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「くそっ、いつもお前は余裕ぶって、必死な俺を弄ぶんだ」
ガンッと壁に叩きつけられた国王の両手は、やり切れなさを表すように、苦しげに壁に爪を立てていた。今にも食らいつきそうに尖った牙を見せながら、国王は腕の間の宰相に牙を剥く。壁際に追い詰められたはずの宰相は、しかし余裕のある笑みを見せた。
「おやおや、また子供のように泣きそうなお顔をして。まったく、逞しいお身体をなさっているくせに可愛いらしい方だ」
涙を浮かべて悔しげに唇を噛み締める国王を、宰相は苦笑を浮かべながら見上げる。文官然として、国王と並べば華奢にすら見える体で、国王の激情を目の前にしても宰相は悠然と笑む。
「お前が悪い……俺の気持ちを知っていながらッ」
「貴方のお気持ちとは?」
耐えかねたように絞り出された叫びに、宰相は柔らかな問いを返した。唇がゆるりと歪み、意地の悪い笑みを形作る。紅い唇が、あえかな吐息とともに、年下の狼を追い詰める言葉を吐く。
「ねぇ、貴方のお気持ち、とは?」
「っ、う」
誘惑するように重ねられた問いに、一国の王が、降伏するように口を開いた。
「……お前が、好きなんだ」
「ふふっ……よく出来ました」
ふわり、と頭に手を伸ばし、宰相はまるで幼子に対するように国王の頭を撫でた。そして耳元に唇を寄せ、蕩然と目を細める国王に甘く囁く。
「素直なワンちゃんは、ベッドの上で可愛がってさしあげないとね」
「っ、なにを」
普段は冷酷に凍る目を甘く溶かして、宰相は妖艶に笑った。
「アナタもアナタの御子息も、キチンと私が甘やかして、溶けるほどに可愛がって差し上げますよ」
甘く蕩ける熱に浮かされた目に誘われ、そして囁く。
「さぁ、寝所へゆきましょう?陛下」
☆☆☆
…………ってことよね?
「ってことよね!?かぁー!!イイ!最高!妄想が捗るぅ!」
脳内で繰り広げられる薔薇色遊戯に、私は耐えられずに床に突っ伏した。
「悪いオトコぉー!眼鏡をくいっと上げて、片方だけ口角を上げてね!あー!最高ッ!」
色っぽく眼鏡をクイクイしている脳内の宰相に、私は全力で声援を送りたい。小説で書こうと思ってたけど、漫画にしちゃおっかな!?いや漫画はセンスなくてテンポ悪くなっちゃうし、挿絵多めの小説だな!決まりだわ!
「これぞ誘い受け!眼鏡宰相は最強最悪なスーパー誘い受けよ!」
ガッツポーズをしながら窓に向かう。窓越しに先ほどの通路が見えるが、もう二人はいない。二人ともまじめくさった顔つきで、足早に執務室へと向かったからだ。でも分かる。アイツらは今、仕事なんてしていない。人には見せられない熱い痴話喧嘩をしているに違いない。
「あっはぁああんっ、最高ッ!出歯亀したぁあああいっ」
私はかけもどった私室で一人身悶えのたうちまわっている。あれだけ煽っておいたから、きっとこれから盛り上がると思うのよ!
「いでよ!魔法の筒!」
死ぬほど苦労して作り上げた魔法の筒すなわち双眼鏡を片手に、私は二人が入って行った部屋の対角線にある図書室へと向かった。
もちろん、出歯亀するために。
***
「なんなんだあの人間の雌はっ!?お前もなんであんな奴を俺の番にしようとした!?」
国王の苛立った怒声にも、勤続十年を越す宰相は慣れた様子で、微笑を揺るがせることもない。
「そんなの簡単ですよ。独占欲です」
「は?」
あっさりとした答えに、国王はキョトンと振り向いた。国王の年齢相応の幼い表情に笑みを深め、宰相はくすりと目を細めた。
「あの雌なら、あなたは絶対に惚れないでしょう?だからです」
そっと近づき、逆立つ銀の髪を掌で撫で付ける。首に両手をかけて抱き寄せれば、宰相よりも背の高い狼は、簡単に腕の中にやってきた。
「従順なワンちゃんだ」
「っ、やめろ、くすぐったい」
首元を撫でてやれば、気持ちよさそうに目を細めながら文句を言う仔狼に、成豹はごくりと唾を飲む。かつては家庭教師として仕えたこの仔が次第に成長し、肉感的な美を手に入れていく様は、宰相にとって眼福の一言だった。そしてその目には、自身への憧れがいつまでも変わることなく宿されていたのだ。耐えられる訳がなかったし、耐える必要も感じなかった。
「幼い頃からあなたの好みは、意地悪で年上の、冷たい美形ですものね?」
「ぅ、っな!おまえ、それ言ってて恥ずかしくないのか!?」
「なにが?」
動揺して顔を赤くする初心な狼を、豹は獲物を見る目で眺め、舌舐めずりする。
「だって、自分のことを、そんな」
「おや。ふふふっ」
駆け引きなど知らぬまま育った、素直で純情な自分の仔犬に、したたかな豹は楽しげに笑った。
「何を笑っている!?」
「いえ、本当に可愛らしいお方だなぁと」
秀でた額に、ちゅ、と可愛らしい口付けを落として、宰相は悪戯っぽい表情で首を傾げた。
「そんなに私はあなたの好みですか?」
「くっ、……馬鹿がっ」
しかし、揶揄うつもりの台詞は、真正面からの愛の言葉にねじ伏せられる。
「お前が俺の好みなんじゃなくて、俺の好みがお前なんだよ」
「……ははっ」
思わず止まった呼吸を隠すように小さく笑って、宰相はぐしゃりと顔を歪める。恍惚と、さも幸せそうに。
「これは、陛下に一本取られましたね」
目を細めて腕の中の狼を見つめる。煽られた獣の本性が、荒々しく吠えている。
「可愛がって差し上げますよ、私の王様」
もう手加減は出来そうになかった。
「もう、疲れた……」
「ふふ、お疲れ様でした」
興奮のままに、豹は愛する番を抱き潰した。ぐったりと腕の中で横たわり泣き言をこぼす愛らしい狼へ、ちゅ、と愛らしい音の口付けを贈る。
「王様として偉そうに振る舞っている癖に、随分と他愛無い方ですね。昔からちっとも変わらない」
狼のフサフサした尻尾をヨシヨシと撫でて、宰相は蕩けるような笑みを浮かべた。
「や、やめろ!馬鹿者!もう終わりだ!」
「おや、残念」
「……続きは、夜だ」
頬を染めた番からの愛らしいおねだりに、ごくりと唾を飲み、宰相は満足げに頷いた。
「ちゃんと言えてお利口さんですね。素直な良い子にはご褒美をあげなくては」
「へ?んっ」
深い口付けをかわしながら、宰相はそっと視線を上げた。年下の狼に気づかれないよう、チラリ、と窓半分だけ開きっぱなしのカーテンの隙間に目を向ける。
「……おや」
感じだ視線は、彼女のものだったのか。
豹の視力は、図書室から覗く女が驚いたような顔をするのを捉えた。アレは、よく見慣れた顔の人間の女だ。
「ふふっ、コレはあげませんよ」
勝者が敗者を嘲るように目を眇めてから、目の前で蕩然と自分を見上げているこの国の王を見下ろす。番を妄愛する豹は目を細めてうっとりと笑った。
「可愛い私の狼。あなたは私に揺さぶられて啼いていればいいのですよ」
***
「……まじか」
衝撃の真実である。
会話は聞こえないが体位で分かる。これ、宰相閣下が攻めだわ。国王ってばイイモン持ってるくせに、宝の持ち腐れぇ~!
「うーん、……華奢眼鏡年上攻めか。解釈違いね」
うーんうーんと唸りつつ、顎に手を当てて熟考する。たしかに筋肉質で体格の良い国王が比較的細身の宰相閣下に押し倒されているのは意外性があって良い。宰相も国王と並べば細いけれど、かなりしっかり引き締まったオカラダをしていらっしゃる。女子の好きな細マッチョだ。ソッチ派の人もいらっしゃることだろう。
「でもでも!年上が経験値を生かして、年下を体からドロドロにして落とす♡ってシチュは、受けがやる方がエロいと思うんだけどなぁ!」
そこだけ残念である。いや、私の性癖なんて語られても困るか。
「まぁいっか、本人達の自由だしねぇ」
それにこれで万が一の時にも、私と宰相閣下が竿姉妹になる可能性はなくなった。なんとなく安心だ。陛下の前は未使用っぽいし。
「んー、いや、まぁそれもないか」
まぁなんかラブラブぽいし、多分いま宰相に思い切り睨まれて牽制されたし、私と陛下に万が一のことはなさそうだな。よかったよかった。
「予想が外れたのは残念だけど、これはこれでとっても美味しいしね!」
私は雑食系腐女子なのだ。死角もなければ地雷もない。どんとこい。
推しカプ3組を3日に分けてお届けします。
さっくりとした短い連載ですが、お付き合い頂けると嬉しいです〜!