この世界の創造神の性癖、読めたわ!
「たぶん、創造神は敬語攻め派なんだと思うのよ」
「あなたが何を仰ってるのか、私には分かりません」
慣れ親しんだ我が家の庭でのティータイム。
後ろに控える馴染みの近衛騎士を振り返り、私は眉を顰めた。
「そんな『おまえは何を言っているんだ』みたいに言わないでよ」
「それも分かりません」
真顔で淡々と言われて嫌な感じだ。ますます顔を顰める。
「壊れたAIの返答みたいじゃん、やめてよぉー」
「わかりました」
「感情に乏しい短い返答。ますますAIぽさ!」
「……俺はどうすりゃいいんだよ」
うんざりした声で返された言葉に、私はケラケラと笑った。
「あはは、それで良いのよ」
やっと以前と同じような顔を見せた幼馴染に、私も肩の力を抜く。呆れた顔でこちらを見てくるのは、侯爵家の次男で未来の近衛騎士団長の呼び声高い青年だ。年は二つ上である。
「まったく、お前は変わらないなぁ?ちゃんと嫁に行って王妃様やってたはずなのに」
はぁあああ、という深過ぎるため息と共に吐き出されたセリフに、私はニヤリと笑って肩をすくめた。
「まぁねぇ~、ちょちょっと王妃様稼業をしたら、後は後宮に引き篭もって趣味に勤しんでいただけだしね!」
ありがたいことに王妃様らしいお仕事なんて、ちょっとしかさせてもらってないからね!おかげで趣味に打ち込めました。
「趣味ぃ?なんだそれ、お前趣味なんてあったっけ?」
「あるわよ、生まれる前から」
「なんだそれ。向こうで何してたんだ?」
「内緒よ」
「内緒なのかよ」
「そう。でも、向こうで大ブームを巻き起こしてきたのよ?すごいでしょ」
王妃としての、普通の社交はほぼしていない。しかしちょっとばかりアングラな世界で、私、というか、私の作品は大人気だったのだ。お貴族様の奥様お嬢様方に。
それなのに、この男は全然信じていないらしい。半眼半笑いで首を傾げてきた。
「いやいや、大問題の間違いでは?そうじゃなきゃ一年も経たずにで送り返されないだろ」
「逆よぉ!その逆!」
私は口角をにまぁと持ち上げて自慢げに語った。なにせこれは誇るべき私の武勇伝だ。オタクたるもの、同志を増やしてナンボである。
「私ったら、あまりにも人気者になりすぎてね、向こうが危機感抱いたらしいのよねぇ!子なし五年で離婚の契約だったはずが、向こうの有責で良いから早く帰ってくれって言われたのよ。っていうか、もう帰って来ないでくれって泣きつかれたのよね」
「いや待て本気で何やらかしたんだよ」
鼻高々に語っていたら、若干青ざめた顔の幼馴染が頬をひくつかせながら突っ込んだ。いや、そんなに怯えなくても、大したことはしていないのよ?私は私の信念に従って薄い本を書いていただけ。
「んー?まぁなんていうか、……後宮の女官達どころか貴婦人方から絶大な支持を集めちゃってねぇ、一大派閥を築いちゃったのよねぇー?いやぁ人気作家は困るわぁ」
「は?作家??」
整った顔を困惑に歪めた幼馴染を前に、私はホォとため息をつく。人気者って辛いのよ?
「うちの主人もモデルにお願いしますとか言う奥方がたくさん出てきて、ご主人達が泣きながら止めに来たり」
「はぁ!?どんな小説書いてんだよ!?」
「ただのロマンス小説よぉ?」
ただし男女ではなく、BLの。
「私の小説が名作すぎてねぇ、国王は真っ赤になって憤死しそうだったし、宰相も真顔で固まってたし、騎士団長は私でも首落とせそうなくらい呆然としてたし、間諜の親分は凍りついて目が死んでたし、侍従長は」
「おい待て本当に待て」
幼馴染は完全に血の気を無くした顔を片手で覆い、何度か深呼吸をした。落ち着く必要があったらしい。
「なぁお前、嫁入りしてたんだよな?陛下から何かしらの密命を帯びていたとかではなく?普通に嫁に行ったんだよな?」
「うん。私も静かに大人しくしていたのよ?でもまぁ、ちょっと失敗だったのは作品が本人に見つかったことよねぇ。頒布数が増えちゃった人気者の宿命だけど」
飄々と答える私に、幼馴染は呆然と再度問うた。
「……お前何やってたんだ?」
「ナマモノ作品はやっぱりルールを明文化して本人には見られないようにしないとダメだなって学びを得て帰ってきました」
「え?……向こうの人たちをモデルにして、公序良俗に反するようなヤバイ小説を書いたのか!?」
「ヤバくないわ!エロいだけよ!」
「よけい悪いわっ」
本気で怒鳴られて耳がキーンとなる。ごめんってば。私も若干反省しているのよ。若干だけど。
「……お前、ヤバすぎるだろ」
「えへへー!ってことで、出戻り姫でーす」
キャピッ、という効果音でもつきそうな笑顔でポーズを決めれば、我が親愛なる幼馴染は肺の中の空気を全部吐き出すような、深い深いため息をついた。
そして。
「はぁ……で?他に行く当ては?」
呆れた顔で、けれど「しょうがないなぁ」と受け入れるような優しい声で、私を見る。だから私は元気に笑って答えた。
「ない!だから貰って?」
「ふっ……りょーかい」
少し含み笑いをしてから、一拍の間を置いて、愛しい人は手を差し出す。
「騎士の嫁になってくれますか?出戻り王女様」
「あら」
失礼なプロポーズの言葉に、逞しい手を取りながら私もにこやかに言い返す。
「是非ともお嫁さんにしてもらいたいわ、女の趣味の悪い騎士様」
互いにくすくすと笑い合い、私たちはおさまるところにおさまった。
さて、私が去った後の数年間。
獣人の国では腐った薔薇の大流行が起きたり、受け攻め論争が勃発したり、解釈違いの大戦争が起きたりしたらしいが、そのあたりは私の責任の範囲外なので語ることはしないでおこう。
おしまいです!
ブクマや評価⭐︎ありがとうございました!とても嬉しかったです〜!
後日談や番外編が思いつけば、また追加しに参ります。
お馬鹿なお話にお付き合い下さり、ありがとうございました!