよ!わかる!?神様!」
脳内再生された素晴らしすぎる名エロシーンをせっせと紙に書き写した私は、完成した最高のR指定同人誌を胸に抱えながら天を仰いで叫んだ。この良さが分からないとかマジであり得んわ。
「よっし、お供えばっちり!頼んだわよぉ?」
寝台の下という私の祭壇に同人誌を仕込み、三回手を合わせてから、私は雄々しく立ち上がった。
「いざ、出陣!……いでよ魔法のヤバイ筒!」
前回よりパワーアップした双眼鏡片手に、私は部屋を抜け出した。本日はあの二人が城の裏で密会するという情報を同志より得ている。多分あの子が狐の手下なんだろうけれど、私の小説の大ファンだから情報提供は惜しまないらしい。狐ドンマイ。
「さて、行くか」
アウエルもランズも鋭いからな。前回の覗きより三倍くらい遠い距離から見るのだ。
***
「いやぁ、妃殿下は恐ろしい方ですねぇ」
「え?」
ランズとアウエルは、表と裏の情報交換を終えて一時の雑談に興じていた。しかしアウエルは、ふと何か思いついた様子で含み笑って口を開く。
「あの方、私とあなたが師弟関係にあると勘付いているらしいですよ」
「は!?どうやって?」
「さぁ、女の勘だとか」
アウエルの部下もかなり驚いていた。そして、なぜか「さすがセンスの塊!尊敬せざるを得ません!新作も楽しみです!」と激賞していた。……怖いので詳しくは聞かなかったが。
「……人間側の間者では」
強張った顔で危機感を募らせるランズには悪いが、多分違う。
輝く笑顔で「信頼する騎士団長を(観察したいから)護衛に寄越せ」とか言ってくる狂人だ。あれは正気を失った芸術家とかと同類の人間である。
「危険なのでは?」
「うーん、どうも違うようですが……」
だが、ランズに自分が性根の腐った芸術家の餌食にされていると教えてやるのも可哀想だ。これから妃殿下からの視線に慌てふためくことになってしまうだろう。なんなら公的な場でも妃殿下がいると、受け答えがしどろもどろになりかねない。
「まぁ、大丈夫だと思いますよ。我が国に害はなさそうです」
「アウエル様が仰るなら、そうなのでしょうが……」
困惑しながらも、ランズは受け入れた。昔からアウエルの言うことは疑わず聞く良い仔なのだ。
「……そんなことより、アウエル様」
「ん?」
「今夜は、ご一緒できるのですか?」
「……ふふ、さすが、若いですねぇ」
期待に満ちた熱い目で見つめられ、アウエルもじわりと腰が疼く。熱が籠り始めた瞳に、アウエルは悠然と笑みを返した。
「君が望むなら、いくらでも」
「アウエル様……」
「ふふっ、可愛いですよ、ランズ」
逞しいカラダを赤い縄で縛り上げられて、恍惚と微笑むランズに、アウエルは優しく囁いた。
「この国で最強を謳われる大熊のあなたが、こんな恥ずかしい趣味をお持ちだなんて、とても表では言えませんねぇ」
「い、言わないでくださいッ!」
「ふふ、照れるのも恥じらうのも、愛いですね」
真っ赤な顔に口付ければ、巨躯のわりに度胸のないランズはびくりと打ち震えた。深くて長い付き合いなのに、他愛無い口付けでも緊張する教え子は、相変わらず可愛らしい。
「物覚えの悪い仔だ。……きちんと躾直してあげますね」
耳元で囁いて、アウエルは逞しい体に覆い被さった。
***
「は!?そういう趣味!?いや悪くないよ!?悪くないけど……ッ」
遠くでくんずほずれつしているアハンなお二人を眺めながら、私は愕然と呟いた。
「えー!なんでここも逆なの!?」
この二人も、私の予想と逆CPだったのだ!衝撃である。マジか。
「ドSの受けで良くない!?この世界の創造主とはトコトン趣味が合わないわぁー!」
赤い鞭と赤い縄が似合うアウエル文官は、大層受け受けしい美しさなのに!勿体無い……いや、これはこれで良いんだけどね?でもなぁ。
「どうしよ、騎士団長攻めで二作書いちゃったよぉー!」
私は頭を抱えるしかない。もう書いてしまったのに。既にお仲間に頒布済みなのに。
……まぁいっか。これは妄想であり事実には基づきませんって注意書きつけたしね。
「私の脳内カプは、違う世界線の話ってことで!ね!」
どっかのパラレルワールドには、きっと縄で縛った騎士団長にのし掛かるのではなく乗っかって、楽しく受けをしているアウエルがいるはずだ。アウエル受けの世界線もきっとある。そう己を納得させた。
「まぁ細かいことは気にせず、ヨシとしましょう。それにしても……」
部屋の机で書き始めている次回作に思いを馳せる。この流れだと、アレも逆なのだろうか。
「もしや、あそこの二人は侍従長攻めか?えー、経験豊富なスパダリは攻めより受けでしょうに」
件の二人がそもそもカップルではないという可能性は考えない。腐女子というのは勝手で思い込みが強い生き物なのだ。
「ま、次のお楽しみね」
覗く気満々の私は晴れやかな笑顔で呟いた。常識がない発想だなと今更なツッコミが頭の片隅を掠めたが無視する。
人生楽しんだもの勝ちなのだ。
せっかく意味不明な世界に転生したのだから、楽しまなくてはね!