あの人のコピーを創りたい。風間良樹(後編)
磯村は微糖の缶コーヒー、良樹はペットボトルのスポーツドリンクを購入した。
「あれは一ヶ月前のことだ」
空になった缶を見つめながら、磯村は話し始めた。
「お前は風邪で学校を休んだので、家までプリントを届けに行ったんだ」
「風邪……」
一ヶ月前の出来事にもかかわらず、良樹の記憶にはない。
「色々と予定があったので、訪問したのが遅れ、時計を見ると二十時だった。良樹の家に着き、玄関の呼び出し音を押しても、お前は出てこなかった。母親が出かけていて、お前は風邪なので出れなかったのだろうと思い帰ろうとした」
「今日と同じで、母親がバレーボールに行っていたんだな」
「ああ。そうだろうな。――それで、帰ろうとしたが、玄関が僅かに開いていることに気づいた。勝手にお邪魔しては悪いと思ったが、プリントを届けるという名目があったので入らせてもらった」
磯村は震えながら顔を伏せた。
「どうした?」
「部屋に行くと、血を流して、良樹が倒れていたんだ……」
「えっ?」
良樹は素っ頓狂な声をあげた。磯村は続けて言う。
「既にお前は死んでいた。パニックになった。すぐに警察を呼ぼうかと思ったが、やめた」
「何故だ?」
死者がここにいる理由、警察を呼ばなかった理由、両者の意味で良樹は問いかけた。
「これを持っていたからだよ」
磯村はポケットから取り出した物を見せた。それはロシタカの木箱だ。
「ああ……」
記憶がないのは何故か、死者がここにいるのは何故か、その理由は氷解した。
「気づいたか? そうだよ。創ったんだよ。良樹の血液とこの木箱にある人型の紙で」
「じゃあ、僕は偽物なのか?」
「偽物なのかな? それはわからない」
磯村は肩を竦めて言う。
「元の良樹は死んだから、現時点では、君が風間良樹だよ。少なくとも、こちらにとっては……」
磯村は頭を抱えた。
「元の僕は、死体はどうしたんだ?」
「埋めたよ。君の家の庭に……。幸い、良樹のお母さんは、二十三時になっても帰ってこなかったから、助かったよ」
「そうだったのか……」
まだ疑問があり、良樹Bは尋ねる。
「何故、警察に通報しなかった?」
「死んで欲しくなかった。だから、君を創った。命令をした。一つ目は『今日の出来事は忘れるように』という命令。二つ目は『今までの良樹のように振る舞い生活すること』という命令。三つ目は……」
磯村が号泣した時、
「君たち、何をやっている?」
コンビニ店員が不審げな様子で二人に声をかけた。
「あっ。すみません。帰ります」
良樹Bは磯村の腕を引っ張り、立たせ、肩に手を置きながら歩く。
「磯村は、僕のオリジナルが殺されているから、そこから容疑者を絞っていたんだね。だから、今回の宅配便に装った男が犯人だとわかったんだよね?」
良樹Bの質問に、磯村はこくりと頷く。
「何日もかけて容疑者を絞った。すると、この辺で空き巣が多発していたことを知った。空き巣が侵入した際、留守と思っていた家に良樹がいて、襲われたのではないかと推測したんだ」
「なるほど」
「そして、調査しているうちに、不審な宅配便風の男の存在が浮上したんだ」
*
風間家の前では、複数の車両がまばゆい光を放っていた。パトカーと救急車が鮮やかな色のランプで主張している。
「あ、あんた、どこに行っていたの? 心配したじゃない」
良子が駆け寄った。良樹Bが言う。
「ごめん。友達とコンビニに行っていた。何かあったの?」
「私たちの家の前で、宅配便を装った男が暴れていたのよ。目撃者によると、少女を襲っていたらしく、警察が駆けつけて男を逮捕した。被害者と思われる少女は消えていたらしいわ」
風間家の玄関前には人型の紙が落ちていた。果梨Bは役割を果たし、消えたようだ。
磯村が良樹Bに耳打ちする。
「彼女は、君に創られた存在だけど、君も創られた存在だから、こちらを主人と認識したみたい。そこで、彼女に命令した。『ロシタカで創った風間良樹を守れ』って」
「なるほど」
これで果梨Bが頑なに拒否をした理由が判明した。花澤果梨は風間良樹を嫌っているわけではない。
「帰るね。良樹の存在を脅かすものは、もうなさそうだし」
磯村は踵を返そうとするが、良樹Bは引き留める。
「待てよ。まだ、話したいことがあるんだ。ちょっとだけ、部屋で休憩しないか?」
二人は野次馬をかき分けて、風間家に入った。
*
「話って何?」
座るなり、磯村が言った。
「まだ、僕に対する、三つ目の命令を聞いていない」
「……」
「そんなにも、言いづらい命令をしたのか?」
良樹Bは顔を近づけ、磯村に答えを迫った。
「わかった。喋るよ」
「ありがとう」
「私が三つ目にした命令は『これから、友達もしくは恋人になってください』だよ」
磯村麻衣ははにかんだ。
予想外な言葉と意外な表情に、風間良樹は、磯村を女性として意識した。
*
「今後が楽しみね、二人の行方」
映像を観ていた羽織纏が、楽しげに言った。
「でも、片方はただの紙ですよね」
細川太は無慈悲な言葉を返した。
「あら、いいじゃない。たとえそれが、コピーでも、お互いに本物の愛が発生していれば」
「そんなものですか?」
「そんなものよ」
纏は太の腹をつねりながら、言う。
「あなたは、脂肪よりも、ロマンティックな心を養いなさい」
「イデデデデ。――そういえば、纏さん。なんで、良樹Bにロシタカを渡したんですか?」
「簡単よ。そっちのほうが面白くなると思って」
「……」
あなたは残酷な心を養いすぎではという言葉を、太は飲み込んだ。
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