片平真莉愛は結婚を躊躇する(2)
何通かのメッセージでの交流で、都内某所に件の相談所があることが判明した。
SNS上では懇切丁寧な感じだったが、実際は海の物とも山の物ともつかない。いざとなれば、携帯している防犯ブザーを鳴らし、暴れて逃げればよいと真莉愛は考えていた。
貰った住所を頼りに到着すると、そこは変哲もない雑居ビルの一階だった。大通りの裏道ではあるものの、怪しげな雰囲気はない。どちらかというと不動産や古物商のような雰囲気だ。
「すみませーん」
恐る恐るスライド式のドアを開けて中に入ると、
「はい?」
という若い女性の声があった。
「いらっしゃいませ。私、ここの店主の羽織纏と申します。どのようなご用件でしょうか?」
「あっ。えっと……」
真莉愛は戸惑った。ヤクザ紛いな人間を想像していたが、それとは違い、十代とおぼしき美少女が眼前で存在感を放っていた。
これは良い想定外なのか悪い想定外なのか、判断つかないまま、真莉愛は言う。
「SNSでメッセージを送らせていただきました、片平真莉愛と言います」
途端に、纏の顔は嬉しそうに輝く。
「ああ。ようこそいらっしゃいました。冷やかしでなくてよかった。SNSだと、嫌がらせ的なメッセージが多くて困っていたんですよ」
「そうなんですか。ご相談させていただいた件なのですが……」
真莉愛は纏の醸し出している雰囲気に気圧されながら、改めて心情を説明していく。
彼氏である竹晴からプロポーズされたこと。結婚すると一定の満足は得られそうだが、そのまま幸せでいられるか、幸せを実感できるかわからないということ。自分の選択は結婚でいいか迷っているということ。
「結婚願望は、昔からなかったのですか? それともありました?」
纏の質問に、真莉愛は曖昧に首を振る。
「どちらともいえません。いっとき、憧れた時期はありましたが、アニメのヒロインを見て『いいな』と思うレベルのものです。反面、リアルに上手くいっていない家庭環境の人たちを見ていて、危機感はあります」
「なるほど」
纏は頷きの後に沈黙した。その端正な顔立ちを眺めていても、どのような考察をしているかわからない。
ドタドタと、建物の入り口側が騒がしくなった。なんだろうと真莉愛が振り向くと、そこには高校生のような小太りの眼鏡男がいた。両手には複数のプラスチック製買い物袋をぶら下げており、買い出しに行っていたようだ。
「纏さーん。ご要望のプリン、買ってきましたよー」
その刹那、
「細川太! あのボックスはまだ動いているかしら?」
真莉愛との接し方と異なり、険しい口調で纏が言った。
「はい。メンテナンスが終わったばかりなので、問題なく動作しています」
彼はすぐに返答した。
「じゃあ、後でこの方を案内してあげて」
*
真莉愛の前には電話ボックスがあった。
昨今の携帯型機器の普及により、絶滅危惧種であるガラス張りの直方体。こんな場所で邂逅するとは思わず、妙な感慨深さがあった。
細川太の案内により、真莉愛は建物の奥に移動した。奥の部屋には重厚な金庫を思わすような扉があり、開くと、不思議なトンネルが続いていた。
トンネルを抜けると、街中だった。どういう仕組みかわからないが、日本のどこかの街に繋がっていたようだ。
そこから十メートルほど歩くと、ぽつねんと電話ボックスがあった。
「こちらの電話ボックスは『もしもし模試』という名前です」
親父ギャグのようなネーミングだ。
「こちらの電話機の受話器を取り、あなたが観測したい未来を告げると、それを見られます」
「観測したい未来……?」
「そうですね。たとえば、『プリンを二十個食べると、明日は体調不良になっているかどうか』と受話器に問いかけると、その通りの未来が見られます」
太の例はわかりにくい。真莉愛は訝しげに眉をひそめた。纏が隣にいた場合、彼の横腹を突いていそうだ。
「すみません。わかりにくかったですね。片平さんの場合は、『竹晴と結婚した未来をみたい』と言えばよいかと思います」
この少年は揶揄っているのだろうかと、真莉愛は思う。しかし、さきほどの不思議なトンネルの存在が説得力を増していた。
「受話器を取って、言うだけでいいのね?」
太は「はい」と首肯した。
「あとで高額な金額を請求してくるんじゃないの?」
真莉愛の疑いの眼差しを、太は大袈裟に顔を振って否定する。
「滅相もないです。すべて無料で提供していますので、そんなことは絶対ありません」
「それならいいけど……」
真莉愛は電話ボックスの扉を開けた。
「その後、どうなるの?」
「俯瞰したような状況で、そのシチュエーションを観察できます」
「ありがとう」
礼を言い、真莉愛は電話ボックスの扉を閉めた。
ひとつ深呼吸したのち、
「竹晴と結婚した未来をみたい」
受話器に告げた。
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